第32話他人の恋が気になるお年頃
「リサ姉ぇ~もう動けないよぉ。助けてぇ」
特訓初日の昼前、私は泣きながら地面に這いつくばっていた。
男女で区画整理しないといけない理由がよーくわかった。
私が受けているメニューの教育方針は段階を踏ませるのではなく、限界まで頑張らせて己の天井をぶち破ることによって成長させるものらしい。
おかげで今の私には立ち上がる力も気力もない。この状態で襲われたら抵抗なんか出来るはずがない。どっかに連れ込まれて蹂躙されることは容易に想像できる。
「アリアが体力無いのはなんとなくわかってたけど倒れるの早すぎない?まだ昼前なんだけど」
「そんな事言われてももう動けないんだよお」
私が地面に倒れ込んでリサ姉に弱音を吐いていると、その横を次々と他の竜人族の女の子が駆け抜けていく。
中には私もそういう時期がありましたみたいな視線で見てくる子もいた。
「これじゃいつになったら次の段階にいけるかわからないわね……」
リサ姉はため息をつくと自宅まで私をお姫様抱っこで運ぶのだった。
次の日は朝からダウンしていた。
「いだいよぉ、全身が痛いよお。リサ姉、今日はトレーニング中止。動けないよー」
「何言ってんの?運んであげるから行くわよ」
「そんなぁ。リサ姉の鬼!悪魔!」
「あらそんなこと言っていいのかしら?」
「あ、嘘です。リサ姉は女神です!美の化身です!世界で一番美しい!」
「はいはいありがとう。じゃ行くわよ」
リサ姉は泣き言をサラリと受け流すと昨日と同じようにお姫様抱っこで私を抱き上げた。
「ひゃあああ!太もも刺激しないで!優しく抱いて!死んじゃう!」
朝早くから近所迷惑な私の叫び声が辺りに響き渡った。
早朝の数時間は魔法の日課訓練をして、その後は竜人族用のトレーニングをするという地獄の日々があっという間に一ヶ月経過し、どうにか昼過ぎまでは体力が持つようになった。
でも体力が持つようになるだけじゃ駄目なんだ。1キロ3分以内で走れみたいな感じの目標をクリアしないといつまで経っても合格をもらえないんだ。
今の成長ペースではいつになったら全目標を達成出来るかわかったもんじゃない。
この一ヶ月間は娯楽などない日々だったが遊びたいとかまったく思わなかった。人間は極限状態だと一つか二つのことしか考えられなくなるらしい。
私がこの一ヶ月間で考えていたことはたった一つ。
トレーニングを頑張れば、夜リサ姉が優しく抱きしめて寝てくれる。ナデナデのおまけ付きだ。
そして毎朝優しい手付きで髪の毛を櫛で梳いてくれる。
今の私は目の前に人参をぶら下げられた馬みたいなものである。
私はご褒美のことしか考えてなかった。ご褒美を得るためだけに頑張っていた。
その他のことを考えている余裕なんてない。
「え?明日休み!?やったー!」
リサ姉に優しくしてもらうことしか考えられなくなってきていたある日、突然休みがもらえた。
「本当は休みなんかないんだけど、ラウルがどうしてもっていうものだから特別よ」
ああ、父さんが慈悲深き神様に感じる。
当日約束の店に行ったところ、そこには父さんとリオンが旅装でいた。
「なんでそんな格好してるの?」
「リオンはすでに全目標をクリアした。なので次の段階に進む」
「嘘でしょ!?」
まだここに来て一ヶ月半しか経ってないよ!
私なんか未だに目標のクリアどころかまだ夕方まで体力が持たないレベルなのに……。
全目標をクリアしたリオンはここにいても意味がないので、これからウルマから半月ほど離れたカナバルという剣術の道場がたくさんある町に行くらしい。
今日はお別れの挨拶をしにきたってわけだ。
「育児放棄しないって言ってたのに……」
「確かに俺はお前を見てやれないがリサをつけてやっただろ。我慢しろ」
「アリアは私じゃ不満なわけ?」
「いえ大変満足しています。リサ姉がいてくれるだけで私は幸せです。父さんなんか不要です」
「……娘がたった一ヶ月で調教されている気がするんだが」
「そう?気のせいよ」
「ま、そういうわけでまたしばらくお別れだ」
「……なにしてんのよバカ」
父さんは許可を取らずにリサ姉をギュッと抱きしめた。
抱きしめられたリサ姉は口では悪態をつくものの嫌がる素振りは見せない。むしろ抱きしめられて嬉しそうにも見える。
何故リサ姉は求婚を受けないんだろうか。今度聞いてみようかなと思っているとリオンに話しかけられた。
「アリアもすでに経験してるだろうけど、これからもきつい日々が続く」
「そうだね……」
明日からまたあの地獄が始まると思うとげんなりする。
しかもリサ姉が本来は休みなんかないとか言ってたし、私は目標をクリアするまで頑張り続けることが出来るのだろうか。
「それでさ、頑張るためにアリアから事前にご褒美をもらいたいんだ」
「ん?私にあげられるものならあげるけど、今何も持ってないよ」
リオンの突然の要求に困ったなと思っていると、次の瞬間に抱きしめられて唇を奪われた。
「ありがとう。これで俺は頑張れる」
「ハイ。ガンバッテクダサイ」
あわわ、実質的なファーストキスを奪われてしまった。
いくらフレンによってキス慣れしていても血のつながっていない男とマウストゥマウスでキスするのは始めてだ。
ちょっとドギマギして片言になってしまった。
「行って来る」
父さんはそう言うと同時にリオンの頭をぶん殴った。
こうして二人は旅立っていった。
「白昼堂々と茶店であんなことするなんてアリアの彼氏は大胆ね」
「ま、まだお付き合いしてません」
「あらそうなの?」
リオンがこんな大胆なことをしたのはもしかしたら私が父さんにお礼と称して気軽にキスしていたからかもしれない。
キスの安売りは金輪際やめよう。
―――
父さんとリオンが町から出ていって半年が経過した。
この頃になってようやく夕方まで体力が持つようになってきた。まあ持つだけなので目標達成には程遠いのだが。
そして体力がついたことにより周りを見る余裕も出てきたこともあり、リサ姉のちょっとした変化に気付くことが出来るようになった。
彼女はほぼすべての時間を私のために使っていてくれている。でもたまにコソコソとする時があるのだ。
たまたまリサ姉が買い物に出かけた時に郵便が届いたことによりその原因が判明した。コソコソしていた原因は父さんとの手紙のやり取りだった。
手紙を読んでいるときのリサ姉の表情は可愛らしい乙女そのものだった。その姿をニヤニヤと見つめたところ翌日1.5倍増しでしごかれたのは言わずもがなである。
しかしあの表情を見るに、どう考えても両思いだ。なんで結婚しないんだろう。
どうしても気になって夜寝る時に聞くことにした。
「リサ姉はなんで父さんと結婚しないの?」
「何?私のことママって呼びたくなっちゃった?」
「はぐらかさないで教えてよ」
「……アリアには教えたくないわ」
「リサ姉って私のこと嫌いだったんだね……。傷ついたから家出しちゃおうかな」
「ちょっとやめなさい。貴方一人で出歩いちゃ駄目」
「じゃあ教えてよ」
「……」
私は横で寝転がっているリサ姉をジッと見つめた。そして段々と顔を近づけていきキスする直前まで顔を近づけた。
「なにしてるのやめなさい」
「教えてくれないならこのままチューしちゃおっかな」
「アリアってドMだと思ってたけど強引な面もあるのね」
はぁと大きなため息を吐きリサ姉は話し始めた。リサの恋物語を。
リサがラウルに出会ったのはリサが15歳の時だった。
容姿は良く男勝りの強さで剣術道場の同年代では彼女に勝てるものは居なかった。
そのせいかこの時のリサは調子に乗っていた。
弱い男、口説いてくる面倒くさい男、嫉妬してくる女すべてが煩わしかったのでソロで町の外に出て魔物と戦うようになった。
実際にリサは強く、日帰りで町に戻れる場所に彼女の敵はいなかった。その結果更に調子に乗った。
リサは日帰りで町に戻れない森まで一人で行くようになった。
そんなある日、たまたまその日は獲物が見つからずリサはお腹が減ってイライラしていた。
イライラし始めてから数時間、ようやく食べられる魔物を狩ることができたリサは油断した。
背後に忍び寄るクロウウルフに気が付かなかった。そこを助けたのがラウルだった。
ラウルの顔はリサの好みだった。一目惚れである。
好みの男に助けられたとあらば、普通の女ならここは可愛らしくお礼を言うところだがリサは違った。
「ありがとう。でもこのくらいで恩を売った気にならないでよね」
リサはラウルを睨みつけそのような物言いでお礼を述べた。
男に敵対心は持つことがあっても好意を持ったことがないリサに可愛らしく振る舞うようなスキルはなかったのだ。
そんなリサをラウルは笑って、「お嬢さんに怪我がなくて良かったよ」と言って立ち去ろうとした。
リサは慌てた。なんでちゃんとお礼を言ったのにこの男はすぐに立ち去ろうとするのだろうかと。
普通なら自分のような容姿のいい娘と森の中で二人きりならば、なにかと言い訳をつけて一緒に行動するものだろうと。
悪い男なら助けてやったんだからと、襲いかかってきても不思議じゃないそんな風にすら思っていた。
ラウルがすぐに立ち去ろうとしたのはいくつか理由があった。
まずリサのことを特別可愛いとは思ってなかった。
元貴族のラウルにとってリサレベルの娘なぞ見慣れたものである。ラウルからすればリサは田舎の可愛い娘程度の認識であった。
またこの時ラウルは組んでいたパーティーとはぐれて道に迷っていた。
仲間がラウルのような中途半端な実力のオールドルーキーを探してくれるとは思えず自分で探すしかなかったのだ。
そしてなにより、リサの物言いがまるで妹のリリアンヌのようだったのでナンパでもしようものなら殴られそうだと思ったためである。
そんなことは露知らずどのようにラウルを引き止めるかとあたふたしたリサが「ちょっと!」とラウルに声をかけた瞬間リサの腹の音が周囲に響いた。
リサが羞恥で顔を真赤にして俯くと、ラウルは笑って食い終わるまで周囲を警戒してやるよと言って近くの木に背を預けたのだった。
その後リサは何かと理由を作ってはラウルにつきまとった。
だがリサの好意はラウルに伝わることはなかった。
歳が7歳も離れていたこと、そしてリサの性格が実妹と似通っていたために妹のような扱いであったのだ。
つきまといが三年になろうかというある日、このままではいつまで経っても妹扱いだと思ったリサは勇気を振り絞って身体を使って誘惑した。
しかしそれを冗談か悪戯だと思ったラウルはリサの頭にチョップをして誘惑を受け流した。
リサはキレた。リサとラウルは取っ組み合いの喧嘩となり、最終的にリサが馬乗りになった。
成長期にみっちりと修行したリサに対して、成長期に貴族学園のぬるま湯に浸かっていたラウルでは自力に差があったため、ラウルに勝ち目はなかった。
「私の初めてをもらえ馬鹿!」
その言葉とともにリサは泣きながら強引にラウルに口づけをし、二人は大人の関係になった。
男女の関係になった二人だがお互いに態度はあまり変わらなかった。
相変わらずラウルは妹のように扱うし、リサはちょこちょこラウルについて行っては良いところを見せようと張り切る。
一つだけ変わったとすればラウルが他の女と会話するとリサがラウルに「浮気したら殺すから」と言うようになったくらいだった。
幸せな日々が二年過ぎた。リサは二十歳となりそろそろラウルとの子供がほしいなんて思い始めた時事件は起こった。
その日は町の近くでファーピッグというさほど強くない魔物を二人で仲良く雑談しながら狩っていた。
町の近くということもあり油断していた二人は突如飛来したハンタービーに完全に不意をつかれ、リサは腹部を毒針で刺されてしまった。
幸い持ち歩いていた解毒薬の効果で命の危険には陥らなかったものの、毒の後遺症なのかリサは子供が産めない体になってしまった。
それから二人の立場は逆転した。
子供を産めず普通の幸せをラウルにあげることが出来なくなったと感じたリサは、他の女と幸せになれと言ってラウルを避けるようになった。
逆にラウルは自分が油断したせいでリサがそのような体になったと責任を感じていた。
なによりこの時には五年間ずっと好意を向けてくれていたリサを好きになっていたため、自分を避けるリサにつきまとうようになった。
そんな関係のまま今に至るという。
話し終わったリサ姉は未だにラウルが自分を好いていてくれることが嬉しいような悲しいようなという複雑な表情をしていたのだった。
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