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「あの、2年のこのクラスってどう行けばいいですかね?」

「右手奥の階段を登って下さい。」

 

「すみません、ここ行きたいんですけど、どっちですか?」

「えっと、一番手前に見えるあそこの校舎入って下さい」


「落とし物ってどこ集められてますかね?」

「ここをまっすぐ行って突き当たりです」


 ただ、機械的に、考えて答えているのか何も考えないで答えているのかそれぞれの質問に答えていく。これも文化祭実行委員会の仕事の一つだった。大きな校舎の前に長机といくつかの椅子を置き椅子に座り、何か聞きたいことがある人が訪れたら適宜対応する。文化祭のパンフレットに「何かお困りごとがありましたらココに来て下さい」と地図上で大きく矢印を刺されている。


 隣には成瀬さんが座っていた。学年と役職でシフトが組まれ、シフト表には「財務2年」とだけ書かれている。あと5分もすれば代わりの人がやってくることだろう。シフト表で「財務2年」の下に書かれているのは「財務3年」だ。特に問題がなければ加賀美先輩と市原先輩がくることだろう。


「あと5分で仕事終わりだね、克人君。このあとどうするの?」

「このあと、ちょっと友達から呼ばれてるんだよね」

「そっか……」

 成瀬さんがそう呟く。この仕事中、俺と成瀬さんは普通に喋っていた。お互いに質問が来た時どう答えればいいか確認し合ったり、どっちが次の質問に対応するかを決めたりと会話をいくらばかりか積み重ねた。


 「仕事」という会話の前提では何気なく話せても成瀬さんとの間に溝を感じてしまう。この時間が「傷」だの「仕事」だの何かの上でしか俺たちは会話も何もできないのだろうか、そう俺に思わせる。

何か前提を求めなければならないのだろうか。

成瀬さんと会話をする理由を他に求めなければならないのだろうか。

 

 何かが燻り熱を抱き心を、体を掻き乱す。気持ち悪い……

「お疲れさんっ。交代の時間だよー」

 体の中を何かがぐるぐるぐるぐると掻き乱しているような気持ち悪さを抱きながらその明るい声に耳を傾ける。聴覚の次に視覚もその方向に向けると、目の前には2人の親しい先輩が立っていた。声の正体は市原先輩だった。


「お疲れ様、成瀬さん、有馬君」

成瀬さんに「じゃあまた」と声をかけ、彼女が数歩進んだところで背中を翻し校舎に向かう。これから郡の明日の予定を剛に伝えにいくつもりだった。


「あっ、有馬君ちょっと待って」

「……はい?」

 一歩踏みかけたところで市原先輩に声をかけられた。もう既にその場を立ち去るつもりだった俺の反応した声が若干遅れる。


「えっとさ、最後の確認だけど、成瀬ちゃんとは付き合ってないんだよね?」

「……はい」

「えっと、その……委員長がさ今日、告白するみたいなんだよね。明日一緒に文化祭回りたいから今日告白してみるって言っててさ」


―っ


「そうですか……」

 意外そうで意外でもないような委員長の予定を聞かされ、何を思ったのか言葉が浮かばずただ首肯して無難な返事をした。


「はぁ……」

「どうしました?」

 ただ委員長の予定を聞いて「そうですか」と返した反応に分かりやすいように市原先輩がため息を吐く。呆れたような残念そうなそんな意思を意図的に飛ばしてくる。


「あのねぇ……有馬君って、自分で思ってるよりも分かりやすいからね?自分の気持ちは大事にしなよ」

 突然向けられた市原先輩の言葉が頭の中を反復する。分かりやすいとは一体どういうことなのか。疑問が徐々に膨らんでいく。

「……」


「ごめんね有馬君、茜が引き止めちゃって」

 ずっと平静を装ってきた加賀美先輩が柔らかい笑みを浮かべながら、言葉が続かない俺を見計ってか声をかける。市原先輩もそれを聞いて「ごめん、もう行って大丈夫だよ」と声をかけてきた。

「では……」

 頭を少し下げて会釈をし、校舎へ歩を再度進め始めた。


 今、成瀬さんはどこに行っているのだろうか。

 後方に寂寥感を感じながら剛の元へ進んだ。

 

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