第29話 熊王子ジャン!?

 千代が魔力紙の材料にする枝を回収していると、突然頭の上から声がした。


「おい、お前! 何処から来た? ここで何をしている!」



 岩の上を見上げると、鉄の錫杖しゃくじょうを突いたロン毛の美男子が仁王立ちしていた。

 熊皮だろうか?毛皮の服を着た偉丈夫が、切れ長の鋭い眼光を光らせて千代を見据えていた。


 千代はその美男子を見上げながら、タレントのナナオ様が男だったらこんな感じだろうか、と思った。



「おい、お前は誰だと聞いているのだ。答えよ!」


 千代はビクッ! と、肩を震わせた。



「……チヨ…です」


「あぁん、小さな声だなぁ。 俺はジャンだ。 お前…チヨは何処から来たのだ?」



「……この先の…谷あいの集落から……」


「そうか、初めて見る顔だが、越して来たばかりなのだな。 この山の向こうは熊獣人の里だ、人族は近づいてはならん」



「……はい」


「あっちに見える山アウニャメンディは、『赤い領主ハウナゴリ』の領地だ。彼女は最も凶悪な魔女と言われ恐れられている。命が惜しくば決して近づいてはならぬぞ!」


「……はい」



「とにかく、ここから先に行ってはならん。お主の為だ、今すぐ帰れ!」


「……はい」


 千代は慌てて帰る事にした。



「おい、枝を拾って帰れ。チヨが倒したのだろう? 女の子がトレントを倒すとは大したものだ」


 千代は急いで枝を拾い集めた。



「……さようなら」


「あぁ」


 ジャンは手をひらひらと振ってから、ひるがえって木々の中に消えていった。



「ふぅ、怖かったけど……綺麗で優しそうな人だったわ!」






 千代が家に帰ると、既にラルーシアが帰って来ていた。


「ただいま帰りました」


「お帰り。 採取に行っておったのじゃな?」


「はい、トレントを倒して魔力紙用の枝を取ってきました」



 千代は、スクロール製作の練習をする為の魔力紙が、沢山欲しかったのだ。



「トレントが生息している西の森に、1人で入ったのじゃな。 まだ言って無かった筈じゃが、西の稜線を越えると熊獣人の土地じゃ。凶暴な種族だから気を付けるのじゃぞ」


「はい、ジャンという若者に引き返せと忠告されました」


「何っ! ジャンと出会ったのか!? 勝負を求められたであろう?」


「いいえ、戦っていません」


「ふ~む、奴はスグに勝負を挑むのじゃ。お主が若いので、子供だと思ったのかもしれぬ」



「あの人は、熊獣人を恐れてないのですね?」


「あ、奴は熊獣人の姫様なのじゃ。名前はジャンヌ・アルテュールじゃ、ジャンの父が熊獣人の王なのじゃぞ」



「まぁ、女の子だったんですね! 綺麗な顔をしてましたし、人族にしか見えませんでした」


「奴の父が熊獣人で、母が人族なのじゃ。普段は人の姿をしているが、怒ると巨熊に変身する万夫不当の剛の者と言われておるのじゃ」



「巨熊に変身する万夫不当の剛の者……ですか」


「そうじゃ、熊獣人いちごうの者と言われてるおるぞ」



「見た目からは、まったく想像できませんね」


「そうじゃのう。案外、お主を気に入ったのかもしれぬなぁ」


「まぁ」



「西の森に1人で採取に行く時は、お主の護衛ゴーレムを出すが良いぞ」


「はい、そうします。……行くな、とは言わないのですね?」


「ふむ、何処でも行きたい所迄行くがよい。熊獣人どもにルミナの力を見せ付けてやればよいのじゃ。それに奴らにルミナの事を知られても、国交の無い帝国には伝わらないはずじゃ」



「私が熊獣人に負けるとは思わないのですか?」


「多分お主は負けぬじゃろうが、奴らは拳で語り合う種族じゃ。 勝負して死んでしまう者もおるが、戦って生き残れない者は成人と認められないのじゃ」


「はぁ、生存競争が厳しい種族なんですね」



「お主は非力なのだから、遠慮なく魔法で戦うのじゃぞ」


「え、卑怯者と思われないでしょうか?」


「大丈夫じゃ、ラルも経験済みじゃ。ラルは熊獣人にも、一目置かれておるのじゃ、フンス!」


「はぁ、そうですか」






 1か月程経ったある日の事、千代が1人で留守番をしていると、ジャンが突然訪ねてきた。



 ドンドンドンッ!

 

 ガチャリ、



 千代がドアを開けると、そこにはジャンの顔がスグ傍にあった。

 白い頬をピンクに染めて、ハァハァと息を切らしている。


「お主だけか?」


「はい」



「チヨはラルーシアと一緒に、ここに住んでるのか?」


「はい」



「そうか。……母が病気なのだ」


「私が診ます」


「む……出来るのだな?」


「はい」



「じゃあ、一緒に来てくれ」


「はい」



 ジャンヌが千代の手を掴み、ドアの外に曳いて行く。


「あの、ジャンヌ様、急いでらっしゃいますか?」


「あぁ、急いでる」



「取り敢えず、この前お会いした所迄【転移】いたしましょう。少しでも早く行った方が良いのでしたら?」


「なんと、【転移】が出来るのか?」


「はい。ですが、ピッタリくっ付いてくれないと一緒に【転移】できないのです」


「そうか」



 千代の習得してる移動魔法は【転移門】ではなく【転移】なので、複数人が移動する事は出来ない。しかし服や鞄など、自分に密着している物は一緒に【転移】出来る事に千代は気付いていた。人や獣もしっかり密着して抱いていれば、一緒に【転移】出来る事を既に検証済みだ。


 急いでここまで来たのだろうまだ鼻息の荒いジャンが、迷うことなくピッタリとくっ付いて、背中に手を回して千代に密着してきた。


 ジャンの体はとても火照ほてっていた。

 千代より大柄だが、剛の者とは思えない柔らかい体に、千代はドキッとした。


「こうか?」


「はい……行きます、西の森に【転移】!」


 シュィイイイイインッ!


 【転移】は無事に成功した。



「ここからは、歩いて行くしかないのだろう?」


「はい」



「では、おぶらして貰おう。急ぎたいのだ」


「はい」


 千代はジャンの背中に躊躇いながら手を掛けた。



「しっかり掴まってくれ、道など無いから振り落とされない様にな!」


「はい」



 千代を背負ったジャンは森の中を駆けだした。

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