第11話精霊

 まえがき

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 ※※※




 あれから一週間。

 俺は未だにウジウジ悩んでいた。

 そんな俺を相変わらずティモは小馬鹿にしてくる。


「アリアってば7歳にしてすでに2人も男をたらし込んじゃって。将来は魔女確定だね!」

「人が真剣に悩んでるのに馬鹿にして!」


 こいつもう許さん!髪の毛を消滅させてやる!しかし俺の火球は即座に消火されてしまった。むきっー!!!

 俺は地団駄を踏んだ。


「くっくっく。ごめんごめん。もう馬鹿にしないよ。ほら悩みがあるなら話してみなよ。お兄さんが聞いてあげるからさ」


 何がお兄さんだ。このおっさんが!でも悩むのには疲れた。疲れたよパト○ッシュ。

 本当ならこんな人を小馬鹿にするような人物に相談なんてしないところだが誰かに聞いてもらいたいという気持ちが勝ってしまった。


「あのですね。アンに、いやアランに告白されてドキドキしたんですよ」

「まあ告白されればドキドキくらいはするだろうね。それがどうしたというの?当たり前のことじゃないか」

「私はどっちに対してドキドキしたのでしょう。アン?アラン?」

「あのさ、アリアは女の子だよ?アランに決まっているじゃないか。そもそもアリアはアンによく抱きついてたりしてたよね。その時ドキドキした?」

「…………」


 そうか。やっぱり俺はアランに、男にドキドキしていたのか……。

 でも俺は男だぞ!なんで男に対してドキドキするんだ?おかしいだろ!

 たしかに俺は同性愛に対して偏見とかはない。でも実際に自分が同性を愛せるかと言えばノーだ!ノーだったはずなんだ。

 そんな俺が何故!?何故男にドキドキするんだあぁぁぁ!


「変な娘だ」


 頭をかきむしってる様子を見たティモが呟く。その呟きは俺の耳には届かなかった。




 ―――




 どこだここ?

 俺はいつの間にか広大な草原に立っていた。

 360度見渡す限り芝生の世界。そして目の前にはぬいぐるみのような可愛らしいピンク色の象がいる。

 身体は重く、上手く動かせない。

 なんだろう。夢でも見ているのだろうか。夢の世界って動けないとか聞くし。


「そうだよ。今キミはオネンネ中」


 な、なんだ?頭の中に直接語りかけられてるような不思議な感覚。まさかこの象が語りかけてきているのか?


「正解」


 なんなんだお前。なんで俺の夢の中に入り込んでいるんだ。


「ボクは土の精霊ノムス。ようやくキミがボクに気付いてくれて嬉しいよ」


 精霊?それにようやく気付くってどういうことだ。


「ボクはキミが生まれたときからずっと見守ってきたんだ。そしてずっと呼びかけていたんだよ。

 7年以上も気が付かないなんてキミはかなり脳天気な子だよね。転生したばかりの不安定な時期にすらボクの呼びかけに気付かないし」


 能天気とか失礼なやつだな。俺は悩み多き人生を送っているぞ。


「何言ってるんだい。赤ん坊の時、悩むことなんかほっぽりだしてリリアンヌに抱かれている時はいつだって嬉しそうにしてたくせに」


 うぐっ。確かにそうかもしれない。

 でも仕方ないだろ。前世で母に抱かれた記憶なんてなくて心地よかったんだよ!

 まあなんだ、気付けなかったことは謝るよ。

 だけどなんで俺のこと見守るってか覗き見なんてしてんの?


「覗き見とは酷い言い草だね。誰のおかげで土魔法が得意だと思っているの?ボクの加護のおかげなのに」


 ノムスが土の精霊と名乗った時点でなんとなくそうなのかなとは思ったよ。それに関してはお礼を言っておこう。

 しかし、なんで加護なんかくれるんだ?俺が転生者だから?


「転生者ってだけなら加護は与えず、アドバイスだけして終わりさ。

 もう一つ大きな理由がある。それはまだ言いたくないな。知らないほうが幸せってこともあるんだから」


 なんだよそれ。そんな言い方されたら気になるじゃないか……。


「うーん。ちょっとだけ教えるとね。キミは呪われているって感じかな」


 マジかよ!ちょっとだけ教えるでそれなの!?

 確かにそんなこと知りたくなかったわ……。今後の人生が更に不安になってきたんですが。

 でも呪われてるにしてはそんなに困ったこと無いんだけど。


「今のところは害はないよ。むしろ恩恵があったと言ってもいいんじゃないかな」


 呪いなのに恩恵?


「カイルとアランに出会えたのは呪いのおかげさ。

 ほら、覚えているかい?彼らに出会う前に黄色い布を見つけただろう。あれは弱いけれど方向感覚を狂わす呪術がかけられた魔道具マジックアイテムと呼ばれる物だったのさ。

 でもキミにはもっと強い効果がかかっている、いや持っているために効かなかったんだ」


 あ!だから俺が置いていかれた時、二人だけだと辿り着けなかったのか。


「そうだね。と言っても呪術や魔道具の知識があればキミなしでも出会えたはずさ。魔道具を壊してしまえば呪術の効果は消えるからね。

 ティモ君は戦闘系の知識や技術に偏っているみたいだ。だから魔道具とか呪術とかそっち関連の知識に疎いのかもね」


 呪術を扱えないどころか見抜くことも出来ないのか。完璧超人に見えるティモにも弱点はあるんだな。

 ま、とりあえず害がないならいいや。それで、転生者である俺に何を言いたいんだ?


「それはね、今を受け入れろってことだよ。キミが、アルテイシアが幸せになるために」


 どういうとこだ?俺は別にこんな世界認めない!元の世界に帰りたい!だなんて思ってないぞ。

 むしろ前世の空っぽの自分より今の自分のほうが好きなくらいだ。周りの人も優しくしてくれるしな。

 だから現状を受け入れていると思うんだが。


「いいや、全部は受け入れていない。キミは今でも自分を前世の男だと認識している。

 でもそれじゃダメだ。だってキミはこの世界で死ぬまでアルテイシアとしてその肉体で生きていかなければいけない。

 もう元の世界の男にはどう頑張ったってなれやしないんだよ。

 ちゃんと自分をだと認識しないといけない。認めてあげないと今の自分を」


 それは……。ノムスはなかなか難しいことを言う。


「難しいことではないよ。実際キミの感覚はかなりアルテイシアになっているはずさ。あとは認めてあげるだけだよ」


 なんでノムスにそんなことがわかるんだ?


「生まれた直後のキミはヒューグレイやウィンに抱かれた時、ものすごい嫌そうな顔をしていたよね。

 ふふふ、思い出すだけで笑ってしまうよ。特に頬ずりされたときなんかキミは本当に面白い顔をしていた。

 でもさ、今はどうだい?」


 言われてみればそうだ。

 頬ずりされたときなんか、やめてくれええ!って思ってたはずだ。

 まだあまり感覚がわからなかったけど、確実に鳥肌が立っていたと思う。それくらい嫌だった。

 キスされそうになった時は泣いた。多分あれが生まれ変わってからの初泣きだったと思う。


 でも今はどうだ?父とはいえ男に抱っこされて不快などころか安心して眠ってしまったり、レイの胸に自分から飛び込むようなこともしてる。

 罰ゲームとは言え男の頬にキスなんかもしたな。キスどころか舐めたし……。

 あの時俺は恥ずかしさはあったものの不快とは思ってなかった。

 そう、俺はもう男に対して抵抗感があまりない。認めざるを得ない。

 だってティモやレイに撫でられて心地よいと思ってしまっている自分すらいるんだから。


 前世を覚えているというのは異常なことだ。ゆえに世界が以前の俺を排除しようとしているのか?

 よくよく考えてみれば俺は自分の死因など、前世の記憶で思い出せないことが多々ある。

 いずれ元の自分の人格は消えてなくなってしまうのだろうか。


「キミは消えたりしないよ。怖がらなくていい。ただ変わってゆくだけさ。

 転生なんてしなくても生きているだけでも人は変わってゆく。ほとんどの人が大人になった時、子供の頃の感覚なんて覚えていない。

 親に初めて抱きしめてもらった時の心地よさも、繋がれた手が離れた時の不安な気持ちも忘れる。

 好きなこと嫌いなことも変わってゆく。でも忘れたからって変わったからって、消えたり死んだりするわけじゃない。

 キミはキミだ。

 人の心は人とのふれあいだけで作られるモノじゃない。己の身体から大きく影響を受けるモノ。

 キミは生まれ変わり新しい肉体へと変わった。ならば心が変わるのもまた必然。

 昔とは違う今の自分の心を受け入れてあげて」


 そっか。なんとなく言いたいことはわかったよ。俺の心は段々と肉体と同化してきているんだな。

 だからこのまま成長すればもしかしたら男を好きになる可能性もある。でもそれは異常なことなんかじゃなくて普通のことなんだ。

 俺、いや私はもう日本人の男ではないのだから。

 大人ぶる必要もないし、無理をして昔の自分の感覚に囚われたり、演技をしたりする必要もない。自然体でいていいんだ。


「そうだよ。今現在のキミの心のままに生きていいんだ。過去の自分の演技をしなくていい。

 元男なのに男を好きになるなんておかしいとは思う必要はない。

 もちろん昔の感覚のまま変わらないのなら女を好きになってもおかしいことではない。

 なんだったら両刀でもいいんだよ」


 りょ、両刀って、変なこと言うな!


「変なことかな?ボクは男とか女とか関係なく好きな人は好きだし、嫌いな奴は嫌いだよ」


 ノムスみたいな特殊な存在と一緒にしないでほしいんだけど……。

 とりあえずお礼を言っておく。ありがとう。言われなければずっと悩んでいたかもしれない。

 元の自分と今の自分の感覚に板挟みになってさ。

 自分は誰だ?何者なんだ?って。


「そうかい。役に立てたようで何よりだ。

 おや、そろそろ目が覚めそうだ。じゃキミが幸せな人生を歩むことを祈っているよ。またね」




 そんな祝福の言葉と共に私は目覚めた。

 とてもすがすがしい気分だった。まるでずっと喉に引っかかっていた小骨が取れたかのように。

 私はアルテイシア・ヴァルハート。今はもう日本人の男ではないんだ。

 過去の自分ではなく今の自分の心のままに生きてゆこう。

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