01

「おっはよー 克人」

「あぁ、おはよう」

 今日は高校2年生の2学期が始まる日。教室に入ろうとしたところで声をかけられる。

 朝一から俺なんかに声をかけてくるのは幼なじみのこおりだけだ。

「なによその返事は。事務的に処理しようとしないで、もうちょっとくらい好意的な返事してよね」

「はぁ、わかったよ郡。おはよう。今日も朝から元気でいいですね」

「それでよし」

 こちらに親指を立てて元気な郡は教室に入っていき、クラスメイトに「おはよう」と声をかけて回る。彼女はクラスの中でも際立って支持の厚い生徒でその支持は女子、男子関係ない。ブラウンの瞳とショートヘアで本人曰く天然パーマな彼女の容姿は男子の中では中々の人気を誇っている。が、俺は高校生に人気なその手の話題には興味が示せない。

 そんな彼女とは反対に俺は一直線に自分の席につきそのままイヤホンをつけて自分の世界を周りから隔離した。

「っよ克人。朝からなに聞いてんだ?」

 と、あと1歩で隔離できたところでつよしに声をかけられる。

「いや・・・音楽」

「そんなのはわかってるっつーの 馬鹿かお前」

 基本的に調子の良い彼は俺が唯一心を許している相手だ。小学校からの仲で郡の次に付き合いが長い。とはいえ男子同士ということもあり剛との仲の方が親しいと言えると思う。


「おい、北大路きたおおじ。夏休みはどこか行ったか?」

「剛君っ これ夏休みに沖縄行ったときのお土産っ。よかったらもらってくれない?」

 剛は運動神経が良く顔立ちもそこそこ良く男子からの人気もある。そして若干熱血漢気取りしているところが可愛いと数人の女子から好意の的となっている。

 ただ、俺なんかと絡まずにいればもっと人気者になれただろうに。

「ごめん、俺トイレ行ってくるわ」

 いつの間にか数人剛を中心に話の輪ができているのを感じ俺は避難する。

 剛は戸惑ったように「悪い」と顔に出し俺に返事をする。

 長年の仲だ。俺が「別に大丈夫だ」と目配せすると理解して級友との会話を再開し始めた。

 俺が教室を出る頃には爆笑が剛の周りで起きていた。

 特に行きたくもなかったが、流れでトイレに行った後始業式までどう時間を潰すのかを考え始めた。

 とりあえずあてもなく廊下を歩くことにした。俺はC組この学校は1学年A〜F組まであり各クラス40人程度で構成されている。

 各クラスを横目に廊下を歩いていると、やはり各クラスで仲良し同士が集まって夏休みどこに行っただの何していただのを話す声が聞こえた。

 教室が過ぎ人気が少なくなるところまできた。

―ドテッ

 女子高生の肩がぶつかる。気をつけろよな。

 と不満を心の中で呟き、ぶつかった女子高生の方を振り返るとフラフラとよろつき今にも倒れそうであった。

―カクッ

 案の定心配は当たった。名前も知らない女子高生の膝が折れ、前に倒れそうになる。俺もそこで人を支えないほど人ができていない訳ではないので腕を伸ばしその華奢な体を支える。

 顔が蒼い。額には汗が滴っていた。我慢して歩いているこの様子にどこかモヤっとしたものを感じた。

「かえでー どこー? ・・・あ、いた・・・って大丈夫?」

 どうやら彼女を探しているようだった。俺が腕で支えている彼女を見た瞬間目の色が心配に変わる。いい友達を持っているようだ。

「顔面蒼白で、歩いていたら倒れそうになったんですよ。彼女の友達ですか?」

「えぇ倒れたの? 保健室連れてった方がいいよねコレ」

 友達ですかという質問には答えてくれなかったが、その心配ぶりから親しい間柄であるのは想像できた。

「そうですね、保健室に連れてって、寝かした方がいいと思います」

「そうよね。あの・・・悪いんだけど、手伝ってくれない? 男手あると運ぶの助かるんだけど」

 まぁ乗り掛かった船だ。運ぶくらいどうとでもない。

「いいですよ」

 淡白な返事をすると友達さんはありがとうと俺に言い俺と保健室まで彼女を運んだ。

 倒れた彼女の友達であろう人は彼女が急に席を立ってトイレ行ってくると言ったまま戻ってこないから心配して見に来たという。

 

 名前も知らぬ彼女たちの手助けをしていたら時間が過ぎていつの間にか始業式の時間となっていた。少し時間に遅れていたため早足で始業式に向かうとクラス数人と始業式に向かっていた剛と合流できた。

 今日は始業式さえ終われば後はホームルームしか残されていない。校長の話、事務連絡等々が長く感じたが今日は授業がないという開放感があったため始業式はそこまで苦ではなかった。


 ホームルームが終わり、この後ご飯行こうよと誘う者、独り図書館へ向かう者、家に帰る者。各自が各自の目的を持ちクラスという団体が崩れる。

 ちなみに俺は真っ先に家に戻ろうとしていた。

 剛はクラスメイトに飯を誘われたらしく俺は一人下校するために下駄箱へ向かう。


「待って」

誰かにそう呼び止められた気がした。だがこの学校に俺を呼び止めるやつなんて郡と剛以外いない。剛はクラスメイトと飯に郡はもう友達と学校に出ていた。

その情報が今のは俺を呼び止めたのではないと俺に認識させる。

あえて聞こえさせているのか分からないが、後ろで女子2人が「この人で会ってるの?」という囁きがずいぶんクリアに俺の耳に入ってきた。

「ね、ねぇ待ってって」

 それさえも俺のことではないと思っていた矢先、次は俺の肩が捕まえられた。

 どうやら本当に目的の人物が俺だったようで、俺は後ろを振り返る。

 俺の視線の先には先ほどの倒れた女子高生がいた。

 身長は俺と同じくらい、いや少し低い。黒髪ロングにうっすらと茶色い目。胸の発育も良い。清楚って感じだな。容姿は悪くはない。いや、良い。男子には人気がありそうだ。

「そ、その・・・先ほどはありがとうございました」

 そうか、礼を述べにきたのか。わざわざ俺に。別によかったのに。

「そうですか・・・別に当然のことをしただけなので礼なんて大丈夫なんですが、まぁ、じゃあ・・・どういたしまして」

 そういうと例の女子高生は少しばかり笑顔になった。コレでよかったのだろう。生憎俺は何も感じないが。

「私、成瀬楓なるせかえでっていうの。あなたの名前は?」

「有馬克人です」

「有馬君、今日はありがとう」

 成瀬さん・・・か。

「成瀬さん。体は大丈夫?」

「え、えぇもう大丈夫。元気になったわ」

 視線が左右に少しばかり動く。やはり何かを隠そうとしている。

「いや、そうじゃなくてあざ・・・」

 痣と言い出したところで成瀬は俺の腕を引っ張り近くの空き教室へ連れ込む。今日は始業式とホームルームの午前授業だったため下駄箱で足止めを食らっていた間にもう大半の生徒は学校を出ている。

やはり人にはバラされたくない秘密なのだろう。

「ごめんなさい。・・・なんで分かったの?」

 動揺を隠せない瞳を俺に向ける。

 どうやら俺が体の痣に気づいたことはもう察したらしい。

「先に言っておくが誰にもこのことは話してないし、話すつもりはない」

 言った瞬間に瞳に安堵の色が混ざる。

「誰にもバレたくないからわざわざ教室でたんだろ?」

 動揺、安堵、驚愕が瞳に出る。やはりクラスメイトに急に倒れたところを見られたくなかったのだろう。

 おそらくこの子も俺と類似した境遇に会ったのだろう。

「虐待か・・・」

 もう俺が察していたことは半分わかっていたのだろう。諦めたような表情で俺を見る。

 そして急に教室の外を確認してからyシャツを脱ぎ始めた。

「・・・何も動揺しないのね。まぁ良いけど」

 あらわになったのは、彼女の美しく艶かしい白い肌、そして多数の痣だった。

「これが、私の受けたものよ。笑う?」

「いや・・・笑えないさ」

 他人には見せたことがないのだろう。その傷を見せると決意した表情からまだ多少の動揺と緊張が窺える。

「大変だったんだな」

 俺はいつもの通り何も動揺も驚愕もせず答える。

「―ッ あなたに大変だったんだなって、何がわかるっていうのっ!」

 彼女は、成瀬は糸が切れたように俺に泣きながら叫ぶ。あまりにもか弱い声で。

 日頃から彼女の精神は蝕まれているのだろう。その痣を見ればわかることだ。誰にも見せなかったその傷を見せることで彼女は相当メンタルに限界がきている。

 いや、もう限界だったのだろう。だから彼女は叫ぶ。

「・・・分かるはずがないだろ。俺と君はさっきまで名前も知らない他人同士だったんだ」

 彼女は何も言えなくなり言葉を失う。

「そうか、そうね・・・ ごめんなさい」

「いや、良い。そんな痣があって精神的に限界がこない方が異常だ」

 彼女は「そうね」とまた呟き、yシャツを着始めた。

「今日はありがと」

 そう言い残し彼女は空き教室をさっさと出る。その表情は冷たいものだった。

 だが、俺はなにも感じない。感じられない。

 感情を失ったんだから。

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