26
はぁ……今日も楓ちゃんと克人楽しそうに話してたなぁ。
そんなことを思いながらベッドに力なく倒れる。今日の委員会の居残り作業は昨日みたいにさっさと返してはくれなかった。毎日学校に行ってきただけで疲れるには疲れるが、今日は一段と疲れていた。心も。
それに一緒に帰ってたし。今日も楓ちゃんは克人の家に行ってるのだろうか。近いのに遠いあの家。いや、私が遠ざけてしまったのかもしれない。中学までは何回も行ったことがあったのに…
「俺からは言えない」、か。克人が私に面と向かって隠し事するなんていつぶりだろうか。少なくとも私の覚えている中ではなかった。高校にまでなっちゃえば、幼なじみなんて関係は薄―い関係となってしまうのか。
告白紛いのことをしても克人は何も反応してくれなかった。いや、次の日に女友達を紹介してきた。意図してではなかったが。
「今頃何してんのかなぁ2人で」
勝手に楓ちゃんが克人の家に行ったこととして想像する。楓ちゃん可愛いし、あの無愛想な克人も欲情してしまうのかなぁ。それで2人で……
「はぁ……」
嫌な想像が膨らむ。いや、既に妄想の域に入っていたかもしれない。何故か頬か少し熱くなった。
時刻は6時を既に過ぎていた。思っていたよりも委員会で居残っていたらしい。
今日、弟は塾で母は仕事で遅くなると聞いた。誰かと話せればこんな心のざわつきは治ると思っていたが故に、余計心が掻き乱される。
とはいえ、ずっと自分の部屋で悶々としているのも今の自分に良い行為とは言えない。気分を切り替えるために自室を出た。
リビングから繋がっているキッチンには一家用の大きい冷蔵庫がある。冷蔵庫の扉を開けると、扉の内側に付いている透明なポケットには牛乳やら麦茶やら飲み物が入っている。成長盛りの弟がいるのもあって牛乳の消費は激しい。弟はすぐに牛乳パック一本を消費してしまうので、我が家では常に2本冷蔵庫に用意されている。私もコーヒーには牛乳を入れて飲む牛乳消費者の一人で、冷蔵庫に牛乳がない時には少し残念な気持ちになってしまう。透明なポケットから冷蔵庫の真ん中の方に視線を移すと見えやすいところに付箋付きの晩ご飯が用意されていた。
付箋には「レンジでチンして食べて」と書いてある。字面は弟のものだった。少し汚い。仕事でまだ家に帰ってきてない母に指図されたのだろうか。
正直なところ今は物凄くお腹が空いていた。色々と疲れるとやはりお腹は空くものなのだ。それに委員会の仕事が長引いてまだ課題を終わらせることができなかったため早めの夕食ということにする。
今日の夕食はパスタと少量のサラダだった。ちゃんとレンジでチンをして、皿の熱さを我慢して食卓につく。茹でたてのパスタよりは幾分物足りなかったが、味は申し分なかった。
私は必死に食べた。急いで食べた訳ではない。ただ、食べることしか考えたくなかった。そうでなくてはこの味も何も感じなくなってしまうほど、心がざわついてしまいそうだから。
一人分の食事で使うお皿は少ない。このくらいなら自分で洗っても時間はさほど取られることはない。そう思って皿を洗って拭いた。これまた同じく少ない皿のために乾燥機を使うなんてことはしなかったからだ。
「ふあぁぁぁ……寝むっ」
欠伸が出る。
夕食を済ませた私は部屋に戻る。時刻は7時過ぎ。お腹が膨れると次に襲ってくるのは決まって眠気だ。これでも女子な私は流石に食後に寝るなんてことはしたくない。
後の勉強のためにも眠気を吹き飛ばそうと思い、散歩に出ることにした。
玄関を開ける。
うぅっ、冷えてきたなぁ。
夏が終わり、夜の時間帯はもう暑さはない。この冷えだったらすぐに眠気も吹き飛ぶだろうと思ったが、眠気なんてすぐに飛んで行った。
「か、楓ちゃんっ!?」
目の前には瞳の下に涙を堪える女の子がいた。どうしたのか、そう心配してあげたい。でも私の心はそんな心配より先にざわついてしまった。
「……ど、どうしたの?」
そのざわつきが一瞬の間を空けた。
「お、起きたら克人君がいなくて、私どうすればいいのかっ……。それで家を出たんだけど、ここで偶々「天沢」っていうの見かけて」
楓ちゃんが克人の家にいたこと、そもそも克人君って呼んでいること等、疑問が一気に降りかかってくる。
「と、とりあえず入って、外寒いし」
訳もわからないまま私は楓ちゃんを家に入れた。落ち着く必要があると思ったから。彼女も私も。楓ちゃんは「ごめんね」と呟いて大人しく入ってきた。
「ほんと、ごめんね急に」
「いや、いいよ。で、どうしたの?」
この口調が強くなってしまっていたか。私にはわからない。でも心がやはり落ち着かないのは確かだった。
「あの……ね? 私今、克人君の家に居候してるんだ。それで、さっきまで疲れて寝てたんだけど、起きたら克人君いないし、書き置きもメールもなかったから焦っちゃって」
場所が変わるとは人の気分を変えさせる。楓ちゃんはもう落ち着いた雰囲気で話始めていた。だが、まだ何かに怯えているような影は拭えていない。
衝撃の事実だった。まさか居候している、なんて。
「ごめんね。意味わかんないよね。なんで私が急に克人君に家にいるなんて。えっと、郡ちゃんは克人君の過去知ってるんだっけ?」
「えっ?」
不意に突かれた克人の過去の話に動揺する。なんで彼女がそれを知っているのかと。それを知っている人は生徒だけなら私と剛くらいだったはずなのに。
「なんで克人君の過去のこと知ってるの?私はもちろん剛も言いふらしてはないはずなのに」
「いや、実は克人君から聞いたんだよね」
私の中に克人が自分から話すという選択肢はなかった。もう彼女と話始めてから私の心の中で混乱が次々と起こっている。
なんで?と私が頭の中で考えていたのを察したのか、彼女はシャツを脱ぎ始めた。
彼女の制服の下には、女子でも艶かしく感じてしまうほどの色香を持った白い綺麗な肌とそれに似合うことがない傷跡が隠れていた。
「これ……虐待?」
これが答えだった。答えというのは私の頭が理解に追いつくための一つのピース。克人と楓ちゃんがなぜ会ったのか、なぜ一緒にいるのか。
これを見て理解できないほど、私は鈍感ではない。
もう一度楓ちゃんの方を見ると、その腕は微かに震えていた。
「ごめんっ。ちょっと今この姿見せるの凄くキツい……」
「あ、もう制服着ていいから。……大丈夫!?」
あの一瞬、それだけで彼女の額には汗が滲んでいた。
「……なんとなく理解した。あなたと克人の関係は。もう今古傷見せるのはキツいでしょ?今は話さなくていいから」
「ありがと……」
楓ちゃんは安心したような顔でもう一度制服を着始める。
にしても、起きたらいなかった?たったそれだけでここまで涙ぐむことはあるのだろうか。
「なんで克人の家飛び出してきたの?」
当然の疑問だ。
「起きたら、克人君いなくて書き置きもないし、メールも。私また居場所を失っちゃったのかななんて思って」
先ほどからずっと堪えていた涙がもう彼女の瞳には溢れていた。
「嫌な夢でも見たの?」
私にはあの頃の克人に一部重なって見えた。だから彼があんなにも苦しんでいたことが口に出たのだろう。現に今楓ちゃんはウンウンと泣いてうなずいている。
ずるいよ……
それでも思ってしまう。
こんなの見せられたら嫉妬なんてできないじゃん。こんな関係、幼なじみが超えられるはずがないじゃん。
ずるいよ……
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