第30話表情筋が言うことを聞かない

 船内の食堂で宴は始まった。

 だが宴と言っても少人数だ。イカを倒したと言ってもまだ航海中。みんなで酔っ払うわけにはいかない。

 なので参加者は船員を代表して中年の船長、老魔法使い、たまたま甲板でイカとの戦闘を見ていた商人のおじさん、そして私達三人の合計6人だ。


「いやーおたくのお嬢さんの魔法は凄まじかったですな。この歳にもなって興奮してしまいましたよ!」

「私も長年船乗りをしてきましたが、あれ程の威力の魔法は見たことがない。将来、いや今からでも船の護衛の仕事を依頼したい」

「駄目だ駄目だ!俺の娘は可愛いからな。こんな男だらけの船に乗せたら貞操の危機だ」

「確かにとても可愛らしい子だ。将来美人になるのは間違いない。あんな可愛い娘がいるなんて羨ましい限りだ。しかし船乗りとしては男でないのが悔やまれる」

「男だったとしても駄目だ。こいつは4属性扱えるんだぞ。こんなとこで留まる器じゃないんだ」

「なんと!あれだけの土魔法を使えるのにまだ他にも扱えるとは。今後機会があれば高額商品の運搬時に護衛になってもらいたいものです」

「まあ俺もセットでよければタイミングがあった時やってやらんこともない」

「おお!それはありがたい!その時は頼みましたぞ」


 父さんはお酒が入ってるせいもあるのか、船長と商人に私のことを褒められて凄く上機嫌だ。

 私はというと三人の酔っぱらいに絡まれたくないので、ちびちびと出された果実酒を飲みながらリオンと一緒に黙々と料理を食べている。

 ちなみに料理のメインメニューはイカゲソのステーキだ。

 あの後上半身が木っ端微塵となったカトルエンペラーのゲソを回収し食べられる大きさに切って焼いたようだ。

 生きているときは昆布みたいな色をしていたが料理で出てきたものは赤色だった。

 何故かと聞いたところ、昆布色の外側は固くて食べられたものじゃないらしい。なので赤色の内側だけを食べるそうだ。

 味は完全にイカだった。また塩コショウを使っていることもありとても美味しい。

 お腹が空いていたこともあり夢中でモキュモキュとイカステーキを頬張っていると老魔法使いに声をかけられた。


「悪かったなお嬢ちゃん。それとありがとうな」

「なんで謝るの?」

「あのピンチはわしの力不足のせいで起きたことだからの」


 老魔法使いによると護衛魔法使いが三人乗船しているのは防御と攻撃で役割分担するためらしい。

 今回のカトルエンペラー戦では、たとえ先制が取れなくても本来なら二人が魔力障壁で防御、余った一人が攻撃で撃退出来たはずだが老魔法使いが思ったより衰えてて防戦一方になってしまったようだ。


「ここ十年わしが乗る船は魔物が出ても先制攻撃して終わり、という感じで平和だったから自分の力がここまで老いぼれているとは気が付かなかったわい。もう船の護衛は引退じゃな」

「いいの?そんな簡単に決めちゃって」

「この仕事は人の命と金を預かる仕事じゃから、わしが言い出さなくても今回の件がギルドに伝われば契約切じゃろう」

「そっか」


 力がなければ長年頑張ってきた人でも即クビ。厳しいようだけど仕事柄仕方ないんだろうな。

 命が軽く見えるこの世界でも、やっぱり命は大事なんだから。


「それにしてもお嬢ちゃんの魔法は凄かった。あれ程のを見たのはわしですら二度目じゃわい」

「私の魔法使いとしての腕は結構凄いの?」


 私は自分以外の魔法使いは今までティモのことしか知らなかった。なので魔法使いとしての自分の強さはどのくらいなのかよくわかっていない。


「ああ、お嬢ちゃんはまだ幼いが今の時点でもお嬢ちゃんに勝てる魔法使いは少ないと思うぞ。

 ほれカトルエンペラーを倒した時静まり返っていたじゃろ?あれは皆お嬢ちゃんに畏怖していたんじゃ。

 特に魔力障壁をぶち破られた魔法使い二人は肌身でお嬢ちゃんの魔法の威力を感じ取ったもんだから怯えておったわ」


 私の魔法はそんなに凄かったのか。

 でも今回放ったレベルの魔法はかなり集中してある程度時間をかけないと出来ないものだ。

 しかも私は体力がないし身体能力も低い。なのでいくら褒められてもティモから教えてもらった基礎訓練はまだまだやめる気にはならない。

 防御のことなんか考えなくてもいいレベルの圧倒的攻撃力、咄嗟にでも高威力の魔法が放てるようになるまでは頑張るぞ!

 現状のままだと攻撃する前にやられちゃうか、最初の一撃外したらやられちゃうかって感じだからね。


 その後泥酔して酒臭い父さんをリオンに船室に運んでもらってベッドに寝かせた。

 泥酔親父とは一緒に寝る気になれなかった私はリオンと一緒に寝た。




 ―――




 次の日の朝、私は父さんを正座させて説教をした。


「あのね、イカの魔物を倒して目立っちゃったのは仕方ないと思う。だってやらないと海に放り出されて死んでたかもしれないしさ。でもその後の父さんの行動!なんであんなことするかな?」

「ぐ……。す、すまん。実はあんな攻撃力の高い派手な魔法を見るのは始めてで興奮しちまった」

「はぁ……。散々私のことをリリに似て思い立ったら即行動の考えなしみたいなこと言っておいてさ、自分だってそうじゃない」

「今回ばかりは反論の余地もない」

「ふふふっ」

「リオン!何笑ってるのさ!真剣なお話だよ!」

「だっていつもと逆でアリアがお母さんでラウルさんが子供みたいだからさ」

「「…………」」


 リオンの発言に私達は顔を見合わせお互いに苦い表情をした。

 まったくリオンはなんてことを言い出すんだ。いくらイケメンでもこんなおじさんのお母さんになんてなりたくない。

 それに私がお母さんならこんな粗野な子供にはならない!紳士的なイケメンになるはずだ!


「本当にすまなかった!機嫌直せよ」

「まあそこまで怒ってないよ。私だって今まで我儘言って許してもらってるし。でも今後は気をつけてよね」

「わかってるって。ところでお前の魔法は本当に凄まじかったが、師匠は名のある人だったのか?」

「あれ?父様の日記に書いてなかったの?」

「グレイの日記には、とある魔法使いとしか書いてなかった。たぶんお前のせいでグレイはその魔法使いのことが気に食わなかったんだと思うぞ」

「私のせい?どういうこと?」

「あー、じゃあ日記の内容を少しだけ教えてやる」




『今日はとある事情によりアリアと魔法使いと私で森に行くことになった。

 森に入って少しするとアリアは魔法使いに対して「んっ」と言って万歳した。何事かと思っていると魔法使いは何も言わずにアリアを抱きかかえた。

 抱っこされ頭を撫でられているアリアはとても上機嫌でニコニコしていた。

 我が娘が自分より年上の男に懐いていることに焦りを感じた私は、魔法使いに牽制を入れるべくアリアは嫁にやらないと言ってやった。

 すると魔法使いは即いらないと言っていたものの、それを聞いたアリアがかなり不満げにしていた。

 もしかしたらあの魔法使いはアリアを上手く手懐けて、自分に惚れるように仕込んでいるのではないだろうか。たしかそういう物語があったはずだ。

 このままでは将来アリアがあの魔法使いと結婚すると言い出しかねない。

 それを防ぐためにはクビにするのが手っ取り早いが、彼は有能だ。実力に釣り合わない金額で雇われてくれているし、出来ればクビにしないほうがアリアのためだ。

 それに理由もなくクビにすればアリアは怒るかもしれない。もしかしたら泣くかも。いや最悪父様なんて嫌い!とか言うかもしれない。そんな事言われたらと想像するだけでもきつい。

 くっ、私はどうすればいいんだ……』




 父さんから聞いた日記の内容で私は少し意識が飛んだ。

 確かその時はまだ自分は男だと思いこんでいた時期のはずだ。なのに抱っこされてご機嫌だった?

 私としては精霊との対話後に男だという思い込みストッパーを外してから女の子になったと思ってた。でも日記の内容的に自分が思ってる以上早くから心は女の子だったのかもしれない。


 まあいいや。それは終わったことだし。今ここに当時の私を知っている人はいないから恥ずかしがる必要もない。

 問題はそこじゃない。男だと思い込んでいた時期にニコニコしていたのが問題だ。

 男に抱っこされ頭を撫でられることが嬉しいなんて感情を認めてなかった時期にニコニコしていた……。つまり私は無意識に深層心理の感情を表に出していたってことだ。


「ねえ私って顔に出やすい?」

「めちゃくちゃ出やすい。たまに鼻歌歌ってる時もあるじゃないか。なあリオン」

「そうだね。凄く可愛い」

「可愛い……うへへ」

「今まさに可愛い言われてニヤニヤしてるぞお前。というかまさか鼻歌すら完全に無意識なのか?」

「…………」


 ああああああ!

 鼻歌なんて私父さんと旅始めてからそんなことした覚えないよ!

 今まで10年生きてきてどれだけ顔に深層心理が出ていたんだろう……。考えるだけで恥ずかしくて頭が沸騰して目眩がする。

 私が顔を両手で抑えていると父さんに催促された。


「恥ずかしがってるとこ悪いけど、そろそろ師匠の名前教えてくれないか?」

「……ティモだけど」

「ティモ?ティモ・ネルファーか?」

「ごめん。ファミリーネームはわからないや。そのティモ・ネルファーって有名なの?」

「冒険者の間ではな。聞いた話だがA級の風竜をソロで仕留めたらしい」

「父さんたちが17人がかりで討伐したような奴を一人で?化物じゃん」

「かなりの化物だ。本当にそんな奴が存在するのか怪しいものだ。俺はてっきり鼓舞するための作り話かと思っていたが……」


 ティモ・ネルファーの話は父さんがドラゴンに挑む前に聞いたらしい。

 ドラゴンなんてやろうと思えば一人でも殺れるんだ。今回俺たちは17人もいる。楽勝だろと言われたようだ。


「ん?ちょっと待って。風のドラゴンって言ったよね?そういえばティモから風魔石の付いた指輪貰ったけど、もしかしてそのドラゴン倒した時のだったり?」


 私は服の下に隠していた指輪ネックレスを取り出した。直に肌に触れていたために温かい。


「おいおいマジか。ネックレスしてると思ったらこんなもん着けてたのかよ」

「これ高いの?」

「見た感じかなり純度の高い魔石だ。少なくともその呪われたローブよりは価値が高いな。万が一のときは売ろう」

「やだよ!墓場まで持っていくって約束したし!」

「……お前らって結婚の約束でもしたの?」

「はあ!?バカじゃないの!するわけないじゃん!ティモはエルフだから見た目は15歳くらいだけど40歳のおじさんだよ!」

「わかったわかった落ち着け。それにしてもティモ・ネルファーって実在したんだな。……師匠が化物なら弟子もまた化物ってことか」


 ティモってそんなにすごい人だったのか。そりゃ何しても防がれるわけだよね。


 その後朝食をとった私達は昨日と同じように甲板で風に当たって過ごした。

 昼過ぎ、船は竜人大陸のプルミエという港町に到着した。

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