33

 街灯だけに照らされた道を学校指定のローファーが鳴らす音を聞きながら歩みを進めていた。委員長と喫茶店に立ち寄りした帰り、私は克人君の家近くまで来ている。

 結論から言えば、楽しい時間だった。ただ委員長と喋り、小洒落たカフェでパンケーキとコーヒーを一つずつとって腹を満たす。会話をする度におどけてみせたり、笑っていたりする委員長の表情。

 ただお茶をしただけであったが、彼にはできないことを平気でやってのけている委員長を見てどうしても私も彼の感情を欲してしまう。


「……ただいま」

 もう時期的には秋に入っている今、玄関のドアノブは夜の冷えに晒されて冷えていた。いつもは克人君が鍵を開けドアを開くのでこの冷たさが新鮮に感じる。

 そもそも大きくない声で放った「ただいま」に返ってくる声はない。そのまま靴を脱ぎリビングに進んだ。


「ただい……」

 リビングには人がおらずただ静寂が居座っていた

「どこにいるんだろ……」

 荷物を下ろし身軽になった私は彼の部屋を確認する。時刻は7時近く、彼が自室で勉強していてもおかしくはない時間帯だ。でも彼はいなかった。


 鼓動が少し速くなるのを感じる。またあの時のようにスーパーにでもいっているのだろうか。風呂場につながる洗面台がある部屋を最後に開く。聞こえたのは水面の弾ける音だった。シャワーから出た水が彼に当たって弾ける音。ようやく彼の存在を扉一枚越しに認知できた。脱衣所には籠の中に彼のYシャツが雑とも綺麗とも言えないように脱ぎ捨てられている。

「はぁ……なんでこんな安心してるのかな」

 心臓が真下にある左胸を右手で押さえ、左手は顔を押さえながらそう呟く。右手から鼓動が少しずつ落ち着いていくのがよくわかった。


 まだ家族の仲が円満だった小さい頃、休日に昼寝をする前にいた母が起きたらいなくなっていた時、私は同じように鼓動を速めていた。そして買い物から返ってきた母を見るなりまた同じように鼓動が落ち着いていった。

 自分の世界に父と母を欲しなくなったのはいつからだったのか、当分の間感じることのなかったこの焦り。それを今彼に感じている。

 そしてまた、ため息をついてしまう。


―俺が許可することじゃないと思うんだけど


―委員長と楽しんできて


 なんでそんなことを言ってしまうの。


 私はこんなにも彼を求めているというのに。委員長と楽しい時間を過ごせば過ごすほど「彼とも……」なんて考えてしまうのに。


 なんでいつも私が求める言葉を言ってくれないの。


 そう思い、自分を責める。彼が微かに発信している感情を汲み取ってやれない自分を。わかろうとする前に彼に心の中で当たってしまった自分を。


 でもっ、でも……私も辛いよ……

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