08

 変だなと思い始めたのは高校2年生になったあたりだった。おそらく私や剛君みたいにあの事件のことを知っていて、彼と数年の付き合いがある人以外には全く見当のつかない違いだと思う。それは教室の中においてはささやかな変化に過ぎなかったのだから。


 克人は明るいか、暗いかといったら暗い生徒だ。いつも哀しい、寂しい目をしている。それは昔も今も。でも、高校1年生・・・いや、少なくとも中学生のときまでの哀しさはなんといえばいいか・・・純粋な物だった。哀しさに純粋も何もないとは思う。そもそも哀しさを引き起こしいる原因自体多くは純粋な物ではないのだから。


 だが、彼の哀しさは純粋なものであったとやっぱり思う。小・中学生と暗い生徒で孤独であった私も多分純粋な寂しさを持っていたのだとも思う。

 原因は違えど、私と彼は一緒にいることでその寂しさ、哀しさは薄れた。純粋であるが故に、寂しさを、哀しさを共有してお互いにお互いの寂しさを、哀しさを埋め合わせることができた。


 でも、今はなんか違う。私にはなんとなく分かる。別に私は克人のことがなんでも分かると驕っている訳ではない。でもその直感には自信があった。


 克人はどう思っているか知らないけど、私にとって彼は家族以上の存在だった。彼が手を差し伸べてくれて私がどれだけ救われたか。私がどれだけ彼を慕い、視てきて、触れてきて、想ってきたか。だから、私は彼の異変に気付いたことについては自信があった。


 高校2年生くらいから、いやもしかしたら高校1年生の終わりあたりからなのかも知れない。彼の哀しそうな目は表面に見えなくなった。でも目の奥の奥に隠れているように私は見える。


 それが私に向けられている目なのか、私を含む全員に向けられている目なのかはわからなかったが。


 辛そう、ではない。が、何だか何もかもに対して淡白になった気がした。私にも。


 彼は、いつも辛そうだった。だが、その分楽しいことには「楽しい」と嬉しいことには「嬉しい」と言葉には出さずとも表情には出ていた。

哀しいも辛いも楽しいも嬉しいも今の彼からは感じない。


 私に対しての対応も変わった。彼はいつも温かい手を私に差し伸べてくれた。私が転んだ時、独りだった時、寂しかった時。

 でも今は私に手を差し伸べるのではなく、彼自身の存在を邪険にして私に迷惑をかけないようにと振る舞ってくる。

 最初は高校生になって私に友達ができ始めたから遠慮してくれているのかと思っていた。でも私と2人きりで喋っているときも、私が振った以上のことは何も返してきてくれない。


 避けられているのかな。


 それが私の最初に抱いた印象だった。

 彼が私以外の人に向けている目を私は知らない。だから、彼の哀しそうな目が変わったということは私に対して私以外の目線を向けるようになったのではないかという思考に囚われた。


 不安。


 それが同時に抱いた感情であった。

 心の中にポッカリ空きそうな空白。彼がずっと埋めてきてくれた寂しさが振り返すのを感じて、不安になった。


 彼が好きだ。


 それが同時に私自身に気付いた発見だった。

 彼が冷たくなって、悲しくなって寂しくなって寂しくなって哀しくなる。心が落ち着かない。

 彼に隣にいて欲しい。彼を心の底から愛したい。彼に心の底から愛されたい。

 思えば女友達と話していても彼が視界に入るとつい、目で追ってしまっていた気がする。彼は気持ち悪いと思うかな。そんなことを考えてちょっぴり不安になったりもした。


『私は克人と幼なじみの友達以上の関係になりたいのに・・・』


 あれは極めて素直な私の感情だっただろう。彼と手を繋いでみたい。彼と腕を組んでみたい。彼と・・・唇を合わせてみたい。彼と恋人同士が行き着くところまで走ってみたい。


 彼と友達以上のことをしてみたい。


 不安が溜まって溜まって口から出た言葉だった。涙で視界がグネり彼の顔は見えなかった。困惑していた・・・かな。

 今はその困惑でさえも彼が久々に目に見える形で私に向けた感情であり少し嬉しく思えたかも知れない。

 でも恥ずかしさに耐えられず、逃げてしまった。

 どう克人に顔を合わせればいいのかな。


 

―キーンコーンカーンコーン・・・



「あ、授業終わっちゃったなぁ」


 私は今克人の居なくなった屋上に戻りただ独りで空を眺めている。今日私は初めて授業をサボった。サボって何も感じなかった訳じゃない。もちろん先生には悪いなとは思うし、みんな心配しているかも知れないと思うと申し訳ない気持ちになる。


 でも克人に気持ちを伝えられたこと、克人と久しぶりに言葉を交わせられたことの達成感や充実感の余韻に浸らせてほしかった。


 克人が変わったと思って彼を見ていると、克人は私を避けているだけじゃなく、何だか全てに対して深い反応を示さない様に思えたから、克人が感情を失って何も感じなくなったんじゃないか・・・なんて突飛な妄想までして心配していた。


 いや、もしかしたらそうしようとしていたのかだろうか。そんなに辛かったの・・・かな。

 でも、彼は、彼の感情は私に反応を示してくれた。それに、最近克人が私に対して冷たいと思っていたがそれでも彼は彼なりの冷たい気遣いをしてくれた。それが彼の優しさという感情をすでに表しているのではないか。


 克人が好き。彼が背負わされている過去は重い。そして克人自信まだ過去に縛り付けられている。

 彼に私を信じさせてやる。

 

「克人……やっぱ好きだなぁ」


 流石に大声でとはいかなかったが、屋上に、空に私の声が小さく響く。

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