第16話 二人きりで採取
「チヨさん、おはようございます」
毎朝、クラインから声を掛けてくる。
「…おはよう…ございます」
千代は男と2人きりになると、まだ
「チヨさん、僕が畑に
「…はい。…さんは、いらない…です。…敬語も…私の方が年下だから」
「でも、工房の先輩ですから、呼び捨てには出来ませんよ」
「……チヨちゃんで、大丈夫…です」
「じゃあ、おチヨちゃんにしますね」
「え……(ちょっと、それは、待って欲しい……)」
千代は口に出せなかった。
千代は、いきなり踏み込まれて距離を縮められた感じがした。
まるで幼馴染のようだ。と、思ったのだ。
そういう幼馴染は居なかったが、妄想をした事はある。
幼馴染とか同級生とか転校生とか、妄想の王道シチュエーションだ。
不覚にも家畜の餌遣りをしながら、幼馴染シチュエーションで妄想してしまった。
頭の中で、千代の幼馴染とその男友達に萌えてしまった。
「おチヨちゃん、終わったの? それじゃあ、採取に行こうか。今日はローリーさんが行かないから2人だけど宜しくね」
「…宜しく」
千代は自分から言いだしたにも関わらず、クラインが急に馴れ馴れしくなったと思った。しかも、後輩にリーダーシップ迄取られてしまったと感じる。
クラインは家畜小屋からロッティを出して、荷車を曳いてきた。
2人はロッティを挟むように並んで街道を歩いて行く。
千代が横に居るのでロッティの機嫌が良かった。
ブッルルン、ブッルルン……、
「おチヨちゃんの髪は黒いよね、アリタリカの出身なのかな?」
「…違うと思います」
「ここら辺では、黒髪の人をあまり見ないね」
「えぇ……」
「アリタリカはずっと東の方だけど、今はパインフィルド帝国の1部に成ってるね」
「そう…ですか」
「御両親のどちらかが、東の方の出身かも知れないね」
「はぁ……」
2人が丘の麓に近づいた時、大木が密集している木陰から、2匹のオークが突然に襲い掛かって来た。
クラインは腰の剣を居合いの様に引き抜き、そのままの勢いで横薙ぎにして、
「【スラッシュ】!」 と、叫ぶ。
ザッシュゥゥゥッ!
クラインの武技スキル【スラッシュ】が、2匹のオークの首を同時に切り裂いた。
「まぁ、凄い! スキルが使えたんですね……」
「うん、採取に出るには多少の武技が無いとね」
クラインが、倒したオークの様子を確認しに近づくと、腹にあるもう1つの傷に目が留まった。
どうやら先に、その傷がオークの致命傷に成っていたようで。彼のスラッシュよりも鋭い傷が、オークの腹を横に
クラインが触ったちょっとの振動で、オークの腹から内臓が外に溢れ出てくる。
「おチヨちゃん……この傷は、おチヨちゃんが付けたんだね!?」
「…はい」
「これは風属性魔法の【風槍】ウインドジャベリンだね?」
【風槍】ウインドジャベリンは【風刃】ウインドカッターの上位魔法。
「はい。(本当はただのウインドカッターだけど……)」
「これだけ威力のある魔法が使えれば、1人で採取していて魔物に襲われても、心配無いって事なんだね!?」
「はい……いいえ、オークに出会ったのは初めてです。 採取に来て、たまに出会う魔物はゴブリンかコボルトです。あとはレインダーとボアが多くて……強くないものばかりなんです」
「ふ~ん、そうなんだ。今まで、あまり危険な採取じゃ無かったんだね?」
「はい」
「ふふふ、おチヨちゃん、急に
「あ…………(もぅ!)」
千代はクラインから顔をそむけた。
「オーク肉は食べるよね? 僕のバッグに入れておくね」
シュインッ!
2匹のオークが一瞬で消えた。
どうやらクラインが背負っていたリュックサックが、マジックバッグだったらしい。
「おチヨちゃん、隠してた訳じゃないけど、マジックバッグは貴重な物だから、敢えて口外しないでね」
「はい、黙っています」
「うん、ばれても良いのだけど。できたら他人に知られたくないんだ」
「はい」
千代は自分のインベントリの事を言った方が良いのか悩んだが、結局言いそびれた。
採取場所が見えてくると、珍しく先客がいた。
町で見たことがある『カイエン』というローリー工房を狙っている金持ちと、その従者だ。
「「おはようございます」」
クラインと千代から先に声を掛けた。
「あぁ、おはよう。わしも珪砂を売ろうと思って採取に来てるんだ」
「はい……」
「なんでも、カタランヌの珪砂と言えば、引く手あまたで売れるそうじゃないか?」
「そうですか」
「ここは誰の物でも無い筈だからな?」
「はい、そのようです」
「ふんっ」
「失礼致します」
クラインと千代は、しょうがなくもう少し先に行って採取する事にした。
カイエンは遠くからチラチラとこちらを見ている。
何処が良いか分からないので、物色してるようだ。
やがて、カイエンが少しづつ近づいて来て採取しはじめた。
金持ちだからか、やはりマジックバッグを持っているようで、石が開いてるバッグの入り口に消えていくのが見える。
「ほっほっほぅ、マジックバッグは便利じゃのう」
「旦那様、これ以上はもう入りません」
「そうか、では帰るとしよう」
そう言って、サッサと帰って行った。
「たいしたマジックバッグでは無さそうだね、あまり重量が入らないみたいだったよ。あれではたいした稼ぎに成らないと思うね。珪砂は精製しないと使えないから、精製して無い物は安く買い叩かれるんだ」
「そうですか」
「おチヨちゃんのは、上位版のマジックバッグなんだよね?」
「う……知ってたんですね?」
「うん。だってそうじゃないと、色々と
「どうして、工房で言わなかったのですか?」
「え、言ったら困るでしょう? 内緒にしといた方が良いよね、おチヨちゃんの為にも」
「はい……(黙っててくれたんだ)」
「僕も納得できる答えが欲しかっただけなんだ。でも今分かったから、他の誰にも言わないよ」
「ありがと……」
「珪砂の精製もスキルでしてるのかい?」
「インベントリの中でしています」
「インベントリだって!」
クラインの声が大きくなった。
「……はい」
「インベントリって言えば、大魔導士やハイエルフの使う無限空間収納じゃないか!」
「……そう…なんですか?」
「ふ~む、伝説の勇者ルミナは黒髪では無かったはずだし……。こんな辺境の町に…ひょっとしたら聖女なのかなぁ?」
「違います……あの、ロッティが重いと可哀想だから、石英を私のインベントリに入れて帰ります」
「うん」
シュイイインッ!
千代は荷車の石英を全てインベントリに収納した。クラインには秘密が分かってしまったので、それで良いと思ったから。
「凄い、まだ入るの?」
「え、はい。もう良いです」
「黙ってるから、好きなだけ入れていいよ」
「……取り敢えず、もういいです」
「本当は、まだ入るの?」
「秘密です……(ヤダ、もぅ聞かないで!)」
「う~む。これ程とは……」
それ迄千代は、自分のインベントリの異常さに気付いていなかった。
インベントリの中には、普段から採取していた草木や鉱物、粘土、砂、水等が沢山収納されたままだったが、まだまだ余裕で入りそうだった。
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