第22話終わりはいつでも突然に

 私が生まれ変わって早いものでもうすぐ10年。

 始めは女の子として生まれてどうなるかと思っていたけど、なんだかんだ幸せです。


 それに最近は男に対しての抵抗感みたいなものも完全に無くなってしまった。

 いろいろと原因はあると思うけど、フレンによるものが大きいと感じる。

 彼は弟でありまだまだ子供だけど男だ。私は彼に嫁にされてからというもの毎日おはようのキスとおやすみのキスをさせられている。

 いつも母のように力は強くないもののギューっとしがみつかれてキスされており、この前なんかベロチューまでされた。

 まさかベロチューがあんなに気持ち良いものだとは思わなかった。脳が痺れてされるがまま蹂躙されてしまいました。

 真面目にお嫁に行けない案件です。

 こんなことどこで知ったのかと問いただしたら、父様と母様がしていたそうだ。

 まったくあの二人はなんてシーンを子供に見られているんだ!


 私がフレンにどんどんと調教されているような気がするのは気の所為ではないはずだ。

 だってあの甘美なキスをフレンには大人になるまで禁止って自分で言っておいて、実はまたベロチューしたいってされたいって思ってしまっている自分がいるんだから……。

 昨日リリアンヌ譲りのかっこかわいい顔で『しよ』って言われた時は心が揺れた。

 天使の自分がお互いのためにもしちゃダメ!と言い、悪魔の自分がいいじゃないか快楽に溺れてしまえと囁いた。

 とりあえず昨日は天使が勝った。

 だが天使が勝ったと同時にある思いがよぎった。許可なんか取らずに無理やりしてくれればよかったのにと。

 いけない。いくら心のままに生きると決めたからって快楽に身を任せていたらただのビッチだ。

 学園で離れ離れになるまで二年間ある。私は誘惑に耐えられるだろうか。不安だ……。




 さて、私がもうすぐ10歳になるということでヴァルハート家でもちょっとずつパーティの準備をするようになった。

 なんでも10歳の誕生日は特別らしく、家の規模にもよるが盛大に祝う習慣があるらしい。

 10歳が特別なのはたぶん医療技術が発展していないため子供が死にやすいからであろう。

 実は私には兄がいたらしい。しかし兄は生まれてすぐに高熱を出して亡くなってしまったようだ。

 乳児死亡率はかなり医療技術が発展しないと下がらないだろうから、10歳が特別ではないようになるのは遠い未来だろうなって思う。


 というわけで特別な10歳の誕生日には王都に居を構えている本家から伯父が来るようだ。

 またパーティには伯父だけでなく町の有力な商人なども参加するらしく、正直に言って今から気が重い。


「ではまた最初から」

「本日はわたくしの誕生パーティにお越しいただき……」


 そのせいでこのところ毎日挨拶の練習や礼儀作法の授業ばっかをしている。つまらない。誰か助けて。




 挨拶の練習から解放された私が部屋から出ると、細目の男ダグラスに声をかけられた。


「お嬢様ってのは大変ですねぇ」

「あ、ダグラス。今日は何か料理作りに来てくれたの?」


 普段は町のある程度経済的に豊かな人が来るようなレストランで働いているらしい旅の料理人ダグラスは、ふらっとうちに来てはトニと一緒に料理をしている。

 彼が来た日は普段あまり食べられないものが出る可能性があるので期待してしまう。


「いえ今日はお嬢様をデートに誘いに来たんですよ」

「ダグラスあなたロリコンだったの?ごめん近寄らないでもらえる?」


 ダグラスは三十路男だ。

 いくら男に抵抗感がなくなってきたからといっても、ティモとは違ってしっかりと年齢通りの風貌で顔には脂が乗り始めた男にはときめかない。


「そういう意味じゃないですよ。言葉の綾ってやつです」

「じゃあどういう意味?」

「お嬢様ってもうすぐ誕生日でしょ?だから俺からもプレゼントあげたいんですが、俺って料理くらいしか取り柄ないんでレストランに招待したいなって」

「別に招待なんてぜずにうちで作ってくれればいいんだけど」

「俺知ってますよ。お嬢様ってピザを手で掴んで豪快に食べたいと思っているでしょう?」

「な、何故それを!?」

「レストランでならそれを咎める人はいません。レイさん辺りは護衛で付いてくるでしょうが、なんだかんだ彼はお嬢様に甘い。許してくれるでしょう?」


 これは悪魔の囁きだ!

 せっかくお行儀が良くなってきた私に対しての!


「それにレストランのほうがいい窯なんで味もいいですよ」

「行きたいです」


 私はあっさりと悪魔の囁きに屈した。キスは我慢できたけどこれには我慢が出来なかった。

 だって美味しいピザに豪快にかぶりつける機会なんて今後いつあるかわからないもの!


「じゃあ旦那様の許可が取れたら教えてくださいな」

「わかった」


 さっそくその日父に相談した。すると今までお願いをほとんど聞いてくれていた父が少し渋っていた。

 さすがの父も帰りが日没後になるのは心配なのかもしれない。


「うーん」

「父様お願いします。このままでは礼儀作法のストレスで誕生会までに禿げてしまいます。どうか授業を頑張るためにもご褒美をぉ」


 なるべく猫撫で声を出し、瞳を潤ませて上目遣いで父を見つめる。


「わかったわかった。しかたないね」

「やった!父様ありがとう!大好き!」


 私は父に飛びつくと頬にキスをした。そしてゴロゴロと猫のように顔を胸に押し付ける。


「……アリア、こんな小悪魔みたいな真似を何処で学んできたんだ。困った娘だ」


 ふへへ。己の欲望のためになら小悪魔にでも魔性の女にでもなりますよ。

 こうして四日後レストランに食事をしに行くことになった。




「あまり遅くならないようにね。レイ頼んだよ」

「お任せください」


 町中は光石と呼ばれる昼間吸収した光を放つ石が設置されているが、前の世界の街灯のような明るさはない。

 その上数時間で効果が切れてしまうのであまり呑気にレストランで過ごしていると真っ暗になってしまう。

 魔力を扱える私のために、魔光石という魔力を注ぐと光る石も持たせてくれたけど、昼間に比べて危険なことにはかわりないだろう。

 今後も我儘を聞いてもらうためにも遅くなって心配をかけないように注意しないといけない。


「それじゃ行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 夕焼け空の中に佇む父様に手を振られ私達は邸を出発した。




 邸から徒歩で約20分程度のところにダグラスの指定したレストランはあった。

 店内に入ってみると活気に溢れており、ぱっと見座る席が無いように見える。奥に特別席でもあるのかな?

 ダグラスが姿を現さないため仕方なく自分から店員さんに声をかけてみた。


「あのー」

「ああ、いらっしゃいませ。申し訳ない今満席なんですよ」

「ダグラスという料理人に呼ばれて来たのですが」

「ダグラス?彼なら昨日付で辞めたはずですが……。日付を間違ったのでは?」

「辞めた?日付を間違うなんてそんなはずは」

「ともかくすぐには席にご案内出来そうもないのですがどうしますか?」

「お嬢様帰りましょう。胸騒ぎがします」

「うん。私達帰りますね」

「せっかく来店していただいたのに申し訳ありません」


 私達は店を出ると足早に来た道を引き返す。

 誕生日に悪戯をプレゼントなんて笑えない冗談だ。

 普通ならレイもグルで私がいない間に邸でパーティの準備をしていましたみたいなものを想像するものだけど、グルだとしたら胸騒ぎがするなんて言うだろうか。

 それにいつもならレイは私に歩くスピードを合わせてくれるのに、今は繋いだ手をグイグイと引っ張ってくる。

 この時のレイの表情は無表情で薄暗いせいか少し怖くも感じた。




「ぃゃー!」

「「!?」」


 邸の近くまで戻ってくると誰かの悲鳴のような声が響いた。

 悲鳴を聞いた私とレイが慌てて玄関の方へ駆けていくと玄関の扉から血の付いた剣を持った一人の男が飛び出してきた。


「お前はエリック!?何故ここに」

「ちっ、タイミングの悪いお二人さんだ」


 エリックと私達が対峙していると遅れて玄関から剣を片手に持ったリリアンヌが飛び出してきた。


「母様!?どうしたのですか!?」

「その男がヒューを!!!ウィンも殺したのよ!絶対に許さない!殺してやる」


 リリアンヌは瞳から涙を流しながら悪鬼のような形相でエリックを睨みつける。


「父様が死んだ……?」


 母様が何を言っているのか理解できなかった。だってさっき父様は笑顔で行ってらっしゃいって手を振っていたのに。

 それなのに死んだ?意味がわからない。


「うおおおっ!」

「おっと」


 ふと気がつくと横にいたはずのレイがエリックに斬りかかっていた。


「お嬢様、奥様お逃げください!」

「レイ!邪魔しないで!」

「相手との力の差がわかる利口な青年だ。利口な奴は好きだぞ俺は」


 エリックがそんな軽口を吐いたと同時にレイは血しぶきをあげて崩れ落ちた。

 以前賊相手に見事な受け流しを見せたレイだが、エリックとのあまりの力量差になんの抵抗も出来ずに斬られたのだ。


「レ、イ?」

「うわあああ!」

「おうおう勇ましい奥さんだ」


 鬼のような形相で斬りかかるリリアンヌをエリックはまるで子供と戯れるように軽く受け流す。

 そんな二人を尻目に私はよろよろと倒れたレイの元へと向かった。


「ねえレイ起きてよ」

「…に……げ…………」


 即死ではない。生きてはいる。

 でもどんどんと地面に血溜まりが広がっていく。

 助からない。

 この世界でこんなに血を流してしまったら、こんな深い傷を負ってしまったら。

 目の前で大事な人の命が消えようとしている。

 その事実が受け入れられなくてただ頭が真っ白になった。


「はああぁ!」

「結構やるな奥さん(我を失って暴走しているように見えてしっかり隙がない攻撃をしてきやがる。天才ってやつか。ま、そういうときには……)ほれっ」

「アリアッ!!!」


 レイの傍らでへたり込んで呆然と二人の戦いを見つめていた私に向かってエリックが何かを投擲した。

 ナイフだった。

 それがわかったとき世界がスローモーションになったように感じた。段々と迫ってくるナイフに対して瞬きすら出来ない。


 死。


「はぅ……」


 私に死をもたらすかと思われたナイフは私の顔の横をかすめていった。

 ナイフは私に死をもたらすために投げられたのではなかった。リリアンヌを斬るために投げられたものだったのだ。

 リリアンヌは憎しみに囚われ我を失っているように見えたが母親だった。娘である私を心配して投げられたナイフに気を取られてしまった。

 それをエリックは逃さず、隙だらけになったリリアンヌを斬った。

 私はそれをスローモーションの世界で見ていた。ただ見ていることしか出来なかった。


「うわあああぁ!」


 私はエリックに殴りかかった。魔法を使うなんて冷静さは持ち合わせてなかった。


「なんで!なんで!?幸せだったのに!!!なんでこんなこと!」

「すまねえな嬢ちゃん。仕事だ」

「……しごと?何が仕事だ!ふざけるな!なんでお前みたいなクズが生きてて私の大切な人が死なないといけないんだ!死ね!お前なんか死んじゃえ!!うぅぅ……」

「…………」


 何の考えもなしに死ね死ねと叫びながらエリックの胸を叩く。まるで駄々っ子のように。

 エリックは何か防具を着ているのだろう。叩いた右手が痛くなっただけだった。


「……私もさっさと殺せばいいじゃん。仕事なんでしょ」

「……」

「なんとか言ったらどうなの!」


 痛む右手で再度エリックを殴りつける。

 するとエリックは糸が切れた人形のようにパタリと地面に倒れた。


「なんだよふざけてるの」

「……」


 何を言っても反応がないエリックをよく見てみると息をしていなかった。

 死んでいる。

 何故突然死んだのか。たまたま心臓発作を起こしたとでも言うのか。

 わけがわからない。


「こ、こんなやつどうでもいい。母様。レイ」


 他の皆がどうなったかわからない。でもとにかく目の前の二人を助けたい。でもどうすればいいの。


「そ、そうだ。ファイアーボールを打ち上げて」


 以前ファイアーボールを打ち上げた時はすぐに騎士達が駆けつけてくれた。だから藁にもすがる思いでファイアーボールを打ち上げた。


「ねえ。もうすぐ助けくるから。死なないで。お願い……」


 私は血の海に沈み、今にも息絶えそうなくらいか細い息の母を抱いて祈った。

 意味のある行動なんかじゃなかった。ただ私にはもう神様に助けを求めることしか出来なかったんだ。


 祈りを神様が聞き入れてくれたのだろうか。それとも独りぼっちになってしまう私を天使が迎えにきたのだろうか。

 唐突に世界は真っ白に染まり私はそこで意識を失った。

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