祖母の写真


 インスタントカメラと言えば、シャッターを押した数秒後に写真が出てくるやつで、亡くなった祖父が五年前に買ったらしいそれを、遺品整理を手伝った報酬にもらった。

 元は白かっただろうに、少し黄ばんでしまったそれを持って、近所の公園に行く。なんせそこは全国的にも有名な桜の名所、撮り応えはあるはずだ。──春なら。

 今は夏なのか秋なのか分からない季節。そこに植えられた桜は二期桜じゃないから、春にしか咲かないわけで、濃いめの緑色をした葉しか枝に付けていない。

 別に良いんだ、昼間の木漏れ日綺麗だし、ただカメラを使いたいだけなんだからと、そんなことを思いながら、シャッターを押していく。これがけっこう楽しい。フィルム無くなったら買い足さなくてはと思うくらいには。


 写真が変なことに気付いたのは、家に帰って撮った写真を見た時。


 撮ってすぐは真っ白で、時間を於かないと写したものが浮かび上がってこないのがインスタントカメラ。撮ってた時には気付かなかったが、出てきたフィルムには私の撮ったものが写ってない。


 可愛い女の子だけが写っていた。


 暗い色のセーラー服を来た、長い三つ編みに眼鏡の女の子。どれも笑ったり怒ったり泣いたりけたり走ったり食べたり寝てたりと、色々な表情をして行動をして、一つとして同じものはない。

 それとカラーフィルムだと思ってたのに、どうやらセピア一色だったみたいで、女の子の見た目もあってレトロな感じがする。

 こういうの何だ、ホラーか、オカルトか。

 写真を見ては置いて見ては置いて。それに飽きたらカメラを持って、居間にいる祖母の元へ。

 祖母は座卓で肘をつきながらテレビを観ている。いつも通りのつまんなそうな顔。祖母の笑った顔を見たことなんて、片手で数えられるかどうか。

 断りもなくカメラを向けてシャッターを押せば、淡々と抗議をしてくる祖母。カメラ没収しましょかの言葉に平謝りして、自分の部屋に。

 時間を於いて出てきたそれには、やっぱり知らない女の子が写っていて、祖母と同じく机に肘をついてつまんなそうに何かを見ている。──どことなく、祖母の面影がある。

 このカメラはあれだ、祖父の執念が込められてて、祖母の一番可愛い時の写真しか出てこないようになってるんだ。

 端から見ても、生前の祖父は祖母をとても大切にしていたし、死んでもその愛を貫き通してるんだろう、なんて盛り上がりながら、祖父が残したであろうアルバムを見たくなってきて、居間に戻った。

 遺品整理の時にいくつか見つけて、テレビの脇の本棚に入れといていたはず。

 目的の物はすぐに見つかり、自室に戻るのもめんどくさがってその場で見る。目に飛び込んできたモノクロに、かなり古い物を選んでしまったようだと思ったら、祖母が覗き込んでくる。


「あれま懐かし、こんなのあったの」


 目を細める祖母。言葉通り懐かしがってるのか、それとも不快がってるのか分からないが、女の子、もとい、女学生時代の祖母を探す。小学生時代のがかなり多いのだ。


「成長しないね」

「お前が言うか」


 パラリ……パラリ……パラリ。

 やっと、女学生祖母が現れる。

 ──小学生祖母とツーショットで。


「……え、何で一緒に写ってるの?」

「たまたま撮る時に、一緒になったからね」

「おかしくないっ?  どっちもおばあちゃんじゃん!」

「……何言ってんだか」


 こっちは姉さん。

 女学生を指差して、祖母が言う。


「え」

「いやー、久し振りに見たわー。やっぱ姉さん可愛いわー。このまま生きてたら美人さんになったろうに、流行り病でぽっくり。きっと神なんていやしないんだろうね」


 祖母に姉。

 いた、なんて、聞いたかどうか……。


「可愛い上に優しい人で、大好きだったけど、唯一好かん所もあってね。──自分が要らなくなった物をよく押し付けてきたんだ。私も気に入ったなら別にいいけど、気に入らんと邪魔で仕方なくて」


 ──まさか、男まで押し付けられるとは思わなかった。


「……おじいちゃん?」

「そうそう、あいつ元々姉さんの男。自分が死にそうになって要らなくなるからって、あんたにあげるって寄越したの。あいつもあいつで、姉さんが言うからって私の所に来て、結局は墓までの付き合いに」

「……」


 祖父は祖母を大切にしてた。

 祖母を心から愛しているからだと思ってた。


「……おばあちゃんは、おじいちゃんのこと、どう思ってたの」

「便利で楽な男、かね。亭主関白が当たり前の世の中で、ケツに敷かせてくれるような奴だった。多少の恩や尊敬はあっても、愛はないな」


 祖父の遺品のカメラ。

 それで撮れるのは、祖母の姉の写真だけ。


「……おじいちゃんは、どうだったんだろ。お姉さん、いや私からしたら大伯母さんかな、その人に言われて、おばあちゃんと一緒になって」

「知らないよ、あいつの心なんて」


 興味ない、なんて言いながら、

 祖母の顔はいつも以上につまんなそうで、

 ──だけど少しだけ、淋しそうだった。

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