第20話実戦
「お嬢様お久しぶりです。迎えに来ましたよ」
実家に帰ることを宣言してから一ヶ月弱、ようやくレイが迎えに着たため帰ることが出来る。
連絡手段が手紙なために無駄に時間がかかってしまった。一応この世界にも伝書鳩はいるようだけど、3羽に手紙持たせても3羽とも天敵に襲われるってこともあるしすぐには連絡を取り合えない。
電話などの通信手段がどれだけ素晴らしいものかってのを実感する。
「私行くね」
「…………」
リディアは俯いたまま返事を返さない。近寄って覗き込んでみると光るものが地面に落ちた。
「泣いてるの?」
「……アリアはお母様みたいにいなくならないよね?」
「もうダレンさんに似て心配性だなぁ。大丈夫だよ。私の魔法の腕前知ってるでしょ?暴漢なんかより強いんだから!」
リディアを安心させるため私は無い胸をドンっと叩く。
「うん知ってる。じゃあまた二年後絶対会おうね。絶対だよ」
「うん!またね」
私は袖で涙を拭ったリディアと最後の抱擁を交わし馬車へと乗り込んだ。そしてお互いが見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
カタカタと揺れる馬車の中、私はさっそくダレンさんに貰ったクッションをお尻の下に敷いてみた。
なんということでしょう。お尻への衝撃が7割カットされてるではありませんか。これなら痔にならずに済みそうですよ。お尻の安全が確保されて一安心だ。
しばらく馬車に揺られていると町外れまでやってきた。するとうちの馬車はどこぞの商隊と合流した。行きのときには単独行動であったが、帰りは商隊の後ろにくっついて移動することになったみたいだ。
「なんで商隊と行動を共にするの?」
「私も戦いの心得はありますが多勢に無勢だとお嬢様を守りきれません。かといって傭兵を雇うとなるとかなりお金がかかりますし、信用できる者を探すのに時間もかかってしまいますから」
行きの時はティモという一騎当千の強者がいたから単独移動でも良かったのかもしれないが、帰りはレイのみだ。戦力的に不安だからということか。
でも私は魔法を使えるし単独移動でも問題ないと思うんだよね。むしろ金品積んでいる商隊と一緒のほうが危なくない?
スノウ誘拐事件の時に血を見て倒れたせいで父様に気が弱いというイメージを持たれているのかな?家に帰ったら私はもう出来る子だよというアピールが必要かもしれない。
「お嬢様。起きてください」
「んにゃ?」
ペルクの町を旅立って2日目の昼過ぎ、暇な馬車の中でウトウトとしていたらレイに叩き起こされた。
「うわ。よだれで服が汚れちゃった……」
「お嬢様、よだれを気にしている場合じゃありません。賊に襲われました」
ええ……言わんこっちゃない。やっぱり思った通りの事が起きたよ。
「でも護衛がいるから大丈夫なんじゃないの?」
「それが昨日宿場町でわかったことなんですが護衛の人数が少ないのです。商人が護衛代をケチったみたいです。もしかしたら戦闘に巻き込まれるかもしれません」
物資に対して護衛が少ないって、それ襲ってくださいって言っているようなもんじゃん。
「それでどうするの?」
「今様子を見たところ前方にいる護衛は手練のようです。しかし後方の護衛は押されています。このままじゃマズイですね」
「後方って私達がいる場所のすぐ近くじゃん」
「はい。なので接近される前にお嬢様の魔法で撃退した方がいいかもしれません」
「うっ……」
口先でいくらやってやるなんて言っていても実際にやるとなると緊張する。
以前猪相手に放ったような魔法を人間に放つのだ。当たった人は絶対に死ぬ。今の私には命は奪わずに戦闘不能にだけするなんて細かな調整は出来ない。
私が尻込みしていると、レイが察したのか言い訳を用意してくれた。
「お嬢様は私が指差す方に言ったとおりの魔法を放つだけです。人殺しは私ですいいですね」
「うん」
馬車を降り状況を確認してみると、レイの言う通り後方の護衛は数的不利により苦戦していた。
護衛はちゃんとした剣士といった構えをしているが賊は我流といった感じの構えをしており、腕前自体は護衛の方が上のように見える。賊は仲間と連携しその腕前の差を埋めている。
護衛の集中力があるうちは数的不利でも持ちこたえられるだろうけど、このまま時間が経てば負けそうな雰囲気だ。
それくらいヤバい状況ではあるが、今なら賊は護衛に気を取られこちらに注意を向けていないため、固定砲台となって賊をまとめて焼き払えそうだ。私が参戦すればすぐに決着がつく。
でもやっぱり人を殺すのは尻込みしてしまう。
「お嬢様やりますよ。ファイアーボール!」
私は言われたとおりファイアーボールを作り出し賊に向けて放った。しかし、誰にも当たることなく魔法は地面に着弾した。
ファイアーボールが着弾した地面は抉れ、生えていた植物は焼失した。これがもし人間に当たれば即死……それどころか肉体が残らないかもしれない。
「おいっ!魔法使いがいるぞ!」
私が魔法を外したせいで仲間のバックアッパーとなっていた余剰戦力の賊の意識がこちらに向いてしまった。
「次はちゃんと指差したとこに放ってください。ファイアーボール!」
一発二発三発、いずれも賊に当てることが出来なかった。
賊はアランのように戦気を纏えているわけではない。普通の人の速度なのに。
当たらない理由なんて簡単だ。全部意図的に外しているのだから。
私の覚悟が決まらずにもたもたしている間に賊の一人がレイに切りかかる。
「下がっていてください!」
レイは私が魔法を当てられないと判断したのか下がるように指示を出す。
そしてすでに抜き放っていた剣にて冷静に斬撃を受け流し、バランスを崩した賊を斬り伏せた。
また目の前で人が死んだ。
怖い。
賊の先駆けは簡単に倒せたものの後続に3人もレイの元へ向かってきている。
「こっちにくるなあっ!」
このままじゃレイが殺されてしまう!そう思った私は反射的に大量に生成した小石を散弾銃のように賊達に向かって放った。
「ぎゃあああっ!」
戦況は一変した。私が放ったストーンショットガンは手前にいた3人の賊達だけではなく、流れ弾が奥で護衛と戦闘していた者たちにも当たったからだ。
大半の賊が体のどこかしらに当たったようで敵は怪我人だらけとなった。
「撤退!撤退だ!」
一瞬にして戦力の半数以上がまともに戦えなくなった賊は動けない重傷者を置き去りにして撤退していく。
私は撤退していく賊を眺め、危険が去っていく安心感からか腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
そんな私をレイは抱きかかえ、すぐに安全な馬車の中に退避させてくれた。
しばらく呆然と座っていると馬車が移動を再開した。私はポツリと気になったことをつぶやいた。
「魔法に当たった人は死んだのかな?」
「いいえ。怪我はしていましたが死んではいませんでしたよ。だから お嬢様 は人を殺してはいません」
私は殺していないか。でもおそらく彼らは誰かがトドメを指して死んだのだろう。
この世界は悪人でも更生を信じて刑務所に入れるなんてそんな優しい世界ではないのだから。
それにあの怪我だ。放って置いても死ぬだろう。結局トドメは指していないだけで私が殺したのと同義だ。
魔法の力は圧倒的で、小手先一つで人を殺せてしまう。それも一人二人の話じゃない。やろうと思えば何十人何百人をまとめて殺せてしまう。
今の私はミサイルを常に携帯しているのと同じだ。
怖くなった。自分の力が。
「すみませんでした」
「え?」
「私はお嬢様を、主を守らなければいけない立場なのに戦いに参加させてしまった」
「ううんいいんだよ。こういう時のために訓練していたんだから。私こそごめん。臆病なせいでレイが危ない目にあっちゃった」
「お嬢様が謝ることなんてありません!全面的に私が悪いんです。すみませんでした」
「なんで私達お互いに謝ってるんだろうね」
「そうですね。むしろお礼を言うべきでした。お嬢様が勇気を振り絞ってくれたおかげで助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ守ってくれてありがとう。格好良かったよ」
私の言葉を聞いたレイはポリポリと頬をかいた。
「お嬢様みたいな美少女に格好いいとか言われると照れますね」
「ふふ。守ってくれたお礼にほっぺにチューしてあげよっか?」
「な、何を言っているんですか!?そんなことしちゃダメですよ!」
「えー、前に罰ゲームでやらされたことあるんだけど」
「誰に!?」
「ティモに」
「あの野郎!お嬢様になんてことをさせているんだ……」
「あはは」
レイとの何気ない会話のおかげで少し落ち込んだ気分が晴れた。
―――
宿場町に着いた。
私達は馬車から降り、宿屋へと向かう。すると30代くらいの無精髭を生やした一人の男が声をかけてきた。
「ようお二人さん。賊との戦い見たぜ。やってくれるじゃねえか」
「お前は……。何故すぐに応援に駆けつけなかった?」
「何いってんだ。俺も目の前の敵に手一杯でよ。そんなすぐにいけるわけないだろ」
「…………」
「おおう怖っ!そんな睨むなよ。ちょっと挨拶しただけじゃねえか。ま、嫌われもんはさっさと退散しますかね」
男はそう言うと私達の宿とは違うところに向かっていった。
「レイどうしたの?あんな態度取るなんて」
「あいつが前方で戦っていた手練の護衛です。お嬢様ならわかるでしょう?戦気纏の剣士の強さは。あいつはもっと早くに敵を殲滅出来たのに手加減していたんです」
「なんでそんなことを?」
「おそらく護衛が何人か死ねば自分の取り分が増えるとでも考えていたんでしょう。それと魔法使いが私でなくお嬢様だと気付いているみたいです。あまり近寄らないほうがいい」
なんか嫌なことを聞いてしまった。
別に護衛が他の護衛を守ってあげる必要なんて無いんだろうけど、道徳に反したかなりグレーなお金の稼ぎ方だ。
しかし前の世界でも法律の抜け穴を利用し、道徳に反しているがルールは破っていないみたいな方法で稼いでる人間はたくさんいたようだし、当たり前のことなのかもしれない。
社会に出る前に死んでしまい、この世界でもまだ子供で世間知らずな私が何か言っても綺麗事言ってるんじゃねえよって思われるかもしれないけど、そのようなグレーな生き方はしたくないなって思った。
その後も何人かの護衛が私達に話しかけてきた。
彼らは後方で戦っていた者たちのようで怪我をしている人が多かった。
何を隠そう怪我の原因は私の魔法である。賊だけに当てるなんて器用な芸当は出来やしないのだ。当然彼らにも流れ弾が当たっていた。
でも彼らは皆感謝の言葉を伝えてきた。あのままじゃ死ぬかもしれなかった。こんな怪我程度ですんだのは魔法使い、レイのおかげだと。
中には今度子供が生まれるからこんなとこで死ぬわけにいかなかった。ありがとうと涙を流しながら言ってくる者もいた。
「見ましたか彼らの笑顔を」
「うん」
「確かにお嬢様は人を傷つけました。でもそのおかげで守られた人もいるんです。だから落ち込む必要なんてない。胸を張っていいんです」
そう言ってレイは優しく私の頭を撫でた。こうして私の初めての実戦は幕を閉じた。
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