第19話散歩と仕事の終わり

 私がファリス家に来てから半年が経過した。

 最近では大人に対してリディアが震えることもなくなっている。

 もしかしたら一生治らない可能性もあったわけだし、症状が出なくなったのは最高の結果といえる。


 だからそろそろ最後の仕上げをして実家に帰りたいと思ってる。

 友達と別れるのは寂しけれど学園でまた会えるはず。今は家族との時間を大切にしたいと思い始めた。

 だって父と母と過ごせる日々は学園に入るまでの残り二年ちょっとしかないかもしれないのだ。

 うちは父が19歳母が18歳で学園を卒業したと同時に結婚したらしいし、ダレンさんも18歳で卒業してすぐに20歳のエレーナさんと結婚したらしい。

 貴族は18歳から22歳くらいで結婚するものみたいなんだ。

 もし、もしもだ。本当にスノウが私を嫁にしようとすれば、うちの権限では断れやしない。だから学園を卒業して実家に帰らずに王都に連れて行かれる可能性も0ではないのだ。

 この手の知識はリディアがダレンさんと食事を一緒に取れるようになった後、ダレンさんが食事中に教えてくれたことである。

 こんな事話せばリディアのことを中途半端にほっぽりだして帰ると言い出すかもしれないのに。彼は父の親友だけあって本当にいい人だ。


 そんないい人であるダレンさんは未だに顔色が優れない。

 年上の女性であるエレーナさんを学生時代に口説き落としたくらい入れ込んでいたみたいだし、もしかしたらリディアより重症なのかもしれない。

 しかし私にはダレンさんを元気づける術は持ち合わせていない。どうにか立ち直ってほしいと切実に祈っている。




「街に行きたいか……」

「はい。リディアは使用人やファリス家に常駐している騎士などは怖がらなくなりました。なので最後に知らない人が周りにたくさんいるということを経験するべきかと」

「確かに学園は身元が確かな人々がいるわけだが最初は身知らずの人間だ。街で慣れるというのは悪くはない。しかし……」

「オスカーさんを護衛につけるだけでは不安ですか?」

「オスカーがいれば安心ではあるが……」


 ダレンさんは今までにないくらい渋っている。当然かも知れない。まだエレーナさんが襲われた事件から一年も経っていないのだから。

 ならば私も覚悟を決めるしかない。この世界は前の世界みたいに優しくはないのだから。


「もしリディアに危険が迫るようなら私がその人を殺します」

「本気かい?」

「人を殺すのは怖いです。でも親友がいなくなる方がもっと怖いですから」

「……わかったそこまで言うなら許可しよう」

「ありがとうございます」


 こうして私達は数時間だけ街の比較的治安がいい場所を散歩することになった。




 ―――




「街の散歩をするに当たって作戦会議をしたいと思います。はい拍手」


 私が拍手を要求すると、その場にいたリディア、ニナ、オスカーがパチパチと手を叩いた。


「作戦ってどうするの?」

「よくぞ聞いてくれました。まず始めにこれ!」

「なにこれ?平民の服?」

「やっぱり私お金持ちですみたいな服装で歩くのは危険だと思うんです。貴族街しか行かなくても何処で誰が見てるかわからないしね。だから今日一日私達はちょっとだけいいとこのお嬢さんだよ」

「わかった」


 リディアは私の提案をなんの抵抗もなく受け入れてくれた。こんなしょぼい服着たくないわ!とか言う子じゃなくて助かるよ。


「次に私達三人は今日一日姉妹です!」

「私も姉妹ですか!?」


 ニナが驚愕しているけど私は問答無用で説明を続ける。


「そう。万が一のときには申し訳ないけどニナに囮になってもらうかも。だからもちろんタメ口で話してね。敬語は禁止です」

「そういう理由なら仕方ないですがタメ口だなんて……リディアお嬢様何か言ってください」

「私は別に文句ないけど」

「私はお二人が寛大すぎて目眩がしそうです」


 ニナは心労で今日一歳くらい老けるかもしれない。でも主のために頑張ってほしい。


「じゃ次。オスカーさんは知り合いのお兄ちゃんになってもらいます」

「俺がお兄ちゃんですか!?俺の顔だとおじさんの方がいいのでは?」


 確かにオスカーさんは年の割におじさん顔だ。だけどまだ20代前半の人におじさんと言うのは気が引ける。


「オスカーさんはリディアみたいな可愛い子にお兄ちゃんって言われたくはないんですか?これが最後のチャンスかもしれないですよ?」

「そりゃ言われたいか言われたくないかと聞かれれば言われたいですが」

「じゃあオスカーお兄ちゃんで決定!ささ、リディア呼んであげて」

「オスカーお兄ちゃん今日一日よろしくね」

「命に変えてもお守りします!」


 これでオスカーさんの士気は最高潮に上がったはずだ。万全ですね。

 しかし何も起こらないと思うけどね。ちょっと出かける度に襲われるような野蛮な世界だったら未だに原始人みたいな生活してるはずだもの。




 私達は邸から出ると治安の良い人通りが少なめな場所をフラフラと散歩し始めた。

 もうかなりの人数とすれ違っているがリディアが震えることはなかった。


 貴族街と呼ばれるような区画の端まできてみると、この場所には似つかわしくない屋台がぽつんと一軒だけいる。

 気になった私達は近くまで寄ってみると見覚えのあるものを売っていた。そう魔猪肉だ。なんでこんな所で売っているのだろう。あの肉は貴族が食べるようなものじゃないはずなのに。


「おう、いらっしゃい」

「こんにちはおじさん。なんでこんな所で売ってるの?」

「ああ、ここらへんの貴族様がこの肉好きなんだよ。だから特別に仕入れた時はここで売っていいって言われてるんだ。お嬢ちゃんは平民かい?こんなとこにいると文句言われるぞ」

「心配しなくて大丈夫。なんとこちらのお兄ちゃんは貴族様に仕える騎士なのだ」

「そうかいそうかい。優秀な方なんだね」

「そうだよ。うちの近所じゃ一番の出世頭なんだから。ねー」


 私はそう言うとオスカーに飛びついた。


「ちょっとオスカーはうちのなんだから取っちゃダメ!」

「あ、あのお姉ちゃんアルテイシアちゃん喧嘩しないで」

「あっはっは。色男は辛いね兄さん」

「アルテイシアさ……アルテイシア離れてくれ」


 オスカーはかなり困った様子で苦笑している。

 いつもティモにからかわれる側だったので少し困らせてみたくなっちゃったのだ。ごめんよ。

 その後一人1個ずつの肉を購入した私達は肉にかぶりついた。


「硬っ!」


 やはりリディアだけは魔猪肉を食べたことがないらしく、その硬さに顔を歪めた。

 ニナとオスカーはというと平然と食べている。あまりにも普通に食べているので私もリディアもびっくりだ。


「なんで二人は普通に食べてるの?」

「この肉は安くて食べごたえがあるから金がない時は結構食べる」

「私も小さい頃たまに食べてました」

「へーそうなんだ。ニナ口調注意」

「あぅ」


 まあ味は悪くないもんね。むしろ癖になる味わいしてる。ちょっと硬いのが残念なところだけど。


「そういえばリディアってお兄ちゃんのこと好きなの?」

「ちょ、何言い出すの!?」

「さっき本気で怒ってたじゃん」

「アリアがニナやオスカーにちょっかい出すのが悪いの!」

「ちょっかいなんて出してないよ!人聞き悪いこと言わないでほしいな」

「だってお父様含めて皆アリアに一目置いてるのよ。あんまり仲良くされると持って帰っちゃうんじゃないかと不安になるの」

「持って帰ったりしないよ。それに一目置かれてるなんて……」

「一目置いてなかったら、あの心配性なお父様が外出許可なんてしないわ。お母様はよくダメって言われてむくれてたもの」

「エレーナ様は体があまり強くなかったってのも原因なんでしょうけどかなりの確率でダメって言われてましたね。それでよく頬をぷくっと膨らませてました。懐かしいな」

「…………」


 しんみりしてしまった私達は来た道を引き返し邸の方へと向かった。


 邸の近くまで戻ってきた私は気になっていたことをつぶやいた。


「リディアはもう大丈夫なの?」

「うん。お母様がいないのは辛いし悲しいし寂しい。でも私頑張る。頑張って生きるよ。それでいつか私もお父様とお母様みたいに幸せな結婚したいな」


 そう言って笑う彼女の瞳は過去の悲しみではなく、未来の幸せな光景を見つめていた。


「そっか。よかった……グスッ」

「な、なんで泣き出すの!?」

「だってだってぇ」


 何故だろう。リディアがもう大丈夫と言ったせいだろうか。すごく安心して涙が止まらなくなってしまった。

 今の私は感情が抑えられずによく泣いたりしてしまう。でも前世の時みたいに無感動で生きていくよりよっぽどいい。




「ねえ。私そろそろ家に帰ろうと思う」


 就寝時間となりいつものようにリディアに抱きしめてもらいながら話を切り出した。


「そっか。寂しいな」

「私も」

「でもまた二年後会えるよね」

「うん。二年後か、きっとリディアは素敵なお姉さんになっているんだろうな」

「アリアは……あんま変わらなそうだよね」

「酷い!私もきっと素敵なレディに……なれないかも」

「「あはは」」


 私の場合素敵なレディになる必要性を感じていないからなぁ。そりゃ魅力ある人間になったほうが色々と得なのかもしれないけど、皆にちやほやされることが私の幸せではないから。

 100人にちやほやされるよりも、こうして好きな人にムギュっとハグしてもらえるほうが幸せだ。


「アリアはなんで男の子に生まれなかったのかしら」

「どうしたの急に」

「な、なんとなくそう思っただけ」

「私は男に生まれても別によかったけどさ、でもそしたらリディアとこうして仲良くはなれなかったかもしれない。だから私は女に生まれてよかったと思う」

「そっか。そうだよね。アリアは女の子でよかった」


 自然と口から女に生まれて良かったと出た。

 生まれたばかりの頃は女であることをなかなか受け入れられなかった。

 でも今なら自信を持って言える。私は今の自分が好きだと。

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