第3話 森へ探検に
ティモに師事してからあっという間に一年ちょっと経過してしまった。
今までのんびりスローライフみたいな生活をしていたものだからやることがあると時間が進むのが早い早い。
また数ヶ月前には母のリリアンヌが元気な男の子を出産した。
目元が母に似ていてキリッとしている。将来イケメンになりそうだ。羨ましい。俺とその肉体を交換してほしい。
いや、そうすると今の俺の肉体が将来どこぞの男にもらわれてしまうのか。それはそれで嫌だな。複雑な心境だ。
でも嫡男が生まれて一安心だ。俺はいるかもわからない神に感謝した。ありがとう、これで俺の結婚が遠のいたと。
そんな忙しい日々を過ごした結果、魔法の腕前は順調にスキルアップしている。
魔力総量も格段に増えてきているしこのままいけば神童と呼ばれる日も近いかも。なんちゃってふふふ。
とはいえ読み書き等に関しては、ひらがなでお手紙書けます!みたいなレベルなのでさらなる勉強が必要だ。
「ねえ師匠。そろそろ森の中を探索してみたい!」
さて忙しい日々といってもそれを一年以上も続けていれば退屈に思うようになってくる。
たまにはドキドキワクワクほしいじゃない?なので森の探検をねだってみた次第だ。
「えー嫌だよ。いろいろと面倒くさいし」
「そこをなんとか!一目でいいから魔物見てみたいんですよ」
授業で習ったことだがこの世界には魔物と呼ばれる存在がいる。弱っちいやつなら近場の森にもいるらしい。
だが一応貴族のお嬢様である俺は町の比較的安全な地域に住んでいるためにお目にかかる機会など有りはしない。
それに狩人が仕事熱心なのか、魔法の訓練に森の近場まで来る生活を一年間以上送っているのに、一回も出くわすことがなかった。
まあ普通に考えれば魔物なんかに出会わないほうがいいに決まっている。
でもせっかく魔法使えるんだし一回くらい格好良く討伐とかしてみたいなんて思ったりもするわけですよ。
「ヒューグレイさんに相談もなしで森に入ったら怒られちゃうかもしれないしー」
「父様には内緒で」
「それに魔物見る言ったって、あいつら探知能力高いから見れる距離まで近寄ったら襲われるよ」
「その時は私と師匠の魔法でズドーンっと!」
「そんな派手なことしたら森に入ったのバレるでしょ。だから……」
「もう!ちょっとくらいならいいじゃん!師匠のケチ!」
はぁ。やっぱダメか。
分かるけどね。いくら魔法が使えるといっても俺のようなちっこい娘を連れて危険生物が出るようなとこに行ったら面倒くさいってさ。
「わかった。そこまで言うなら連れて行ってあげようじゃないか」
「やった!ありがとうございます」
「いやいや気にしなくて良いんだよ僕はたとえクビになっても困らないからね。困るのはアリアだ」
「ん?どういうこと?」
「無許可で森に行ったことで怒ったヒューグレイさんが僕をクビにすれば君は町外れにすらお出かけできなくなる。そうすれば魔法の訓練滞るだろうなぁ」
「ちょっと待って。さすがにこの程度でクビにはならないでしょ?」
「わからないよ。大事な大事な娘を危険な目に合わせたとあらば、いくら普段温厚な人でも豹変するかも」
確かに父のヒューグレイは俺に甘い方だと思う。
結構お転婆な振る舞いをしているのにほとんど怒られた記憶がないし、魔法の家庭教師がほしいってお願いも聞いてくれた。
もしかして俺は溺愛されている部類なのか?
前世では物心がついたときには両親が他界していた俺には溺愛と普通に可愛がっているだけのどっちなのか判断がつかない。
「あの、やっぱ森に入るのは止めておきましょうか。父様心配させちゃダメですよね」
「今更何を言ってるの。さあ行くよ」
「うわあっ!」
ティモは強引に俺を抱きかかえると森に足を踏み入れたのだった。
「あの……そろそろ下ろして。それに頭撫でるのやめてください」
「ごめんごめん。無意識に頭撫でてたよ」
森に入ってから10分程度ずっと頭を撫でられていた。とても恥ずかしい。
いくら俺が可愛いからって、愛玩動物扱いするのはやめていただきたい。
下ろしてもらった俺は自分の足で森の中を歩き始めた。草がある程度の長さあるためにくすぐったい。
それにしても森の中って結構不気味だな。ジメジメもしてるし、うわ!キモイ虫もいる!ちょっと鳥肌が立った。
俺虫嫌いなんだよ。前世ではこんなに鳥肌が立つレベルで嫌いではなかったはずなんだけどなぁ。なんでだろう?わからない。
よく考えれば森なんて虫だらけだよな……。魔物のことしか考えてなかった。
森に入りたいなんて言わなければよかった。もう帰りたい。
「ん?なにこれ」
森に入ってから20分くらいが経った時俺は黄色い布を発見し手にとった。
「狩人の目印じゃないかな?」
「迷わないための?」
「そうそう。僕たちのためにもそのままにしたほうが良いよ」
「え?ちょっと師匠。まさか迷ってないですよね?」
「まだ森の中に入って20分くらいだよ。こんなんで迷ってたら旅なんて出来ないよ」
なんだよビビらせやがって。変な言い方するから迷ったのかと思ったわ。こんな虫だらけの場所で迷うとか洒落にならない!
それにしてもさっきから足がくすぐったいな。
「ぎゃあああああ!」
「なんだい?いきなり大声を出すんじゃない」
「だって変な虫が足に!!!」
「ああ、これは蛭だね」
「取って!取って!!」
ティモが炎の魔法で蛭を炙ると蛭は力尽き息絶えた。
もうやだ森の中。魔物どころか野生動物すらいないじゃん。来た意味なかった。
「ねえもう帰りましょう」
「いやもう少し探索しよう」
「なんで!?最初はあんなに渋っていたのに!」
「何故か野生動物の気配ないから気になってさ。もしかしたら君の期待通り魔物がいるかもよ」
「もう魔物どうでもいいです。虫が嫌!」
「はいはい。じゃあまた抱っこしてあげるから」
俺はまた抱きかかえられてしまった。
でも抵抗はしなかった。蛭に噛まれるよりは抱っこの恥ずかしさのほうがマシだもの!
ティモに抱っこされ、頭を撫でられつつ更に森を進む。
ティモは子供の頭を撫でるのが好きだったのだろうか?
師弟関係になって一年以上経つけど今日みたいに撫でまくられるのは初めてだ。今まで我慢していたのかね?
てか、ずっと頭撫でられてると眠くなってきちゃうんだがぁ。
眠らないためにも抱えられたまま周囲を見回していたら何かと目があった。
「ひぃ!おばけ!」
おばけは俺の声にビックリしたのか慌てて走り出そうとして豪快にコケた。
「アリア。あれはおばけじゃないよ。人間の子供だ」
「わ、わかってますよ。ちょっと髪の毛が長かったから見間違ったんですよ」
俺はティモに下ろしてもらい倒れた子供に声をかけた。
「君、こんなところに一人でいたら危ないよ」
振り向きこちらを見た子供は腰付近まで伸びた赤銅色の髪に紫色の綺麗な瞳をしたとても可愛いらしい子だった。
彼女は慌てて立ち上がろうとしたが足を抑えてうずくまってしまった。転んだ時に怪我をしてしまったのかもしれない。
「大丈夫?」
とりあえず持っていたハンカチを水魔法で湿らせて汚れていたところを拭いてやり足を見た。
あまり腫れている様子はない。これなら大丈夫そうだ。
「ちちんぷいぷい痛いの痛いの飛んでいけ!」
「アリアは一体何を言っているの?」
「怪我をしたときのおまじないです」
「へえ。人族のおまじないはヘンテコな文句を言うんだね」
心を込めたおまじないをヘンテコとはなんて失礼なやつだ!
そう思いティモを睨みつけていると少女がぽかんとした表情で俺のことを見つめてくる。
「どうしたの?そんなに見つめられると恥ずかしいな」
「あ!ご、ごめん。でもその痛くなくなったから……」
「え!?」
どういうことだろうか。
この一年の授業で知ったことだが、魔法で治療は出来ない。魔力を使い通常より早く傷を癒やしたりダメージそのものを軽減したりすることは出来るが、それが出来るのは自分自身にだけである。
「アリア何かしたの?」
「ただおまじない言っただけですけど、なんでそんなこと聞くんですか?」
「いや、なんか一瞬君の目が金色に光ったように見えたからさ。気になったんだよ」
「見間違えですよきっと」
「……見間違えね」
目が光ったって……。俺が目から治療ビームでも出したと言いたいのか?
たしかに光闇の属性で治療が出来る可能性はあるのかもしれない。でも俺には扱えない属性だし、そもそも今魔力を消費した感覚もなかったから俺が何かをしたわけではないのは確かだ。
もしかしたら少女が無意識に自身の魔力で治療したんじゃ?そう考えるのが自然だ。
少女が不思議そうに足の具合を確認していると突然ティモが土壁を作り出した。するとそこに何処からか飛んできた矢が当たり落ちた。
「危ないじゃないか。僕じゃなければ死んでいるよ」
矢の飛んできた方向に向かってティモが言うと一人の若い男が現れた。
「その子から離れろ」
言動から推察するに少女の保護者みたいだ。
子供を守るためとは言えいきなり攻撃してくるとは危ない奴。人間なんだから冷静に話し合いで対処してほしい。
男は2撃目の矢を放つため弓を構える。それを見た俺は即座にティモの後ろに隠れた。だってまだ死にたくない!
「アン、退くんだ」
「退かないよ!この人達は私を助けてくれたんだよ。酷いことしないで!」
一触即発とも言える状況で、俺達の前には腕をいっぱいに広げた少女が立ち叫んだ。さっきまで目に涙を溜めていたとは思えない凛とした声が辺りに響く。
しばし二人は睨み合っていたが、若い男がため息を付き弓を下ろした。
「落ち着いたみたいだね。では話し合いをしましょうか」
重い空気の中、ティモの呑気な声が場に響いた。
―――
ティモと謎の青年カイル君が話し合いをしている間、あっちに行ってなさいとか言われてアンちゃんと俺は二人っきりになってしまった。
どうしたものかと思っていると魔法を教えてと可愛い瞳で言われた。さっきハンカチを濡らしたと時の魔法を見て興味がわいたのかもしれない。
彼女の可愛い瞳で見つめられては断れない。俺は持てる知識のすべてを使い魔法を教え始めた。
俺の教師としての才能がなかっただけかもしれないが、アンは魔法を使えるようにはならなかった。
初めてティモと会った時に素質のない人には教えられないって言った理由がわかった気がする。
この世界の魔法は呪文を唱えれば誰でも使えるって代物じゃない。あくまで術者が感覚で使っているものなのだ。
おそらくだが同じ炎を出す魔法でも、100人の魔法使いがいたら100通りのやり方があるのだと思う。
ティモの魔法の授業も、こういうことが出来るよ。あとは自分で出来るように頑張ってっていうスタンスだし。
魔法が使えなかった彼女は落胆し、うっすら瞳に涙を浮かべた。
その表情はとてつもなく保護欲を誘うものだった。
俺はつい我慢が出来なくなり、アンを抱きしめて頭を撫でた。
俺に抱きしめられて頭を撫でられたアンは恥ずかしそうに俯いて顔を赤く染めた。
何この生物超カワイイんだけど!撫でる手が止まらないよ……。
俺のナデナデは話し合いが終わり帰るまで続いたのだった。
邸に帰ると当然のことだがティモが今日のことを父に報告したようだ。
しかも俺が無理やり森の中に突撃したみたいな報告をしたらしい。
俺が普段お転婆な行動をしているせいか父はそれを信じてしまったようだ。これは冤罪だ!俺はやってない!
でもこれを否定してティモがクビになったら困るので、俺はなるべく可愛らしく謝って許してもらおうとした。
するとそれが功を奏したのか「はぁ、しかたない娘だね」とほっぺをぷにぷにしただけで許してくれた。
あの様子を察するに、俺が男だったらげんこつを落とされたに違いない。
この時ばかりは女に生まれて良かったとちょっとだけ思ってしまった。
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