ワールドアンサー

 マリンは涙を流しつつも、ポツリポツリと自分の過去を明かしてくれた。

 ルーノールと戦った時、マリンの記憶の断片を覗いたことがあったが実際に話を聞くとより悲惨なものだった。


 まず、マリンの世界は既に終わってしまっている。

 世界に突如として現れた脅威が、世界を構成する根源を奪ってしまったかららしい。その災厄によって、マリンの両親と妹と弟が殺されてしまい、大切な友達クシオも失った。クシオは快活な女の子で、内気気味なマリンにとって憧れの存在だった。

 そんなクシオは自らを囮にして、恐ろしい魔の手からマリンを救った。


「私はクシオに守られてばかり……それがとても悔しくて……だから誓ったの。神様に『アレと戦う覚悟があるか?』って聞かれた時、今度は私がクシオみたいに誰かを助けるんだって」


 俺はその話を聞いて、どうしてマリンがいつも他人を優先しようとするのか納得した。彼女は強く生まれ変わろうと異世界転生したんだ。





 俺とマリンが皆のもとへ戻ると、神ジジイは真実を語り出した。

 すべては神々の愚行がもたらした惨劇であると。


 宇宙がまだ無く、世界という単位すら存在しなかった時代、多くの神がいた。

 神は自己完結していて、足りないと感じたモノはすぐに自分で補うことができた。ただ唯一、退屈凌ぎだけを除いて。

 神は退屈を恐れた。

 その解決方法として考え出されたのが世界創造であり、神は世界が不規則に変化する様を愉しんだ。特に人間は最高傑作と呼べる存在で、その理解できない思考に神々は最高の暇つぶしを見つけたと沸き立ち、次々に自身の世界にも人間を創っていった。

 そして、神の間で流行ったのが、他者を狡猾に騙し、武力で制する人間同士の争い。

 この争いの舞台をより面白くしようとして与えたのが、神の力の一端――魔力だ。魔法を与えられた世界の人間たちの争いはより規模の大きいものになった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。壮大な説明してるところ悪いんだけど、俺たちの世界に魔法なんて無かったぞ」


 自分たちの世界とは違う事実につい口を挟んでしまった。


「神も様々だ。退廃的な世界を好む輩もいれば、ワシの様に世界の発展を望む者もいる。進化に争いは付きものとはいえ、度が過ぎれば築き上げてきた文明が根本から崩壊しかねない。故に、ワシはお前たちの世界に魔法を与えなかった。内にある生命力と身体能力が一定以上強化されないように施したのもそう……もっとも、魔法や膂力が無ければ無いで人間は科学の力とやらで強大な力を得ようとしてしまうがな」

「そうだったのか……」

「続けるぞ」


 争いを愉しむ神たちが次に考えたのは、より争いを激化させることだった。人々に能力を与え、強い人間を創ろうとした。結果生まれたのが、転生者だ。

 人の一生は短い。どれだけ優れた能力を与えたところで成長に限界がある。だが、命を全うした後もそれまでの経験を引き継ぐことができれば話は別だ。

 目論見は成功した。それが最大の過ちであることも気づかずにな。

 転生させ続けた人間は、いつしか自らを創造した神をも超え、神は人間に滅ぼされた。


「――ッ!」


 神を滅ぼす存在と聞いて思い至ったのはマリンが話していた脅威の存在。あれが……そうなのか?

 俺はマリンを見やる。顔に不安と恐怖の色があり、察してしまう。


「俺たちが戦うべき本当の敵は、魔人でもなく神でもなく――正真正銘の異世界転生者。ってわけか」

「その通り。争いが蔓延した世界で生まれた転生者は神を殺すと次の争いの場を求めて異世界を転々としている。そして、転生者が現れた世界は例外なく滅ぼされている」

「……俺たちをウォールガイヤに連れてきたのは、世界を、地球を守るため……」

「これは神の不始末。本来ならば神であるワシだけで対処すべきだが、生憎と神の力の強さはレベル9,999と固定されている。それより上の存在を斃すには神を超える者たちの力が必要だ。だからワシはお前たちを呼んだのだ。異世界転生者と同じ、神を超える可能性のある者たちを」


 ……なんてことだろう。

 俺はウォールガイヤに来てからずっと、地球なんてもう関係ないんだと思ってた……別の世界で生きていくって……でもそうじゃなかった。関係ないどころか、地球の命運に深く関わっていたんだ。


「急な話で受け入れられない方もいるでしょう。ですが、アナタ方の世界の終焉は目前に迫っているのです」


 フィオレンツァが俺の前へとやってきて手を差し出してきた。その表情は相変わらず穏やかなものの、どこか暗い。


「今のアナタには、この方が早く伝わりますね?」

「……ああ」


 フィオレンツァの手を握って『異世界転生アザーズ ワールド』を発動させた。


「――ここは……」


 俺は建物の屋上にいた。屋上には多くの人が立っていて、建物の周囲は夜のコントラストで彩られた街景色が延々と広がっている。街全体がメタリックな質感で、SFに出てきそうな感じだ。


 人々が一様に夜空を見上げていたものだから、俺も釣られて見やる。

 ……あれは、流星群?

 無数の光が夜空から落ちてくる。


「……っ! いや違う! あれは、アクアリットを斃したのと同じ核ミサイル!!」

「はい。よくわかりましたね。でも、下にいた人たちはきっと、あの光が何かもわからないまま消えていったのでしょう」

「フィオレンツァ?! これはどういう――」


 隣にいたフィオレンツァに質問を投げようとしたが、目尻から涙を溢しているのを見て口が止まってしまった。


「私の世界にも異世界転生者が現れました。転生者はただひたすら人間の住む星々を破壊し人類を追い詰めていったのです。それに対して、星団連邦軍が取った作戦は星一つと20億の命を犠牲にするものでした」


 遠くで光の軌跡が地平線に接触した後、熱線が放たれた。

 眩しい光に身体を刺されたかと思えば、周りの人が一斉に燃え出して瞬く間に炭と化していく。

 そして横目で見てしまう。

 おそらく親子であろう。男の子と、その子を抱えた母親が一緒になって消えていく。表情に痛みの色は無くて、自分が死ぬなんて夢にも思ってない様子のまま崩れた。

 熱線によって有機物は何もかも灰になり、無機物は後から遅れてやってきた衝撃波によって跡形も無く吹き飛ばされた。


「転生者の動きは単純でした。近くの人間をただ殺してまわる。ですから我々は次に向かうであろう惑星で待ち伏せし、現れたところを星ごとバリアで隔離して核の雨を降らせたのです」


 俺は恐ろしくなって『異世界転生』を解き、元の景色へと戻る。


「……そうですね。人としての神経を疑われても仕方ありません。私自身、自らを許せませんから。……人間は恐ろしい生き物です。本気になれば星一つ破壊するのも容易。ですがそれでも、世界を滅ぼす存在には届きませんでした」

「っ……」


 気分が悪くなり、俺は口を押える。

 三つの意味でショックだった。

 大勢の人があんな風に皮膚が溶けて灰になっただなんて。

 それを実行した者たちの中にフィオレンツァの先祖がいたなんて。

 そこまでして斃せない存在が、敵だなんて。


「もう察している方も多いでしょう。私は……いえ、私の中にいる初代女王アルーラは、こことは別の世界の人間です。ここにいる神が世界に残った唯一の生き残りであった彼女を救い、共に戦う契約をした。彼女は過去の自分Lauraローラを捨て、転生者から異世界の人類を守るためだけに生きるAluraアルーラとなったのです」


 その後もフィオレンツァの話は続いた。

 神は神の視点で、アルーラは人間の視点で人類強化プランを練った。

 アルーラの案で、地球で騒ぎが起きないよう。連れてくる人々は事故で亡くなったように見せかけた。

 神の案で“刻印”と呼ばれる魔法の印を人間のDNAに刻む。アデニン、シトシン、グアニン、チミンに続く魔法界の元素を含んだ塩基により、人体に生命力もしくは魔法を操る能力が備わる。後に、この作業工程を見たアルーラがまるでソースコードの書き換えだと言ったのがキッカケとなり、能力はチート能力と命名される。

 アルーラの案で、神が連れてきた異世界の生き残りの記憶を封印した。理由は真実が漏れた時、地球人がパニックを起こす危険があったからだ。

 神の案で、地球での事故を交通事故をメインに切り替えた。元々は大型船や戦闘機ごと転移させたり、山で遭難した者を神隠しにあったようにして可能な限り自然に見せていたが、地球人の技術の発展に伴い魔法の痕跡を隠すのが難しくなり、死体偽造へ方針を変えた。毎回トラックで轢くのは即死の説得力を高めるためだ。

 アルーラの案で、主人とパートナーというカテゴリを作り、主人にはパートナーへの命令権を与えた。主人が他の主人を倒せば、相手のパートナーの命令権を得る。最初の転生者たちや異世界の生き残りたちは、少しばかり仲が良すぎた。平和なのは結構なことだが、これでは脅威と戦うための精神力が培われない。アルーラはわざと和を乱した。

 アルーラの案で、『解析アナライズ』の能力を色ではなく、数値で表すようにした。神やその眷属は放武色という相手が纏う色で強さを識別するが、感覚的過ぎてそれが人間には合っていないと指摘した。これによりレベルとステータスの概念が誕生する。

 アルーラの案で、特定のチート能力の導入を中止する。能力が強力になればなるほど、人体と遺伝子の噛み合いが悪くなるためだった。魔法がある世界の人種と違い地球人は魔力に対して全く適性が無い。能力が暴走し、自らを傷つけていた。『バロールの魔眼』『クロノスへの祈り』など、能力自体を強力なものにする道は諦めることとなった。もっとも、渡辺たちの時代まで切り札という形で残すことになったが。


 そして、数十年の月日が経ったところで、アルーラは思ってしまった。足りないと。

 人類は少しずつ力を付けていたものの、この成長スピードでは異世界転生者に見つかる日まで間に合わない。急がなくては。もっと、もっと大きな恐怖で煽る必要がある。


 アルーラの案で、魔人が誕生した。




「……すべては、異世界転生者を打倒するために私は悪魔に魂を売りました。納得できない方がほとんどでしょう。私の話など聞きたくもないと思います。それでも、どうか言わせてください。アナタ方の世界だけでなく全世界を守るために、戦ってほしい」

「……許せないっ」


 俺は怒りを口から滲ませ、拳を強く握った。


「人の人生を奪って! 人を物みたく扱って、大勢死なせて! しかも戦ってください?! 勝手すぎる!! 今すぐアンタを殴り殺してオルガに、レイヤに、多くの死んでいった人たちに詫びさてやりたい!!……」


 拳から力を抜き、手を広げてフィオレンツァへと差し出す。


「……けど……しないでやる。この手はもう過去を振り払うのに使わない。未来にあるチャンスを掴むために使う」


 俺がそう言うと背後からいろんな声が追い風となって聞こえてきた。


「へっ、わざわざ言われなくたって俺たちはずっと人を守ろうと戦ってたんだ。守る対象が生き残った連中から全世界になったってだけの話だろ? やる事は変わんねーよ」

「やれやれ、これ以上現実離れした展開は御免なんだけど……ま、それで地球にいる妹を守ることに繋がるのなら喜んで手を貸すよ」

「私もやるよ! 魔人にお父さんを殺されたことは怒ってるけど……これ以上戦いで人が死ぬなんてあっちゃいけないから!」

「わー、なんだかすごいことになってきたねー。力になれるかわからないけどー、頑張るねー」

「世界を失ったからこそわかる。こんな想い、誰にもさせちゃいけない。だから、私も戦います」


 フィオレンツァが俺の手を握った。


「アルカトラズの地下でお会いした時、アナタとこのような日が来るとは予想してませんでした」

「俺もさ。でも、だからこそ人生は価値がある。そうだろ?」

「……この能力を渡辺さんに与えた神の判断は正しかった」

「『異世界転生』か? やっぱりこれ、特別な能力なんだな…………なあ、どうして俺だったんだ? 俺じゃなかったら、もっと早くに使いこなして大勢の命を救えたかもしれないのに……」

「ワシは今でも正しかったと思っておる」


 フィオレンツァの横にいた神ジジイが口を開いた。


「3年と半年前、お前を見つけたあの日、この能力はお前にこそ相応しいと考えた」


 3年半前……ッ!! それってまさか、あの時?!


「逆境を前に決して折れることなく、味方が一人もいないにも関わらず自分を肯定し続けた。それは並大抵の精神力ではない。あの場、すぐにでもウォールガイヤへ連れて行こうと思ったが、お前はまだ子供の扱いで連れていくには早かった。高校とやらを卒業するまでは待とう。そう考えた。もっとも、転生者がこちらの位置を割り出しつつあったので、結局卒業を迎える前に来てもらったがな」


 神ジジイが俺の肩に手を置いた。


「お前の強い意志が能力を進化させた。数兆年前から人類を見てきたワシが言う。その能力はお前が一番良く似合っておる」

「――ッ」


 不意に涙腺にきてしまって、顔を伏せた。


 ……あの頃、誰も俺を肯定してくれないって思ってた……俺、神様には認められてたんだな……。





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