ボーイ・ミーツ・ガール

 そして、翌日。

 人類最期の日がやってくる。


 約束通り老人姿の神が、空から舞い降りて人を滅ぼそうとする。


「ヌゥッ!!」

「あぐっ!!」

「ルーノール!! 知世!! この野郎! ぐあ!!」


 ルーノールや知世、ディックが何度も攻撃を仕掛けるが、神はこれらを払い除けて悠々と一歩、また一歩と俺へと近づいてくる。


「どうやら、お前は覚悟が決まったようだな」

「ああ……好きにしろよ。俺の人生は、神様のオモチャになった時点で終わったんだ。ここで殺されたって何も変わらない」

「渡辺君、本気で言ってるのか!!」


 拳銃で撃ちながら千頭が叫んだ。


「小樽さんから言われた言葉! 忘れたとは言わせないぞ!!」


 『……生きろよ……』


 わりぃオルガ……俺は、生きたいって思えない。

 父親に捨てられて、クラスのヤツに虐められて、友人はいなくなって、教師にはお前が悪いと言われ、母親とはすれ違った。俺を見る目はいつも変わる。俺自身も、俺を見る目が変わって。そして、心の底から信じたかった人にも結局裏切られた……近づけば突き放されてばかりの人生だ……栄島や相ノ山も、きっとアイツらも、俺の過去を話していたら……友達になってくれなかっただろうな……。

 もう生きた先に希望が感じられない…………だから、終わりにさせてくれ。


「がはっ!」


 最後の砦だった千頭は、神が指で弾き返した銃弾を膝に受けて立てなくなる。

 今度こそ、俺と神の間を遮る者はいない。

 神の手に白く光る剣が創造される。

 自らの死に様が想像できた俺は、自分の人生にピリオドを打つように目を閉じた。


「死ぬなんて、絶対にダメです」

「ッ!!」


 ハッとなって目を開ければ、マリンが俺を庇うように両手を広げて神と対峙していた。


「ほう……レベル100にも満たない人間が、よくワシの前に立っていられるな。普通なら本能的な恐怖に押しつぶされて気を失うのだが」


 マリンの手も足もガクガク震えてる。当たり前だ。神の重圧に晒されて無事なわけがない。


「マリン! 退くんだ!!」

「退きません!! ウアッ!!」


 神が指で弾いた空気がマリンの顔辺りに当たって、足元に血が垂れるのが見えた。顔のどこかを切ったのかもしれない。


「……ワシはそこの者に用がある。弱者は弱者らしく道を開けるがよい」

「嫌です!!」

「そうか」


 空気の塊が今度は腹部に命中し、マリンは堪らず地面を転がった。

 俺はもう立ち上がらないでくれと願った。ジッとしていてくれと。どうせ二人とも死ぬなら、せめて彼女の死ぬところは見たくなかった。

 なのに、彼女は立ち上がる。


「やめてくれマリン! それは君の意思じゃないんだ!!」

「いいえ! これは私の意思です!! 私がショウマ様を守りたいんです!!」

「っ……そんなわけない! 俺はそんな価値ある人間じゃない!! 人として欠陥だらけなんだよ!!」


 そうだ。

 最初から言われてたじゃないか。


「俺は、“普通じゃない”んだよ!!」

「ハウッ!!」

「マリン!!」


 神の攻撃でマリンの体が宙を舞った。

 俺は無我夢中でマリンに飛びつき、自分の体をクッション代わりにして地面に落ちた。


「マリ――ッ!!」


 上半身を抱き抱えて顔を覗き込んでみれば、マリンの額から血が滴っていた。


「そんな……俺は君に酷いことを言った……なのに……どうしてそこまで……」

「う……あ……ショウマ様は……酷い人です」


 痛みで声を歪ませながら、マリンはかすれた声を漏らす。

 『酷い人』に、俺の首がグッと締め付けられる。


 何で俺は“辛い”って思ってるんだ。

 マリンは事実を口にしただけだ。やっと俺がどんな人間かわかってもらえたんじゃないか。むしろ、喜ぶべきだろ。


 マリンが青く透き通った瞳を俺に向けてくる。

 俺はその瞳から逃げようとしたけど、俺の目は彼女の瞳を捉えて離そうとしなかった。

 早く顔を隠さなきゃいけないのに。

 目の奥が熱くなって、みっともない顔を晒してしまいそうなのに。


「ショウマ様は……とても不器用で……意地っ張りで……何でも一人で抱え込もうとして、人を寄せ付けようとしない……どれだけ私が近づこうとしても遠のいていくばかりで……辛かった…………いっそ、ショウマ様を嫌いになれたら楽なのにって、思ったりもしました」


 マリンが片方の手を、俺の頬に優しく添える。


「でも、嫌いになれませんでした。私は、ショウマ様が好き。初めて服を買いに行った時の照れた仕草が好き。一緒に酸っぱいお菓子を食べた時のおかしな顔も好き。私の水着姿を見た時の慌てた姿も好き。それから、たまにしか見れなかったけど、無邪気に笑う顔がすごく大好き」


 ……わからなかった。

 俺の嫌なところもちゃんと見えてるのに、どうしてそんなにも幸せそうな顔して、そんなことが言えるんだ。

 わからない。

 わからなすぎて、俺は我慢できなくなって。

 みっともなく、涙をポロポロと彼女の頬に落としていた。


「だからお願いがあるんです。どうか昔みたいにいろんな表情を見せてください。暗い顔ばかりじゃなくて、いろんなアナタでいてほしいです」

「……無理だっ……俺はっ……俺が許せないんだっ」

「なら、一緒に背負わせてください」

「っ――」

「アナタの辛さに、ずっとずっと寄り添わせてください」

「っ、俺は君を傷つけた……それに人殺しの最低野郎だ…………、俺は!! 笑って生きるなんて!!」

「ショウマ様……アナタが前に進むために必要なら……もう“自分の行いに筋を通さなくてもいいんですよ”」


 その瞬間、俺の全身を風が吹き抜けた気がした。それはほのかに甘くて、爽やかで、つい吹いてきた方を振り向きたくなるような風だった。

 これまで自分を縛っていた鎖がスルスルと解けていくのを感じる。

 『自分の行いに筋を通せ』

 父さんの言葉が、遠ざかっていく。

 俺の心が風に浮かされて宙を舞った気がした。

 新しい何かに、繋がって、満たされていく。


 『 出会いは良いことばかりじゃない。だがな、悪いことばかりでもない。だから、前に進むのを躊躇わず生きていけ 』


 ああ……そうだったんだ……オルガが言いたかったのは……これだったんだ……。


 俺は大事に大事に、頬に添えられたマリンの手を掴んだ。

 その手の上を、俺の涙が伝っていく。


 世界には……こんな……決して揺らがない優しさがあったんだ……。





「……その涙は、己の無力さを嘆いてか?」


 神が、俺たちを見下す距離まで歩を進めていた。


「ならば、悔いたまま輪廻の輪に還るといい」


 神の剣が振り下ろされる。

 このまま動かなければ死ねる。

 でも。


 俺はマリンに顔を向けたまま、振り下ろされた一撃を手で掴んで止めた。


「――なんと?!」


「俺は生きることにするよ。自分のことは許せないままだけど……いつか、自分を許せる言葉を見つけるために、前へ進み続けるよ」

「――はいっ! どこまでも進んでください!」


 俺の出した答えに、マリンは嬉しそうに微笑んでくれた。



 直後、俺の体から噴水みたく金色の輝きが溢れ出した。


「ぬあ!!?」


 太陽の様な輝きに目が眩んだか、神ジジイが大きく後方へ飛び退く。


「ああ……やっとわかったよ――俺のチート能力が何なのか!!」


 俺は仕切り直しだとばかりに勢いよく立ち上がった後、金色の瞳で神を射抜き、足に力を込めた。

 刹那、俺の拳が神の顔面をぶち抜いた。


「ゴフッ?! は、速い!!」


 慌てて距離を置こうとする神ジジイだったが、今の俺はそれを罷り通さない。後を追い、ガードの上から拳と蹴りを連打で当てまくる。


「これ……は?! 攻撃力2000いや3000……5000?!! 何故これほどの力を急に!! くっ!!」


 神ジジイが光の筋となって瞬時に遠くまで移動した。『瞬間移動テレポート』の能力だろう。能力を与えたんだ、本人が使えるのも当然だな。


「……不意打ちだったので驚いたが、まだだ。まだお前の力はワシを滅するまで至っておら――!!!」


 話の途中で神が頭から地面に激突し、そのまま地面を抉りながら横に滑っていった。

 何事かと顔を起こせば、その表情は固まる。

 ディックや千頭たち、急展開を静観していた人々も同じく開いた口が塞がらない様子だ。まぁ、無理もない。


「え、ええええええええええええええええええ!!!!!!」


 ミカが、皆の驚きを代弁した。


「なななななな?!!! そ、そうなの?!!! 今の攻撃って!!! マリンお姉ちゃんがやったのおおお?!!!」


 全員の視線が集中する先に、金色の光に身を包み、華奢な腕で拳を突き出しているマリンがいた。

 俺とマリンはアイコンタクトも取らず同時に飛び出すと、神へと一気に肉薄する。そのスピードは戦闘機よりも速い。


「何が起きている?! 男の方はともかく、何故女の方まで!!」

「どうしてだって? おかしいな。これはアンタが創った能力だろ?」


 神を挟む位置取りで、俺とマリンがマシンガンの様な勢いでパンチを繰り出す。うっかり互いの拳がぶつかってしまいそうな場面だが、今の俺たちにそんなミスはあり得なかった。拳の一発一発が、的確に神を追い詰めていく。


 パンッ!!


 俺の突きが神の手で払い除けられた。

 次はマリンだとばかり、神が手のひらでマリンの拳を受けようとする。

 ――甘いな。それじゃ捕らえられない。


 マリンが途中で拳を引っ込めて、攻撃を回し蹴りに切り替えた。

 これを読み切れなかった神は直撃を受けて横に滑る。その際スカートが捲れて他の男に見られてないか心配になったけど、こんな超スピードのパンチラを目で追える奴はそうそういないだろう。


「ッ!! フェイントとな?! 戦いを知らぬ者が?! それに――」


 間髪入れず俺が殴り掛かるが、ヤツは狼狽えながらも冷静に視線を動かしこれを避ける。次に後ろからマリンが飛び出してパンチを繰り出すが、これも避けられた。

 だが、まだ終わりじゃない。

 マリンが攻撃した手とは逆の手で俺の手首掴むと、俺の体を巨大なハンマーみたく思い切り横にぶん回した。体全体で遠心力を感じつつ、驚く神の側頭部に蹴りを入れた。


「おいおい……俺の時よりも息ピッタリなコンビネーションじゃねーか!」


 音速を遥かに超える戦いを目で追える数少ない人間の一人、ディックから感嘆の声が聞こえる。


「グフッ……これは『精神感応テレパシー』で戦術を? いや、それでは間に合わないはず……わからん……わからん!……ワシはそんな能力は知らん!……お前にそんな輝きなど与えてはおらぬ!!」

「なるほど、そりゃあいいや。これは正真正銘、俺たちが掴み取った力ってわけだ」


 俺はマリンと横並びに立ち、互いの手を握る。

 固く結んだ繋がりを頭上に掲げれば、黄金の剣が二人の手に現れる。


「「 !!!!! 」」


 全員が、空高く延々と伸びる剣身を仰ぎ見た。


「わからないなら教えてやる。俺の能力は――」


   『 人と人のつながりは、まるで異世界転生のよう 』

 ……フィオレンツァの言葉。今ならハッキリとわかる。


「俺の能力は――『異世界転生アザーズ ワールド』だ!!」

「ッ!! 『異世界転生』?!」

「いくぞ! マリンッ!」

「はいっ!」


 『絶対の意思アブソリュート インテンション』のままじゃ気づけなかった。二つの意思が一つに束ねられてわかる。彼女が今どんな気持ちで横に立っているのか。一緒に戦えて、想いが俺に届いて、どれほど嬉しいか。

 なんてズルい能力なんだろう。まさにチートだ。

 いくら頭の堅い俺でもわかる。この気持ちがニセモノなわけがない。


「「はああああああああああああ!!!!」」


 これから往く二人の未来に向かってスタートラインを切るように、黄金の剣を縦に振り下ろした。

 空の雲と大地が一閃され、神はその衝撃波に飲み込まれた。


 きっと誰もが神の最期を期待しただろうな。


「……どういうつもりかね?」


 大きく裂けた大地の横で神は怪我も無く立っていた。当然だ。わざと狙いを外したんだから。


「こっちの台詞だ。やる気が無いならやめたらどうだ?」

「……見抜かれておったか。よかろう芝居はここまでだ。その力であれば、この先へ進む資格があると見なそう」





 戦闘態勢を解いた神のもとへ続々と人が集まった。その際、行方不明となっていたフィオレンツァとカトレアも現れる。これから全ての真実が明かされようとしていた。

 でも、その前にやっておかなくちゃいけないことがある。


「話の前に、転生者とやってきたパートナーたちの記憶を元に戻してくれ」

「うむ。これからする話は彼らにとっても重要だ。本人たちが望むのであれば記憶の封印を解こう」


 記憶が戻れば自分が自分でなくなるかもしれない。転生者とパートナーの間で重い空気が流れる。


「ショウマ様……」


 それは俺たちも同じだ。

 マリンは『大丈夫ですか?』といった顔をしている。ホントに自分が情けない。これまでの俺の頼りなさが原因でこんな表情をさせているんだ。


「心配かけてごめん。今までの俺を見てたら不安になるのも仕方ないよな……けど、平気だから。本来の君が俺を受け入れなかったとしても、俺を想ってくれる人は確かにいて、新しい世界への踏み出し方を教えてくれたから、俺は絶対歩みを止めないよ。だから、マリンが望むままにしてくれ」

「……はい」


 今生の別れ……というと大げさに思われるかもしれないけど、俺を大切に想ってくれるマリンには二度と出会えないかもと思うと、わびしい気持ちが抑えられない。

 マリンも同じ気持ちなのか、切なそうにジッと俺の目をジッと見つめる。

 やがて、その時は来て。


「準備は良いな? では記憶を戻すぞ」


 風がフワッと吹いた。

 間もなく、パートナーたちが一斉に苦しみだした。マリンも頭を抱えながら呻き声をあげている。


「マリン?!」

「うううぅ……ああああ…………ヤダ……ヤダ……お父さん、お母さん! カエルム! ネンテ! あ…………ダメ……行かないで……クシオっ」

「あ、待って!」


 マリンは走り出して海の方へと向かっていってしまった。

 今のは何だ? 誰かの名前を言っていた? わからない。とにかく後を追わないと。





 潮の香りを感じる。

 崖の上でキラキラと日の光を反射する海を背景に、彼女が青い髪を潮風に揺らして立っている。声をかけようにも彼女にかける言葉が思いつかなくて、しばらく彼女の背中を見ていた。


「――ショウマ君」

「ッ!」


 知っているはずなのに知らない人に呼びかけられたみたいで、俺はドキッとする。呼び方も声の調子も違う。

 長いスカートをひらりと翻せば、その透き通った青色の瞳が笑顔と共に露わになって。それから照れくさそうに頬を掻いて言う。


「えっと、やっぱり変、かな?」

「……いいや。全然変じゃないさ。むしろ、そっちの方が君を近くに感じられて嬉しいかな」

「そっか……良かったあ!」


 初めて会った日にも見せてくれた優しい笑顔。何一つ変わらない。マリンはマリンのままだ。

 俺は、マリンへと歩き出す。


「急に走り出しちゃってごめんね。いろんなこと思い出したから、ちょっとビックリしちゃって。でももう落ち着いたから、みんなの所に戻るね」


 本当に何も変わらない。

 悲しいのに、目元を赤くしてるくせに、それを隠そうとする。そうやって君は自分よりも他人を優先するんだ。

 多分その心自体はとても尊いものなんだと思う。

 でも、そのままじゃきっといつか立ち直れなくなってしまう時が来るから、誰かがマリンを見張ってないといけない。


「しょ、ショウマ君?」


 無言でどんどん近づいてくる俺にマリンは戸惑っていた。

 これ以上近づかれたら泣いていたのがバレると思ったのか、マリンは顔を背けて俺の脇を通ろうとする。


「ほ、ほら、ミカちゃんたちも心配してるだろうし、あっちに――」


 駆け出して、彼女を正面から抱き止めた。


「え」


 短く驚いた声が耳の横で聞こえる。拒否されるかもしれない。嫌われるかもしれない。

 それでも両腕に包み込んで彼女に言いたかった。

 あの日、閉ざしていた俺の心を開いてくれた言葉を。


「マリン。俺に――甘えてくれるか?」

「――っ!!」


 腕の中でマリンの体が震える。


「俺は君を守りたい。この先何があったとしても、ずっと君のそばにいて君を支え続けたい。だから、俺を頼ってほしい」

「……っ……えう……」


 嗚咽がもれる。

 心が開かれて悲しみに耐えられなくなっているのがわかる。


「うぅっ……うああぁあぁあ!!!」


 とても返事ができるような状態ではなかったけれど、俺の服をギュウッと掴んで答えを返してくれた。


 ……ああ……やっと、君に出逢えたね。

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