28
「ねぇ、私たちの関係ってなんなんだろうね」
俺の左側にいる成瀬さんがそう呟く。
肩を揺らせば彼女の温もりを感じる。そんな距離で話しかけられた言葉だった。
俺たちの関係か…… やはり何度考えてもその歪さは拭えない。そこに当てはまる答えとはあるのだろうか。
「……分からない」
本当にわからない。答えがあるなら聞きたいものだ。
だからこの返答は答えるのを逃げた訳ではなく、本当にわからないと思ったからそう答えたものだった。
「私たちってお互い傷が癒えたらそれで終わり、なのかな?」
それでも成瀬さんは核心の部分に手を伸ばす。
抱く疑問は同じだ。
「俺は……」
「私はさ、もしこの傷が癒えても一緒にいたいなぁ」
お互いこの関係が歪でお互いの「傷」の上で成り立っていることをよく知っている。傷が原因で、傷が理由で、傷が前提であるということを。俺にとって成瀬さんは、成瀬さんにとって俺は、お互いが被害者でお互いがカウンセラーだ。
でも、成瀬さんはそれ以上を求めたいと言った。
一体俺は何を成瀬さんに求めているのだろうか。
「……ずっと」
―っ
「怖いよ……。これ以上居場所を失うのがっ……」
成瀬さんが、その細長くて綺麗な指を一本ずつ俺の指と指の間に絡ませてくる。
時間と比例して彼女の指は熱くなっていく。多分彼女の顔は今どんどん赤くなっていることだろう。そして、やはり温かい。
これが一体何を表しているのか、俺にはよくわからない。それでもやっぱり感じるのは心地よくて、鼓動が早まってしまう息苦しさ。
「俺は……よく分からない。自分の気持ちが」
圧倒的に語彙数の少ない俺の辞典ではこの気持ちに名称をつけられない。なんと言えばいいのかわからない。
「うん……」
成瀬さんの顔がこちらに向く。部屋は暗く照明はついていない。窓からさしてくる月明かりだけが彼女の顔を見るための手助けをしてくれる。
「ただ、隣にいたいだけ。それ以上もそれ以下も俺には上手く言葉にできない」
ただそう思って彼女が掴む俺の左手に少しばかり力を加えた。
「……っ」
瞬間。成瀬さんの手から感じる温度が上がった。もうこれは温かいを超えて熱い。
「大丈夫?」
手を握っている相手の温度が急に上がったのだ。当然心配になってそう声かけた。
「はぁ……。だからそういうことを平然と言わないでって……」
ボソボソ成瀬さんが呟く。この距離なので呟くというほどの音量でも俺の耳には届いてしまっているが。
「私、手握るのにどんだけ勇気必要だったと思ってるのもうっ!」
次に放たれた音量はもう呟くの域を超えてしっかり叫んでいた。
こちらを向いた成瀬さんの顔は言葉通り頬を膨らませている。もし立っていたなら2つの手が腰に当て、前屈みになっていたところが目に浮かぶ。
不意打ちを食らってダメ出しを受ける。帰宅時も同じような反応をしていたのを思い出した。そしてやっぱり息苦しくなる。
「ごめん……」
「だから謝んないのっ!」
月明かりが照らす彼女の顔は真っ赤に染まっているのが薄暗くてもわかる。
あぁ、俺はこの状況を楽しんでいる。そんなことを自覚した。人と関わるのを辞めたはずだった俺が楽しんでいる。それは嗜虐の趣味があるといったものではなくて、彼女と時間を、行動を共有することを。
「成瀬さん、ありがと」
「えっ?」
「俺を泣かせてくれて」
感情に気づかせてくれて。
「……やっぱり、私は克人君の隣にいたいなぁ」
こちらを見てそう彼女は言う。
口角をこれまで見たことのないくらいにあげて笑っていた。いや、初めてかもな。彼女が笑ったのを見るのは。
鼓動が今一番高鳴る。その所以に気づかない俺を置き去りにして。
「……それじゃ、おやすみ。克人君」
「おやすみ」
それから肩を寄せながら、各々眠りにつく。目蓋を閉じ、周りの影響をシャットアウトしようとした瞬間、彼女が「私も、ありがと……」と小さな声で呟いたのを俺は聞き逃しはしなかった。
たった1週間も経っていない数日で築かれた関係。たったそれだけなのに、俺にはそれが温かい。
その温もりを隣に感じる。さぁ、何ヶ月ぶりだろうか。俺は久々にあの夢を見なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます