第23話聖女
私は飛び起きた。
目の前に広がったのはいつもの光景。自分の部屋のベッドに寝かされていたようだ。
部屋は薄暗く、夜明け直前か日没直後といった雰囲気だ。
何故か異常に喉の乾きを感じたため魔法でコップと水を用意して一気に飲み干した。
水を飲んで一息ついた私は、すぐにあの最悪な記憶が蘇り周りを見渡した。
するとベッドの横でレイが椅子に座って船を漕いでいた。
「あれ?」
レイが生きている。
あれだけ血塗れで、前の世界の医療技術ですら手の施しようがないような重傷を負っていたはずのレイが。
どういうことだろう。必死にあの時の記憶を呼び起こす。
たしか神様に助けを求めて祈っていたら光に包まれて気が遠くなったんだ。そこまでは覚えている。
じゃあもしかしてここは天国なの?
いや、天国に自分の部屋があるなんておかしな話だ。いくら天国が楽園だとしてもそこまで都合良くはないはずだ。
私は試しに自分の頬をつねってみた。痛い。
うん。ここは現実世界だ。私は現実世界で今まで眠っていたんだ。
つまりあれは夢?ただ悪夢を見ていただけなのでは?
だってレイがこうして普通に息をしているんだから。
「はぁ……よかったぁ」
あんなにリアルな悪夢は初めてだ。
でも夢の中に精霊が出てくるような世界だし、変な夢を見る可能性は十分にあるはずだ。そう自分に言い聞かせた。
「痛っぅ」
安心してベッドの上で腰を抜かしていると、船を漕いでいたレイが椅子から落ち床に転がった。
「おはよう」
「お嬢様!?目が覚めたのですね!よかった」
「え?ちょっ」
レイがいきなり抱きついてきた。普通はこんなセクハラじみたことをするような人じゃないので面食らう。
でもちょうど私も悪夢を見たせいで心細かったんだ。
しばらくそのまま二人無言で抱き合った。
「あのね、怖い夢見たんだよ」
「怖い夢ですか?」
「うん。母様とレイがエリックとかいう暴漢に斬られてさ、血塗れで死にそうになってた夢。本当に怖かった」
「お嬢様……。あの、気を強く持って聞いてください。それは夢ではありません」
「え?」
あれが夢じゃない?じゃあなんでレイは生きているの?
「何から話せばいいやら……」
レイは呟くと天を仰いだ。
数分後うまく頭の中で整理ができたのか、レイが語りだした。
まずさっき私が夢として語ったことはすべて現実にあったことらしい。
あの日ヒューグレイ、ウィン、トニの三名が亡くなった。
父様が亡くなったと言われても遺体を見ていないせいか実感がわかなかった。涙も出てこないなんて薄情な娘だ、私は……。
また襲撃者であるエリックも死亡が確認された。外傷がないのに死んでおり死因は不明。ダグラスの消息も不明らしい。
エリックはヒューグレイを殺害後逃げようとしたため狙いはヒューグレイだと思われるとのこと。それ以外の詳細は不明だ。
私は惨劇の日から二日間眠り続けていたようだ。喉が乾いていたのはそのためだったみたいだ。
「あれが夢じゃなくて現実だなんて信じられないよ。あれが現実ならなんでレイも母様も生きているの?」
「私達が生きているのはお嬢様のおかげです」
「私のおかげ?私は神様に祈っただけだけど……」
「神様が助けてくれたわけじゃないですよ。お嬢様が助けてくれたんです」
レイは突然部屋にあった手鏡を手に取ると私を映した。
そこには真珠のような艶のある白髪、そして薄暗い部屋でも光り輝く金の瞳をもつ少女が映し出されていた。
髪色と目の色が変わり果ててしまったため、一瞬誰が映っているのか理解できなかった。
しかし、そこに映っていたのは確かに自分の顔であった。
「なんでこんな姿に……?」
「それは貴方が聖女だからです」
聖女。
数百年に一人と言われるほど稀に生まれるこの世界で唯一癒やしの力を持つ存在。
容姿の特徴は白髪金眼である。
その癒やしの力は強力でどんなに重病だろうが、たとえ体の一部が欠損していても癒やし、健康な状態にすることが出来る。
すでに死んでしまった人間を蘇生することは出来ず、また寿命は伸ばせないために老衰も治療できない。
しかしそれを差し引いても医療技術の低いこの世界ではその癒やしの力は誰もが欲しがるものであり、過去には聖女を巡って大国同士が裏で争ったこともある。
「お嬢様の力のおかげで、まだ息のあった奥様、私、エトーレ、ミュリン、カリム、マリカが助かりました。フレン様は元々寝ていたらしく大事なかったようです」
「そっか。みんなに会いたいな」
「もうすぐ夜明けです。皆が起きてきたら話をしましょう。お嬢様の今後の話を」
「私の今後?」
レイは質問に答えずただ強く抱きしめてきた。
目が覚めてから一時間弱、レイが私の目覚めを皆に知らせると続々と部屋に皆が集まってきた。
フレンとミュリンはいない。フレンはいないほうがいい話なのかもしれない。
その代わり一人見慣れない男がいた。
歳は三十路前後な感じで顔には小さな傷がある。面食いの女性ならば一目惚れすること間違いないレベルのイケメンだ。
「あのどなた?」
「お兄ちゃん、これから家族会議なの。勝手に入ってこないで」
「お兄ちゃん?」
ああ、母様の兄なんだ。イケメンなのも納得です。
というか母様、貴方はその歳でまだ兄をお兄ちゃんって呼んでるんですか……。
今更だけど父様が事あるごとにリリは可愛い!って言っていた理由の一端がわかった気がします。
「はじめまして。俺はリリの兄でお前の伯父ラウル。よろしくなアルテイシア」
「はぁ。じゃあ貴方が誕生パーティに出席予定だった伯父さん?」
「誕生会に来る予定だったのは長男のロベルト兄様よ」
「俺は家を捨てた身だからな。兄貴のスペア人生なんてまっぴらごめんだーって。だからお呼ばれされてないぜ」
「じゃあなんでここに?」
「ちょうど仕事が一段落してな。そっちのツンデレ妹と昔なじみのグレイの顔を見に来たんだよ。そしたらこんな事になっててよ」
「誰がツンデレよ!これから真面目な話するんだからからかわないで!」
「まあまあリリちゃん落ち着いて。話の内容によっては力になれるかもしれないし俺も入れてくれよ」
「ちゃん付けはやめて!何歳だと思ってるの!」
「ふふ」
なんだか空気を読まずに人をからかうところがティモみたいだ。
父様が死んだと聞いて落ち込んだ気分がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ和らいだ気がした。
「話し合い始めていいですか?」
「おうわりいな。始めてくれ」
レイの一言で家族会議が始まった。
まずレイの家、アルゼット家に口伝で伝わる昔の聖女二人のことを聞かされた。
一人目の聖女が発見、召し抱えられたのは12歳の時だった。
当時ノーブル帝国は今ほど大きな国ではなかったが、聖女を金儲けの道具として使い莫大な富を得た。
また何処の世界でも命を救うという行いは尊いものだ。聖女は民衆に絶大な人気を誇った。
それを利用するために当時の皇帝は聖女を妃とし、子供を産ませた。聖女が16歳のときである。
その後も帝国は聖女の力と人気を使いさらなる栄華を手にするものと思われた。しかしある時聖女は糸が切れた人形のように死んでしまった。
享年17歳。
二人目の聖女を発見したのは宗教国家のレギオン。発見時聖女は10歳。
聖女の癒やしの力という奇跡の御業は人々の信仰心を高めるのに大いに役に立った。
当時の教皇は50歳を超えていたが自身の血族を神聖なものとするために聖女に子を産ませた。聖女が15歳のときである。
聖女は己の祖父とも呼べる人物に毎晩のように求められ精神を病んでいた。
そこに目をつけたのがノーブル帝国である。聖女は藁にもすがる思いで帝国に逃げ出した。
帝国は一人目の聖女が早死だったことから、ある仮説を立てていた。聖女の力の対価は魔力ではなく生命力、つまりは寿命なのではないかと。
レギオンから奪った聖女の存在を公に出来ないこともあって、聖女の力で治療を受けられるのは特権階級の者のみとした。
しかしそれでも聖女は早死してしまったという。死に方も前の聖女と同じで突然パタリと死んでしまった。
享年22歳。
また生活面でもレギオンと大差ない扱いを受けたようだ。結局帝国でも二人子供を生んだらしい。
聞いていて胃が痛くなるような内容だった。
「私も大国に目をつけられればそんな人生を歩む羽目になるかもしれないってことだよね……」
部屋にいた皆は沈痛な面持ちで俯いた。
「数年は隠せても必ずお嬢様が聖女だとバレる日が来るでしょう。私はお嬢様に酷い人生を歩んでほしくはありません。しかし我々に取れる選択肢はほとんどない。どうすればいいやら」
「私達がアリアを守ればいいじゃない!」
「奥様、我々が死にかけたのをお忘れですか。奴一人にすら勝てない我々が国に抗うなど……」
「リリちゃんは都合の悪いことはすぐ忘れるからな」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「それに、また我々が死にかければお嬢様は力を使うでしょう?」
「……使うに決まってるじゃん」
「ですよね。お嬢様は見捨てることが出来ないでしょうから。でも何回も何回も力を使えば、おそらくお嬢様が我々より先に死んでしまいます」
「グレイの日記に書いてあったけど、アルテイシアは王子に好かれてるんだろ?保護してもらうのはどうなんだ?」
「それは私も考えましたが、レジスは一応属国です。ステイルの要求には逆らえないはず。となると存在を秘匿するしかない」
「秘匿?」
「城のどこかでスノウ様の愛人として一生軟禁生活を送るということです。それでもよければ掛け合ってみるのもいいかもしれません」
「やだそんなの」
「俺の姪はなかなか我儘だな。リリに似ちまったのか?」
「今のって我儘なの?」
「ああ我儘だ。軟禁とまではいかないが普通お姫様ってのはそれに近い暮らしをするもんだぞ」
「私姫じゃないよ」
「令嬢も姫も同じようなもんだ」
レイも、あれだけ伯父に突っかかっていた母様も何も言わなかった。
もしかして私は今までやりたい放題我儘娘だったの?
父様は思っている以上に甘やかしてくれていたのかもしれない。
お礼を言いたい。でももう伝えることは出来ない。
「とりあえず今アルテイシアが取れる選択肢は4つだな」
「え?今の話で4つもあった?」
「なんだよわからなかったのか?しかたねえな教えてやる」
1、バレるまでは仲良く暮らして、バレたら家族皆で戦って仲良く心中。
2、レジス王子の愛人。
3、家族を巻き込みたくないなら自らステイルかノーブルに行く。レギオンは止めとけ。
4、俺の娘となって冒険者になる。これを選んだ場合アルテイシアは襲撃者の手によって死んだことにする。
「さあ、好きなの選べ」
「冒険者?娘?お兄ちゃん何言ってるの!?」
「悪い話じゃないと思うけどな。大事な人が殺されたり、とっ捕まって奴隷にされるよりも好きに生きて人生楽しむってのも。人生楽しんだ者勝ちだぜ」
確かに他の3つよりは悪くないと思ってしまった。
それにアルテイシア・ヴァルハートは死亡したということにしておけば、万が一聖女だとバレて私が捕まったとしてもヴァルハート家は知らぬ存ぜぬを通せる。家に迷惑をかけることもない。
「なんで私みたいな面倒事を引き受ける気なったの?」
「……わからん」
「わ、わからんって。もしかして伯父さんってロリコン?」
「お、お兄ちゃん?まさかお兄ちゃんが結婚しないのってそういう理由!?」
「おいバカちげえよ!アルテイシアお前なんてこと言うんだ!そんな事言うなら俺は知らんからな!」
「あ、ごめんなさい。一日だけ、一日だけ考えさせてください」
「……はぁわかった。一日だけ待ってやる。明日までに決心がつかなかったら他の3つから選べ」
伯父のラウルは頭をガシガシとかきながら部屋を出ていった。
それに続きエトーレとカリム、レイが退出した。
「私はアリアと心中してもいいわ」
「私も何があってもお嬢様の味方です」
母様とマリカは私に一言声をかけてから出ていった。
お礼は言えなかった。だってあんなこと言われたら泣いちゃうよ。唇が震えてさ何も言えないよ。
ありがとう!
心のなかで大きな声で叫んだ。
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