彼のシグナル

大福

感情

プロローグ

「何?」

「うるさい、うるさい、黙れ」

「誰のおかげで生きていると思ってんのよ」

「私を世話しろ金稼いでやんってんだろ」

「うるっせぇな・・・子供は黙って親の言うこと聞けよ!」

 腹を殴る蹴るの暴行は鈍い音を鳴らした。

「殺すぞ」

「あなたなんかいなくなればいいのに」

「あなたがいるからあんなことにっ!」

「消えろよ・・・」

「死ねぇ!」

「何だと? 今何つった!」

「この金魚の糞ふぜいが!」

「捨てるぞ」

「ねぇ、あなた私に生かされてるってわかってんの」

「あなたがいなければ私はどんなに楽だったか」

「これ以上私に迷惑かけてどうすんの? 生きてるだけで迷惑なのに」

「俺にこれ以上迷惑かけんな」


 また、これか。


 最後に出てくるのは決まっている。


「おい、こっちこいよ……」

 水の張られた浴槽に首根っこを掴まれた俺の頭が沈められる。

「おい、俺は父親だぞ!」

 一度あげてから、呼吸に暇もなくまた水の中へ。

「俺を尊敬しろ! 俺に敬服しろよ!」

 何回も、何回も。

 水面を怒声が走り、波が生まれる。その様子は色鮮やかに感られる。


―ブチッ

 そこで意識が切れる―



 激しい音の目覚まし時計が俺を覚ました。

「ゲホッ ゲホッ」

 息が苦しかったのか不意にむせる。

 額、首筋、脇、背中……汗が滴る。カーテンの隙間から陽が俺の頭を照らし意識を覚醒させた。


「もう……慣れたはず、なんだけどな」


 俺の心情とは真反対のように体が反応している。

 これが俗にいう、頭ではわかっている現象なのだろうか。いや、俺の場合ただただ体に染み付いた記憶が反応しているだけだろう。

 もう俺には遠い過去となったあの出来事からもう10年か。


 でも、もうどうでもいいや。


 もう何も感じなくなった、


 あの出来事から頑張って回復したんだ。悲しみも寂しさも怒りも楽しさも喜びも優しさも何もかも遮断して俺は立ち直ったんだ。

 だからもう俺の現在いまに入ってこないでくれよ……

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