第2話 魔法と師匠

「はい、終わりましたよ」

「ありがとう」


 いつものように若いメイドのミュリンに胸の辺りまで伸ばしている自慢のストレートヘアを櫛で梳かしてもらい部屋から出た。

 自分で言うのもなんだが、今世俺の容姿はとても良い。

 手触りの良い栗色のストレートヘアに真紅のくりくりお目々。容姿だけなら今の自分の身体はめちゃくちゃ気に入っている。

 せっかく良い物をもらったんだ。ちゃんと手入れはしないとね。




「さーてと今日も魔法の練習しますかね」


 俺は独り言をつぶやき庭へと出た。

 魔法の練習は初めて魔法が使えた時からずっと続けている。

 だけど本は読めないし、師匠もいないという状況なのでちゃんと訓練になっているかは不明である。

 無意味かもしれないのに何故やってるかって?

 単純に暇だからだ。この世界には幼稚園だの保育園なんて施設はない。つまりはずっと家にいるわけだ。時間が有り余っている。

 暇だからといって貴族の娘である俺が街に出て平民の子供と遊ぶわけにもいかない。もしそんなことすればあっという間に人攫いに遭うだろう。

 いくら普通の子供より賢かろうが身体は子供。5歳の子供が大人に勝つ術などない。

 まあ今は魔法が使えるってだけでも面白くて仕方ないので退屈はしていないから町で遊びたいとは思っていない。


 本が読めるならさらに有意義な生活をおくれるのだろうが、残念ながら俺には無理だった。

 貴族の家だから本自体はあった。でもいくら頭をひねっても読めるはずがなかった。

 だって全く予備知識のない知らない言語を読むなんてヒエログリフを解読するようなものだ。

 そもそも俺は頭がそこまで良くない。まあ馬鹿ってわけでもないだろうがヒエログリフ解読ができるような頭脳明晰な人間じゃない。

 5歳までに会話がちゃんと出来るようになっただけでも自分を褒めたいくらいだ。

 幼少期から本を読み漁りオレツエーなんて無理無理。同じ世界に転生すれば可能かもしれないが。




 てなわけで実を言うと魔法の属性が何種類あるのかすらわかっていない。

 今のところわかっているのは火・水・風・土くらいだ。このくらいなら誰だってありそうだなって想像つくだろ?

 この4属性の中だと土が一番得意。他の属性は燃費が悪いのか使い続けると頭がクラクラしてくる。

 一度無理して限界まで使ったら庭で失神していたらしく騒ぎになってしまった。

 当時4歳の貴族の一人娘が水浸しの地面の上で目を回していたら騒ぎになるってもんだ。

 しかし土魔法だけは半日ずっと使っていても平気だったんだよね。謎だ。


 逆に一番不得意なのは風。目視が出来ない風はイメージがしにくいのだ。

 風といえば傘がひっくり返るのと、スカートがめくれるってくらいのイメージしかない。

 一応竜巻もイメージは出来るが、出来たとしたら自分が吹っ飛んでしまいそうなので自重している。


 この世界の魔法は妄想力が非常に大事だ。俺は妄想が現実に投影されるといっても過言ではないと思っている。

 上手くイメージ出来れば魔法は発動し、迷いがあると発動しない。

 頭の中にあるイメージを魔力を糧にして現実に顕現させているという感じだ。

 俺は前世では空っぽな人間だったが、それでも人並みにはゲームしたり漫画読んだりはしてきた。

 そのせいもあってか魔法を頭の中に思い描くのは割と得意だ。


「きゃあっ!」


 夢中で練習していたらいつの間にか夕方。母が近くで俺の様子を見ていた。

 母がいることに気がつくのがちょっと遅かった。俺が放った風魔法でまたもや母のスカートをめくってしまった。

 ほう……、今日は可愛らしいピンクですね!おっと、不敵な笑みを携えた母がこちらに向かってきました。


「アリア~なんであなたはエッチな悪戯をしちゃうのかしらぁ?」

「いひゃいいひゃい!ぼめんばさい!」


 またげんこつを落とされると身構え頭を抑えたところ、今日はほっぺをぐりぐりとされた。

 うちの母は格好いい系の美人だ。前世の世界なら雑誌のモデルをしていてもおかしくはない。

 そんな美人にほっぺをいじられて悪い気はしない。むしろどこぞの業界ではご褒美なはずだ。

 でも力が強すぎる!力加減が上手くできない呪いでもかかってるの?ってくらい痛い!

 マジで痛みで強制的に涙が出るくらい痛いです。あなたの娘のほっぺが取れてしまいます。許してください。

 さんざん頬をもてあそばれ涙目になった俺は、母にお姫様抱っこで邸へと運ばれていった。




「ヒュー聞いてよ!アリアったらまた私のスカートめくったのよ!まるで男の子だわ!」

「それはいただけないね。リリのスカートをめくっていいのは私だけなのに」

「ちょっと!アリアの前でなんてこと言ってるの!」


 母のリリアンヌは顔が真っ赤に染まる。うちの両親は家でこのようによくいちゃこらしている。

 前世では恋人といちゃいちゃなんてしたことない俺にとってはちょっと羨ましい光景だ。

 そんな仲睦まじい様子を羨望の眼差しで見ていると、父のヒューグレイが俺に家庭教師をつけることになったと言った。

 以前ねだった時から結構時間が経ってるので、もしかしたら魔法の先生はそうそう見つからないのかもしれないと不安に思っていたところだ。でも見つかったなら良かった。

 魔法は行き詰まってるし、文字の読み書きも出来るようになりたかったからね。


「嬉しいです!父様大好き!」


 俺は満面の笑みで父のヒューグレイに抱きついた。これ父親ならば娘にやってもらいたいやつだろう?

 こういうところで点数を稼いでおけば、将来結婚したくないという我儘を聞いてもらえるかもしれない。

 どっかのタイミングで「私パパと結婚する!」も言っておくべきかも。恥ずかしいけど。


「普通は勉強したくないとか言うものなのにアリアは変わっているね」


 ヒューグレイは俺を抱き上げ頭を撫でる。

 打算的な行動であったがヒューグレイは娘に抱きつかれてとても嬉しそうだ。俺の「娘は嫁にやらん!」計画が一歩進んだ気がした。

 しかしいつからだろうか。今はもう男に抱っこされても不快な気持ちにならない。むしろ安心するような……。


 まさか心が女の子化してきたとか……?

 普段俺は周りからは当然女の子として扱われるし、自分自身でも周りに頭がおかしいとは思われたくないから女の子として振る舞っている。

 貴族のお嬢さんが、俺は男だ!とか騒いでたら外聞的にもよくないだろ?だからあくまで迷惑かけないために女の子の振る舞いをしてるんだ。

 無償の愛情を注いでくれる両親にはなるべく迷惑はかけたくない。恩ある人に、好きな人に迷惑はかけたくない。誰だってそうだろう?

 せっかく生まれた長女が変な娘で可愛そうねみたいな、周囲から哀れみの目を両親が向けられるなんてことは避けるべきだ。

 ただでさえ将来の結婚問題で迷惑をかける可能性が高いんだ。今はちょっとお転婆で可愛い娘でいよう。そう思って暮らしている。


 とにかく俺は女の子の振る舞いをしているだけで心は女じゃない。男に抱っこされて安心してるんじゃないはずだ。父だから安心してるんだ。これは父補正だ。

 身体が小さくなったせいでちょっと心が幼児退行してしまったんだ。そうに違いないよな?

 ふわぁ。なんだか抱っこされていたら眠くなってしまった。もういいや。面倒くさいことを考えるのはよそう。

 俺はそのまま目を閉じて幸せな夢の世界に旅立った。




 ―――




 俺は呆然と立ち尽くした。

 今日は例の家庭教師と初めて会う日。そして今、目の前にいるのだが……。


「子供ではないですか!」

「君に言われたくないなー」


 中性的な顔立ちで深緑の髪にエメラルドグリーンの瞳、そんな彼の見た目は中学生の男子である。

 大学生くらいの年齢で美人さんだったらいいな、でも現実は爺だろうなとか思っていたら子供が来たよ!


「僕は妖精人族エルフだからね。こう見えても40歳近くだよ」

「え、えるふ?」


 見た目に反しておっさんだった。

 というか、すごいよこの世界!魔法だけじゃなくてちゃんとエルフもいるんだ!

 ここまでくればドラゴンだっているはず。魔王とかもいちゃったり?ドラゴンとか魔王倒す物語始まっちゃう?

 うおおお!みなぎってきたぜ!

 ……いや待て、よく考えろ。今置かれた状況を考えると俺は魔法使いの女だ。

 ドラゴンだの魔王だのの討伐パーティ、つまり勇者パーティの仲間になったら勇者とのラブロマンスが始まってしまう可能性が高い。

 やっぱいなくていいやドラゴンも魔王も。平和が一番だよ。

 とりあえず魔法を上手く使えるようになって、男に守ってもらわずとも自力で生きられる力を手に入れ、我儘を押し通せる人間になろう。

 そして気難しい魔法使いのお姉さんキャラあたりになれば結婚しなくてすむかもしれない。


「子供って言ってごめんなさい。アルテイシアです。よろしくお願いします」

「ティモです。よろしくね」


 人とエルフの違いはなんだろうとまじまじ見つめていると意を酌んだティモが簡単に教えてくれた。


 見た目。人族に比べてエルフは大人でも童顔である。また人族に比べて体のサイズも小さめだ。ティモも見た感じ150~160センチくらいしかない。そのせいでさっきの俺が言ったようによく子供扱いされるみたいだ。

 肌の色。人族はベージュ。エルフは薄い桃色。白人とも言えるくらいのほのかな桃色だ。

 寿命。人族は70歳くらいだがエルフは最大200歳くらいまで生きる。


 大まかな違いはこんな感じらしい。

 ちなみにエルフの耳は尖っていなかったし羽も生えていなかった。なんかちょっとイメージと違って残念。でも長寿で童顔ってのはイメージ通りかも。


「ではアルテイシアがどのくらい魔法を扱えるか見せてもらおうか」


 ティモは町外れの方に俺の手を引き歩き出す。

 町外れなんて初めてだ。俺は生まれてから貴族街に散歩くらいしか行ったことがない箱入り娘なんだ。

 危ないんじゃないのかと不安に思っていると父に許可は取ってあるし、そこらへんの破落戸ごろつき程度になら数十人に囲まれても勝てるとのこと。

 思っているよりも魔法使いはこの世界で強力な存在のようだ。更にやる気が出てきた。




 丘となっている貴族街を下り北側の町外れ、森入り口付近までやってきた。


「ではあの木に魔法を放ってください。もしあまりにも才能がないと思われた場合はこの話なかったことにするつもりだから本気でやってね。素養ない人に魔法を教えるのは無理だし」


 親ばか貴族が娘は天才だ!という感じで本当はまともに魔法が使えないのに雇ったとでも思っているのか?

 失礼しちゃうわ!ちゃんと魔法つかえるんだから!

 でもせっかくの魔法を習う機会をみすみす逃すわけにはいかない。

 念の為に一番得意な土魔法を使うことにした。実力出し渋って「その程度なら誰でも出来るよ」とか言われたら嫌だし。

 俺は気合を入れて直径1メートルはあろうかという岩を作り出した。


「どりゃあ!」


 そして岩を指定された木に向かい思いっきり放った。岩はゆったりとした弧を描き木に激突した。

 木はミシミシっという音と共に倒れ、岩が地面に落下すると周囲に地響きが鳴り響いた。

 おほぉぉ。初めてこんなでかい魔法使っちゃったよ。実は今まで庭だったから手のひらサイズを乱発してただけだったんだ。これはなかなかの迫力だ興奮しちゃう!

 するとそれを見ていたティモが笑い出した。


「あっはははやりすぎでしょ。合格、合格だよ」


 なんだかやりすぎたらしいが結果オーライだ。




 合格を貰いさっそく魔法の授業が開始された。まず属性について。


 属性は基本は炎・水・土・風・金。特殊枠で光・闇。

 この中でまともに扱えるのは、炎水土風。

 金は魔力の消費量が半端じゃないらしく、扱えないと言うよりはみんな使用を避けている。

 手のひらサイズの金属を作るのすら大変で、魔力の低いものはそれだけでぶっ倒れるので役立つどころか自分の身を危険に晒す。扱わないのが無難な属性だ。

 何故金属性だけ大量の魔力を消費するかは不明らしい。


 残りの光と闇。これに関しては扱える人がほぼいない謎に包まれた属性。

 基本の5属性ではない謎の魔法を使う人々がおり、よくわからないのでその謎の魔法を光だの闇だのと言っているとのことだ。

 重力魔法とかがあるとすれば光か闇に属しそうだ。だが風以上にイメージが困難で出来る気がしない。

 とりあえずは光と闇は無いものと思っていいかもしれない。


 また無属性?と言うべきなのか、魔力そのものを放出し障壁を作ったりも出来るらしい。

 魔法と言えばファイアーボールだ!みたいな固定観念が有ったために魔力そのものを放出なんて考えもしなかった。

 今後は属性魔法だけじゃなく、魔力障壁などの練習もしないとな。


 その他にも魔法とは違い呪術なんかもあるらしいが、専門外なので教えられないと言われた。


「アルテイシアは5歳で4属性を使えるし土魔法に至ってはすでに一端の魔法使いのレベル。将来大魔法使いと呼ばれる存在になれる可能性があるよ」


 だがあくまで可能性だと、ティモは釘を差してきた。どこの世界でも子供の頃は神童と讃えられても努力を怠れば大人になった時普通の人になっているということだろう。




 次に魔力を伸ばす方法について。

 これは走れば体力がつく。筋トレをすれば筋肉がつくと同じ理屈らしい。

 なので俺が一年間適当に魔法を使っていたことは無駄ではなかったみたいだ。このままトレーニングを怠らなければかなり魔力総量は増えるはず。目指せMP100万ポイント!

 と意気込んだもののどのくらいの器まで成長出来るかは個人差があるようだ。

 俺の器よ。海のように広く、空のように高くなってくれ!

 コップ一杯が成長限界とかやめてくれよマジで。頼むぞ俺の肉体。




 さて一通りの知識を教えてもらったところでさっそく実技である。

 俺は基本的なとこはすでに出来ているらしいので、いきなり応用から始めることになった。


「僕が出した火球に水魔法を使ってみて」

「わかりました」


 俺は言われた通りに水魔法を使うと火は消えた。当たり前のことである。


「ではもう一回」


 俺は同じように水魔法を放つ。しかし今度は火が消えず水が蒸発してしまった。


「炎が消えないのは魔力圧縮により威力が上がったから。君にはこれからこの魔力圧縮の練習を日課にしてもらう」


 また発動速度の向上。精度の向上もあわせておこなっていく。

 試験の時みたいな岩を作れたところで実践では使い物にならない。

 ゲームとは違い敵が棒立ちで攻撃を受けてくれるわけではないのだ。

 しかし魔力圧縮ってどうすればいいんだろうか。鉄を叩いて強くするみたいなイメージで魔法を発動させるのかな?よくわからない。

 道のりは長そうだ。頑張ろう。


「そうそう、明日からは午前に座学、午後は魔法の練習だ。頑張ってね」


 ふん。望むところだ。たくさん勉強して経験して今度こそ楽しくて幸せな人生を送るんだ。




 俺に師匠が出来てから約一週間が経った頃、母リリアンヌの妊娠が発表された。

 みなが祝福ムードの中、俺は神に祈った。頼むから弟であってくれと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る