11
―バタンッ
父親は脱衣所を出た。急な用件でもあったのだろうか。
私は体を震わせてその場にしゃがんだ。呼吸はまだ戻らない。床に腰が落ちると、薄手の半ズボンに入っていたスマートホンはその重さによって半ズボンのポケットに起伏を作り、床とぶつかった。
助けも呼べないスマートホンなんて無意味なものだと思いながら溜まっている通知を確認した。
『楓〜元気? 休むなら連絡よこしな』
『そういえば有馬君にチャットアプリのID教えといて登録させといたから、そっちも登録しといてね お代は有馬君関連のネタでお願いね〜』
有馬君・・・!?
どうやら数秒前までに送られたそのメッセージは奈々子からのものであった。だが、そのメッセージに記されていた名前は私と、有馬君の名前だった。その言葉に動揺するも、彼なら・・・と思ってしまった。
咄嗟に彼に現在地情報を送った。
助けを求める一心で。
だが、彼を助けるなんて考えていた次の日に彼に助けを求めるなんて本当にかっこ悪いと思った。中途半端に現在地情報だけ送ったのは心の中でそんな抵抗があったかもしれない。
私の家は高校の最寄駅から2駅ほどしか離れていない。高校から最寄駅まで歩いて10分そして、駅から歩いても5分ほどのところに私の家はある。電車2駅分と言っても間隔は短いので5分もあればつく。20分もあれば十分着くのかな・・・。
―バタンッ
「っじゃ、最高の父親としての恩恵を娘から貰っちゃおうかなぁ・・・」
また私の前に半袖半ズボンで姿を現したあの男は私を抱き寄せ、その手で私の体を触る。触られない場所はない。
「ひぃっ」
「あぁ? 抵抗すんのか!?」
抵抗はできない。ただただ言うことを聞くしかない。私の体が、どんどん蹂躙されていく。
「(助けて)」
誰かに助けてもらいたい。・・・けど、そしたらあの男に辱めを受けている私の写真をばら撒かれてしまう。有馬君は来てくれるのかな。・・・あれだけじゃ意味がわからないか。
「(あぁ、なんて無力なのだろうか)」
抵抗する力もない。勇気もない。こっそり虐待から子供をまもるような団体に連絡すればいいだけなのに。もうあの男の言うことに抵抗ができない。それは肉体的に抵抗できないことも然り、精神的なものでもあった。
「(これが自分)」
自分で自分をも守ることができない。何が有馬君を救う、だ。
実の父に蹂躙されているこの人を自分とは思いたくない。もっと違う者でありたい。
有馬君はどんな過去なのだろうか。ざっくりと経緯は聞いたが、具体的に何をされたかは詳しく聞けてはいない。
家族に裏切られ、周りからも虐待を受けた子供として見られてきた幼少期、彼は一体何を信じれば良かったのだろうか。何を心の救いにすれば良かったのだろうか。
嗚呼、彼が感情と閉ざしたくなるわけだ。
嗚呼、私が彼に何を言えるだろうか。
私も抵抗できずにただただ父親に蹂躙されているだけだと言うのに。その上、私は失っていない友達に救われているのに。
『ピーンポーン』
「ちっ、またかよ・・・」
また、とは先日のことを指しているのだろう。でも今日はそんなことでこの行為が終わることはないのだろう。
いつの間にか下半身の下着しか着けているものがなくなっている私は、これまたいつの間にか移動していた寝室のベッドに投げられた。
あの男は、半袖半ズボンの服をさっさと着て、玄関に向かう。
3分もしたらこの安全な時間は終わる。その恐怖が私の心を安堵させなかった。
「―――っい! ――――て!」
離れた玄関の方からあの男の怒声が聞こえる。2つの足音が大きく、速く音を立ててこちらへ近づいてくる。
―ガチャッ
一人の制服を着た高校生とあの男は寝室に入ってきた。寝室はツインベッドが真ん中にあるだけで、そのほかの家具はクローゼットと棚のみ。その高校生は寝室の入り口から見てベッドの向こう側に駆け込み、遅れて入ってきたあの男は寝室の入り口に陣取る。そして、その高校生は私の姿を見ると、すぐさまスマホを取り出し、私と父親がカメラのフレームに入るようにスマホを向け、写真を撮った。
「おい、そこの変態エロ親父。この写真バラされたくなかったら、これから俺が彼女を連れて行くのを黙ってろ」
「ふ、ふざけんなよ! そんな写真誰が信じるって!? というかいきなり押しかけてなんなんだよお前ぇ!」
あの男の言葉は変わらず強気ではあったが、その言葉には自信が失せていた。
「じゃあ、今からお前の会社にこの写真送りつけるぞ。それだけじゃダメだな。SNSアプリ全般乗っけとくか」
高校生はスマホをイジり、こっちは本気だ。とアピールする。だが、会社に送りつけるというのはハッタリだろう。私は“彼”に父の会社なんて教えたことがない。
「お、おい! やめろ!」
もうあの男と高校生の上下関係が完全に出来上がっていた。
「か、会社だけはやめてくれ! もう、こいつに手も出さないし、お前が連れていっても何も言わないだからっ 会社だけはっ!」
「ほんとだな?」
もうあの男の姿はみるみると小さくなっていった。
今もコクコクと必死にうなずくだけだ。
「おい、服きろ」
次にその高校生から、放たれた言葉は私に向けての言葉だった。
「・・・有馬君」
有馬君は、態度こそあの男に対して高圧的だったが、かなり疲労感のある、というか息が粗かった。物凄いスピードで走ってきてくれたのだろうか。
言われたままに私は服を着た。
「行くぞ」
感謝と安堵と動揺と困惑の渦中の中、私は彼の後を歩いた。
気のせいなのか、本当なのか、彼の瞳にも困惑の色が浮かんでいた。
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