第7話 帝国からの逃亡劇

 千代は早起きで、毎朝五時に起きるのが日課だった。


 テーマパークで仕事をする為に、十年以上も毎朝五時に起きていたのだ。

 習慣に成っていたので、異世界に来てもやはり五時に目が覚めてしまった。



「ヒヒィィィンッ」


 馬のいななきが外から聞こえた。


 千代はミーナを起こさないように気を付けながら、大きなベッドからソ~ッと起きだした。

 大きな出窓から外を眺めると、正面玄関前の広場に沢山の馬上の騎士が集まっている。


 二匹のドラゴンが交差して火を噴いてる姿の旗を、二人の騎士が持っていた。

 千代は召喚された時の事を思い出した、その旗が勇者召喚の部屋に飾ってあった旗と同じ物だと。

 身を乗り出して斜め上を見上げると、公爵邸の屋根の上に翻っている旗はバラと天馬である。

 それが公爵家の家紋に違いない。



 不意に後ろから、ミーナの囁く声がした。


「帝国の近衛騎士団ですね。誰かが帝国城にお姉様の事を報告したのでしょう、お姉様を連れて行くつもりかもしれません」



「私は魔王と戦いたく無いのよ。捕まりたくないわ、どうにか逃げれないかしら?」


「お姉様、最初にお会いした時の元の姿に戻りましょう!」


「そうね、え~と、どうするのかしら? え~解除? 変身? 元に戻れ~?  ……どうしよう、元に戻れないわ!」


 ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ……、


 廊下に沢山の足音が響いて近づいて来ます。



「お姉様、早く早く!」


「そんな事言っても……、戻って下さ~いっ! 私は千代よ~、30歳の腐女子なの~」



 ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、


「おはようございます! ミーナ御嬢様、入りますよ!……開けますよ、失礼致しますっ!」


 ガチャリ、


 侍従が大きく豪勢なドアを観音開きにした。

 公爵と共に騎士が一人入ってくる。

 残りの騎士達は部屋の外で待機していた。



「ミーナ、ルミナは何処に居るのかね?」


「お父様、お姉様はルミナじゃありません。連れて行かないで下さい」


「大丈夫だよ、ミーナ。ルミナは、この世界を魔王から守ってくれる勇者なのだよ。帝国で国賓として大事に御持て成しするのだから心配いらないよ」



 公爵と騎士達が部屋を探しても、侍従が一人控えているだけで何処にもルミナの姿は無かった。

 メイド服を着ている侍従はルミナより年上で背も高かった、髪の毛は黒色で目は茶色だった。


「ミーナ、ルミナを何処に隠したのだい? 悪い事はしないから安心して教えておくれ」


「さっき、お部屋へ戻ると言って出て行きました。客間にいらっしゃるのでは?」


「そうなんだね。ミーナは何も心配しなくていいからね」


「はい、お父様」


 公爵は控えている侍従を一瞥して、小さく頷いてから部屋を出て行った。



 公爵と騎士達がミーナの部屋を出て行くと、ミーナが控えていた侍従に話かける。


「お姉様、お世話に成ったのに不快な思いをさせてしまって御免なさい。どうかお父様を許してくださいね。悪気は無いと思います」


「はい、その通りだと思ってます。でも私はルミナじゃないし、静かに暮らしたいの。私は生涯パンピーでいたいの(オタクである事を隠して一般人として生きていきたいと言う意味で)」



 ミーナは魔石の埋め込まれたアミュレットを取り出した。


「これは【転移】の魔道具なの。【転移】の魔法は使い手が少ない【時空魔法】なので、追っ手も簡単に追いかけられないと思うの。この魔道具も一回しか使えないけど、お姉様を帝国領の外の安全な所に移動させてくれる筈ですわ」


「それはどうもありがとう、貴重な物なのでしょうに……」


「大丈夫、大した物ではありませんわ。それと収納魔法の事は秘密にした方が良いですの。悪い人に利用されると大変だから」


「ありがとう、落ち着いたら連絡しますね。さようなら」


「ごきげんよう、さようなら」


「いつか又会いしましょうね、ごきげんよう」



 ミーナが魔道具を私に向けて呪文を唱えた。


「……チヨお姉様を【転移】!」


 シュィイイイイインッ!





 千代は見知らぬ森の端に【転移】したようだった。

 遠くに町が見える。

 町は壁に囲まれているが、外の草原にもまばらに家が建っている。

 牧場もあるらしく羊や牛が放牧されていた。


 草原の家の一つに特徴のある形の煙突が高く聳えていた。

 上に行くにつれて細く成っている。

 モクモクと濃い煙が強く上がっていた。



 千代は公爵夫人から貰った服に着替えてから、煙突の家に興味を覚えて近づいて行く。

 窓から覗かせて貰うと、そこはガラス細工工房だった。

 すぐ近くに似たような家があり、そちらは陶磁器工房だ。


「まぁ、素敵。いつかやってみたいと思っていた工房が2つ一緒にあるわ!」



 ふと気配を感じて後ろを見ると、いつの間にか傍に牛がいた。


「あらびっくり、人懐っこい牛さんね」


 ンモォオオオゥ!


「こんにちは、ンモゥさん」

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