第5話 気弱なお転婆
話し合いの結果、アンとカイルはうちの邸の近くの空き家にしばらく住むことになったようだ。
カイルは父に斡旋してもらった仕事をして、その間一人になってしまうアンはうちで預かることになった。
なので午前中は一緒に勉強するようになった。
しかし午後は魔法の訓練だ。アンは魔法が使えないので一緒に訓練は出来ない。
暇になるアンは俺のことを眺めているだけなのかというとそうはならなかった。なんと武術の才能があったのだ。
この世界での武術の才能の有無は戦気が纏えるようになるかで決まる。
戦気とは簡単に言うと身体強化の魔法で、ちょっと体を鍛えるだけでは習得できないものだ。
本来は何年も修行しないと纏えないものであり、才能のない人は頑張っても纏えるようにならないものだが、すでにアンは薄っすらと戦気を纏えているようだ。
その証拠に俺が作り出した1メートルほどの岩を石剣で叩き割った。
それを見た時は開いた口が塞がらなかった。
だって俺と同じ年齢で体も同じくらいの大きさの可愛い子が筋骨隆々の男のようなパワーを見せつけたのだから。
試しに俺も岩を割ろうとしたが手が痺れただけだった。
痛みと痺れで涙目になっているとアンが優しく手をさすってくれた。
ちくしょうなんで俺は男に生まれなかったんだ。
せっかくこんなにも可愛い幼馴染が出来たというのにフラグを回収出来ない。
剣術は主に2つの流派がある。
戦気を纏えるアドバンテージを活かし、そのパワーと速度で敵を圧倒する攻撃的な戦炎流。
戦気を纏えない者、または薄っすらとしか纏えない者達が分厚い戦気を纏える者たちに対抗すべく編み出した受け流しとカウンターが主の柳水流。
その他にも槍術や忍者のようなテクニカルな戦いする流派もあるらしいがちゃんとした道場が各地にあるのは戦炎と柳水だけらしい。
アンは戦炎流剣士でもあるティモから戦炎流を習うことになった。
今更知ったことだが、ティモはただの魔法使いではなく魔法剣士だったらしい。
何故こんな優秀な人物がうちのような末端貴族で家庭教師をしているのだろう。
不思議に思い話を聞いてみると、実は以前とある他国の上級貴族の所で働いたことがあるらしい。
そこの子息は我儘な上に才能もなく頭も悪い最悪な子供だったようだ。
雇い主自体も傲慢で偉そうにしていたため1日で辞表を出して逃げたらしい。
たった1日で辞めるとか、それ働いたとはいえないと思う。
そこに比べたらうちは天国だという。
たしかに上級貴族に比べ給金はかなり少ないが、俺は魔法の才能があるし頭がいいわけではないが馬鹿ではない。
それに雇い主の両親もフレンドリーで働きやすい。
気楽に働けて貯金出来るくらい給料を貰えるためとても気に入ってるらしい。
とは言え金が貯まったらまた世界をフラフラと旅するつもりのようだ。
突然辞めますと言ってどっかに行ってしまう日がくるかもしれない。
それまでにしっかり学ばないといけない。
―――
午前中は一緒に勉強。午後はそれぞれの得意分野を学ぶ日々が数ヶ月経過した。
今日はアンと模擬戦をやることになった。
ルールは簡単、俺は怪我しない程度の水球を作りそれをアンの身体に当てれば勝ち。
避けられ続け、剣の間合いまで距離を詰められてしまったら負け。
「では用意スタート」
「っ!?」
ティモの開始の合図と共にアンが6歳の幼女とは思えないスピードで距離を詰めてくる。
短剣という荷物を持っているはずなのに速すぎる。
俺はそんな光景を目の当たりにし、一瞬で頭が真っ白になる。
何の策もなく適当に放つ水球をアンはいとも簡単に避ける。車みたいな速度で走ってるのになんであんな小回りがきくんだ。
「うわああ!」
あっという間に間合いに入られた俺は切られると錯覚し、尻もちをついてギュッと目をつぶった。
「ごめんね怖がらせちゃったね」
俺は切られる代わりに抱きしめられ頭をなでられていた。
みっともない姿を晒した俺は恥ずかしさからアンの腕の中から抜け出そうとしたが、がっちりとホールドされて抜け出せない。
「ふふ。いつものお返しだよ」
アンはそう言って離してくれず、しばらくの間お楽しみされてしまった。
それにしても戦気ってチートすぎだろ。まるで当たる気がしなかった。
それに怖いよ。あんな速度で突進してこられたらさ。
「アリア。魔法使いはパニックになっちゃ駄目だ。今みたいなままだとどれだけ上手く魔法が使えても意味ないよ」
「はい……」
魔法を訓練すればするほど自在に操れるようになっていって俺は調子に乗っていた。
このままいけば一流魔法使いになれると、特別な存在になれると無意識に思っていた。
もし町に魔物が襲いかかってきたとしても、物語の主人公のように簡単に蹴散らし皆から称賛されるなんてことを夢見てた。しかし現実は甘くなかった。
ちょっと戦気が纏える程度のアンにすら勝てない。今のままじゃ蹴散らすどころか無様に死ぬだけだ。
この結果を受けて、しばらくは模擬戦を優先して行うことになった。
模擬戦をやり始めてから約一ヶ月が経ち、ようやく少しは冷静に対応できるようになってきた。
とはいえ最初よりマシになった程度なので、当然アンに水球を当てたことなど無い。
なんかすごいスピードで迫ってこられるとどうしてもパニックになってしまうのだ。
なかなか平静を保てるようにならない俺を見たティモには「アリアはお転婆で気が強い子だと思ってたけど本質は気弱な乙女なんだね」なんて言われてしまった。
ぐぬぬ。このままでは今まで積み上げてきた俺のイメージ戦略が水の泡となってしまう。
俺はお転婆で、手がつけられないじゃじゃ馬で、貴族の嫁になんかなれないような娘に、婚約をお断りされるような娘にならないといけないんだ!
そう思い平常心を心がけたが恐怖に打ち勝てなかった。俺はチキン野郎だ情けない。
このままじゃ本当は気が弱いのにそれを隠すツンデレ美少女みたいな存在になってしまう。どうしよう……。
今日は8日に1度の休養日。しかしこの世界はあまり娯楽が発展していないため暇なだけである。
アンに負けっぱなしで気が立っていた俺は気分をリフレッシュさせるため、のんびり日向ぼっこでもするかと思い庭に出るとうちの木に子供が登っていた。すもも泥棒だ。
どこぞのいいところの坊っちゃんなのか木の下には従者らしき男がおり、あわあわとしている。
人んちの果物を盗むとはふてえ野郎だ。ここは強く言えない従者の代わりに俺がガツンと言ってやる。
「おい!お前!」
「んあ?」
ガキはすでにすももをすっぱそうにしながら食っていた。俺も自由に食えないってのにこの野郎。
食い物の恨みが恐ろしいってことをわからせてやる。
そう思った俺はガキのずぼんの裾を掴んで無理やり引きずり降ろそうとした。
「人んちの物を勝手に食うな!」
「うお!何をする!あっ」
「痛っ」
しかし俺のか弱い力では逆に振り払われてしまった。
頭に血が登った俺は木によじ登るとガキの腰に飛びついた。
「おいやめろ!うわあ」
掴んだ位置が悪かったせいかガキのずぼんがずり落ち、そのままバランスを崩して二人共木から落ちてしまった。
「ぐえ」
来るであろう衝撃に備えてギュッと目をつぶったが、従者が身を呈し下敷きになってくれたおかげで助かった。
俺は彼の勇気を忘れはしない。彼の犠牲を無駄にしないためにもクソガキにガツンと言ってやるのだ!
そう思い顔を上げるとフル○ンのガキが尻餅をついている情けない姿が目に飛び込んできた。
「あっはっはははだっさ!」
思わず大笑いして馬鹿にするとガキの顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。
「お、おまえええ僕を誰だと思っているんだ!僕はスノウ・ケイラー・レジス様だぞ!」
なんだか知らんがフル○ンのまま自己紹介し始めやがった。馬鹿なのかこいつは。
「知るか!てかさっさとそのミニマムボウイを仕舞え!見てるこっちが恥ずかしいわ!」
「んな!!!お、覚えてろよ!」
「お待ち下さいスノウ様!!」
スノウは慌ててパンツとズボンを履き直すと小悪党のようなセリフを吐いて走り去っていった。まったく何だったんだ。
その日父は帰ってくるなり俺を呼びつけた。話の内容はこうだ。
今日から我がレジス王国、国王子息であるスノウ・ケイラー・レジスが街にやってきたらしい。
彼は友達がいないらしいので仲良くしてやってくれと。
それを聞いた俺は、ああ……面倒なことになったと天井を見つめるのだった。
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