第8話心も身体もお子様
目を覚ますとそこは見慣れた天井。いつの間にか帰ってきたようだ。
そうだ、俺は血溜まりと血塗れのマルコを見て気が遠くなって……。
「ははっ、情けな」
乾いた笑いが部屋に響く。
目が覚めて少しするとミュリンが部屋に入ってきた。
ミュリンは俺が目覚めているのに気がつくと駆け寄ってきて「怖かったですねもう大丈夫」と言って抱きしめてくれた。
抱きしめられると泣くつもりなんてないのに自然と涙が溢れてきた。
「ありがとう」
しばらく胸の中で甘えさせてもらってからお礼を言うと、ミュリンはもう一度ギュッと強く抱きしめてから皆さんを呼んできますと部屋を出ていった。
はぁ。子供時代くらいもっと上手く生きられると思ってたんだけどなぁ。
前の世界と今の世界。大きく違っているせいでほとんどのことは初体験だ。当然前世でこんな恐ろしい体験なんてしたことない。
そう考えると体感年齢が少々大人であっても、そこまで大きなアドバンテージにはならないのかもしれない。
というか転生物語の主人公って悪人をばったばったとなぎ倒すけど凄くね?
俺には物語の主人公たちや、マルコみたいに格好良く勇敢に戦う男になるなんて無理だったと思う。
俺が単純にチキンなだけかもしれないけど、そんな怖いこと出来そうもない。
そう考えると女に生まれて正解だったのかな?なんて思ってしまった。
皆が集まった所で、俺は小屋でのボスとの会話内容を伝えた。
「ふう。これは捕まりそうにないね……」
そう言ってヒューグレイは苦々しげにため息を吐いた。
あの後リリアンヌが昏倒させた奴を叩き起こしボスの居場所を吐かせようとしたところ、残っていた6人はうまい話があると言われて雇われたそこらの
彼らは人攫いの組織とは繋がりはなかったのだ。
「破落戸どもがリリに色目を使うのも想定済みだったんだろうね。なにせリリは世界一可愛い」
「もう!ヒューったら!」
残った6人は囮で、組織のメンバーが安全に逃げるための時間稼ぎ要員だったってわけだ。
そしてティモが護衛になることを禁じたのも遠距離攻撃されることを防ぐためだったのだろう。
あの場で唯一遠距離攻撃出来る俺は何も出来ずにただ慄えているだけだった。せっかく魔法が使えるというのに何という役立たずだろうか。
それにしてもヒューグレイは事あるごとにリリアンヌを可愛いと言っているがリリアンヌは格好いい美人系であって可愛くはないと思う。
むしろ童顔なヒューグレイのほうが若い頃は可愛い女の子みたいな少年だったのではないだろうか。我が父の感性はいまいちよくわからない。
「騎士団に頼るタイミングを与えず、即金で用意出来るであろう金額の要求。見事な手際だ。敵ながらあっぱれってやつだね。ははは」
「ティモ殿……」
ティモの空気の読めない言動にウィルとレイが頭を抱える。
その仕草は誰がどう見ても親子だとわかるくらい似通ったものであった。
―――
次の日、スノウは姿を現すと俺に頭を下げた。
「今までごめん!何でも言うことを聞く!だからどうか許してくれ!」
おおう?これはどうしたことか。
てっきりこいつのことだから「あの程度で貸しを作った気になるなよ!」とか顔真っ赤にして言ってくるもんだと思ってた。
予想とは違ったことをされて俺はその場で立ち尽くした。
そんな俺の様子を見たスノウは許してもらえないと勘違いしたのか泣き出してしまった。
「ああもう!許す、許すから」
「ほんどうか?僕のことは嫌いにならない?」
「嫌いにならない!だから泣くな。男だろ。メソメソしてないでしゃんとしろ!」
「……アルテイシアはしっかり者の男が好きなのか?」
「そりゃメソメソウジウジした面倒くさい奴よりはいいでしょ」
「そうか……」
そういうとようやく泣き止んでくれた。
まったく、女子供の泣きながらの謝罪は犯罪だ。許すって言わざるを得ないじゃん。
その後スノウも一緒に勉強することになった。
スノウは多少読みと足し算が出来るものの、あまり勉強が出来なかった。
ちょっとバカにしてみたところ悔しそうに俯いてしまった。調子が狂うな。これじゃ俺が悪者みたいだ。
しょうがないな教えてやると言うと子犬のように喜んだ。あまりのキャラの変貌ぶりに困惑してしまう。
そんなスノウをアンは胡乱げな目で見ていた。
ごめんなさい反省しましたと口で言ったところですぐには信用できないのだろう。仕方あるまい。
午後になるとスノウは暇そうにこちらを眺めていた。
ちょっと悪戯心が芽生えた俺はミスったふりをして泥を投げつけた。
ベチョっと音を立ててスノウの頭にぶつかったが彼は気にした様子もなく手で泥を払い落とすとまたこちらを眺める。
マジで調子が狂うな。
どうにかして今までのスノウに戻したいと考えた俺は泥製のクリームパイっぽいものをを大量に作り出し、その一つを手に持つとスノウの顔面に叩きつけた。
やだ、なにこれ。すごい快感。
パイ投げって一回やってみたかったんだけど、まさかこんな快感だとは思わなかった。
「やりやがったな……」
「お?」
そう言うと顔面を真っ黒にしたスノウが用意した泥パイを持って追いかけてくる。
これだよこれ!やっぱスノウはこうでなくちゃな。はっはっは。
「「あっ」」
そんなことを思いつつ飛んでくる泥パイを避けていると、流れ弾がアンに当たってしまった。
可愛い顔の半分を泥まみれにし静かに怒っている。なんだかヤバそうな雰囲気だ。スノウもちょっと怯えている。
俺はそんな空気に耐えられず、つい出来心でアンのまだ綺麗な側の顔に泥をぶち当て「わーい初めてアンに魔法が当たった」とおちゃらけてみた。
「んお?」
アンは素早い動きで俺を羽交い締めにした。ちょっとちょっとこれは遊びだから!本気の動きしないで!
「スノウ君、今のうちだよ。やっちゃいなさい」
「お、おう」
「むぐっ」
「こ、これは……快感だ」
「スノウ君交代だよ。私にもやらせて」
アンはいつもの可愛い笑顔ではなく、邪悪な笑みを浮かべ両手に泥パイを持ちこちらにやってくる。
そしてお返しだよと言うと頬を包み込むようにして2つ同時に泥パイを押し付けてきた。
「むきゃっ」
「た、たしかにこれは気持ちいいかも」
アンはそう言うと恍惚とした表情をしている。
アンさん?将来ムチ持って男の尻を痛めつけるような人にならないでね。
その日、俺たちは日が暮れるまで三人で泥パイ合戦をした。
皆真っ黒な顔で笑っていた。この世界に生まれてから一番楽しかったと思える時間だった。
体感年齢はもう大人な俺が子供とバカみたいなことしてはしゃいでる。
でもいいよね。せっかく生まれ変わったんだし。
心も子供に戻って、今を楽しく生きてもさ。そう思った。
そしてなによりもこうやってはしゃいでいる間は、あの恐ろしい光景を思い出さなくて済んだんだ。
邸に戻ると汚れた俺たちを見たエトーレに苦言を呈されたのは言うまでもあるまい。
―――
三人で遊ぶようになったある日のことだ。
「あ!あれミツバチじゃないか?」
スノウはミツバチに誘われるように森の方に走っていく。
おいおい、ミツバチに誘われるって○ーさんかよ……。はちみつ食べたいなってことっすか?
俺、アン、ティモ、マルコの四人は顔を見合わせ肩をすくめるとスノウを追った。
「この木の幹の中みたいだ」
スノウが立ち止まり指差した木は幹は極太だが高さは低い木だった。高さ1メートルほどしかなく葉もつけていない。
普通木ってのは背が高くなるものなのに変な育ち方をしている。筍みたいな見た目の木だ。この世界の固有種なのだろうか?
「はっ!」
マルコは唐突に剣を抜くと木の4分の1程度をぶった切った。
なんで切れるんだよ!木って普通斧とかで切るものだろ!?この世界の剣士化け物すぎだ!
俺が驚愕しているとティモは幹の中を覗き込んだ。
「これは見事な巣だね」
他の皆も覗き込み、いいね!みたいな反応をするので、俺も覗き込んで見てみるとそこにはエグいくらい大量の蜂がうようよしていた。
俺は後ずさった。だって刺されたくないしキモいし。
「たくさん煙が出る枝を拾ってきたよ。ティモさん火をつけてくれる?」
「お安い御用さ」
あ、アンさん?もしかして蜂を焼き殺して巣を奪うつもりですか?お、恐ろしい娘……。
ティモがアンの拾ってきた一抱え程度の小枝に火をつけるともくもくと大量の煙が出てきた。
その煙に驚いたのか、パニックになった蜂たちがこれまた大量に飛び立った。
「うひゃあー!!」
「こらこら何処に行くんだい。ちょっと離れてれば大丈夫だからあんまり遠くに行くんじゃない」
さ、刺される!あんなにたくさんの蜂に刺されたらアナフィラキシーショック起こしちゃう!
蜂たちに驚いた俺はその場から逃げ出そうとしたがティモに回り込まれて抱えられてしまい逃げ出すのに失敗した。
蜂が怖かった俺は亀のように身を縮ませて、そのままティモにしがみついた。
しばらくすると大方の蜂は一時何処かに退却したようで、今この場に蜂は飛んでいない状態になった。ふう一安心。
「さて今がチャンスだ。誰が取る?」
ティモはぐるっと周りを見渡し、最後に俺を見つめる。
いやいや俺は嫌だよ!だってあれだけたくさん蜂いたんだよ。絶対逃げおくれた奴が残ってるって!
そんな所に手を突っ込みたくないっての。
「ふん。僕がやろう」
「スノウ様危険です!ここは私におまかせを」
「マルコ!男なら危険とわかっていてもやらねばならぬ時があるのだ!」
「す、スノウ様!ご立派です。マルコは感激いたしました。ご武運を!」
何を格好つけているんだ。お前ははちみつが食いたいだけの○ーさんだろうが!
しかしやってくれることに文句はないので「スノウ様素敵!」とおだててみた。
すると満更でもない顔をしていた。ちょろい。
スノウは数匹の蜂に刺されながらも2層の巣を取り出すことに成功し、俺たちは首尾よく蜂の巣を持ち帰ることが出来た。
家の庭まで戻ってきた俺たちは大きい方の巣を料理人のトニに預けて、小さい方は自分たちで食べることにした。
実は蜜蝋なんて食べたことがないので楽しみだ。
さっそく食べようと土魔法で作った石製のスプーンを蜜蝋に伸ばす。しかしそれをティモにはたき落とされてしまった。
「痛っ。何をするんですか!」
「アリアは食べちゃ駄目だよ」
「なんで!?」
「だって取る時に何もしてないし、挙げ句逃げ出そうとしたじゃないか」
「…………」
な、な、なんてケチな男なんだこいつは!あんただって火を着けただけじゃん。
確かに俺は何もしてないし逃げ出そうとしたけどさ、いいじゃんちょっとくらいくれても!
「仕方がないな。僕の分をくれてやる。ほら口を開けろ」
唇を尖らせティモを睨みつけていたらスノウが声をかけてくれた。
スノウ、俺はお前のこと勘違いしていたよ。お前優しくていいヤツだったんだな。今までちょっときつめにやり返しすぎてたゴメン。心の中で謝っておいた。
「あーん」
うおぉ!なんだこれ!すごい悪魔的な甘さだ!
甘すぎて口の中が攻撃されているかのようだ。だがしかしそれがいい!美味い!
俺の幸せそうな表情を見たのかアンもくれることになった。俺は優しい友達に囲まれて幸せものだ!
「はい、あーん」
「あーん」
その後ティモも含めた三人が次々に俺の口の中に蜜蝋を放り込んできた。
最初は疑いもなく美味しく頂いていた。しかし気付くべきだったんだ。さっきあげないと言っていたティモがくれていることに。
いつの間にか俺はリスのように頬をパンパンにし、口から蜜が溢れ出すほどに蜜蝋を突っ込まれていた。てかこれやばい窒息しちゃうって!
俺が涙目で蜜を口からダラダラと垂れ流していると、それを見た三人は大笑い。真面目なマルコすらクスクス笑っていた。
俺は弄ばれたのだ。みんないいヤツだと思ったのに酷い!
だけど施しを受けた側の俺は文句を言うわけにもいかず、ただただ皆を睨みつけるしかないのだった。
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