ココアが好きです


 いつでもラインしてきてね、と友達は言い、

 いつでも帰っておいで、と親は言う。

 その優しさにすがりたくて仕方ないくらいには、私の心は疲弊してるのかもしれない。


 思い起こすのは、普通にしていたとは言い難い過去。

 いつでも頼って、訊いて、と言われたからそうしていたけど、その頻度がかなり度を越していたかもしれない。

 少し考えれば出せるような答えも、間違っていたら、それは違うって怒られたらどうしようって、それが怖くて訊いて、訊いて、訊きまくって。

 そしたら次第に、迷惑がられるようになって、馬鹿にされるようになって、避けられるようになって、果てはこの場所に来なくなった人もいる。

 間違えたな、とは思う。舞い上がっていたのもあるかもしれない。それくらいその場所は素敵だと思ってたし、元いた所は最悪だった。

 今ではその場所も、元いた所よりは数倍マシ、程度の認識でしかない。


 辞めてしまおうか、なんてうっすら考えてしまうが、まだ半年くらいしか経ってない。

 せめて一年は我慢しないと、次に響くかもしれない。

 めんどくさくて仕方ない日々。

 友達に愚痴を延々言いたい、親に泣きつきたい。

 あんな所行きたくない、あんな偽善者達大っ嫌いって。


 家に帰ろうと、職場最寄りの駅に着く。

 いつも乗っている電車はまだ来ないけど、違う路線の、実家方面へと向かってくれる電車は、今しがた来たようで。

 ドアが開く音が聴こえた。次いで、都合の良いことに二分ばかし停車するらしいことも。

 最初はぼんやり、電光掲示板を眺めていただけだった。──けれど気付いた時には、そっちに歩き出していた。

 もういいや、知らない。

 知らない。知らない。知らない。知らない。

 邪魔者は消えてやるよばーか。

 疲れた身体で階段を上っていき、後は電車に乗るだけ──だったのに。

 上りきった私を出迎えたのは、薄汚れた白の、無個性な自販機。

 それなりに目は良い方で、一番下の段に、缶のココアが売られてるのが見えた。


 私はココアが好きだ。


 目に入った瞬間、それが無性に飲みたくなり、近寄って買った。

 プルトップを開けた時には、電車の扉が閉まったけれど、もうどうでもいい。

 ぐいっといくらかあおる。アイスココアを買ったので、冷たくて、程好く甘くて……優しい味がした。

 ベンチに座って残りを飲む。あっという間に飲み干して、二本目を買う。

 優しい茶色が喉を伝うたびに、気持ちが落ち着いていくのが分かった。

 いつから飲んでなかったんだろう。

 こんなにホッとするなら、さっさと飲めば良かった。

 久し振りに触れた優しさに、泣き出しそうになる。

 だめだ、泣くのはまだ早い。

 もう少し、もう少しだけ、頑張ろう。

 ホームに女性の声が響く。私が乗るべき電車がそろそろ来るらしい。

 急いで三本目のココアを買う。今度は開封しない。家に帰ってから飲もうと思う。

 少しして電車が来たので、それに乗り込む。

 扉はすぐに閉まった。

 後戻りはもうできない。

 それなりに中は空いていて、適当な席に座って、背もたれに身体を預ける。

 向かいの窓に広がる味気のない夜景を眺めながら、今後のことを考えた。


 やっぱり、制服は辞表と一緒に送った方がいいかな?

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