23
「えー、では委員会を始めようと思います」
文化祭実行委員長の一言で騒がしかった教室は一気に鎮まった。
俺も委員長の方に首を戻す。戻す前に向いていた場所は隣の成瀬さんの方向だった。
「今日、まず決めようと思っているのは各々の役職なんだけど、とりあえず挙手制で決めてこうと思う」
同意という名の沈黙が流れ、次々と役職が決められていく。
「えっと・・・克人君。財務にするんだよね? ごめんね気使わせちゃって」
成瀬さんがこちらに向き直って片手を体の前に立てて申し訳なさそうに言う。
先ほどまで話した結果、成瀬さんと俺は財務という役職を希望とすることにした。理由は体を使う作業が少ないからだ。財務と仰々しい名前がついているが用は文化祭の支出を計算する仕事なので、特に肉体労働がない。
他には広報だったり、機材管理、装飾などがあったが、一番負担が掛からなそうなのがいいとただそう思った。
「別に克人君は克人君でやりたい仕事があったらやればいいんだけど」
「いいって。何かあった時に困るだろ。しかも俺も押し付けられてるだけだから気にしないよ」
どうしても心配そうに聞く成瀬さんのためにそう本心で答えた。どうせ押し付けられているだけなら成瀬さんのフォローできた方がマシとそう考えただけ。そこに特に特別な感情はない。それが彼女の秘密を知る俺の義務的なものだとただそう思う。
「ありがと」
それだけ言うと成瀬さんは少し顔を赤らめて嬉しそうにしていた。嬉しそうにされる理由なんか何もないはずなのに。
「あ、成瀬さん」
「何?」
俺は委員会の役職の話も一区切りついたので昼郡に問い詰められたことを伝えようとした。だが、そんなこともつゆ知らずな彼女が特に気にせず振り向いたのを見ると、今ここで伝えるのは間違っているのではないかと思ってしまう。
彼女の秘密を知るものがまた一人増えてしまうというのは彼女にとって不安なものに違いない。人目のあるこの場でいうのは躊躇われてしまった。
「いや、やっぱりなんでもない」
「そう?」
成瀬さんは首を傾げながら答えた。
「……財務やりたい人いるかー?」
ずっと意識から遮断してきた委員長の声が財務というワードで急に頭に入ってきた。
成瀬さんはこちらを見てから一回頷いて。
「はいっ」
と手をあげた。声に対して腕が勢いよく上がっていないのはやはり傷が痛むからなのだろう。そんなことも推察できてしまう彼女の体を思うと心が力強く握られている感触がした。
彼女に続いて俺も手をそろりと挙げる。
財務はどうやら計算ばかりで人気がないらしく、俺と成瀬さんと3年生2人と1年生1人だけが手をあげた。1年生がいないというアンバランスな配置となるが、人数的な問題でそのまま決定となった。
*
「よろしく。えっと……」
役職が決まると、役職同士で集まって自己紹介が始まった。
「成瀬楓です。こっちは有馬克人君です。よろしくお願いします」
「有馬です。よろしくお願いします」
成瀬さんが俺の名前まで紹介したのでそれに続いて当たり障りのない自己紹介をした。
「よろしくね、成瀬さん。有馬君」
財務の役職となった3年生の2人は男女一人ずつで、口調からしても優しそうな雰囲気を持つ2人だった。
「僕は
垂れ目かつ、短髪のストレートで男女どちらとも取れるユニセックスな髪型と顔立ちをしている。背が高く、細身な体を休日にでも男女兼用の服で包んでいる姿が目に浮かぶ。
成瀬さんと同じく、隣の女子も一緒に紹介した。いきなり下の名前で紹介されて驚いたが、どうやら親しい仲のようであった。
「純ってば、下の名前で急に紹介しても戸惑うだけでしょ?」
茜という名の女子も純と下の名前で呼んでいるのを見るとやはり親しい仲だというのが分かる。
「あぁ、ごめん。いつものクセで」
「はぁ、全く……えっと、
加賀美先輩の隣にいる3年生の女子は、加賀美先輩とは違って女の子らしい容姿だった。背は高からず低からずで、茶色がかった髪は長く後ろで結んでいる。大きい瞳が容姿をかわいい系の女子に見えさせる。
「よろしくお願いします。加賀美先輩と茜先輩」
「よろしくね」
成瀬さんと茜先輩が総締めとして挨拶を交わしたところで名前の紹介は終了となった。
「ね、ところでさ2人って付き合ってるの?」
自己紹介が終わった瞬間に茜先輩は下世話な話を持ち出してきた。加賀美先輩は苦笑いしている。
「い、いや。今はそんな関係じゃないですっ」
成瀬さんは顔を真っ赤にして慌てふためきながら否定した。
俺の中では「いや、そんな関係じゃないです」と言葉が出ていたので、成瀬さんが急に慌て始めたのが意外だった。
「『今は』ねぇ……怪しいなぁ」
「ぎゃ、逆に、2人は付き合っているんですか? 名前で呼びあっていたし……」
成瀬さんが形勢逆転のためか質問する側に回ろうとする。名前で呼び合っていたなら、成瀬さんも最近は克人君と呼んでいるではないかという疑問は口に出さなかった。
「まぁねー。名前呼びしたらバレちゃうかぁ」
茜先輩は加賀美先輩の腕をとって笑顔で答えた。成瀬さんは隣でホッとしたような顔をしていた。
「えっと……、そろそろ自己紹介も終わったことと思うので、仕事の説明をしようと思います」
副委員長となった郡の声によって騒がしかった教室が一気に鎮まった。そこからは郡が続いて各役職がどのような仕事をするのか説明し始めた。
財務は予想通り、予算と支出を管理する仕事が主だった。
「……これで説明を終わります。今日はあと文化祭のテーマを決めて終わりです」
そこから先は特に興味も湧かなかったのでただ黙って時を過ごした。
テーマが決まると、委員会は終わり俺と成瀬さんは帰路についた。郡は今日も居残りがあるという。
「はぁぁ。私も克人君のことを克人君ですなんて紹介してたら、あらぬ誤解されるところだったね……」
教室を出ると成瀬さんは疲れ切った表情に苦笑いを浮かべていた。
俺が「そうだな」と相槌を打つとどこか悲しそうに「だよね」と答えた。何故悲しそうな顔をしたのかその真意はわからないし、聞かないことにした。
「そういえば、文化祭のテーマ『友情』だってね」
ほぼ話を聞いていなかったので、俺にとっては初耳だった。
「そっか……」
「克人君は、いやなんでもない」
彼女はおそらく「信じられる?」という言葉をつなげようとしていた。
友情……ね。テーマに掲げる言葉としては当たり障りのない言葉だが、やはりまだ俺の中では抵抗があった。
俺は友情とやらを信じることができるのだろうか。
「俺はまだ、分からないかな」
「そっか……」
『分からない』なんて主語もない言葉を伝えただけだが、成瀬さんには理解できた。
「俺に信じられるものはまだ成瀬さんしかいないから」
「えっ。ちょっ、なっ急にっ」
言葉にならない言葉が彼女の口から放たれる。
成瀬さんは委員会から数回ほど顔を赤くしていたが、今回はずば抜けて顔が赤く赤くなっていた。
夏も終わりに近づき長すぎた陽の時間が短くなる。校舎を出る頃には街を赤く照らしている。暗がりが増えた世界の中建物と建物の中をすり抜けた光が彼女の顔を照らしていた。まだ顔の熱は取れていないようであった。
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