第47話聖女とは
またここか……。
私は数年ぶりに芝生の世界に立っていた。目の前にはピンク色の髪色で見目麗しい男。
「やあ久しぶりだね」
出たな精霊め!
「そんな嫌そうに言わないでほしいな。傷つくよ」
土の精霊ノムスはわざとらしく肩を落とした。
このタイミングで出てくるってことは、その……見てたの?
「もちろんさ。ボクはキミが生まれた時から、そしてこれから死ぬまでずっと一緒なんだからね」
この変態めっ!
「怒らないでおくれよ。あ、酷いな。芝生を
怒るに決まってるでしょ!なんでこのタイミングで出てくるの!?
以前私に取り憑いてる的なことを言ってたから覗き見されるのは仕方ないなって諦めてたけど、こんな大人の階段を登ったときに出てくるなんてデリカシーの欠片もない!
もう少しタイミングを見計らって出てきてよ。
「そりゃボクだってキミに嫌われるようなことはしたくはないけどさー」
じゃあなんで出てきたんだよ!
「それはね。今度こそボクの知る聖女のことについて全部話す時がきたからさ。今こそベストなタイミング。ときは来たれり!ってやつだね」
初体験を迎えた日がベスト……。
「どうして耳を抑えて
なんか嫌な予感がして…ってなんで普通にノムスの声が聞こえるの!?
「ボクとキミの会話は物理的なものじゃない。魂の対話だからね。耳抑えても意味ないよ」
あーあーあー!聞きたくなーい!
約15年間内緒にしてきたことだ。きっつい真実を突きつけられるに違いない。そして初体験のタイミングがベストってことはエロ関係なはずだ。
例えばなんだろう。あの気が狂いそうなムラムラが一生付きまといますとか?はたまたこれからは毎日のようにエッチしないと死んじゃいますとか?
どっちもいやー!!!
「こらこら暴れるんじゃない。現実世界で目が覚めてしまう。ちゃんと聞いておいてほしい。キミが幸せに生きていくためにも」
うぐぐぐ。わかったよ。聞くよ。
ノムスは一貫して私の幸せを願ってくれている。真面目に聞くべきだ。例え受け入れ難いことでも。
「聞く気になってくれてありがとう。うーん何から話そうかな」
ノムスは目を瞑りまるで髭をつまむような仕草でしばし考え込んだ。
「まず聖女の力だけど燃料は魔力ではなく生命力だと教えたよね。実は生命力を補給する方法があります」
え!?そうなの?
「うん。考えてもみてよ。補給方法のないものを使う能力なんて欠陥品じゃないか」
なんでそんな重要なことを今まで教えてくれなかったんだよ!早く教えて!
ドラゴンのせいで力使っちゃったから早く補給しておきたい。
「安心してよ。もうキミは生命力を補給したから」
もう補給した?も、もしかしてその方法って……。
「そう。お察しの通り男の精を受けることさ」
な、なにそれ!エッチして生命力を奪い取るなんて聖女っていうよりサキュバスじゃん。どうして聖女なんて呼んでるんだよ!
「聖女って呼び名は癒やしの力を見た人間がつけたものだよ。元々呼び方なんて無かったからボクもそう呼んでいるだけ」
そんなこと知りたくなかったよ……。
「ショックを受けるのはまだ早いよ。なにせ聖女の与えられた役割を考えると癒やしの力も破壊の力もおまけの力で魅了の方がメインなんだから」
魅了がメインの力なの!?マジでサキュバスじゃんか!
はっ!ってことは私がハグが好きだったりキスが好きなのもこのサキュバスの力のせいか!
「それは関係ないよ。ハグもキスもキミ自身が好きなだけ。何でもかんでも聖女の力のせいにしないで」
そ、そうですか。はっきりとそう言われると恥ずかしいな。エロ娘って言われている気がして。
「エロ娘というか重度の甘えん坊だよね。もし男でここまで甘えん坊だったら気持ち悪いレベルだよ」
きも……。でも冷静に考えると私もそう思います。今は女の子に生まれることが出来てよかったと心から思う。
というか最近昔の自分を思い出せないんだよね。どんどん元の自分が消えていってる気がする。
「それは仕方ないよ。そもそも魂に前世の記憶がくっついていることが異常なことなんだから」
そっかー。まあ元の自分には申し訳ないけど前世のことは気にせずに生きていくことにする。今の自分もこの世界も好きだしね。
はぁ。でもサキュバスとして生まれてきたくはなかったなぁ。今まで聖女の力に不満なんかなかったけど、さすがにちょっとショック。
「キミはサキュバスみたいな物語に出てくる悪魔じゃないよ。今から話すから聞いてほしい。少し長いけどね」
そう言ったノムスは静かに語り始めた。聖女と精霊の物語を。
―――
この世界には初め、五体の精霊しかいなかった。
何もない世界で無意味と呼べる時間を過ごしていたボク達を神様は哀れんで、空や大地を、草木や動物といった生き物など色々と創ってくれたよ。
俗に言う天地創造だね。
そして神様は最後にボク達のお嫁さんであり、人類最初の乙女であるルーシアを生み出した。彼女こそ初代の聖女。
聖女の力は元々精霊を虜にし、精霊と共に生きていくためのものだったんだ。
精霊が五体に対してお嫁さんは一人だったから、ボク達は喧嘩しないようにルールを決めた。
人間の感覚でいうと100年くらいを目安に交代制でルーシアを愛した。
その結果、火の精霊とルーシアの子達が竜人族。
水の精霊とルーシアの子達が魔人族。
風の精霊とルーシアの子達が
金の精霊とルーシアの子達が獣人族。
土の精霊であるボクとルーシアの子達は
ボク達は幸せだった。そりゃ400年会えないのが寂しくないわけじゃない。
しかし精霊と関係を持った彼女も半永久的な命を手に入れたのだから時間は無限と呼べるほどある。
また一緒に楽しい日々を過ごせる時がくると思えばいくらでも我慢できた。
でもルーシアにとってはそうじゃなかった。いや今の言い方だと語弊があるな。ルーシアも最初の1000年くらいは幸せそうな顔を見せてくれていたし。
様子がおかしくなったのは彼女が生まれてから2000年を過ぎた頃だっただろうか。その後も時が経つにつれてどんどん彼女は狂っていき、元の優しくて少しおちゃめな可愛らしい彼女は見る影もなくなってしまったよ。
ルーシアは神様が生み出した精霊に近い存在だけど、半分は人間だ。長過ぎる命に精神が耐えられなかったんだ。
ルーシアは生まれてから3000年を超えたあたりから自殺を試みるようになった。でも彼女はどれだけ自傷したところで無限ともいえる量の生命力を糧に癒やしの力が勝手に発動する。
高いところから落ちるだの、鋭利な物で刺すだの、そんな普通の方法では死ぬことは出来なかった。
彼女が得たものは安らかな死ではなく、自傷による苦しみだけだった。
自殺を諦めたルーシアは廃人状態となってしまい、呼びかけにもほとんど応じなくなってしまった。
ボクはそんな人形のようになってしまったルーシアを見てようやく決心したよ。彼女を楽にしてあげることを。
本当はもっと早く彼女を解放してあげればよかったんだけど、出来なかったんだ。ルーシアと一緒にいたいって己の欲望の方を優先していたから。
覚悟を決めたボクがキミを殺してあげると伝えると、それまで無反応だったルーシアは涙を流して少しだけ昔のように微笑み「ありがとう」と言った。
この時の笑顔をボクはこの世界が消えてなくなる時まで覚えていることだろう。
ボクは他の精霊にルーシアを殺めたことを伝えた。
三精霊は納得してくれたよ。むしろ彼らも自分が手を下すべきかと悩んでいたみたいだった。
でも金の精霊だけは納得してくれなくてさ、大喧嘩に発展したよ。
お陰で精霊全員肉体を失い、金の精霊に至っては魂ごと爆散してしまった。
結果、金の精霊がいなくなったせいか獣人族は滅び、金属性の魔法も扱いづらい世界になってしまった。
その後、精霊たちは自分とルーシアの子孫を見守るために各地に散っていった。
人間を見守り初めてどれくらい経った頃だろう、ボクはある時何やら懐かしい感じがして、フラフラと誘われるように気配がする所に向かった。
赴いた先にいた娘を見て驚いたよ。見た目も性格も魂さえも違う。けれどその娘はルーシアと同じだ。感覚的にわかった。
ボクは娘に接触を試みた。でもいくら呼びかけても気付いてもらえなかった。
体を失ったせいで大魔法使いになれるような素養のある人間じゃないと精霊を認識出来なくなってしまっていたから娘はボクを認識出来なかったんだ。
認識してもらえなかったのは少し寂しかったけど、ルーシアと同じ力を持つ娘のことを見つめるだけでも幸せだったボクは娘が死ぬまで見守り続けた。
娘が死んでしばらくすると、また同じ力を持った娘が生まれてきた。
理由はわからないけど、ルーシアの力を人族の娘が受け継ぐようになってしまったらしい。
それからボクはルーシアの力を持った娘が生まれる度に娘たちのことを見守るようになったんだ。
―――
それで今は私の番ってことね。
「そういうこと。初めて素養のある娘が聖女の力を受け継いだからウキウキで声をかけたんだけどなかなか気付いてもらえなくて焦ったよ」
気付けなかったのは前も謝ったでしょ。同じことを何回も言って女々しいやつ。
「あはは。そうだったね。まあそんなわけでキミが聖女の力を持ってしまったのはおそらくボクがルーシアを手に掛けたせいだ。ごめんね」
謝る必要なんてないよ。ルーシアさんを救ってあげたノムスの選択は間違っていないと思う。
それにさ、この力は不幸だけを運んでくるわけじゃない。この力のお陰で得た幸福もあるんだから文句なんて言えない。
「キミは優しいくていい子だね。リオン君が羨ましいな。ボクもキミのことを抱きたいよ。ボクの体をどうにか復活させる方法見つけてくれない?」
お断りだ!私は人族なんだからノムスとルーシアさんの子みたいなものでしょ?娘を抱く気?この鬼畜!
「ルーシアと精霊の時代がどれだけ前だと思ってるんだい?もう他人みたいなものだよ」
くっ。だとしても浮気するな!
「えー、ルーシアだって他に4人も旦那がいたんだからボクだって複数妻がいてもいいじゃないか」
とにかくノムスの妻になるつもりなんかないから諦めてください!
「残念。振られちゃった」
ところで気になってたんだけど、目が覚めたら生命力が無くなったリオンが死んでるなんてことはないよね?
「大丈夫。奪うのは寿命の半分、初回のみさ。魔人族の寿命は150年弱だから約60年くらいは残ってるはずだよ」
そっか。良かった…って良くないよ!どうしよう。60年分も寿命取っちゃった。
「リオン君なら許してくれるさ。むしろ喜ぶんじゃないかな」
寿命取られて喜ぶ人なんて居ないでしょ。
「理解できないなら起きてからリオン君に聞いてみるといい」
うぅ。怖いな。絶対許さないとか言われたらどうしよう。
「その場合は責任取って妻になればいいんじゃない?」
つ、妻!?でもそうだよね。一生言いなりくらいじゃないと償えないよね。なにせ60年分だもん。人一人殺したのと変わらないし。
「今回は緊急事態だったんだ。説明すれば絶対許してくれるって。ボクが保証する」
緊急事態ってどういうこと?
「キミは物凄くムラムラしただろう?我慢できないくらいに。それはキミの寿命がなくなりかけていたからさ。
お腹が減ったらなにか食べろってお腹が鳴るのと同じように、今回のムラムラは生命力が尽きかけてるぞ。早く補給しろって体からメッセージだったんだよ」
嘘!私死にそうだったの!?そんなに大人数に力使ってないのになんで!?
「キミの場合は自分自身が死にかけた上、リリアンヌやレイやガイといった死にかけの人を治したから。ついでにあの暗殺者なんだっけ?忘れちゃったけど元気な人間も力で殺したからね。
リオン君やリサくらいなら少量だけど自身が死にかけたり、あと数時間もあれば死ぬような死にかけを治したり、元気な人を殺したりするのは10年単位の生命力を使うから気をつけたほうが良い」
そうだったんだ。気をつけるよ。もうあのムラムラに襲われたくないし。
「キミの場合、感情的になって咄嗟に使いそうだから心配だ」
うっそれは否定できない。
「ちなみに今キミは約60年分の生命力があるわけだけど、一気に30年分使ったりすると半分残ってても体が勘違いしてムラムラに襲われるみたい」
それは歴代の聖女達を観察してわかったの?
「その通り。あと観察してわかったことは一回エッチした相手には魅了の強制力はなくなるってことかな」
え?ならリオンにはもう襲われないの?
「目が金色に染まって襲いかかってくることはなくなる」
じゃあ今までと同じように安心して一緒に寝たり出来るんだね!
「いやそれは……、まあ一緒に寝られるかもね」
そうだ。もう一つ気になってることがあるんだけど、魅了の効果って何歳くらいで消えるの?50歳くらい?
「一生消えないよ。老化したら子供が産めなくなってしまうだろう?言い方は悪いけど聖女は精霊と共に生きるだけではなく、精霊の子供を生むのが存在理由でもあったんだ。だからその力を受け継いだ者はルーシアと同じで20歳前後の体で成長が止まる」
ええ!じゃあ私はあのムラムラを耐えて耐えて死んでいくしかないの?
歴代の聖女達はあれを耐えて死んでいったんだよね。凄すぎる。耐えられる気がしないんだけど……。
「一応誰かとエッチすることでムラムラはある程度抑えられるみたい。でも一度生命力をもらった相手からはもう貰えないから解決にはならないね。
例えるならそうだな。水を飲めばお腹は膨れるけど栄養は取れないから死んじゃうって感じかな。それとルーシアと違って生命力が有限だから死のうと思えば死ねる。だから必ずしもムラムラに耐えて死なないといけないわけじゃない」
えーっと、つまり歴代の聖女達の死因は餓死みたいな苦しみというかムラムラを味わいながら死んだか、自殺ってこと?
「見た目がずっと変わらない上に男たちが魅了されるものだから魔女扱いされて、生命力が尽きるまで害された娘もいたね」
まともな死に方してる人いないじゃん!私はそんな不幸な死に方したくないよ!
よし決めた!今はまだわからないけど、いずれ上手く力を制御する方法を見つけてやる!
「そんなこと出来るのかな?数千年生きたルーシアですら最後まで制御なんて出来なかったのに」
出来るかとかじゃなくてやるんだよ!私は幸福に生きて、幸福に包まれて死ぬんだ。それ以外は認めない。
死の瞬間まで力に振り回される人生なんて送りたくはない。
前例がないなら作ってやる。ノムスにこの力が不幸の証ではないってことを見せてあげるよ。
「ふふふ、そうかい。ボクもいい加減、降りかかる不幸に涙する娘を見るのは飽き飽きしていたんだ。期待しておくよ」
ノムスの言葉を最後に夢の世界が徐々に暗くなっていく。
あんなこと言ったけど、何も宛がないや。どうしよう……。
私はそんな不安を抱えながら現実世界で目覚めるのだった。
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