第8話 工房見学

「お嬢さん、良かったら見学していきなさいな」


 声を掛けてくれたのは30路の女性だった。

 沢山の洗濯物を籠に入れて抱えている。



「良いのですか?」


「ほら入ってちょうだい、遠慮しなくていいけど作業の邪魔はしないでね」


「はい、ありがとうございます。お邪魔致します」


 中に入ると3人の男性がガラスを吹いていた。

 ガラス窯は4つある。1か所だけ空いていた。



 私が興味深く眺めていると、さっきの女性に声を掛けられる。

 洗濯物を干して戻って来たのだろう。


「やってみたい?」


「はい」



「じゃあ、こっちで私と一緒にやってみましょうね」


 空いていた窯の前に一緒に着いた。


 女性は長い鉄の棒を突っ込むと、しばらくして引き出して、回しながら息を吹き込む。

 真っ赤なガラスがプクーと膨らんでいき透明に成っていく。

 ハサミで形を整えてから冷まし始めた。



「どう、出来そう? やってみる?」


「はい、お願いいたします」



 引っ込み思案な千代だが、ガラス細工の誘惑に勝てなかった。

 教えて貰いながら一連の作業をさせて貰う。

 少しバランスは悪いが、花瓶の様な物ができた。


「ふ~っ……」


「あら、上手じゃない。それじゃあ、今日から見習いとして修業しましょうね」


「はい。えっ?!」



「好きな事、興味のある事をするのが一番いいのよ。若いうちにチャレンジ、チャレンジよ」


「でもぅ、私なんかが良いのでしょうか?」


「貴方センスあるわよ! ちょうど1人辞めた若者がいたから、こっちもちょうど良いしね。それとも、もうどっかで働いてるの? 就職しそうな年頃だものね」



「え? 30歳なのですけど……」


「また~、どう見ても成人したばかりの15歳か16歳ぐらいでしょう? お肌だってツルピカじゃないの」


 千代は自分の手の肌を眺めて見た、確かにみずみずしいが……。



「ほら」


 女性に手鏡を渡された、ここの製品かもしれない。

 そこに映っていたのは、高校生ぐらいの千代の顔だった。


「若っ! ノーメイクなのに目が大きい!?」


「「「あははははっ」」」


 工房の職人全員に笑われてしまった。



あねさん、面白い見習いを連れて来なすったね」


「ジンが辞めちまったから、ちょうど良かったじゃないですか」


「そだなぁ」



「紹介するわ、手前からアラン、クロード、ビクトル。え~と貴方の名前は?」


「チヨと申します」



「オッケー、チヨ。私は工房主のローリー・ウエルトンよ。今日から貴方は私の手元で見習いね」


「はい、お願いいたします」


「じゃあ私の横で、私の言う通りにしてね」

「はい、分かりました」




 しばらくお手伝いをしていると、休憩時間に成ったらしい。

 皆一斉に手を止めた。


「一緒に隣の陶磁器工房に行きましょうね」


「はい」



「隣も私が工房主なのよ」


「そうなんですか!」


「父が早くに亡くなったので、1人娘の私が後を継いだの」



「ご結婚は?」


「してないわ。それどころじゃなかったの。でも後継ぎがいないと困るから、いずれ養子でも貰おうかと思ってるのよ」


「良い御縁がキットあります」



「もう、年だから諦めたわ」


「そんな事無いです、若いです。魅力的な女性に見えます」


「あはは、ありがとう。まぁ、こればかりは成り行きに任すしかないわね」



 陶磁器工房に入り、職人4人を紹介して貰った。


「ライナ、ケイン、ステラ、マリーナよ」


「チヨと申します。宜しくお願い致します」


「「「「よろしく~」」」」


 ライナとケインが男性で、ステラとマリーナが女性だ。

 年齢は、まちまちで。ライナがちょっと年長で、女性2人は20歳過ぎだと思う。

 年齢の近い女性の存在に少し安心した。



 4人共、轆轤ろくろの前で作業を止めて休憩していた。


「ベテランの職人達には、独立して一人立ちして貰ったのよ。年下が工房主じゃ、やり難いでしょうしね」


「そうなんですね」



 千代は目を輝かせて、作りかけの製品を熱心に見ている。


「あら、陶磁器にも興味がありそうね?」


「はい」



「ふん、そのうちにやらせて上げましょうね。でも今はガラス細工に集中しましょうね」


「はい」



「二兎を追うものは一頭も得ず。と、言うからね」


「はい」


 千代は日本の諺と同じなんだ。と、思った。





 夕方になった。

 工房は暗く成る前に終わるらしい。

 職人達は、みんな町から通って来てると言う。


「チヨは何処に住んでるの?」


「さすらって来て、ここに辿り着いたばかりで、まだ住む所が無いのです」


「へぇ、若いのに苦労してるんだぁ。……じゃあ、工房の隣の家で私と一緒に住みましょうか?」


「はい、……一緒にですか?」



「1人暮らしだから部屋が余ってるのよ。流石に男だったらお断りするけど、チヨなら問題ないわ」


「はぁ、それではお言葉に甘えさせて頂きます。行く当ても在りませんので、よろしくお願いします」



「その代わりに、家事は半分手伝って貰うわよ」


「はい、分かりました。頑張りますので教えてください」


「りょうか~い」



 湯あみをしてから、2人でパンとスープの夕食を取る。


「朝は早いわよ。毎朝5時起だからね」


「大丈夫です、私も早起きですから」



 それぞれ別の部屋で就寝する。


「おやすみ~」


「おやすみなさい」



 思いがけずに、仕事とベッドを手に入れた1日だった。

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