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 文化祭実行委員の副委員長になり、みんなが解散してからも少しのこれと言われたときは何を話し合うのかと思っていたが、ただ本部のメンバーの名前を先生の方に提出するから名前を書いて欲しいという要件だけだった。

 変に緊張していたから、余計に肩から力が抜けた。


「今日はもう特に用事はないから帰っていいぞ」

 委員長から帰宅許可が出る。今から行けば克人に間に合うだろうか。そんな期待を胸にメモ帳、筆箱を学生鞄に入れる。と同時に楓ちゃんのことも思い出した。私以外女っ気のなかった克人に女友達がいると言われると少し心がざわついた。私もただの幼なじみであるから克人が女として見てくれているのかは知らないが。副委員長という仕事は実際あまり気が進まなかった。せっかく克人と文化祭実行委員会になったのだから一緒に作業したかった。


 克人たちは椅子と机を運んでから帰ると言っていたため少しとはいえ時間ロスがある。名前も一番に書かせてもらってその差は1分もない。勢いよくドアを開け一歩を踏み出した。


「・・・やっぱり、克人君は優しいよ」

 それが一番に聞こえた声だった。克人が両手に椅子。楓ちゃんは手ぶらだ。その様子、さっきの言葉がから察するに克人はさっさと自分の机だけ先に置いてきてから楓ちゃんの持っていた椅子を持っていた。

 克人と楓ちゃんが会話をしている。剛や私以外と克人が会話していることは喜ぶべきこと。彼が他人に心を開いたなら。だが・・・、だが何故か心がざわつく。楓ちゃんが女じゃなくて男だったらこんな気持ちにもならなかったのかな。何故心がざわつくのか、答えはわかっていた。克人君が私以外の女子と自然に、楽しそうに会話をしていたからだ。独占欲という名前以外この心情に適切な言葉が浮かばない。なんて醜いものだろうか。

 克人と楓がそんな関係だとはまだ確証がないのに、心が落ち着かなかった。

 今話しかけても上手く喋れなさそう。そう思って私は克人と楓ちゃんの進行方向とは逆を向いて歩き始めた。


「ただいまー」

 玄関から奥のリビングに声をかけると、「おかえり」というのが聞こえた。そのまま親の顔は見ないで自分の部屋に向かう。終始モヤモヤしたざわつきが消えずに心を掻き乱している。私が勝手に克人のことが好きなように彼が女の子と喋っていてもそれは克人の勝手なはずなのに。もしそれが恋愛感情の孕んだものであろうと。

 バックを部屋の隅に投げて私はベッドに突っ伏した。


「今悩んでもどうしようもないか・・・」

 強制的に思考を打ち切ることにした。心を掻き乱されて無駄に疲れたのか、手も洗わず、服も着替えぬまま意識が落ちた。


「郡。ご飯できたわよー」

 家のリビングの方から母親の声が響く。その声に反応して目が覚めた。時計の長針が一週近く回っていた。部屋着に着替え、手を洗って食卓に向かう。まだ意識がはっきりしない。欠伸もよく出る。


 父の帰りは遅い。まだ中学生の弟と母、そして私で4人用のテーブルを囲んだ。眠たいまま夕食は進む。今頃克人は独りで夕食を食べているのかな。一旦、考えないようにしたはずなのにやっぱり克人のことが思考をよぎる。

 部屋に帰るとまたベッドに突っ伏して寝たい気持ちになったが、これでも私は女子なので食後すぐに寝るのは控えることにした。


「はぁ・・・」

 心のざわつきが取れない。ため息が漏れた。

 やっぱり克人のことが好きだ。ただそれだけが与えられた確証のある答えだった。

 ベッドに倒れたい気持ちを押さえ込んで勉強机にノートを広げる。何かに集中していれば自然と落ち着く。そう思った。


 私の部屋は方位的に見て東側にあるので、窓から日差しが入るとちょうど私に当たった。昨日は結局勉強も集中できずゲームも漫画も読む気にならなかったので早めに寝た。

 よく寝るとモヤモヤしていた心も気分的にはスッキリした。

 今日は克人と学校行けるかなぁなんて思い、顔を洗う。好きって気持ちは一体どういうもの何だろうか。憧れだったり、慕う気持ちだったり人それぞれかもしれないが、私はただ克人と一緒にいたいという思いだった。

 早く寝たがいつもと同じ、いやいつもより10分ほど遅く起きてしまったので家を出るまで時間の余裕がある訳ではない。ご飯を食べて着替えて学校の支度をすればかなり時間が回っていた。

 克人がまだ学校に出てなければいいなぁと思いつつ、彼の住むアパートの近くまで足を運ぶ。克人とは何回も一緒に学校へ行っているから何時出れば会うのかなんとなく体に染みていた。


 感覚通り私が彼のアパートを視認したところで彼が住む部屋のドアが開く。克人がドアの向こう側から体を表した。その姿を確認して声をかけようと口を開く。


「えっ・・・?」

 絶句した。彼に声をかけようとした瞬間に言葉を失った。彼が出てきてまもなく2人目の影が彼の後ろから姿を表した。楓ちゃんだった。

脚から力が抜ける。嫌な予感が想像を超えて当たったその様子に何も言葉が出ない。彼女が何故彼の家にいるのかという疑問を通り越して、純粋な衝撃が、ショックが私に襲いかかってきた。

 言葉も出ないし足も動かない。言葉の通りただ動けない。たまにすれ違う人が道路で急に立ち止まっている私を怪訝な目で見る視線も気にならなかった。

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