第21話 太陽
フィラディルフィア始まって以来の大災害。東西南北の区画、中央区も含め、様々な場所で多発する火事によって多くの人の命が失われた。
騎士や街の人々が協力し合い助かる命もあったが、どれだけ命を救えたところで、燃え広がる炎を止められなければ結果は同じ。みんな焼け死んで終わりだ。
火の元を閉じなければいけない。
「渡辺、心の準備はできてるか?」
「そんなもの、戦う前からできてる」
「へっ、そりゃそうか」
火の元を閉じる役を任された二人は、ある物を片手に握り締めながら今まさに最後の大勝負を仕掛けようとしていた。
渡辺とディックは千頭からの情報をあらためて脳内で整理する。
『赤外線だぁ? それをフィルバンケーノの奴が出してるってのか?』
聞き覚えのない単語に、ディックは眉をひそめる。
『ああ、そうさ。普通、赤外線は温度に応じて放出される量も決まってくるはずなんだけど、どうも相手はその法則を無視して太陽もビックリな量の赤外線を放出してるみたいなんだ』
『………わかんねー』
ディックの反応に、千頭は彼が異世界の住人であったのを思い出す。
『赤外線というのは簡単に言えば、熱を持つ物質が放つ目に見えない光さ。この光に触れた物は構成する分子を揺らされて温まるんだ』
『……後半は簡単じゃねーが、要は見えない光なんだな?』
『そうさ。だから光を通してる『
『オッケー。赤外線のイメージは掴めたし、『障壁』を解いたのも意味はわからねーが無意味じゃねーのはわかった。お前の大好きな解説はこの戦いが終わったら子守唄代わりにたっぷり聞いてやるから、それよりもどう動けばいいか教えてくれ。何か策があるんだろ?』
『おっと、そうだね。ならまずは街を守ろう』
頭の中で復習を済ませた渡辺とディックは、空いている手を夜空に向かって伸ばした。渡辺は『炎魔法』を、ディックは『水魔法』をそれぞれ手のひらから放出し、互いにぶつけ合う。交差する炎と水はたちまち水蒸気へと変化した。
『『障壁』が無くなった今、フィラディルフィアは丸裸だ。山や平原と同様、ダイレクトに熱されてしまう』
二人は魔法を出し続けながら、千頭から伝えられた内容を反芻する。
『だから最初にフィルバンケーノを斃すまでの守りを二人には作ってもらう。それは水蒸気の壁だ』
身体の内側から全部の力を絞り出す勢いで2つの魔法を放てば、白い靄がフィルバンケーノから街を隠すように膨れ上がった。
『水蒸気は赤外線の吸収率が高い。これで一時的に街は守れる』
一仕事を終えた二人は次のステップへと移行する。隠れていた岩陰の中から飛び出した。これまで通りなら一瞬で赤外線に身を焼かれてしまう場面だが、そうはならなかった。
『肝心の彼我との距離を縮める方法だけど、ディック君の『
渡辺とディックが手に持っていた鉄製の大盾を前に構えて、フィルバンケーノへと駆け出した。
『金属は金属でも光沢がある物だよ。鏡の様に磨かれた金属はね、赤外線を弾くんだ』
押し寄せる赤外線の波を物ともせず、二人は矢となって突き進む。
ここからはスピード勝負だ。金属製の盾でも赤外線を100%反射するわけではない。モタモタすれば熱で溶けて機能しなくなる。
フィルバンケーノは山の上の方で二人が向かってくるのを感じた。両目は見えずとも、放出する赤外線の乱れからわかる。
敵の反撃。
普通なら気を焦らせるべき場面。
なのに、フィルバンケーノは何故か喜びに近しい感情を感じていた。
「……攻撃の正体掴むのも、対処法思いつくのも早過ぎだろ。やっぱ人間つーのとんでもねーなぁ……」
彼自身、不思議な感覚だった。この形容し難い気持ちは何なのか。
まるで自分の子供が期待に応えてくれたような感覚。だが魔人に子供などいない。そんな感情は持ち得ないはずだ。
「……どうしてかねー。実際に人間を見るのは今回が初めてだってのに。何万年も前からオメーらを知ってる気がすらぁ」
ボロボロの身でフィルバンケーノはフッと笑った。もはや両手を構える体力すら無く。その時を待つばかりだった。
『朝倉! 敵の位置は?!』
渡辺が『精神感応』の魔法石で確認する。
『敵は移動してないわ。変わらず12時の方向。距離20m。反撃する素振り無し』
『わかった!』
「ディック! 行くぞ!」
「ああ!!」
渡辺が力強く足を踏み込む。その時ジュウッという音が靴の下で鳴った。溶岩だ。フィルバンケーノが放つ膨大な熱量により、周辺の地面は黄色くドロッとした液状に変化していたのだ。
靴底とズボンの裾が発火し始めるが、構わず渡辺は行動に出た。
フィルバンケーノの全身を隠すように大盾を投げつけ、前方への赤外線放射に蓋をした。これにより渡辺とディックがフィルバンケーノを直視できるようになる。
ディックは大盾を捨て拳銃に入っていたマガジンを用意していた物と交換し、渡辺は目標を視界内に捉えてイノシシの如く邁進した。
この一手で確実に仕留める。その思いを胸に二人が最後の攻撃に出る。
溶岩に身を焼かれるのも厭わず、渡辺がスライディングを仕掛けた。片腕と片脚の外側が数千℃の地面と接触し、皮膚が削ぎ落されるような痛みがはしる。渡辺はその痛覚を奥歯で噛み殺しながら、フィルバンケーノの両足を片足で刈り取った。体勢を崩して手前に倒れてたところを大盾ごと蹴り上げる。
空高く打ち上げられたフィルバンケーノをディックが見上げて『
「身動きの取れない空中、アンド至近距離。避けられねーだろ」
ディックの着ている白いローブにボッと火が点き始めるが、赤外線に焼き尽くされるよりも早くディックは拳銃のトリガーを連続で引き、ありったけの弾丸をフィルバンケーノの腹部へ撃ち込んだ。
最後に真上に蹴り飛ばして距離を離すと、チート能力を発動させた。
『
体内に埋め込まれた弾丸たちが、青い閃光とともに一斉に起爆した。爆発の威力は凄まじく発生した突風が辺りの炎を吹き消し、そして、フィルバンケーノの胴体を上下で捻じり切った。
勝った。
五蘊魔苦の一体目との戦いに勝利した。
「……終わりだろうな……人間だったら……俺ぁ魔人だ」
「「――!!!」」
渡辺もディックも目を見開いた。
上半身のみとなったフィルバンケーノが、片方の手のひらを太陽の様に輝かせていた。
「言っただろーが。オメーら二人だけは絶対に殺すってよ」
(全く反撃してこないと思えばコイツ! 残りの体力をあの1発に全部まわしてやがったのか!! 俺と渡辺の位置はちょうど攻撃の直線上!! このままじゃ二人ともやられる!!)
『風魔法』でディックが一気に上昇する。
どうにか攻撃を阻止しようとする。
だが。
「じゃあな人類。もし別の生命に生まれ変わることがあったら、そん時は仲良くやろうや」
微笑むと同時、手から超高圧の炎を発射した。
「ぐああああ!!!!」
抵抗する間もなく渡辺は炎圧で地面に押さえつけられた。耐火性のポンチョは、水に入れた砂糖みたく溶けて無くなり、その下に着ていたミスリル製のツナギ服も鎖帷子もみるみる塵と化していく。4000℃はくだらない。人体を構成する化学式が一瞬で炭素に置き換わる勢いだ。
「……どーいう理屈だよこいつぁ」
フィルバンケーノが呆れた様子で言った。あらゆる生命の存在を許さない光の中で、すべての装備を焼失し裸になりながらもディックが尚も抗い続けていた。『風魔法』で自身を押し上げ、炎の滝に流されまいとしている。
「……負けられねーんだよ……守りてぇ連中のために、ガキ共のために、勝たなきゃいけねぇんだよ……」
「――おいおい」
少しずつ、ディックが炎の滝を登っていく。させまいとフィルバンケーノが炎の出力をさらに高めるが、それでもディックは近づいてくる。
「もう終わりにしたいんだ……勇者だとか能力だとかくだらねーもんに縛られながら産まれてくる命を……」
祈る様に右手を伸ばす。右腕全体が炭の色に染まっていく。指先が灰となって崩れ、感覚さえも炎に焼き尽くされていく。
しかし、それでも、その意志だけは灰にならない。
「その未来にとって! 魔人、オメェらは邪魔だ!!」
ディックの白銀の瞳が金色に輝いた瞬間、フィルバンケーノが突き出す手にディックの右手が届いた。
「……やっぱり面白いわ。人間ってやつはよ……お前もそう思わねーか、アクアリット……」
直後、ディックの右手から巨大な氷の華が咲いた。
その華にフィルバンケーノは包まれ、身動き一つ取れない状態となった。
熱で氷が解ける様子もなく、完全に沈黙している。
「……何が……嬉しいんだか……」
氷の中のフィルバンケーノの顔は、穏やかに笑っていた。
ディックは全身から力が抜けていくのを感じながら、氷の華とともに落ちていく。
それを横から渡辺がキャッチした。氷の落下に巻き込まれない場所まで飛んでいった後、上手く着地できずに地面を転がる。渡辺も体力の限界だった。
間もなく、ガシャアンッという氷の塊の落下音が聞こえてきた。
「……やった、のか?」
もはや両脚で立つことも叶わない。もしまた、実は死んでませんと向かって来られたら終わりだ。しばらく渡辺は氷が落下した地点に注意を払う。
「……動きはない……本当に斃したのか……やったぞ、ディック……ディック?」
「…………」
ディックから反応がない。渡辺が視線を向ければ、彼は目を閉じたまま動かなくなっていた。
「……ディック、寝てる場合じゃない……ぞ……こんな奴がまだあと4体――くそ、俺も……」
急激な眠気に襲われ、渡辺もその場に倒れ伏した。
魔人フィルバンケーノとの戦いは、こうして幕を閉じた。
人々に残る五蘊魔苦らへの恐怖の火種を残して。
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