第4話 初めての友達と帰り道

 森でアンとカイルに出会った翌日、俺は筋肉痛に悩まされていた。

 森の中は歩きにくかったし、草むら以外は抱っこされるの恥ずかしいし自分で歩いたからな。

 でもいつもより少し長い距離を歩いただけで筋肉痛になるとは……。ちょっとぬくぬくとしすぎていた。今後は少し身体も鍛えなければなるまい。


 俺が筋肉痛で顔を歪めながら歩いているとティモに声をかけられた。

 珍しく父も一緒である。


「アリア、なんだか面白い歩き方をしているね」

「昨日たくさん歩いたから筋肉痛で」

「そっかそっか筋肉痛か。くくく」


 ティモめ、人が苦しんでいるのを笑うとは……。俺はティモのことを憎々しげに睨みつけた。

 今度ミスったふりをして炎の魔法で10円ハゲでも作ってやるからな。


「でもちょいどいい。今日は家でおとなしくしているように。護衛対象が増えると面倒くさいし」

「ちょっと!」


 こいつ俺を置いていく気だ!確かに森の中は虫がいっぱいで嫌だけど俺だってまたアンに会いに行きたいのに!

 そしてまたあの可愛い生物を抱きしめて撫で回すのだ!

 文句を言おうとするとティモは強めに俺の太ももとふくらはぎを突いてきた。


「うひゃあぁ!」

「ほら、こんな状態じゃまともに歩けないだろう?家にいなさい。それにしても何ていう声を出すんだ。くくく」

「ふふ、ごめんねアリア」


 そう言い残して二人は出ていってしまった。

 人を邪魔者扱いするは、弱点を突くは、なんてやつだ!

 今度片方の眉毛だけ燃やしてやる!

 後日、事故を装って火の粉を浴びせようとしたが水魔法でガードされてしまった。ちくしょう。




 仕方がないので本を読んで時間を潰すことにした。俺は木の下に土魔法で椅子を作り出し、そこに座って本を読む。

 夢中で読んでいたせいか、気付いたときにはいつの間にか太陽は高い位置にあった。

 太陽が直に当たって少し暑いので木陰に移動して続きを読もうとすると二人が家に帰ってきた。思っていたより随分早い帰宅だ。


「おかえりなさい」

「あ、うんただいま」


 なんだか随分気のない返事だ。なにかあったんだろうか。


「なにか問題でも起きたんですか?」

「実はね……」


 話によると彼らと出会った待ち合わせの場所に行こうとしたのだが辿り着けなかったらしい。

 何故かいつの間にか元の場所に戻ってきてしまうようだ。

 たしか黄色い布があった場所から10分程度のちょっと拓けた場所で彼らと出会ったのだ。迷う意味がわからない。

 俺はニヤリといやらしい笑みを浮かべ、置いていかれた恨みを込めて言い放った。


「師匠は方向音痴」

「……」


 悔しそうに顔を歪めるティモに追い打ちをかける。


「仕方ないですね。明日私が連れて行ってあげますよ」




 ―――




 次の日、相変わらず獣の気配がない森を進む。

 黄色い布があったところに着くと、そこからは俺が抱っこされたまま指示をする。

 なんかさっきから父が俺を睨んでいる気がする。悪いことなんてした覚えないのに何故だ。

 そのまましばらく歩くとあっけなく二人と出会った場所に着いた。

 二人は狐につままれたような顔をしているが、俺は勝ち誇った顔でティモを見つめた。

 するとそれに気付いたティモが俺のほっぺを弄んだ。


「にゃにをしゅるか!」

「アリアがとても可愛らしい顔をしていたのでつい」

「ティモ……」


 おお!珍しく父がとても不機嫌だ。

 もしかしたらさっき睨んでいたのはティモに対してだったのかもしれない。

 抱っこされていただけの時から睨んでいた理由はわからないが、ここは娘をいじめる悪の魔法使いにガツンと言ってやってください!


「アリアは嫁にあげないよ」

「いらないです」

「んなっ!」


 父よ何を言い出すんだ!?そしてティモは即いらねえ言いやがった!

 ティモみたいな年増で中学生みたいな男と結婚したいわけじゃないけど、俺は父と母のおかげで容姿は良いんだ。将来美人になれるはずだ。いや確実に美人になる!

 だから即答で断られるとそれはそれで悔しい!


 というか睨んでいたのはティモと俺の距離感が近すぎたせいか?

 父としては目の前で娘が他の男に抱っこされてるのが嫌だったのかもしれない。今後気をつけよ。

 でもそうなると帰りは虫に怯えながら自分で歩かないといけないのか……。


 その後ティモがカイルから渡されたという笛のような物を吹くと15分程度で二人は姿を現した。




 さて、父とカイルが話し合い中にアンと遊ぶことになったのだが何をすればよいのだろう。

 幼女がどのような遊びが好きなのかまるでわからない。おままごとか?

 俺が考え事をしていたせいかお互い無言のまま時が経つ。まるでコミュ障同士のお見合いになってしまった。


「その、ごめんね」

「え?」

「わ、私友達っていたことなくて、こういう時どうすればいいかわからない。つまらないよね。私と一緒だと……」

「そんなことないよ」


 同じようなことを考えていたようだ。

 まあ特殊な環境で育った子みたいだし、友達との付き合い方がよくわからないのはしかたないだろう。

 こういう時は年上?の俺がリードしなければなるまい。


「よし!じゃあおままごとをやってみよう」

「おままごとって何?」


 とりあえず勢いに任せておままごとしてみようと思ったがおままごと自体を知らないようだ。

 ぬくぬく育った俺とは違って、苦しい環境で育ったのだろう。かわいそうに。


「じゃあアンが奥さん役ね」

「わ、わかった」


 俺は簡単に説明をすると、アンに妻役を押し付けおままごとをスタートさせる。

 目的はもちろんあのセリフを言わせるためだ。


「ただいま。今日も疲れたな」

「おかえりなさいあなた。食事にしますか?お風呂にしますか?それともあたし?」

「 あたし だあああ!」

「うわあ!」


 おままごとは俺の暴走によりチョッパヤで終わった。

 だって可愛いんだもの。抱きしめて頬ずりしたり撫でたくなっちゃうよ。俺は今幼女だしこれくらいじゃセクハラになんてならないもんね。にゅふふ。

 近くで見ていたティモは、何やってんだかと呆れた表情で俺たちを見つめるのだった。




「さてと帰ろうか」


 話し合いが終わった父が俺のことを抱き上げ歩き出す。

 虫問題が解決されて嬉しいが俺は女の子といってももう6歳。ティモみたいな力持ちならまだしも、父が抱っこして歩くのはかなり大変だ。


「重いでしょ?草むら以外は自分で歩きますよ」

「抱っこして歩きたい気分なんだ。駄目かな?」

「駄目ではないです」

「……なんかさフレンが生まれてようやく気付いたんだ。子供が成長するのは早いってことに。

 アリアもフレンと同じくらい小さかったのに、もうこんなに大きくなった。あと数年もすればこうやって抱きかかえることも出来なくなるだろう?

 それ考えたらちょっと寂しくなっちゃった。それに……」

「それに?」

「いやなんでもない」


 そう言って優しく微笑む父を見て思った。

 俺は転生者だ。普通の子供のようには甘えたり出来ていないんだろうなと。

 ちょっと悪戯とかするのはあくまでお転婆を演出してるに過ぎないし。というか父にはあまり悪戯もしてないな。

 普通の子供ってどうしてるんだろう?もっと遊んでーとか抱っこしてーとか言うのかな?

 あたしと仕事どっちが大事なのよ!とか?これは奥さんのセリフか。

 赤ん坊の時からほとんど泣かず、頭を悩ますような我儘も言わない娘。

 親としては手がかからず楽ができる反面、寂しい気持ちもあったのかもしれない。

 それとやっぱり娘を他の男に抱っこさせて自分は見ているだけってのが嫌だったんだろうな。そんな表情をしている。


 しばらくすると父の腕がプルプルしだした。

 父は肉体派ではなく頭脳派なので当然のことと言えよう。

 しかしそれでも俺を下ろそうとはしない。まったく無理しやがって。


「父様、抱っこもいいですがおんぶしてほしいです」

「ん?わかった」


 俺は一度下ろしてもらってから父におぶさる。これで少しは楽になるだろう。


「はぁ。娘に気遣われるなんて情けない……」


 そんな父の独り言が森の中に消える。

 おんぶされてから数分もしないうちになんか眠くなってきた。子供の身体は眠くなってしかたないな。

 おんぶされての帰り道。その揺れはハンモックのように心地よいものだった。

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