第44話ドラゴンとの戦い
私達の目の前に現れた赤い鱗を持つ炎竜は10メートル級の巨大な体躯、強靭な四肢、鋭い爪と牙、槍のように尖った尾を持っている。
それに加えて大きな翼があるため圧倒的な存在感を放っており、凶暴さを秘めた瞳で私達を睨みつけている。
「全員大猪から離れろ」
ガイさんが上空にいる炎竜を刺激しないように冷静な声で指示を飛ばした。
指示通り皆が距離を取ると、ドラゴンは大地に降り立ち、私達のことなど眼中にないかのように背を向けて大猪に食らいついた。
「
もしかしたら大猪が物凄いスピードで突撃してきた理由は、炎竜に襲われて逃げていたからなのかもしれない。
「今のうちに逃げる?」
「そうしたいところだが、町から一日の距離でドラゴンと出くわした場合は足止めをするのが冒険者の暗黙のルールだ。出来れば嬢ちゃんにも共に戦ってもらいたいが強制はしない」
人の足で町から一日の距離だと、ドラゴンの飛行速度ならば目と鼻の先と言える距離だ。
万が一、事前情報なしで不意にドラゴンが町に降り立てば甚大な被害が出る。
多くの冒険者や町騎士がいるので町が滅ぶことはないけど、力がない者が大勢死ぬことになるのは間違いない。
「本来なら逃げ出すところだが町にはリサがいる。俺は戦う。アリアは」
「父さんが戦うなら私もやるよ。父さんが死んじゃったらリサ姉に顔向けできない」
「アリアが戦うなら俺も戦う」
ドラゴンの足止めは、あくまで暗黙のルールであるために絶対にしないといけないというわけではない。
しかし町に思い入れがあるなら、町に大事な人がいるなら冒険者は命がけで戦うのだ。たとえ死ぬ可能性が高くとも。
「おい、パトリック。わかってんな」
「しかし、唯でさえ少人数なのに俺が抜けては……」
「連絡役が居ねえと足止めの意味がねえだろうが。体力バカのお前が連絡役に適任だ。なあに心配するな。こっちには嬢ちゃんとリオン坊がいる。火力は申し分ない。むしろお前は討伐に参加してないせいで分前が減るんだ。残念だったな」
「言うじゃねえか。なら俺は行く。……皆死ぬなよ」
私はそう言い残して去ろうとするパトリックさんに声をかけた。
「できればヴィーも連れて行ってほしい」
「町まで急いで戻らないといけない。ヴィナティラでは俺についてこれないだろう。ヴィナティラはドラゴンとの戦いに巻き込まれないようにどっかに隠れてろ」
「わかりました」
「でも」
「アリア。冒険者になったからにはこういった危険な目に合うことは覚悟の上です。それに私は信じてます。アリアたちは負けないって」
「よく言ったヴィナティラ」
口角を少しだけ上げて笑ったパトリックさんはヴィーの頭をガシガシと撫でると、町の方角へと駆け出した。
「それでどうするの?今ならお食事に夢中で隙だらけだけど」
一番冒険者として経験値の高いガイさんに指示を仰いだ。
「ドラゴンは殺気に対して敏感だ。故に1秒以内で出来る最大パワーの魔法を放ってくれ。狙う場所は胴体」
「頭じゃなくて?」
「胴体を狙えば回避行動をとっても体のどこかしらに当たる確率が高い。仕留められなくても翼にダメージを与えるだけでも最低限のミッションはクリアだ」
「俺は」
「俺達三人は嬢ちゃんが魔法を放つと同時に斬りかかる。リオン坊は俺らを囮にして構わないから隙きを見つけて攻撃しろ。無理に首を狙わなくても良い。死にたくなければ臨機応変に動け」
「わかった」
作戦会議は終わりだとばかりに皆が私を見る。
「じゃあやるよ」
緊張を和らげるために一度目を閉じて、深呼吸をしてから言葉を発すると皆がコクりっとうなずいた。
「ストーンマグナムッ!!!」
私の放った魔法で戦いの幕が切って落とされた。
炎竜はまるで後ろに目がついていたのかと思うような反応速度、そしてその体躯に似合わない俊敏さで魔法を避けようとする。
しかし私の魔法は拳銃の弾丸のようなスピードで放たれているため、音速で動けない限りそうそう避けられるものではない。
ストーンマグナムは見事に命中、だが炎竜がその俊敏さで咄嗟に体を動かしたために直撃はせず、右翼を貫いた。
「グギャァァァッ!」
炎竜は翼を貫かれた苦痛からか咆哮を上げる。
翼に大穴を開けられ怯む炎竜にラウル、ガイ、ケビンの三人が斬りかかるも、炎竜は器用に体を回転させ、強靭な尾で三人を薙ぎ払う。
「ぬうっ!」
三人は後方に大きく跳躍、尻尾アタックを回避した。
三人の追撃をしようとしていたリオンは炎竜が上手く体を半回転させたために真正面から斬りかかることになってしまった。
そんなリオンに炎竜は強烈は右フックを放つ。
ガキィィィン!
「リオンッ!」
「大丈夫!」
リオンは炎竜の豪腕でふっとばされるも、危険を察知して咄嗟に剣でガードしていたため、無傷で私の少し後方に着地した。
私がリオンから炎竜に視線を戻すと、炎竜はこちら向きで両腕を地面につけて息を吸い込むようなモーションを取っていた。
「ブレスがきます!全力で障壁を展開!リオン君もアリアの後ろに!」
何も考えずにヴィーの声に従い障壁を展開すると、そこに炎竜の必殺技である灼熱のブレスが放たれる。
「ぐっううぅ」
先程の猪ととは違い、まるで殴られているかの衝撃が断続的に障壁にかかる。
炎竜のブレスにより私達の周りだけ植物が消失し荒野と化した。
「ヴィー!隠れてないと危ないよ!」
「アリアと一緒にいるのが一番安全ですよ!それに見てるだけなんて嫌です。少しでもいいから力になりたい。一緒に戦いたい!」
そう言ったヴィーは緊張で震える私の体を抱きしめた。
「ヴィー……。うん!一緒に戦おう!」
「はい!」
私達のやり取りを見たリオンは少し笑顔を見せると再度斬りかかっていった。
戦いは膠着状態となった。
炎竜は自分に致命傷を与えることが出来るのはリオンだけだと言うかの如く、他の三人の攻撃を受けてでもリオンの斬撃だけはくらわないように動き、リオンを最優先に撃破しようとしている。
一応他の三人の攻撃が全く効いていないわけではない。特にガイさんの攻撃では浅い切り傷を負わせることは出来ている。
しかし炎竜が大して気にしていないことを考えると、蓄積ダメージにより炎竜が倒れる前に人間の体力と集中力が切れる可能性が高い。
この膠着状態を打破するには私が攻撃に参加すればいい。でも私にはそれが出来なかった。
まず定期的に誰かしらを対象に炎弾を吐くため、それを防ぐことに集中していたから。
そしてもう一つ。攻撃出来そうなタイミングがあっても必ず射線上に味方がいるのだ。
まるで私が味方を巻き込んで魔法を撃てないとわかっているかのように炎竜は立ち回っている。
「このままではジリ貧です。リオン君が攻撃する隙きを作るために、無理にでもアリアが攻撃魔法を放つべきです」
「…………」
ヴィーの言うことはよくわかる。
でも私が攻撃するということは誰かが炎弾に焼かれることを見て見ぬ振りをするか、仲間を魔法で巻き込むということだ。
狙われた人や射線上にいる人が上手く避けてくれれば何の問題もない。
だが私の行動によって、もしかしたら誰かが死ぬかもしれないと思うと、どうしても攻撃という択を選べなかった。
そんな膠着状態が20分ほど経過した時だった。
「ぐっ!」
ギィィィィィィン!!!
疲労による一瞬の気の緩みからかリオンが炎竜の尻尾アタックに当たってしまい、100メートル近く離れた林の方まで吹っ飛ばされてしまった。
「リオン!!」
剣でガードしたような音は聞こえたもののあまりの速さによく見えなかったため、私は吹き飛ばされたリオンに気を取られた。
「アリア!障壁で自分を守って!」
「お嬢!」
「え?」
視線を前方に戻すと炎竜が間近に迫ってきていた。
そして私と炎竜の間に入ったケビンさんを邪魔だとばかりに豪腕で殴り飛ばし、そのままの勢いでタックル。
「グオオッ!」
「くぅ」
ヴィーの指示とケビンさんがタイミングを少し遅らせてくれたおかげでどうにか障壁が間に合った。
ドンッ!ドンッ!!ドンッ!!!
しかしタックルを防がれた炎竜が私の障壁を、
殴る。
殴る殴る。
殴る殴る殴る。
私は防戦一方になってしまい完全に身動きが取れなくなってしまった。
「てめえ!俺の娘から離れろ!!」
「馬鹿野郎!無理に突っ込むな!」
私を助けようと炎竜の後方から無理に斬りかかった父さんを、障壁を殴るついでとばかりに振り払った。
「ぐあああっ!」
「父さん!」
炎竜に振り払われ数十メートル転がった父さんを見やると左足が変な方向に曲がってしまっていた。
戦闘不能になった父さんのフォローをすべくガイさんが父さんと炎竜間に入る。すると炎竜はまとめて二人を焼き払うことを狙っていたとばかりに私に背を向けて二人にブレスを吐く体勢を取った。
完全に背を向けている今ならば炎竜を屠るだけの威力の魔法を撃てる。
しかしそれでは二人を見捨てることになる。少なくとも足を怪我している父さんは絶対に避けられない。
見殺しになんて出来ない。私は倒すことよりも守ることを優先した。
自分の目の前に張っていた障壁を一旦解除、父さんを守るために再展開しブレスを遮った私は少し違和感を覚えた。
障壁にかかる負荷がさっきよりも小さい。
それに気がついた時、目の前に槍のように尖った尻尾が迫っていた。
炎竜は器用にも弱ブレスを吐きながら尻尾で無防備になった私に攻撃を仕掛けてきたのだ。
自分の身を守るためには父さんの目の前に張った障壁を解除しなければならない。でもそんなことをすればいくら弱ブレスでも父さんは……。
私は咄嗟に横に居たヴィーを突き飛ばした。次の瞬間炎竜の槍のように尖った尻尾の先端がお腹を貫いた。
「ぁ、ぐっ」
「え?あ、ア、リア?」
痛い。
痛い痛い痛い!
涙で視界が滲み、痛みで耳鳴りまでする。
だが炎竜はまだブレスを吐き続けている。倒れるわけにはいかない。
「ゴホッ」
炎竜が尻尾を引き抜くとお腹から血が吹き出し、同時に吐き気を催し吐血した。
まずい。大量出血で意識が遠のく。
「はああっ!!!」
遠のいてゆく意識の中、頭から血を流したリオンが炎竜の首を切り落とすのが見えた。
あぁよかった……。安心した私は一息つき瞼を閉じた。
あれ?体動かないや。再度目を開いてみるといつの間にか地面に寝転がっていた。
瞼が重くて開けていられない。意識が遠くなってゆく。まるで底なし沼にゆっくりと落ちていくように。
「あ、あぁぁ……。誰か助けて!アリアが死んじゃう!」
意識が途切れる寸前、ヴィーの絶叫が聞こえた気がした。
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