第6話 王子はかまってちゃん

 スノウ・ケイラー・レジス。8歳。学年的には1こ上だ。

 レジス王国国王、エデル・アレクサンダー・レジスの子息にして嫡男。

 妃は彼を生んですぐに亡くなり、その後エデルが後妻を娶っていないため一人息子である。

 エデルは妃の亡くなったショックを忘れるように仕事に熱中したため少々ネグレクト気味だったらしい。

 なので周りの者達がエデルの分まで愛情を注ぎ大層大事に育てられた。

 その結果エデルが気付いたときには我儘なやんちゃ坊主になっていたらしい。

 これはいかんと思ったエデルはとりあえず信頼関係があるうちにスノウを押し付けたようだ。

 実に迷惑な話である。


「国王様の手紙にリリアンヌの娘ならばうちの息子を矯正出来るのではないかと思い、そちらに送ったなどと書かれていたようですがどういうことなんでしょう?」


 俺が問うと母は目を逸らし、「心当たりないわね!」と言って立ち去ってしまった。

 これはいくら聞いても答えてくれそうにないなと思った俺は執事長のウィンとその妻でメイド長のエトーレに話を聞くことにした。


 二人曰く、我が母リリアンヌは結婚してからは落ち着いているが、昔は俺なんか比ではないほどのお転婆だったらしい。

 幼い頃から薄っすらと戦気を纏えるということもあってか、お転婆を通り越してガキ大将と言っても過言ではない気質だった。

 まあ、貴族なので近所の子供と遊ぶわけじゃないし、実際にガキ大将ってわけではなかったようだけど。


 つまり俺にガキ大将となってスノウを尻に敷き、性格を矯正してほしいってことだろうか。

 面倒だ。もう一度いう面倒で迷惑な話だ。


 だがここで大暴れしておけばヴァルハート家の娘はじゃじゃ馬で手に負えないという噂が広まって結婚回避につながるかもしれない。

 それはそれで悪くないかも。そんなことを思いその日は眠りに落ちた。




 しかし昨日最悪な出会いをしたわけだし彼はもう二度とこないんじゃないか?という淡い期待をしたのだが、それは儚くも散った。

 スノウは当たり前のようにうちに姿を現した。

 前日に年下の少女にフル○ン姿を見られたというのによくもまあ堂々と姿を現せるものだ。ある意味感心してしまう。

 もし俺が男の子だったとして、昨日スノウに言ったセリフを美少女に言われたら数日は立ち直れないぞ。

 感心とも呆れとも言える表情で見ていると、スノウがビシッと俺に指さし口を開く。


「僕は昨日お前に辱めを受けた!だからお前にも同じ思いをさせてやる!」

「は?」


 スノウはそう発言するといきなり襲いかかってきた。

 やられたらやり返すってか。実にガキらしい短絡的思考だ。

 俺はひらりとスノウのタックルをかわした。

 遅い遅すぎる。アンの速さに慣れていた俺にはスローモーションのように見える。いやむしろこれが普通の子供の運動能力なのだろう。

 スノウはかわされたことにより勢い余って大地と熱烈なキッスをしていた。自国の土地を愛する素晴らしい王子様ですね。

 俺は立ち上がろうとしていたスノウに魔法で頭から水をぶっかけてやった。


「うわっぷ。……お、お前魔法が使えるのか」

「使えるよぉ。あれぇ?もしかしてスノウ様は使えないのかな?年上の男の子なのに弱いんだー。暴漢に襲われた時は守ってあげようかスノウ ちゃん ?」

「な、なんだとぉ。くそ覚えてろよ!」


 わざと煽り口調でちゃん付け呼びをしてあげるとスノウは顔を真っ赤にしてプルプル震えだし、捨て台詞を吐いて去っていった。

 入れ替わりでアンが来た。誰?どうしたのという目で見つめてきたのでスノウ君というおバカな王子だと教えた。

 あんまり近寄るとバカが移るので近寄ると危ない。それに何か言いがかりをつけられるかもというと、曖昧な顔でうなずいていた。

 アンのことは俺が守らないといけない。可愛いからってちょっかいを出してくるかもしれないしな。




 スノウは毎日のように姿を現した。

 ある時は謎の臭いものを焼いて団扇でこちらに匂いを送ってきた。くさやクラスの激臭兵器だった。服に匂いがついたらどうするんだこの野郎。

 風魔法で香りを返却したところ、スノウは涙目になるほどむせていた。


 ある時は泥玉を投げてきた。石ではなく泥とは可愛いところもあるもんだ。

 土魔法で泥玉を投げ返したところ泥合戦が始まった。その日スノウは綺麗な橙色の髪を斑にして帰っていった。


 ある時は今までのことを謝罪するから仲直りの握手をしてくれと言ってきた。

 スノウは手に何かを隠し持っていた。子供の小さな手では隠せていないぞバカめ。

 俺はにまにまと悪戯な笑みを携え佇むスノウの股間を蹴り上げた。すると苦悶の表情でしばらくその場に転がっていた。

 一応掌から落ちたものを確認してみるとでかいミミズだった。

 よくこんな気持ち悪い生物を素手で掴めるな。信じられん。


 そして先日は不意をついて後ろから抱きしめてきやがった。いきなり抱きつくとはこのエロガキ!

 でも残念だったな俺の胸はまだ揉めるほどないぞ!

 しかし、この時は結構ピンチだった。非力なせいで振りほどけなかったからだ。このままじゃ何されるかわからない。

 このピンチを救ってくれたのはアンだった。彼女は躊躇なく張り手をかました。

 惚れ惚れするような張り手だった。女の子がするようなペチンじゃあない。お相撲さんの張り手だ。

 関取級?の張り手を食らったスノウは脳震盪を起こしたのかその場に崩れ落ちた。その後「僕は何をしていたんだ」と呟き帰っていった。

 毎日のように付き合わされている従者の人が可愛そうだ。


 ティモは毎回スノウとの攻防を見てクスクスと笑っていた。

 他人の不幸は蜜の味ってか。むかつく野郎だ。

 苛立った俺はティモに頭から冷水をぶっかけようと試みた。しかし俺の水魔法はティモの炎魔法で蒸発してしまった。くそう。


 スノウが俺に抱きついてきた日以降、アンはスノウを警戒するようになった。

 アンが警戒しているからかスノウは攻撃をしかけてくることがなくなった。

 守るつもりだったが逆に守られてしまっている。ちょっと複雑な気分だけど、おかげでここ数日平和だ。




 しかし今日この平和がぶち壊された。

 日が登り始め少し経った早朝。俺はそんなに早くに起きる必要はないため、いつも通り眠っていたが何やら身体が揺さぶられるような感覚を覚えた。

 誰かが起こしに来たのだろうか?


「うーんまだ眠いー」


 俺は寝ぼけて言う。だが誰かは起こそうとするのをやめない。

 それに何やら先程から上半身が寒い。布団を取っ払われたのだろうか。こんな乱暴な起こし方をされたのは初めてだ。

 なんだよもうと思い目を開けるとそこには鼻息を荒くし、馬乗りになっているスノウがいた。

 俺は馬乗りになったスノウに寝間着を半分脱がされていた。


「うわあああ!!!」


 混乱した俺は風魔法で思いっきりスノウをぶっ飛ばした。

 余波で部屋の扉と窓が吹っ飛び、ベチンッと壁に叩きつけられたスノウはピクリとも動かない。

 混乱していたため手加減とか一切考えなかった。やばい、もしかしたら死んだかもしれない。


 悲鳴を聞いた両親や使用人が慌てて部屋にやってきた。


「な、なによこれ?」


 母は散らかった部屋と卒倒しているスノウを見て何がなんだかわかっていなかったようだが他の面々は察したのだろう。

 倒れていたスノウは父とウィルが連れて行った。

 エトーレは散らかった部屋の片付けをし、レイは扉の修理をしている。

 その間俺はずっと母に抱きしめられていた。母は力が強いのでちょっと苦しい。

 正直言ってあまり精神的なショックは受けてない。俺は普通の女の子じゃない。特殊な女の子だからな。ちょっとびっくりしただけだ。

 だが母に抱かれるのは気分がいいので、しばらく好意に甘えることにした。


 ドキドキが収まり冷静さを取り戻した俺は何故スノウがここにいたのか尋ねてみた。

 スノウはいつも負けてばかりだからちょっと驚かせてやりたいんだ、と子供らしく可愛い笑顔で言って入り込んだらしい。

 対応したミュリンは8歳の子供のいたずらなど頬をつねったり鼻をつまんだりくらいのものだろうと思ったようだ。

 そのミュリンは青い顔をし取り乱しながら土下座する勢いで謝罪してきた。

 俺はなんでそこまで取り乱しているのか理解できなかったので気にしないでいいよと軽い気持ちで言ったところ、もしこれが公になればお嬢様は傷物扱いされるかもしれない。陰口も叩かれるだろうし最悪嫁の貰い手がいなくなるかも。

 そんな簡単に許されていいことじゃない。もはや命で償うしか……と真っ青になっている。

 そんなミュリンを俺は必死に宥めて慰めた。というかいくら脱がされたとは言え8歳の子供にだ。そんなに深刻に考えることなのか?


 どうにか落ち着いたミュリンは今後どんな命令だろうとお嬢様には逆らわないと、奴隷宣言のようなことを言い残していった。

 お、俺はメイドを奴隷にして愛でる趣味はないんだな!変なこと言わないでほしいものだ。

 というかこれで嫁に行けなくなるなら怪我の功名ってやつだ。むしろ俺にとっては朗報である。




 スノウには1週間謹慎して頭を冷やしてもらうことになったようだ。

 てか普通に生きてたんだな頑丈な奴で助かった。王子殺害の罪で首をはねられるようなことにならずにホッとした。


 謹慎が明けた初日、奴は当然の如く姿を現した。

 俺はどんだけかまってもらいたいんだよとため息を吐く。こんなのが将来王様になったらやばいかもしれない。

 ここは俺が頑張ってエデル王の期待に応えるような働きをしないといけないかも……。本気でそう思ってきた。

 事情を知っているアンはゴミムシを見るような視線を送っている。

 どっかの業界では喜ばれるのかもしれないが、俺にはそんな趣味はない。頼むからいつもの可愛い表情のアンに戻って欲しい。


 スノウはいつものように攻撃を仕掛けてくることはなかった。ただ遠くからこちらを眺めるだけ。

 少しは反省して気まずく思っているのだろうか?成長してくれたんならありがたいが。

 そんなことが数日続いた後、彼は姿を現さなくなった。

 最近いつもと様子が違ったため心配だ。ってなんで俺が心配してやらねばならんのだ!

 その日の午後になるとスノウの従者が慌てふためいてやって来た。


「スノウ様が家出しました!使用人総出で探していますが見つかりません!どうか捜索の協力を!」


 はぁ。本当に面倒な奴だ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る