36

 日々は怠慢に過ぎる。停滞は虚無を与え虚無感に浸ったところから人は過去を振り向く。

 

 停滞を続けるほど明らかになる成瀬さんとの溝を埋めることなく数日間を費やした。埋まりも、掘り進めることもなかった。ただそこにあっただけ。

 虚無は感じる。無を感じるとは矛盾だ。でもそれでも確かに無はそこにあった。停滞する日々、どことなく距離を感じた数日間。ただそれに触れるようとはしなかったという過去が無を感じさせる。


 数日間をその一点だけで虚無に感じてしまう。その一点だけで過去に価値を決めてしまいそうで、一体、何故なのだろうか―


 昨日とは異なり、学校を喧騒が取り巻いていた。学校の中に喧騒があるのか、学校を喧騒が包んでいるのかよく分からないが、俺には後者に感じた。学校という一施設にその騒がしさは抑えられるものではないと思ったからだろうか。

「克人君、もうそろそろ始まりの挨拶あるから、体育館行かないとだって」

 成瀬さんからそう言われ、教室の窓から学校の様子を眺めていた俺は視線を成瀬さんの方向に向けた。


「分かった」

 そう述べて委員会の仕事に戻る。財務といえど、文化祭当日での役割はいくつかある。その一つが文化祭当日に体育館で行われる式典紛いのものを実施するに当たって、生徒の誘導だの照明だの、何種類かの仕事がある。

 委員長ともなれば生徒の前でスピーチをしなければならないが、俺と成瀬さんの仕事は特に前に出るものでもない。


 右斜前に成瀬さんの後ろ姿が見えながらコツコツと廊下を鳴らし体育館へ向かう。俺の右足から成瀬さんの左足までは1mほど。近いような遠いような距離を維持しつつ歩く。

「あっ、おはよー二人とも」

 体育館に入ると床の材質が違うのかコツコツというよりコンコンという音に足音が変わる。そんな変化を感じるとほぼ同時に郡は朗らかな顔でこちらに挨拶する。その顔には緊張と期待と疲労がにじみ出ていた。副委員長となった彼女は生徒が集まる文化祭開催を宣言するこの式典紛いのもので司会を務めることとなった。

「おはよう郡ちゃん」

「おはよう郡」


「いやぁ、大変だよぉ」

 二人続けて挨拶を返すと、郡は嘆くようにそう漏らす。

 俺と成瀬さんより早く体育館で準備を始めていた郡は袖をまくり、台本を丸めて手に持っている。

「副委員長大変そうだったもんね」

 郡は副委員長としてかなりの重労働を強いられてきた。居残り作業は当たり前、仕事の持ち帰りもしばしばあったという。

「大変だったのも、今日と明日で終わりだし頑張るよ」


 多くの高校が土、日と文化祭があるようにこの学校も週末二日間を朝9時から午後4時まで開場している。

 軽く話を交わした後、それぞれの仕事をこなしに持ち場へ足を運ぶ……その直前に俺は郡に小さく声をかけた。頼まれたことを実行するためだ。


「なぁ郡、文化祭で自由な時間ってあるか?」

 その一言に郡は一瞬目を見開きそして、口を開いた。

「今日は委員会の仕事とクラスの仕事入ってるし、そ、それに先約あって友達と回ることなってるけど、明日は午後からフリー……かな」

 落ち着いた声と所々言葉に詰まっているのがどことなく不自然に感じたが、明日の午後フリーであることを聞き、剛の顔が脳裏を掠めながら安心する。流石にここで急に「剛が……」と話を繋げることは厳しいので詳しいことは後々剛と決めてから伝えることにした。

 

 与えられた仕事を淡々とこなしていくと、時間も同じように淡々と過ぎていった。

 体育館に見える生徒の数が少しずつ増えていき、喧騒こそ体育館に生徒が集められたからこそないものの、多くの生徒にとっては待望とも言えるイベントなのか、上擦んだ空気が体育館を充満する。


 与えられた仕事を淡々とこなしていくと、時間も同じように淡々と過ぎていった。時間が人間に無頓着でも、人間はたまに時間へ執着する。文化祭というものが始まるまでのこの数分をとても長く感じているのだろうか。その生徒間で生まれる熱気に近しいものは冷めることがなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る