第24話旅立ち
いつの間にか広大な草原に立っていた。
360度見渡す限り芝生の世界。そして目の前には可愛らしいピンク色の猫。
「久しぶりだね」
久しぶり。あれ?前は象だったような。
「今日はキミの好きな動物で登場してみたよ」
人の心を読まないでください。
そうだ。ノムスが言っていた呪いって聖女の力のことだったんだね。
「そうだよ。素晴らしい力とも言えるけど、力を持っている本人からしたら呪いみたいなものだろう?」
うん。将来のことを考えるとこんな力捨てちゃいたいくらい迷惑な力だけど、でも聖女の力を持っていて良かったと思ってる。
だって力がなかったら皆死んじゃってた。だからこの力を恨むことなんて出来ない。むしろ感謝してる。
「良い考え方だね。キミのことが更に好きになったよ」
んなっ!面と向かって好きとか言うな!
「猫の姿のボクに言われて何照れているのさ。まさか両刀どころか人外もいけちゃう人になっちゃった?」
そんなわけ無いでしょ!
というか何の用なの?まさかからかうために出てきたんじゃないでしょ?
「もちろんさ。何故かレイ君が聖女のことを少し知ってたから1から説明するわけじゃないけど、少し補足してあげようと思ってね」
なぜかってことは聖女の話は一般的ではないの?
「そうだね。なにせ生まれる頻度が少ないからね。力に気が付かずそのまま人生を終える場合もあるし、大きな国とかじゃないと詳細な情報は持っていないと思うよ」
ふーん。じゃあもしかしたらレイの家、アルゼット家は元帝国の貴族とかなのかな?話してくれた内容が帝国のばっかだったし。
でもあんまり詮索しないほうがいいよね。これ以上危険に首を突っ込みたくはない。
あ、補足説明お願いします。
「はいはい。では問題形式で教えてあげよう。第一問!なんでエリックは突然死んだんでしょう」
それはたまたま心臓発作みたいな……。
「キミの頭はお花畑かな?そんな都合いいことが起きたら誰も不幸にならないよ。ヒントは聖女の力は癒やしだけじゃない」
頭お花畑って失礼な奴だな!
うーんもしかしてエリックの生命力を私が奪ったとか?
「大体正解かな。聖女は癒やすことも、その逆のことも出来る。そしてその力を使うための燃料が生命力」
そっか。じゃあ私がエリックを殺したんだね。
「お父さんの敵はキミが取ったんだ。喜ばしいことじゃないか。なんでそんな顔をしているんだい?」
喜ばしくなんかない。たとえ悪人でも命を奪うのは気分のいいことじゃないよ。
敵討ちをしたいと思うような状況になんかなりたくなかった。父様に生きていてほしかった。
「そうかい。優しい子だ。
では第二問にいこう。何故ラウルは初対面のキミに対して救いの手を差し伸べたんでしょう」
ラウル伯父さん自身がわからないって言ってたのに私にわかるはずないじゃないか。
「エリックはなんでナイフを外した?なんですぐにはキミを殺さなかったんでしょう。キミを殺せるタイミングなんかいくらでもあったのに」
それは母様の気を引くために適当に投げたからでしょう?すぐに殺さなかったのは手加減する癖でもあったんじゃないの。
「キミはなかなか鈍感だね。じゃあダグラスはなんでキミを危険から遠ざけようとしたんでしょう。
更に前のことを言えば、アラン、スノウ、リディア他の皆もやけに最初から好意的だったと思わないかい?」
な、何が言いたいの?
「わからないかい?聖女はこの世界の生物に好かれるってことだよ。特に人間にはね。
だからラウルは無意識にキミを助けたいと思っているし、エリックはナイフを外しキミを殺すことを躊躇していたし、ダグラスもキミに死んでほしくなかった」
なんだどちらかと言えば良い能力じゃん。なんでそんな勿体つけて言ったんだよもう。
「確かに子供の時なら最高の能力だ。でもキミが大人になったらこれが最悪な能力になりうる」
子供だろうが大人だろうが人に好かれるって悪いことじゃないと思うんだけど。
「言い方が悪かったかな。好かれるというよりは愛されるんだよ。つまりキミはレイプされるってことだ」
は?
「同性からは好かれる程度で済むけど、異性である男は違う。キミのことを抱きたくて抱きたくて我慢できなくなる。
我慢が出来ないってレベルじゃない。洗脳と言うべきかな」
もしかしてレイが話していた二人目の聖女が帝国に行ってから二人も子供を生んだってのは……。
「そう。彼女が魅了したものだから男が理性を失って襲ったんだ」
でもどうしても嫌な人なら聖女の力で殺せるんじゃないの?
「残念だけど魅了が発動している間は聖女の力で人は殺せない。どうしても抵抗するんだったら魔法か物理的にだね」
ノムスが加護をくれることも、ティモが自分の身を守る力を鍛えるとか言っていたのもこれが理由?
自分の身を守れなかったら一生男に怯えて生きていかないといけないから?
「ティモ君が聖女についてどのくらい知っていたかは知らないからなんとも言えないけど、ボクが加護をあげたのはそういうこと」
そうだったんだ。ありがとねノムス。
てことはさ、ティモが布団の中で言っていた好きになっちゃうかもしれないってのも聖女の魅了の力が怖かったってことなのかな。
そうだよね。あの人が私のような小娘を好きになるとは思えない。
なにがティモは私にメロメロだ。なんて恥ずかしい勘違いをしていたんだろう……。
問題はもうお終い?二問だけ?
「うん終わりさ。今回言い忘れてたことがあったらまた今度教えてあげるよ」
言い忘れ……。ノムス貴方は忘れてなんかないでしょ?わかってて言わないだけ。
「ボクただの精霊だし。神様じゃないから言い忘れをする可能性はあるさ」
はぁ。もういい。どうせ聞いても教えてくれないんでしょ。
「あはは。察してくれて嬉しいよ。多くを語り合わずとも分かり合えるなんて素敵だね。ボクと結婚する?」
夢でしか会えない人外と結婚なんて出来るわけ無いでしょ。
「夢でしか会えない関係なんてロマンチックじゃないか。それに姿が気に入らないならほら、キミの好みの姿になってあげられるよ。
好きなんだよね。リリアンヌとかフレンみたいな顔つきが」
髪色はピンクだけれども、まるでフレンが成長したような姿になったノムスが迫ってくる。
うわわ、バカ近寄ってくるな!顔を近づけるな!
「あはは。真っ赤になっちゃって可愛いね。安心してよ。ボクは実体がないから触れられないよ」
はぁ。なんで私の周りにいる人達は皆してからかってくるの……。
「可愛い子は幼い間はからかわれる運命なんだよ。アイドル扱いしてもらえるのは大人になってからさ。だから今は諦めるんだね」
むぅ~。
そんなことよりさ、私はどうすればいいかな。
「今後の身の振り方かい?」
うん。
「さっきも言ったようにボクは神様じゃないから正解は教えてあげられない。アドバイスをするとしたら、リディアちゃんにキミが言ったセリフを思い出せってくらいかな」
リディアに言ったこと?
―――
気がつけば自分の部屋のベッドの中。
ノムスとの会話の途中で目が覚めてしまったみたいだ。
リディアに言ったことか……。
そうだよ。私には最初から選択肢なんて一つしかないじゃないか。
この世界に転生した時にそう生きていこうと決めたんだから。
決心がついた私は、朝の挨拶に来たレイにどうするか決めたことを伝えた。
昼過ぎになってから皆が部屋に集まった。今日はエトーレがフレンの相手をしているらしくミュリンがいる。
「私は家を出ます。そしてラウル伯父さんの娘となって冒険者になります」
「ふーん。随分と早くに決心がついてたみたいだが、理由でもあるのか?」
「私引きこもっていたリディアに、親友に言ったんです。閉じこもっていたら楽しいことにも嬉しいと思えることに出会えないって。
私の言葉で彼女は勇気振り絞り飛び出しました。だから私も飛び出したい。
籠の中で誰かが幸せを運んできてくれるのを待つのではなく、自分の手で掴みに行きたい!」
まさかリディアに言ったことが自分に跳ね返ってくるとは思ってもみなかった。
あの時リディアは勇気を振り絞って私の手を掴み外へと飛び出した。
だから今度は私が手を差し出してくれている伯父さんの手を掴んで飛び出そう。
人には外に飛び出そうって言っておいて、自分は嫌なことがあったら引きこもるなんて格好悪い。
「良い答えだ。さすがは俺の娘だ」
「不束者ですがこれからよろしくおねがいします。父さん。それともパパのほうがいい?」
「パパだとぉ……。こっ恥ずかしいな」
「何赤くなってるの?自分で言い出したんだから慣れてくださいね」
ラウルは額に手を当てて娘という設定はやめたほうがいいか……。いやしかしこいつみたいな容姿の奴を拾ったとなれば変な勘ぐりをされかねないし、などと独り言をつぶやいている。
そんな時突如マリカが声を上げた。
「お嬢様が旅立たれるなら私も付いていきます!」
「えーっとマリカちゃんって言ったか。お前は戦う力があるのか?」
「あ、ありません」
「なら連れて行くことは出来ない。ガキのお守りは一人までだ」
「でも私は旦那さまと約束したんです!お嬢様のために生きると!だからお願いします!」
「その意気や良し。だがな町の外ってのは町中みたいに甘っちょろくないんだ。突然魔物が出ることもあるし賊が出ることもある」
「死は覚悟の上です」
「お前が勝手に死ぬ分にはかまわん。だがな例えば賊にお前が人質に取られたとしたらどうだ?アルテイシアはお前を助けるために言いなりになるんじゃないか?」
「そ、それは」
「今のお前じゃ旅の邪魔になるだけじゃなく、アルテイシアを不幸にする可能性がある。それでも来るのか?」
「…………」
マリカはきつく唇を噛み俯いた。
「マリカの気持ちは嬉しい。でも今は家を、母様を支えてくれないかな?父様とウィルがいなくなって大変になると思うんだ」
「……わかりました。でもいつか必ずお嬢様に仕えますから!諦めません!絶対に!」
「ありがとう」
私とマリカが抱擁を交わしているとラウルが明日夜明け前に旅立つから他の奴らとも別れを済ましておけと言い残し部屋を出ていった。
「レイ。悪戯ばかり我儘ばかりの私に嫌な顔せずに付き合ってくれてありがとう」
「いえ、お嬢様と過ごした時間は楽しかったです。一生の宝物ですよ」
「最後だからお礼受け取ってくれるよね?」
私の言葉を聞くと頬をかきながらも少し屈んでくれた。私はそんなレイの頬に触れるだけのキスをした。
「一生の思い出とします」
「ミュリン。怖い思いをした時に優しく抱きしめてくれてありがとう。あれがなかったら私もリディアみたいに閉じこもっていたかもしれない」
「お嬢様のお役に立てたなら嬉しいです。ドジで失敗の多い私にも優しくしてくれるお嬢様は私にとって女神様のような方でした。ずっとお仕えしていたかった」
「そんな風に言われると照れるな……。そうだ。将来フレンの愛人にされないように早めに結婚してね」
「あはは、年が離れてるので大丈夫ですよ。でもそろそろお嫁に行きたいですね」
「レイなんかどう?優しいし優良物件じゃないかな?」
「か、考えておきます」
「よかったねレイ。考えてくれるってさ」
私のその言葉にレイは照れくさそうに苦笑した。
「カリム。前に好きな時に出ていってもいいって言ったけどさ、10年いや5年でいいから皆を助けてもらえませんか?」
「俺10年経っても20年経っても出ていかないよ。一生仕える。だからお嬢様は安心してくれ」
「頼もしいな。ありがとう。お願いします」
「任されました」
「フレンは……」
「フレン様はまだ幼い。事情を理解できないでしょう。だから会うのは……」
そうだよね。容姿のこともあるし、会ってしまえばアルテイシア・ヴァルハートが生きていることが露見する可能性が上がってしまう。
そしてフレンの何気ない言葉でアルテイシア・ヴァルハートは聖女の力を持っているとバレるかもしれない。
その結果、私の居場所を吐けと母様たちがまた襲われたらたまったものじゃない。
寂しい気持ちはあるけどお互いのために会わないほうがいいんだ。
エトーレには伝言を頼んだ。
私の将来のことを考えてちゃんと叱ってくれてありがとうって。
子供の言うセリフじゃないかもしれないけどさ、最後くらいはいいよね。
母様とは一緒に寝ることになった。フレンと会えない分まで最後に甘えさせてもらおう。
「久しぶりですね。母様とこうして抱き合って眠るのは」
「そうね。4歳くらいからは一緒に寝なくなったものね。寂しかった?」
「大好きな母様と一緒に寝られないなんて、それはもう寂しかったですよ」
「そう。ごめんね」
「いいんですよ。そのおかげでフレンと出会えた可能性もありますから」
「バカ何言ってるのよ!」
「あははは。照れてる母様は可愛いな」
照れた母様が持ち前の力でクマのようなハグをしてくる。
「ぐ、ぐるじい。でもきもぢいい」
「私みたいなのを可愛いって言ったり、苦しいのに気持ちいいとか言ったり、まるでヒューみたい。いつの間にかうちの娘がヒューみたいな変人で変態になってしまったわ……」
その後しばらく二人共無言で抱き合い時間は過ぎていった。
「……私ヒューも守れなかったし、アリアのことも守れない。ごめんねダメな母親で」
いつもは強気な言動の母様は弱気な一言をつぶやいてシクシクと泣き出してしまった。
もしかしたらこれが母様の本当の姿なのかもしれない。
こういうところが可愛いんでしょ?ねえ父様。
「母様はダメな母親じゃないです。だってたくさん愛情をくれましたから」
「私貴方が手のかからない娘だったからってあまりかまってあげなかったし、口下手だからお喋りもしてあげなかった。たまに抱っこしたり、4歳まで毎日一緒に寝てただけよ」
「それでも、いえそれこそが私にとっての幸せでした。私は絶対に母様に貰った温もりを忘れません。離れ離れでも愛してます。これからもずっと」
「私もアリアのこと愛してるの。大好きなんだよ。ねえ何処にも行かないでそばにいてよぉ」
「母様が皆が私のせいで血を流す姿は見たくないんです。それに私は奴隷みたいな生き方もしたくない。ごめんなさい我儘な娘で」
泣きじゃくる母を胸に抱いた。
今まで貰った愛を温もりを返すようにきつく、強く抱きしめた。
日も上がっていないような真っ暗な早朝。
私と新しい父さんラウルは魔光石の明かりを頼りに町の外へと歩く。
地平線から太陽が少しだけ顔を出した頃、町の東出入り口付近に辿り着いた。
そこで私は振り返り町を見る。約10年間過ごした故郷を目に焼き付けるように。
「おい。行くぞ」
「うん。……さようなら」
10歳の誕生日の六日前。私は故郷を、家族を捨てて旅立った。
※※※
あとがき
ここまでで約10万文字、本一冊分の量です。
多くの時間を使って読んでいただき感謝感激です。
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