22

「克人と楓ちゃんって付き合ってるの?」

 克人と楓ちゃんが同じ玄関から出てきたあのシーン。衝撃とショックによって未だ鮮明に思い出すことができる。

克人からしたら、私の口調は怒っているように聞こえたかもしれない。いや、怒っていたのだろう。克人が誰と付き合おうと勝手なのに、私の心が落ち着かない。現にこうして克人に詰め寄ってしまっている。そんな自分に。

でも、それでも聞かざるを得なかった。長年想っていた相手はもう諦めるしかないのか、その不安な心が私の口を開かせた。


「どうした、急に」

 彼の返答は至って平常運転で、慌てるそぶりもない。いや、どちらかと言うと呆れているような口調だった。克人はそのような認識をしていないのだろうか。

「今日、克人の家見たら2人で家から出てきたでしょ?」

 核心に迫る事実を告げる。これではシラを切ることもできない。


「いや……」

否定ではなく戸惑いが彼の口からもれる。困惑の色をその表情に浮かべていた。

「……ごめん。言えない」

 聞かないで欲しいとも聞こえるようなか細い否定の声が続いて放たれた。

 額を汗が数滴流れる。空調の効かない廊下で喋っていると、いくらか汗が浮かぶ。だが、今私の額を流れている数量の汗は焦りによるものだった。彼にとっての私がどのようなものであるのか不安になってしまう焦り。

 ずっとお互いにお互いの寂しさを埋めあってきた克人が彼の世界に私の入場を禁じた。何もかも分かち合っていると思っていた彼が。言うまでもなくショックだった。彼とは単なる幼なじみ以上の関係だと思っていたから。

 私はどこか驕っていたのかもしれない。彼は独りだった。だから私からアプローチすればいつでも付き合える、なんて。幼なじみで、お互い独りだった寂しさをお互いに埋め合わせていた克人が自分の見えるところから居なくなる訳がない。彼の世界をさも自分が知り尽くしているかのように、思っていたのかも知れない。

 今、友達と言える人がたくさんいる私だって独りだったじゃないか。彼以外に友達が出来て、私は彼以外の友達を取ったじゃないか。彼との時間を削って。

 だから彼が私の知らない彼の世界を広げていても私が何も言うことはない、はずなのに。


「なんで隠し事するの? 私には言えないことなの?」

 なのに醜い私が欲望のままに動く。彼に全面的に信じられていたいという欲望の私が。


「いや、俺からは言えないことだ」

 克人の言葉は先ほどより強めだった。

 その言葉に暴走していた自分の醜い部分が冷める。

「そう・・・」

 彼と全てを分かち合っているなんていうのは私の驕りだ。でもそれでも私は悔しかった。彼が私に言えない秘密があるということが。


「ごめんっ。急に。 あー誰にも言う気はないし安心して」

 克人と楓ちゃんが単なる恋人のような関係ではないのは理解した。それでも疑問は潰えないが。だが、これと克人を問い詰めるような行動をとったことに対する謝罪は別だ。

「いや、俺こそ何も言えなくて悪い。ただ俺からは言えないだけなんだ。言えるときがあったら話すよ」

 克人も申し訳なさそうにそう言う。

 なんか、最近は克人の表情が豊かになった気がする。困惑しているのも、申し訳なさそうにしているのも、昨日楓ちゃんと歩いていた時の表情も。元々感情を表に出さない方とはいえ、表情を意地でも変えないような節が前にはあった。それが今はなくなっていた。

 予鈴が鳴った。気付けば周りの生徒は忙しなく授業の準備をしていた。


「じゃ、委員会のときにまた」

 同じクラスといえど、みんなの眼がある教室の中で、克人に話しかけすぎるのはいささか勇気がいる。委員会のときにと言ったのはそんな恥ずかしさが不意に口から出てしまったからかも知れない。

「分かった」

 克人はそんな様子も気にせず教室に戻っていった。

 

 克人と楓ちゃんが付き合っているかはわからない。今日の反応からして付き合っているという関係ではないようにも思えた。だが、今日楓ちゃんにどう顔を合わせればいいか分からない。昨日の放課後、克人の微かな笑顔を引き出していた彼女に。

 この紛れもない嫉妬の心をどう落ち着かせればいいのか私には分からなかった。

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