07

「ねぇ・・・昼ごはん一緒しない?今日の朝のお詫びも兼ねて」


 今日の朝の出来事がそんなにも心に引っかかっているのか、今日はやたら郡が俺に話かけてきた。

 そして昼休みに入った直後の今も。


「お詫びって・・・別に気を使わなくていいって言ってるだろ」


 何度も「もう気にしなくていいから」と言っていたからだろうか、不意に語調が強くなっていたかもしれない。案の定郡は落ち込んだ顔をしている。


「・・・じゃあ、一緒に食べたいの。だからいい?」


 落ち込んだと思ったら次は強引に郡は食事を誘ってきた。これ以上郡の機嫌を損わせても悪いのだろうか。

 と、思っていると郡は俺の袖を引っ張っていく。慌てて弁当を持った俺は仕方なくついていった。教室を出て階段に向かう。行き先はこのフロアの上であった。上は3年生のフロア、そしてその上が屋上だ。当然3年生のフロアなんかには用事がないものだから、一階分上がったと思ったらまた階段を登る。


 昨日の今日で屋上に行くのも気が引けたが。


 昼休みの屋上には俺たちのように弁当を食べにくる者と遊ぶ者など数名の生徒がいる。郡は一度屋上を見渡してから、人気の少ない端の方に歩みを進める。俺に拒否権はない。


 座るや否や弁当を出して各々昼ごはんを食べ始めた。男女2人だからといって恋人同士でもない俺たちの間には「あーん」などということは何もない。もう俺には縁遠い話だろう。別に悲観している訳ではない。恋愛感情もただのまやかしに過ぎない。所詮、信じられるものではないのだろうから。


「・・・ねぇ。克人」


 弁当の8割ほどまでお互い箸を進めていたところで、これまで他愛もない話をしてきた郡は急に慎重な声色で俺に語りかけてきた。


「なんだ?」


「そのさ・・・最近私のこと避けてない?」


 これが訊きたかっただろうか。昨日の朝、郡が言葉詰まって途中であやふやにしていた会話を思い出す。答えはイェスであり、ノーであるこの質問はとても答えにくいものだった。


「今日も用事あるからって、先いっちゃうし。昨日だってコンビニ入ったの私を先に学校に行かせるためでしょ? なんで、なんでそんなことするの?」


 昨日と今日。2つの出来事を交えて俺に質問する。郡の顔はいつもの明るい朗らかな顔とは違い、悲しく、いや、とても辛そうなもので今にも泣き出しそうだった。


「なんでって・・・俺がいても邪魔だろ? もう高校入って郡は明るくなって友達も多くできたんだし、暗い俺なんかいても邪魔になるだけじゃ・・・」


 「ないか?」と言おうとしたところでその言葉は遮られる。


「なんでっ!」


 周りを気にせず発したであろうその声は、一時周りの注目を浴びた。だが、それも一時であり、徐々に周りの視線は外れていく。


「克人は辛い顔しなくなったけどさ、なんか冷たくなったよ・・・ 根っこは優しいのに暖かくなくて冷たい優しさになったっていうか・・・」


 また、優しさか。その言葉だけで感情を失っていることだけが俺の救いであるはずなのに。なぜ昨日も今日も否定されるのであろうか。


「別に俺は優しくなんかない」


「そんなことないっ。傷ついているのは自分なのに。私には理解できないくらい辛かったはずなのに、独りだった私とたくさん会話してくれたじゃん」


 郡は、天沢郡は今でこそ友達に囲まれて過ごす人気者ではあるが小中学校の頃は暗く、独りであった。高校デビューとまでは行かないが、高校生になってようやく心の殻が割れ徐々に友達を作っていって根っこの素直で気遣いのできる部分が今の彼女を作った。


「それは・・・お前しか、郡しか俺と会話してくれなかっただけだろ」


「違うっ。いっつも私を独りにしないように待っていてくれた。教室を移動する時も帰る時も」


 彼女は否定する。おそらくお互いのいっていることは正解であり不正解だ。俺たちはお互いに、お互いの存在に依存しあっていただけだ。


「確かに、お互いぼっちで喋れる相手がお互いだけだったからかも知れないけど、克人はっあんな事件があって信頼できる相手を失った。でも、それでも相手のことを気遣えるって凄いことだよ多分。優しいんだよ」


 なら、何故分からないんだよ。

 俺が優しいかの議論は置いといて、お互いに依存しあっていたような仲だったってのがわかったら、尚更もう俺は邪魔だろう。俺はこれでも郡に感謝している。

 だからもう俺以外にたくさん友達のできた彼女に俺の存在は、クラスでも暗く邪険にされている俺の存在は不要だ。彼女に迷惑をかけている。


「ねぇ・・・本当に私が克人のこと邪魔だと思っていると思うの?

 だとしたらっひどいよ・・・。」

 途中俯いて彼女は一呼吸を置いてから顔を上げる。その顔は涙を我慢しているのが見て取れた。


「私はっ。・・・克人と幼なじみの友達以上の関係になりたいよ」


 最後の言葉は辛うじて聞こえたものの、彼女の心が限界だった。もう涙を我慢することに限界を迎えた彼女の額には沢山、とまではいかないが涙が溢れていた。

 そのまま郡は弁当をしまい、屋上を走って出ていく。

 幼なじみの友達以上の関係ってなんだよ。多少の動揺が頭の中をめぐる。

 

 理解できないのか、理解しようとしないのか消えることのない動揺は俺の頭にしつこくこべりつき中々引き剥がせないものだった。

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