第13話町の観光

 順風満帆な日々。

 魔法もやればやるだけ出来るようになってる。今の所大きな壁には当たっていない。


 私生活でも、もう変に演技する必要もないし気楽だ。

 うちの国は厳しい冬は到来しないため年中なにかしらの花を楽しむことが出来るし、両親は優しく弟は可愛い。

 使用人も皆いい人たちでなんの心配もない不自由のない生活を送っている。

 こんな幸せな生活を送っているのに不満を言うのは怒られるかもしれない。

 でも、でも言わせてほしい!刺激が足りない!

 この一年間でルーティンが完成してしまい、毎日毎日同じような日々なのだ。

 魔法という非日常だったものも今では扱えるのが当たり前になってしまった。私魔法では満足出来ない身体になってしまったの……。

 そのせいで最近退屈だ。レイに対しての悪戯を再開してしまおうか、なんてちょっとだけ考えてしまうほどに。

 明日ダメ元で父様に街の観光がしたいと相談してみようかな……。そんなことを考え眠りについた。




 次の日父様におねだりをしてみると思いの外簡単に許可をくれた。


「本当!?父様ありがとう!」

「でも行くのは勉強がお休みの日だよ?」

「はい!じゃあ今日も頑張ってきます!」


 アルテイシアが部屋を元気よく出ていき、レイがその場に残る。


「旦那様、いいんですか?街に出れば嫌なことも目に付きます」

「ああ。そろそろアリアもいろいろと経験したほうがいいと思ってね」

「ですがお嬢様は貴族の娘、優しい世界だけ見ていてもいいはずです。せっかくそれが出来る環境なのだから」

「ほら、大昔の飢饉の時に「パンがなければビスケットを食べればいいでしょ?」って言った姫がいるって逸話があるだろう。

 うちの娘はそういう世間知らずになってほしくはないんだ。あまりにも過酷なものを見せる必要はない。適度な現実を見せてあげてほしい。

 てのは建前で、単純に可愛い娘のお願いを聞いてあげたいだけってのもあるんだけどね。ははは」

「旦那様……」

「レイ、アリアのこと頼んだよ」

「はい。お任せください」


 二人がそんな会話をしているなんてことは露知らず、私は五日後を楽しみにしていた。




 当日、街の観光にはティモとレイが付いてきてくれることになった。

 だがティモはすごい嫌そうにしている。


「はぁ面倒だなぁぜーったい面倒くさいことになるよ」

「人をトラブルメーカーみたいに言わないでもらえます?」


 まったく、私はスノウじゃあるまいしトラブルなんて起こしません。


「では行きましょうか」


 レイが手を差し出してきた。もしかして手を繋ぐの?手を繋がれたら自由に動けないじゃないか。


「手を繋がないなら観光は行きませんよ」

「なんで?」

「お嬢様、鏡見たことあります?」

「もちろんあるよ!父様母様のおかげでとってもプリチーでしょ?」


 私がぶりっ子ポーズをとって言うとティモに鼻で笑われた。そんなティモのことを私は勝ち誇った顔で見返した。

 なぜならティモの行動が照れ隠しだと知っているからだ。だってティモは普段無意識で頭を撫でてくるんだ。

 どう考えても私の可愛さにメロメロだ。将来私のような娘がほしいと思っているに違いない。

 場合によっちゃ私を嫁にほしいと思ってたり?さすがにそれはないか。

 ともかく40歳にもなって未だにツンデレの可愛らしいおじさんなのだ。


「そのとおりです。お嬢様は可愛いのでちょっと目を離したら100%誘拐されます」

「誘拐犯より私のほうが強いし……」

「お嬢様は町を破壊する気ですか?」


 私の攻撃性能は高い。むしろ高すぎるくらいだろう。

 逆に防御性能は0だ。腕力も弱いため懐に入られたら何も出来ない。

 もしパニクって魔法を全力でぶっ放せば周囲の関係ない人まで皆殺しにしてしまう可能性がある。


「むぅ……」


 私は仕方なくレイの手を取るのだった。




 ―――




 まず初めに貴族街にほど近い富裕層向けの店が連なる地区へ出た。

 高級武具店、服飾店、本屋、雑貨屋、魔道具屋、レストランなどさまざまな店が並んでいる。そのどれもが立派な店構えだ。

 あいにくお小遣いは貰ってきていない。もしかしたらレイが少し預かっているかもしれないけど高級店で物が買えるほどはないだろう。

 冷やかすだけなのに店に入るのは気が引ける。店の中に入っちゃうと何かしら買わないといけないかな?なんて思うタイプなのだ。

 そのためここいらの店は総スルーした。ちょっと魔道具は見てみたかったけど。


 高級店街を抜けると平民が利用するであろう店が立ち並ぶ区画に出る。

 ここらへんまで来るとかなり人通りが激しくなる。

 レイが手を繋ぐことを強制してきた理由がわかるような気がする。


 一度、試しにこの区画の雑貨屋に入ってみた。

 しかし前世と文化や技術力などが違うせいか、何に使えばいいのかわからない代物ばかりだった。

 中には可愛い小物などもあったが、あまり心惹かれるものはなかったのですぐに店を出た。

 普通の女の子なら好きなのかもしれないがこちとら普通じゃないんでね。


 さらに少し進み露天が多い区画へとやって来た。

 やっぱり冷やかすならば露店が一番だ。さっそく露店を冷やかして回ることにした。

 しかし露店というのはやはりちゃんとした店と違って怪しい商品が多い。

 これなんか魔石と書いてあるがどう考えてもちょっと綺麗なただの石だ。相場がわからないけど魔石が銅貨数枚で買えるとは思えない。

 試しにティモに小声で聞いたら石ころだよと言われた。




 フラフラとしていたらいつの間にか昼時だ。お腹が減ってきた。

 レストランだといつも食べているものと代わり映えしなさそうなので屋台を利用することにした。

 いろいろと種類がありどれにしようかと目移りしてなかなか決められずにいると、いつの間にかティモが何かを食べている。

 気になって手元を見てみたら芋虫だった。蜂の子焼きらしい。

 私はそれを見て露骨に顔をしかめてしまった。

 それを見たティモは邪悪な笑顔を浮かべると蜂の子を私の口の中に突っ込み、吐き出せないように手で口を塞いできた。


「ふむうぅっ!!」

「ほら、ちゃんと噛まないとお腹の中で動き出すかもよ」


 な、なんて怖いことを言うんだこの鬼畜エルフ!この悪魔!人でなし!

 私は泣いた。泣きながら食べた。

 この程度で泣くなって?仕方ないじゃないか気持ち悪いものは気持ち悪いもの。

 でも味は悪くはなかった。それだけが救いだった。

 私が飲み込んだのを確認するとティモが手を離した。


「うわっ。きったないなー」


 手には泣いたせいで出たであろう鼻水がべっとりと付いていた。

 今度はティモが露骨に顔を顰めた。天罰である。なんだか初めて仕返しに成功した気がした。


「ティモさん、あまりお嬢様をいじめないでもらいたい。あまりに酷いようなら勝てないとわかっていても戦いを挑まなくてはいけない」

「あはは。気をつけるよ」


 レイはナイトだ。主人のために強大な敵にも挑みかかる使用人の鏡だ。だけどもう少し早くに助けてよ……。


 蜂の子を早くに忘れたかった私は、近場にあったジビエ焼き肉屋で串焼きを購入することにした。

 本日のメニューは魔獣化した猪の肉らしい。


「お嬢ちゃん可愛いね!サービスしちゃうよ」

「おっちゃんありがとう!」


 何故か一串買ったら二串おまけでくれた。サービスしすぎじゃね?嫌な予感がする。


「よかったね。いやぁ可愛いってお得だなあ」


 そう言われて嫌な予感が更に増した。

 もしかしたら魔獣の肉は不味いのかもしれない。

 でもせっかく買ったのだ。勇気を持ってかじりついた。

 サービスしてくれた理由はすぐに分かった。

 味は悪くはないけど魔猪肉はとても硬かった。大きな超ハードグミを食べている感じだ。

 子供の顎力ではかなりきつい。大人でもきついんじゃないだろうか。

 一串3つ付いている肉塊。1つはレイに食べてもらって2つだけ自分で食べた。

 きつい。顎が痛い。

 こんなものを食べていたら顎筋が鍛え上げられ顔面がゴリマッチョになってしまう。せっかく両親から可愛い顔を貰ったのだからそれは避けたいところだ。


「まだ二串あるよ!」


 ティモが笑顔で魔猪肉を差し出してくる。


「レイぃー」


 レイに泣きつこうと甘えた口調で顔を向けるが目を逸らされてしまった。

 酷い!こいつは使用人の鏡じゃない。泣いている主人を見捨てる非道な使用人だ!




 肉の処理のことで頭を悩ませていると近くで不穏な会話が聞こえてきた。


「おじょうちゃん、お腹すいてるんだろ?おっちゃんに付いてくれば飯食わせてあげるよ」


 あれは人攫いだ。子供を誘拐する常套句である。

 あんなにもわかりやすく攫おうとしているのにも拘らず、誰も助けようとしない。

 声をかけられている女の子と男の後ろにいる男の子はみすぼらしい格好だ。

 孤児だから誰も助けようとしないのだろうか?わからない。

 でも誰も助けないなら私が助けなければいけない。無意識にそう思った。


「あ、お嬢様!」

「はぁ……。ほら面倒なことになった」




「おじさんなにしてんの?」

「ああ、おじさんはねお腹をすかせたこの子たちに飯を食わせてあげようとしてるんだよ。お嬢ちゃんは……、いらなそうだね。さあ用はないからあっち行ってくれ」

「食べ物なら私がこの子達にあげるよ。だからおじさんこそあっち行きなよ」


 私は持っていた串焼きを男の子と女の子に押し付けた。

 ちょっと食べにくい肉だけど今はこれしか無い我慢してもらおう。


「おい。嬢ちゃん邪魔しないでくれや」


 胸ぐらを掴んで脅そうとでもしたのか、男が手を伸ばしてくる。


「お嬢様にその汚い手で触れてみろ。命はない」

「チッなんなんだクソがっ!」


 しかし、追いついてきたレイが男に短剣を突きつけ脅すと、男は悪態をついて立ち去っていった。


「いいのかこれ?」

「ん?どうぞ」


 二人は一心不乱に肉を食べだした。

 この時私は人攫いから子供を守り、ご飯を与えて、いいことをしたと思いこんでいた。

 彼らの境遇、後のことなんてなんにも考えちゃいなかった。

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