第21話幸せな日常
「たっだいいまー!」
私は元気よく帰りの挨拶をするとリリアンヌの胸の中に飛び込んだ。
そんな私をおかえりと母はムギュっと抱きしめる。引き締まった肉体だがほんのり女性らしい柔らかさがあって、抱かれていてとても気持ちがいい。
とは言え母の力は強いため結構苦しい。いやだいぶ苦しい。だがそれがいい!
何故リディアに苦しいくらい強めにハグを要求したか、それは母様のせいだろう。
幼少の頃から力強く抱きしめられていたせいでそれが癖になってしまったのだ。
私軽いハグでは満足出来ない身体に調教されてしまったの。
「お嬢様、『たっだいまー』じゃありません!『ただいま帰りました』です。どうして格上の家に出向いたのにお行儀がよくなるどころかまたお転婆に逆戻りしているのでしょうか……」
エトーレに苦言を呈されてしまった。
ファリス家では私のお行儀に対して何か言ってくる人なんておらず、自由奔放にしていたためお行儀のことなんて頭からすっぽり抜け落ちてしまっていた。
これからまたエトーレに小言を言われると思うと面倒くさいとも思うけど、帰ってきたんだなっていう安心感もあって複雑な気分だ。
「ねぇねー!」
エトーレの小言に苦笑いしていたら、ミュリンに連れられてきたフレンが飛びついてきた。
「ただいまフレン。大きくなったね!」
私は飛びついてきたフレンを抱き上げた。
お、重い!この約半年間でまた重くなった。もう少し成長したら力の弱い私では落っことしてしまいそうだ。
「ねぇねどっか行っちゃいや!一緒にいるの!」
「ごめんね」
フレンは母猿にしがみつく子猿のようにガッシリとしがみついてきた。私はそんなフレンを優しく撫でる。
「ぼくねぇねと結婚するの!」
「えっ!?それは……」
「そうすればずっと一緒!ねぇね嫌なの?」
いきなり結婚するなんて言われて口篭もっていると、フレンの瞳にはだんだんと涙が溜まってきて今にも泣きそうな表情になる。
「い、嫌じゃないよ」
「いやったー!ねぇねはぼくのおよめさん!ちゅー」
「んっ」
そのまま要求されるがまま誓いのキス?までさせられてしまった。
ううぅ……。あんな涙の溜まった瞳で見られたら、お姉ちゃんとは結婚できないよなんて言えない。
そんな私達のやりとりを皆は温かな目で見守っていた。
見守っていないで誰かフレンの教育をしてほしい。私には現実を突きつけることなんて出来ないよ。
―――
次の日からいつもの日常に戻ってきた。
朝、目が覚めたら庭で花の香を楽しんで朝食を取って。でもそこからが問題だ。
今までならティモの授業があった。そして午後には魔法の訓練に町外れまで行く。
でももう彼はいない。一応魔法の訓練には5日に一回程度レイが付き合ってくれることになったけど暇だ。
昨日私と結婚するとか言っていたフレンはまだまだ甘えたい盛りなので母様についていってしまった。初日から嫁を放置するなんて悪い男だ。
暇を持て余していたらエトーレに礼儀作法を教わることになった。しかし礼儀作法になんて興味がないため退屈すぎて死にそうだ。
いくらちょっとは女らしくなったといっても私には令嬢然とした言動なんて無理だよ。
そんな暇な日々を過ごし始めてから一週間。私は禁断症状に悩まされていた。
夜眠る時の温もりが足りない!
約半年間ずっとリディアと一緒に寝ていたためにそれに慣れてしまった。寂しくて寒くてなかなか寝付けない。
私の旦那であるはずのフレンは寝る時は当然母様と寝ている。
新婚の嫁をベッドの中で放置するなんて極悪非道な男だ。もう彼とは離婚だ!
「マリカ一緒に寝よう」
「え!?」
私は我慢ができずにマリカをベッドに連れ込むことにした。
マリカは頬を赤く染めもじもじし始めた。それを見てティモがマリカは私に惚れているとか言っていたのを思い出した。
もしかしたらマリカは女の子が好きな女の子で、夜寝ている間にキスとかされてしまうかもしれない。
でもそんなことは気にならなかった。とにかく私は温かい抱き枕がほしいのだ!
こうしてマリカと一緒に眠るようになったおかげで、禁断症状に悩まされることはなくなった。
ある日食卓に珍しいものが並んでいた。ピザだ。
まさかピザが食べられる日が来るなんて思ってなかったので歓喜である。
「んまーい!」
私は手元にあったナイフで三角形に切ってから、つい手で鷲掴みにして食べた。
「お嬢様!なんてお行儀が悪い!!」
すると横に控えていたエトーレにめちゃくちゃ怒られてしまった。
仕方ないじゃん。前の世界ではそういう食べ方してたんだもの!癖がついてしまっているんだ。
というかピザってパンみたいなものでしょ?なら手で食べていいじゃん。
「仕方ないさ初めての食べ物で食べ方がわからなかったんだよ」
「だからといって手で掴んで食べるなど……」
不満げに唇を尖らせていたら一緒に食べていた父様がフォローしてくれた。
その後はナイフとフォークを使って食べることとなった。
でもナイフとフォークでピザを食べたことなんか無いため、とても食べにくくて手で掴んで食べたいという気持ちを抑えるのが大変だった。
それにしてもなんでいきなりピザなんて出てきたんだろうか。気になったのでトニに訊ねてみた。
トニによると三ヶ月くらい前から旅の料理人、ダグラスという男がうちに出入りしているらしい。
トニは彼から新しい料理を教えてもらい、ダグラスにはここらへんの名物料理を教えてあげているみたいだ。
いいねいいねそういうの大歓迎だよ。むしろなんで今までやってなかったんだ。
今度の食生活が楽しみになった。
―――
数日後、今日はレイが魔法の訓練に付き合ってくれる日。
普通ならば二人で町外れに行くところだが、今日は特別ゲストがいる。カリムとマリカだ。
以前レイが賊との戦いでの私の活躍を誇張気味に話して聞かせたところ、どうしても一回だけ派手めの魔法が見てみたいとおねだりしてきたからだ。
それを私は快諾した。何処の世界だって子供は派手な魔法に憧れるものだもんね。
訓練が出来る場所まで向かう途中、貴族街を歩いていると貴族街には似合わない服装をした男が対面から歩いてくる。
「お前は……」
「お、久しぶりだな。あんたらここらへんのお貴族様だったのか?」
その男は賊相手に手加減をしていた無精髭の男であった。
「なんでお前みたいな者がここにいる」
「俺って腕前は確かじゃん。だから短期でもいいから雇ってくれるとこないかなって。俺はエリック、どう?俺のこと雇わない?」
「誰がお前みたいな不誠実な男を雇うものか」
「だろうな。あーあ失敗した。ちゃんと本気で戦っておくんだった。んじゃ俺はそっちの青年に嫌われてるみたいだし行くわ。じゃあなお嬢ちゃん達」
エリックは本気を出していなかったことをあっけらかんと暴露し、足早に立ち去っていった。
嫌なやつ。あんまり顔を合わせたくないものだ。
「さーてどでかい花火見せてあげましょうか!」
町外れに到着し、私が気合を入れるとカリムとマリカが目を輝かせた。
とは言え何を見せようか。風魔法は危険だから止めたほうがいいよね。
ティモに風魔石を貰ったおかげで結構威力を高められるし危険だ。最悪四人全員大怪我をしかねない。
やっぱストーンショットガンとファイアーボールかな?賊との戦いで使ったものだし。
「よーしいくよ!ストーンショットガン!」
適当に森の木に向かって放ったところ、石弾が当たった手前にある数十本の木の葉や枝が吹き飛びボロボロとなり、ほぼ幹だけになってしまった。
そして2本の木が自重を支えきれなくなりミシミシという音と共に倒れた。
我ながらいい感じに派手に出来たと思う。ふふ、どうよと後ろを振り返ってみた。
「お嬢様凄い!」
「「…………」」
マリカは目を輝かせ飛び跳ねていたが、男二人は目の前の変わり果てた木々を呆然と見つめていた。
カリムに至っては軽く怯えているようであった。ちょっとやりすぎて怖がらせてしまったようだ。
「ほ、ほらこれがファイアーボールだよ!」
私は男二人の意識を目の前にあるボロボロとなった木々から逸らすために咄嗟にファイアーボールを作り出した。
「お、お嬢様ってすごい人なんだな」
「そうかな?」
「可愛くて性格良くて魔法の腕前もすごくて」
「お嬢様を口説くな」「お嬢様に手を出したら殺すわよ」
「口説いてないし、手も出さねえよ!レイさんもマリカも睨むなよ!」
「可愛いとか言うのは好きな子だけにしたほうがいいよ」
「今度からそうします」
まったくうちの若い男はしょうがないね。
フレンにしろカリムにしろ将来自覚なしに女の子口説いて、勘違いされてからの刀傷沙汰なんてことにならないようにしてもらいたいよ。
そういえばこのファイアーボールどうしよ。
ちょっとした火程度なら魔力を拡散すればいいけど、ファイアーボールまで圧縮しちゃうと面倒いんだよね。
前はティモが作った水壁に当ててたけど今は的がない。木に放ったら火事になるし。うーん。
とりあえず空に打ち上げて花火みたいに爆発させればいっか。
「そーれ。たーまやー」
「お嬢様ダメですよ!」
「え?なんで?」
「理由はすぐにわかります」
なんで花火上げたらダメなんだろう。
理由は約十分後にわかった。騎士たちが10人弱血相を変えてやってきたのだ。
空に爆発物を打ち上げることは救難信号みたいな意味として使っているらしい。
「どうかしましたか!?」
「いえ何でも無いんです。ちょっとお嬢様が魔法の訓練中だったんです。申し訳ない」
「そうでしたか。大事ないならよかった。では我々は失礼します」
「騎士の皆さんごめんなさい」
「いえいえ!これが我々の仕事ですから。でもイタズラで毎日されると困りますがね。はっはっは」
騎士達の隊長っぽいガタイの良い男は快活に笑うと部下を引き連れて帰っていった。
知らなかったとは言えかなり迷惑なことをしてしまった。今度から気をつけないと。
その後カリムとマリカが自分たちにも魔法使えるかな?なんて言うものだから少し教えることになった。
「こう魔力を一箇所に集めて火水風土の何かしらのイメージをするんだよ」
「?」
私の説明でカリムが困惑した表情をしている。
自分で言っておいてわけのわからないセリフだと思う。前の世界でこんな事を言ったとしたら、良い病院を紹介されてしまうことだろう。
でも実際私はこんな感じで魔法を使っているのだ。わけのわからない説明になってしまうのは仕方がないことなんだ。
「わ!やりましたお嬢様!火が出ました!」
「マリカ凄いじゃん!」
マリカの手のひらにはライター程度の大きさの火がゆらゆらとしていた。
よくあの意味不明な説明で出来るようになったね……。私はビックリだよ。
「これで料理を習うことが出来ます。将来お嬢様のために甘いお菓子を作れるように頑張ります!」
「マリカ……。いい子!愛してるよ!」
「えへへ」
「なぁレイさん。俺にじゃなくてお嬢様に口説くなって言うべきじゃないか?」
「……そうかもしれないな」
男二人の会話はマリカを抱きしめて撫でる私には届かなかった。
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