第42話飲みすぎは危険
懐妊祝と誕生会の当日、いつもの宿屋の隣にある酒場に続々と参加者が集まってきた。
参加者の9割は私の親衛隊だ。リサ姉のお祝いなのに私を祝う人ばかり集まってしまいちょっと申し訳ない。
でもなんだかんだ父さんと親衛隊の隊長であるガイさんは仲がいいし、店の貸し切り料金も親衛隊達が払ってくれたのでリサ姉も文句はないはずだ。
パーティーが始まると早速プレゼントの渡しあいになった。
私とヴィーからは手作りの赤ちゃん用の服を贈った。
「本当にこれアリアが作ったの?」
「うっそれは……。ごめんなさい。ほとんどヴィーにやってもらいました」
「だと思った。で、アリアが作ったやつは?」
「一応持ってきたけど……」
私は酷く不格好に縫い合わされた服を取り出しリサ姉に見せた。
おそらくこれを赤ちゃんに着せたらチクチクしてグズることは間違いない。
ところどころ隙間もあるので風邪を引いてしまう可能性もある。
これを見たヴィーには「魔法の調整もだけど、アリアってめちゃくちゃ不器用ですよね……」と残念な人を見るような目で言われてしまった一品である。
「もらっておくわ」
「え?でもこれ使えないよ」
「使えなくてもいいのよ。これはアリアがお腹の子のために一生懸命頑張ってくれた証。持ってるだけでいいの」
「リサ姉……。好き!私のお嫁さんになって!」
「お断りよ!」
「いだっ!」
リサ姉の言葉に感動して飛びついたところ、愛の告白を断られた挙げ句チョップされてしまった。悲しい。
お次は私がプレゼントをもらう番になった。
親衛隊一同からは花束を頂いた。私が花が好きだという情報を仕入れ、わざわざ摘んできたらしい。
溶け始めた雪で泥濘んでいるため花を摘みに行くなんて非常に面倒くさかったはずだ。何故そこまでして私に尽くしてくれるんだろうか。
親衛隊の年齢的に私のことを娘か妹みたいに思ってる人が多いのかね?娘(妹)が悪い男に襲われないように守るぞ!みたいな?
なんにせよとてもありがたいことだ。
リオンからは綺麗な青い石のついた指輪をもらった。
ラピスラズリのような色合いでダイヤモンドのようにキラキラしている。
「俺の目の色が好きだって言うからそれに近い色の物を買ってみた」
「ありがとう。大事にするね」
「よしっぴったりだ」
リオンは私の左手を取ると事もあろうに薬指に指輪をはめた。
お、お、落ち着け!この世界の婚約は腕輪だ!これは深い意味はないはずだ。きっとサイズが薬指に合いそうと思っただけに違いない!
でも照れくさくてリオンの顔が直視出来ない!
父さん、リサ姉、ヴィーの三人からはワインレッド、レッド、ピンクの3色口紅セットをもらった。
15歳となり大人の女の仲間入りをしたからとのことだ。
正直大人の女と言われても実感がわかない。いつ使えば良いのだろうかと思案していると、リサ姉にちょいちょいと耳を貸せみたいなジェスチャーをされた。
「勝負の時はお気に入りの口紅を塗るのよ」
「勝負?」
「リオン君を誘う時よ」
「んなっ!?」
唯でさえ指輪を薬指につけられて意識しているのに、追い打ちをかけないでほしい。
きっと今私の顔はゆでタコのように真っ赤だ。
私はそれを誤魔化すようにテーブルに置いてあったお酒を一気飲みした。
お酒は一杯までって思ってたけど今日は特別だ。素面じゃこの場を乗り切れない!
プレゼントの後にはミニゲームのじゃんけん大会が行われた。
私は優勝者に景品として頬にキスをしなくてはいけなくなった。
そして見事に優勝したのは親衛隊副隊長のコダムさん。
彼は26歳フツメンの男性で親衛隊の中では若いほうだ。私は脂ギッシュなおじさんではなかったことに安堵した。
そんなコダムさんは手足を縛られ椅子に座っている。
私がキスなんかしたら魅了の効果で襲いかかってくること間違いなしだからだ。
私は先程もらった口紅のワインレッドを唇に塗り、期待の眼差しで見つめるコダムさんの頬にキスをした。
するとみるみるうちにコダムさんの瞳は金色に染まり、バッと立ち上がり私の方へと体を向けた。
そして私を襲うためだろうか、手足の縄を強引にほどこうともがき出した。
強引に外そうとしているため皮膚が傷つき腕から血が出てしまっている。
それでも無理やり外そうとしている。とても正気の沙汰とは思えない。
そんな我を失ったコダムさんにガイさんがアッパーをお見舞いすると、彼は意識を手放した。
頬にキスマークをつけたコダムさんは腕に怪我をし、殴られたにもかかわらず、とても安らかな表情で眠っていた。
その後は飲めや歌えやのお祭り騒ぎとなった。私は飲みすぎたのか途中で記憶が途絶えてしまった。
―――
「リオン全然飲んでないじゃんあ!?」
「アリアは飲み過ぎだよ。もう止めとこう」
「えーまだ飲めるおにぃ」
「これ以上飲んだら気持ち悪くなるって。だから止めとこう。ね?」
リオンが母親のように諭すと、アリアは少しうーっと唸った。
「じゃあ抱っこ!」
「こんなところで?」
「してくれなきゃ飲んじゃうみょ」
「わかったから酒は禁止って、おっとっと」
「ぎゅー。むふふ」
リオンが了承すると同時にアリアは飛びついた。足もリオンの胴体にからませて、まるで子猿が母猿にしがみついているような体勢である。
そんな二人の光景をみた親衛隊からは「リオンてめえ羨ましいぞ!」などと怒号があがった。
そして一人の女も二人に対して文句を付けた。
「こんな人前で堂々とイチャつかないでほしいですね。イチャつく相手がいない人間のことも考えてほしいです」
「あー!ヴィーったら嫉妬!?嫉妬してくれてるんだね!可愛いなあもう!」
「はぁ?違いますよ!」
「強がらにゃくていんだよ。私はヴィーの。ヴィーは私のモノだよ。ほらチューしてあげみゃう」
「ちょこらやめっ!」
アリアはリオンから飛び降りるとヴィナティラに襲いかかった。
酒の飲み過ぎで思考能力が極端に落ちていたアリアは己の欲望のままにヴィナティラにディープキスをした。
禁止にしたことなんか覚えちゃいなかった。
「「「おおぉー」」」
突然始まった百合シーンに親衛隊の皆は目が釘付けとなった。中には我慢ならんと退出する者もいた。
しばらく二人の濃厚なキスを見つめていたリオンは、ふと我に返りヴィナティラからアリアを引き剥がした。
「うぅぅ……、こんな大勢の前で辱めを受けるなんて。アリアのバカ―!」
解放されたヴィナティラは顔を真っ赤にしてその場から走り去ってしまった。
「ああん。ヴィーはツンデレだなー。そんなヴィーも大好きだおお!!!」
アリアは去っていくヴィナティラに大声で愛を叫んだ。
「おぇ。大きな声出したら気持ち悪い」
「言わんこっちゃない。ほらもう今日は寝よう」
「んー……。抱っこ」
アリアは再度リオンにしがみつくと、そのまま宿の部屋に運ばれていったのだった。
―――
目が覚めると私はリオンに抱きついていた。
昨日は飲みすぎていつの間にか眠ってしまったようだ。
媚薬のときもそうだったけど、どうやら私は気分が良くなると記憶を無くすタイプのようだ。
いくら気恥ずかしかったとはいえ、記憶を無くすほど飲むのは良くない。今後気をつけないと。
そんなことを思いながらいつも通りヴィーにおはようのキスをしようと振り返ってみると誰も居なかった。
おや?もしかしてリオンと二人きりで寝ていたのだろうか。
酔っ払った男女が二人きりで一緒のベッドで寝るってヤバくない?だってその後のシーンは事後シーンってのがお決まりですよね。
てことはこれって朝チュンってやつですかね?酔った勢いでヤッちゃったみたいな。
そんなことはあってはいけない!初体験が記憶にないなんて!
不安になった私はゴソゴソと自分の体を確かめた。
ふむ。服は乱れておらず、ちゃんと着ている。またリオンに口紅がついていないことからキスとかもしてなさそうだ。
一応リオンの体も触ってみたが服は乱れていなかった。
状況証拠的に何もなかった可能性のほうが高そうなのでひとまず安堵した。
「おはようアリア。何してるの?」
私がゴソゴソとリオンの体を触ったせいか起きてしまったようだ。
「あ、おはよう。何でもないよ。ちょっと逞しい筋肉を触ってみただけ」
「?」
私達昨日ヤッちゃった?なんてことは聞けないので適当に誤魔化した。
目覚めたリオンは非常に眠そうにしており、あまり頭が回ってないようだ。
そのため首を傾げるだけで深くは聞いて来なかった。
「あ、あのさなんでヴィーはいないのかな?」
私は誤魔化しついでにヴィーが居ないことを聞いてみた。
「昨日アリアが酔った勢いで皆が見てる前でヴィナティラさんに濃厚なキスしたんだ。それでヴィナティラさん怒っちゃって」
「そうなんだ。それはマズイね」
「うん。ちゃんと謝ったほうがいい」
約束を破った挙げ句、皆の前で恥をかかされたとあらば、恥ずかしがり屋さんのヴィーはかなり怒ってるかもしれない。
焦った私は即座に謝りに行くことにした。
「皆の前で恥ずかしい思いさせちゃってごめん!許して!」
私はヴィーの部屋に突撃するやいなや抱きついて謝罪した。
「いきなり抱きついてくるとは、それが謝る態度ですか?」
「いだだだだっ!」
ヴィーは私の頬を力強く抓る。
「どうしたら許してくれる?」
「…………」
「な、なんでも言うこと聞くよ!」
「へーなんでもですか。じゃあ金輪際私にキスは禁止です」
「え?……嘘だよね?」
「嘘じゃないです。そもそも女の子同士でおはようのキスとおやすみのキスをしているのがおかしいんです!」
「でもキスすると幸せホルモンが出て心と体にとてもいい効果が……」
「幸せホルモン?なんのことかわかりませんが禁止です」
「で、でもさ、そんなに嫌ならなんで突き飛ばすくらい強く抵抗しないの?」
「それはアリアにキスされると良い香りが口の中いっぱいに広がって抵抗する気力がなくなるからです。あなたは存在そのものが媚薬のような人なんです」
「そうだったんだ」
魅了の効果は女に対してはそんな感じなのかと、私が勝手に納得してるとヴィーがぼそっと呟いた。
「キスはしないと約束出来ないならパーティーを抜けることも視野に入れちゃおうかなー」
「それは駄目だよ!」
ヴィーがいなくなったらリオンしか一緒に寝る相手がいない。
今は少し意識しちゃってるから二人きりで寝るのはきつい。でも一人で寝るのはもっと嫌だ!
なにより私は幸せサンドで眠りたいんだ!
「どうですか?約束出来ますか?」
「わがっだ。約束する」
私は心の中で血涙を流しながら了承した。
こうして私の幸せなキス魔生活が途絶えてしまった。
---ヴィナティラside---
アリアが素直に約束をしたことによりヴィナティラは安堵していた。
キスをされることをかなり嫌がって見せたが、言うほど嫌ではない。
ではなぜ禁止にしたのか。それは己の心を守るため、今の関係を壊さないためである。
アリアが本性丸出しで甘えてくるようになってからというもの、なんだかんだ言いつつヴィナティラは幸福を感じていた。
抱きしめられ頬ずりされたり、膝の上に乗せられて可愛いとか好きだよなんて耳元で囁かれ頭を撫でられる。
しかも段々と撫でるのがうまくなってきており、最近ではトロけてしまうくらい心地良い撫で方になってきた。
そしてトドメにおはようのキスとおやすみのキス。まさに妄想していた理想のイチャラブ生活である。
そのせいで最近では、なんでアリアは男じゃないんだなんてことばかり考えてしまうようになっていた。
このままではアリアが言うように本当に好きになってしまう。
いやアリアが男だったら良かったのになんて考えてる時点でもうアウトかもしれない。
とにかくこのままじゃいけない!本気になるわけにはいかないのだ。
だって本気になっても私は選ばれない。アリア選ぶのはどう考えてもリオン君だ。
傍目から見ても相思相愛の二人の間に私が入る隙きなど有りはしない。
私が本気でアリアのことを好きになってしまったら気まずい関係になるのは間違いない。
そんな気まずい関係が長続きするわけがない。段々と疎遠になっていくはずだ。
そんなのは嫌だった。
アリアは人生を好転させてくれた恩人であり、親友と呼べる娘だ。これからもずっと仲良くしていきたい。
だからアリアが悲しむのをわかっていてキスだけは禁止にした。今のこの関係を壊さないために。
キスだけでハグを禁止にしなかった理由?
それは私もハグが好きになってしまったからだ。
アリアに抱きしめられて撫でられると、良い香りも合わさってとても幸せな気持ちになれる。
私はそれだけは失いたくないと思ってしまったのだ。我ながら自分勝手だなと思う。
でも誰だって一度あの心地良さを体験したらやめられないはずだ。それくらいアリアのハグ撫では魅力的なのだ。
そんな言い訳をしながらヴィナティラは自分自身に一言呟いた。
「友達でいましょう」
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