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「「え?」」


 驚きの声が俺と彼女の口から一斉に出た。

 拒否する間もなく文化祭実行委員に選ばれてしまった俺は文化祭実行委員の集まりに来させられていた。


「ん?知り合い?」

 隣から郡が覗き込むように俺に聞いてくる。俺のクラスでは帰宅部が俺一人しかいなかったので俺が選ばれることは前提としてもう一人誰を選ぶかというのがメインで話し合われていた。誰も彼も手を挙げることはなかったが、やりたい人がいないのを確認した郡が手を挙げて立候補した。周りも幼なじみだし郡で良いということで俺と郡が文化祭実行委員としてこの集まりに招集がかかっていた。郡の入っている部活もそこまで厳しい部活ではなかったらしかった。

「まぁ、知り合い。そっか成瀬さんも帰宅部で押し付けられたのか」

 俺がそういうと成瀬さんは「そうなんだよー」と困り顔で答えた。

「こんにちはー 克人の幼なじみの天沢 郡って言います。郡でいいからね」

 隣から郡が自己紹介をした。

「えっと、か・・・有馬君とは友達、の成瀬 楓です。こっちも楓でいいよ」

 克人を有馬君と言い直したり、友達と言った後の語尾が不自然に上がっていたりしたのが気になったが成瀬さんも郡に自己紹介を返した。


 ちょうど楓の隣の席が並んで2席空いてるのをみて、俺と郡は話した流れのまま楓の隣に並ぶように座った。席はまだまだ空いていたがここで変に違う席に行ったらそれはそれで避けられているようにも感じてしまうだろう。俺が両方の知り合いということもあって二人に挟まれて座っている。2人ともルックス的には男子の人気のある方らしく、少し周りから痛い視線が飛んできたが、すぐに委員会全員が集まりその視線も止んだ。

「えーっと、生徒会、副生徒会長の明智です。委員会の主要メンバーを決めるまでだけ司会進行させていただきます」

 ムキムキではないが、服の下から恰幅のよさを感じられる服生徒会長さんとやらが皆が集合した後、最初に声をかけた。


 委員会、といってもまだ集まったばかりで委員長も何もかも決まっていない。委員長が決まるまでは生徒会から誰かが進行役として送られる。

 委員長、副委員長を決めるというのが最優先決定事項らしかったが、別にやりたくもない仕事をやらされに来ていただけなので俺には関係のない話だった。ここにいる多くの生徒もそうだろう。なぜなら帰宅部が、文化祭実行委員に押し付けられやすいのは生徒の活躍の場を増やすという学校側の建前の裏に、部活で忙しい人が文化祭実行委員となるとサボるやらんやらでトラブルが起きやすいからという本音が隠れているからだ。 

 その上、仕事が多くて逃げられる理由もなく、やらなければ批判も多いこの委員会の仕事はとてもタチの悪いものだった。


 どうやら俺が話を聞き流している間に委員長が決まったようで、委員長が決まったことに対する拍手が聞こえた。委員長に選ばれたらしき人が副生徒会長から進行役を引き継いでいる。

 委員長が決まったので次に決めるのは副委員長で、これは例年2年生から選ばれていた。何も部活に入っていないとは言えど、中には個人単位の活動で活躍している者もおり、優秀な人もいた。それに中には部活に入っていながらも自ら立候補してきた者もいる。だが皆からの人気と手際の良さを見れば副委員長の最候補は郡だった。高校に入ってからは非凡な成績をキープしているし、容姿とその性格から人気もあった。帰宅部に押しつけられがちなこの委員会に郡が立候補してくれたことはありがたいことだ。本人曰く、部活が緩いから大丈夫だとか。


「じゃあ、次に副委員長を決めようと思うんだけど、誰かやりたい人いる?」

 委員長となった3年生の男子が聞く。これまた誰も手が挙がらないのを見ると彼女は手をあげた。彼女が一度周りの反応を見たのは他にやりたい人がいないかを確認したからだ。手をあげる自信がなかったという訳ではないだろう。周りに気遣えるから人気があった。

周りから、その手に「やってくれてありがとう」という拍手が送られた。そして、書記、会計が決められ委員会の本部のメンバーが決まった。今日のところは決まった本部のメンバー以外はこれにて解散らしく、次回までに希望の役職を考えてくることと言われ解散となった。


 俺は隣の机にメモ帳やら入っていた荷物を見かけたので、それだけ郡に渡して帰ることにした。もしこれから本部のメンバーで会議でもするならメモ帳は必要だろう。

「ありがと。これからすぐ話し合うことあるって言われて抜け出しにくかったんだ」

俺が持っていくと郡はホッとしたような笑みを浮かべて軽く感謝を述べた。「じゃあ」とだけ言うと、郡は俺と隣に付いてきた成瀬さんに「バイバイ」と手を振る。

もう既に本部のメンバーと俺と成瀬さん以外この部屋には残っておらず人の抜け殻となって閑散としていた。


「あ、ごめん。そこの2人」

 部屋のドアをくぐろうとしたところ副生徒会長さんとやらに話しかけられた。特に会話することもなかったと思うので疑問が浮かぶ。

「この部屋文化祭までこの委員会がずっと使うんだけど、この机とこの椅子だけちょっと余分なんだよね。隣となりに予備の椅子とか机とかある教室があるからそこに戻しておいてくれないかな?」

 くれないかな?と疑問系で聞きつつもこれはほぼ命令だったので引き受けざるを得なかった。机を俺、成瀬さんが椅子を運ぶ。


 教室を出るところまで運ぶと成瀬さんは苦悶の表情を浮かべた。あの痣だ。こうして立っているだけで辛いだろうに。そんなことを考えている自分にまた驚く。無意識に彼女のことを心配していた。

 俺は「ちょっと待ってて」とだけ成瀬に行って駆け足で机を戻した。そして、また成瀬さんの元に戻って成瀬さんの椅子を持って運ぶ。


「ありがと・・・やっぱり、克人君は優しいね」

 彼女は申し訳なさそうに感謝を述べてそう言った。

 だが、これは俺の優しさではないだろう。あくまでも彼女だからだ。あの傷を見せられれてただ同情しているだけだ。俺じゃなくたって同じようにするだろう。


「成瀬さん、だからだよ」

 虐待する父、男遊びの激しい母。そんな彼らに育てられた自分が優しいはずがない。ただ臆病なだけだ。だから感情を失いたかった。毎朝あの夢を『感じて』いればいつ限界が来るかわからない。また感情を失いたく思うだろう。彼らの幻影が根強く心の底に絡み付いているのを自覚する。


 が、隣を見ると成瀬さんが顔を赤くして俯いていた。考えてみれば勘違いを誘う言葉だったかもしれない。彼女はおそらく意味を履き違えていた。

「えっと・・・成瀬さん?」

「えっ? だ、大丈夫。なんでもない、なんでもないっ」

 顔をまた赤くして慌てている。


 一脚の椅子を大量の予備の椅子に重ねて、椅子と机でごった返している教室を後にした。

 そこまでではないが、椅子、机を一つずつ運べば運動部でもない俺は少し疲れた。その疲労を感じながらまた隣を見ると成瀬さんは、まだ顔を赤くしたまま嬉しそうにしている。その様子を見ると、代わりに椅子を運んだことに安堵に近い喜びが生まれた。成瀬さんが苦しんでいる姿はやっぱり見たくはないものだと、俺は思っているのだろうか。


 言葉を履き違えていたのが自分であって欲しい。そう思って俺は学校を後にした。

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