明日世界が終わるとしたら

 真実が明かされた後、俺たちは思い思いに残された平穏を過ごした。過ごし方のパターンは大別して二つあって、家族と団欒し最期を覚悟する人と、脅威に立ち向かうべく己を鍛える人がいた。

 でも俺の場合は前者でも後者でもなかった。

 俺がしたのはマリンと一緒に歩き回っていろんな人と挨拶を交わすことだった。

 別に戦うのを諦めたわけじゃなくて、知りたかったんだ。今の俺から見た世界はどんな風に映るのかを。

 そして、見て聴いてわかる。ああ、前の俺は必死に自分を守ろうとし過ぎてたなって。自分が否定されるのを怖がってた。否定されるなんて当たり前なのに。

 世界には多種多様な価値観を持った人がいて、皆がそれぞれの世界を持ってる。

 相手の世界に踏み込もうものなら、たちまち自分の意思は殺される。それは相手も同じだ。

 正直今だって人と繋がろうとするのは怖いし、避けたい。けれど、踏み込んだ世界の先でひと欠片だけでも残っていれば、その意思は相手の世界で生まれ変わって生き続ける。それこそが“異世界転生”。人間の歴史はそうやって積み重ねられてきたんだ。


 さて、俺のことはここまでにして、皆のことだ。

 あの後たくさんの変化があった。

 まず、ミカの耳が獣耳に変化して腰に尻尾を生やしたこと。いきなりどうしたと思われるだろうけど、神ジジイがパートナーの記憶を蘇らせたとき、パートナーとそうじゃない人も肉体が変化したんだ。どうも別世界の人類たちの中には獣人という種族がいて、その人たちの遺伝子が再び活性化したのが原因らしく、ミカはその遺伝子を持っていたようだった。最初は慌てふためいていたミカだったが、ズボンに尻尾用の穴をマリンに仕立ててもらった後では新たなオシャレとして楽しんでいた。


 肉体の変化はメシュにもあって、なんと背中に白い両翼が生えて頭には天使の輪が出てきた。天使階級「子」の第一位……だったっけ。よくわからないけど、メシュは元々かなり偉い人物らしい。なるほど上から目線な態度は、実際偉かったからと納得した。

 記憶を取り戻して直後のメシュは自分の世界を滅亡させた者への復讐心から冷静さを失っていたが、ジェニーの説得の甲斐あってなんとか平静を取り戻した。

 それからのメシュは戦う意思のある人たちに協力している。メシュ曰く、俺たちの魔法知識は幼児以下だそうで、普通に魔法を扱っている世界では空中に魔法陣を描いて使用するのが基本らしい。そのため今は空中で魔法陣を描く方法や、陣に描く模様の違いで様々な効果が得られることなどを教えている。


 あと大きく変わったのはフウランだな。あの子は両目で世界が見れるようになった。能力の反動で目が潰れてしまったのを神に治させた後、能力も消してもらった。

 世界を自由に見渡せるようになったフウランは、歳相応にあちこちを走り回っていろんな物に触れていく。危なっかしくて目が離せない。……エーアーンとの戦いでフウランは俺に言ってくれた。

 『途中からわかってた。おとーさんはホントのおとーさんじゃないって。でも……ホントだったら良いなって思った』

 あの時と変わらず不安は付き纏ってる。自分の父親みたいに逃げ出して、呪いを植え付けてしまわないかって。でも、怖がっていたら何もできないままだ。間違ったっていい、その時はまたやり直せばいいんだ。だからもう、父親と呼ばれることを恐れない。俺はフウランのおとーさんになると決めた。


 これでだいたいは話したかな……おっと、そうだ。アイツらを忘れていた。

 俺たちを散々苦しめた連中、五蘊魔苦を神ジジイが復活させた。


「……自分の肺にカビ生やしたヤツ相手に、ああも笑えるもんかね……やっぱマリンはすげぇな」


 獣耳を生やした金髪ロングの幼女と仲良くしているマリンを、俺は遠くから眺めていた。幼女は魔人ヴィルトゥーチェ。大分前にマリンがヴィルトゥーチェと交わした約束『トモダチになって遊ぶ』を果たしている。


 俺たちが五蘊魔苦と呼んでいた連中は、俺たちの世界を構成する五大要素――地、水、風、火、生の化身で、斃したと思っていたのは奴らの力の一部だったらしい。コイツらをこの世から消滅させたいなら俺たちの世界から海、空気、星、太陽、あらゆる生命を無くすしかない。


「それで、貴様は何のために俺と肩を並べる?」


 横で、腕を組んで立つアクアリットが言った。


「こうして俺が横にいれば、アンタらと仲間になったって事実がより人々に伝わるだろ?」

「……少し見ない間に心境に変化があったようだな。この前まで怨嗟の言葉を撒き散らしていた者とは思えない。俺への復讐心は捨てたか?」

「……俺さ、大人が大嫌いだったんだ。どいつもこいつも自分の身を守ることばかりで他人はどうでもいい、そういう連中しかいないんだと思ってた……これ、気持ち悪がられると思って本人には絶対言えなかった。っていうか、俺自身気持ち悪いなって思う。……『もしもオルガが俺の父親だったら、違う未来があったのかもしれない』ってな」

「…………」

「俺にとってさ、オルガって衝撃的だったんだ。もともとおせっかいなヤツって印象だったけど、まさか自分の命を懸けてまで俺を守ろうとしてくれるなんて思いもしなかった。こんな大人がいたんだって」

「……回りくどい。許せないなら許せないと口にすればいい」

「ちゃんと理由を伝えたかったんだよ。何で俺がアンタを許せないのかをな」

「それで俺に何を求める? 謝罪か? 自害か?」

「何も。知って欲しかっただけだ。アンタを殺したところでオルガや皆は戻らない。謝られたって頭下げるぐらいなら最初からやるなって話になるだけ。……復讐なんてそんなもんだ」

「……変わった人間だ」


「なあ、今度はそっちのこと教えてくれよ。アンタは他の五蘊魔苦と違って地球での記憶も持ったまま襲ってきてたよな。アンタだけ人類に対して深い憎しみを感じた。何でだ?」

「……神は人類が宇宙に必要だと思っているようだが、俺はそうは思わない。貴様らは宇宙のガン細胞であり、滅ぶべき種族だ」

「ガン細胞って……母なる海様がそこまで言うか」

「人間は他の世界に我が物顔で踏み入って壊す。同じ惑星に同居する命などいないものとして扱い、その者たちが住まう世界を奪っていく。俺からすれば、貴様らも異世界転生者も同じ、世界の破壊者だ」

「っ……」


 俺は反論できなかった。

 確かに人間は多くの生物を死に追いやってきたと、テレビなんかで耳にした。それも生きるためではなく、娯楽や利便性のために。


「異世界転生者などいなくとも、いずれお前たちは自らの傲慢さ故に自滅する。遅いか早いかの違いだ。行き着く先が同じならば早い方がいい」

「……なるほどね。アンタの意見はわかったよ。けど、死ぬのを受け入れる気はない。死んだらそこでお終いで、可能性もすべて無くなるから」

「そーだぞ坊主。人間はいけるとこまでいきゃーいいのよ」


 俺とアクアリットの間にフィルバンケーノが悠々と入ってきた。


「俺は、人類を応援してるぞ」

「……フン。人間の進化の軌跡を傍らで見守り続けてきたお前はそうなのだろう」


 アクアリットは機嫌を悪くしたのか、その場に水蒸気となって姿を隠した。

 フィルバンケーノは『気にすんなぃ』と言ってくれたけど、それは無理な話だ。人の身勝手さは、俺もその身をもって味わってるからアクアリットの気持ちがわかってしまう。正直に言ってしまえば俺も人は嫌いだ。

 でも、皆が皆そうじゃないんだ。

 それをマリンが教えてくれた。


 胸の内でそんなことを考えながらマリンに顔を向ければ、気づいた彼女が笑顔を返してくれた。



 *



 いよいよ明日、異世界転生者と戦う。

 神ジジイは言っていた。脅威は全部で6つ。俺たちは6人の転生者たちを倒さなきゃいけないと。

 同時に相手取るのは厳しいってことで、わざと一人ずつ誘い込んで、各個撃破していく作戦だ。


 今や、俺が戦力の要だ。

 明日の戦いミスは許されない。


 夜、そんな重圧にのしかかられたまま、俺は三畳の狭い個室でベッドの上に体を横たわらせ、机の上で揺らめく蝋燭の火をボーッと眺めていた。


「眠れないな……」


 せっかく安眠できるようにと千頭が気を遣って個室を充ててくれたのに、これじゃあ雑魚寝で我慢してる皆に悪い。


「ショウマ君、もう寝ちゃった?」


 そこへドアをノックする音とマリンの呼びかけが聞こえてきた。俺が『まだ起きてる』と答えれば、マリンが扉を開けて入ってくる。

 シャワーを浴びてきたばかりらしく、髪がまだ湿っぽい。


「ドライヤーが無いから乾かすの大変で、あの、ショウマ君が良かったらでいいんだけど、髪乾かしてもらえる、かな?」

「もちろん、いいよ」


 昔のマリンなら、こんなお願い事しなかった。きっとマリンになりに甘えようと努力してるんだろう。俺はそれが嬉しかった。


 二人してベッドの端に座ると、俺は『風魔法』と『炎魔法』を調節してマリンの髪に温風を当てる。

 その間、話をした。

 俺とマリンが出会ってからの話は既にたくさんしてるから、自然と自分たちの世界の話になった。


 話を重ねていくと、どうも俺とマリンの世界は結構似ているみたいだった。神ジジイが平行世界がいくつもあるって言ってたけど、これがそうか。

 ただ俺の世界と違い、世界大戦が第四次まで続いていたらしく、そのせいか日常に関わる技術の発展が遅れていた。特に娯楽は大分遅れてる。テレビゲームが無い。辛い。栄島だったら『死にたい』とか言い出すレベルだな……。


「うーん、でも遊びに困ったことは無かったんだ。私、オセロが好きでそればっかりやってて、大会でも優勝したことあるんだよ」

「え、すごいな!……ってそういえば昔マリンとオセロしたことあったな。通りでボロ負けするわけだよ」

「ふふっ、また勝負してみる?」

「もちろん、負けっぱなしは悔しいからな」

「簡単には勝たせないよー」

「む、言ってくれるねー」


 俺がわざとらしくムッとした表情をすると、マリンはイタズラっぽく笑った。

 マリンはこんな顔もするんだ。

 記憶を取り戻してからのマリンは表情豊かで、新しい一面を見つける度、自分の中の彼女への気持ちが大きくなるのがわかる。


「娯楽があまり無かったってなると、遊園地も無かったのか?」

「ゆうえんち? 聞いたことないなー。それって手に持つ物?」

「あーいや違う違う、えっと、いろんな乗り物があるんだよ。定番なのは観覧車とかジェットコースターで、観覧車は低いところから高い所へゆっくり登っていくやつで遠くの景色が見渡せるんだ。コースターはこう、ビュンッて速さを体で感じるのを楽しむんだ」


 身振り手振りで自分の中のイメージを伝える。


「へぇ、面白そう! 私も行ってみたいなぁ」


 ……あれ、ひょっとしてチャンスなのか?

 待て待て! 俺、女の子にそんな話したことないし、もし断られでもしたら……。

 けど、もう俺たち付き合ってるわけだし、おかしくないよな?! 別に言う事自体は変じゃないよな?!

 ああもう! 当たって砕けろ!

 

「……なら、行こう」

「え?」

「俺たちの世界で夢の国って言われてる遊園地があるんだ。だから異世界転生者の問題が解決したら、一緒に……その……デートしよう!」


 うおおわあああ!! めっちゃ恥ずかしい!!

 まさか俺の人生でこの言葉を言う日が来るなんて!!!


 心臓がバクバクする。断られないか不安になる。自分の顔が熱くなってるのがわかる。

 そんな俺に対してマリンは、


「うん、行こう!」


 と、頬を朱くして嬉しそうに言ってくれた。

 俺は心の中でガッツポーズした。



 マリンの髪を乾かし終え、話も一段落したあたりでそろそろ眠る流れになった。


「それじゃあ、みんなのところに戻るね」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい、ショウマ君」


 マリンがドアに向かって歩いていく。


 決戦の直前に悪くない時間が過ごせた。

 おかげで今夜はよく眠れそうだ。


 ……本当に?


 いや、十分だろ。

 これ以上何を望むっていうんだ。


 今夜が彼女と過ごす最後の日になるかもしれないのに?


 マリンがドアノブに手を掛けた直後、俺は弾けるように飛び出してマリンを背後から抱き締めた。


「へっ、しょ、ショウマ君?」

「ごめん……君と離れたくない」

「っ――」


 マリンの髪から香る甘さに、鼻腔をくすぐられる。それによって、理性で抑えられない気持ちがより膨れ上がってしまう。


 ダメだ。こんなの。だって、卑怯じゃないか。こんな状況、こんなタイミングで言われたら、マリンなら断らないと思って言ってるんだから。

 もっと別の機会に言うべきなのに、明日二度と会えなくなるかもしれないと思うと自分が制御できない。


 そんな俺の気持ちを見透かしていたのか、或いは本当にそう思ってくれていたのか、マリンはこっちに顔を向けて言ってくれた。


「謝らなくていいよ……私も、今夜は戻りたくなかったから……」

「……マリン……」


 吸い込まれるように俺とマリンの視線が交差する。

 それからお互いにゆっくりと目を閉じて、唇を重ね合わせた。

 ふわっと柔らかくて熱を持った感触。

 このまま永遠と浸っていたいとすら思う刺激に俺は理性を奪われかけるが、何とかその一歩手前で唇を離すことができた。


 危なかった……もう少しで本能が暴走しそうだった……。

 いきなりがっつき過ぎるのは女の子からしたら多分良くない、よな?


 唇を離せば、またマリンの顔が見える。

 照れているのかマリンは顔を隠すように下に向けて頬を紅潮させていた。それで上目遣いで見てくる。

 その仕草がとんでもなく可愛くて、もはや俺の中に潜む獣は歯止めがきかなそうだった。





 蝋燭の明かりを頼りに服を脱いでいく。

 改めて自分の体に視線を巡らせると、ここウォールガイヤに連れてこられてばかりの頃と比べてずいぶん変わったと思う。かなり筋肉付いたし、あと生傷が絶えない。……これ、マリンに嫌がられないかな……。


「いいよ、ショウマ君」


 言われて振り返ってみれば、ベッドの上で座っているマリンが恥ずかしそうにその身を布団で隠していた。この布団を退かしてさえしまえば、一糸纏わぬ姿が露わになる。

 妄想が広がれば、俺のモノが立派になってしまった。


「っ!――」


 するとマリンが蒸気を吹き出す勢いで顔を真っ赤にして、アソコをまじまじと見てくる。

 そんなに見られると俺も恥ずかしい。


 羞恥心を誤魔化すように、俺はマリンに迫る。ベッドの上に膝立ちになり、布団を除けた。


「オ……オオゥ」


 得も言われぬ絶景を前に俺はアホみたいな声を漏らした。

 いやいや仕方ないだろ、こんなの見たら全男がアホになるに決まってる。

 陶器みたいに滑らかな曲線に白い肌、触り心地の良さそうな肉付き、そして全男の夢が詰まった見事な双丘。

 ごくりっ。と、興奮を抑えられず喉を鳴らした。


「も、もしかして私の体何か変?」

「ち、違う違う! 変じゃない! むしろ、良過ぎるって言うか、その、綺麗だ」

「……そっか……ありがと……」


 あ、あれ? 表情が曇った? しまった、俺何か間違ったこと言ったのか?!


「えと、ひょっとして俺イヤなこと言っちゃった?」

「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくて……ショウマ君、私ね、もう綺麗じゃないの」

「あ……」


 革命の日、アルーラ城に侵入した際に耳にした男女の会話を思い出した。


「アルーラ城で捕まってた時、牢番に辱められて、身体のいろんなところを弄られたの、だから汚れて――!」


 俺はマリンの両肩にそっと手を置いた。


「それ以上言わなくていい。思い出すの辛いだろ」

「……うん」

「それに関係ないんだよ。マリンは綺麗だ。それでも自分が汚れてるって思うなら、俺がマリンを汚す。前の汚れなんか見えなくなるくらい汚して、俺のモノにする」

「ショウマ君……」


 マリンの青い瞳が少し潤む。


 普段の俺なら穴があったら入りたくなるような台詞だ。でも、今は恥ずかしいとはちっとも思わない。マリンの不安を和らげるには、これくらいストレートに言う必要があるだろうから。


「マリン、今夜君を汚すよ。いい?」

「……うん、いいよ……」


 はにかむマリンへ俺はゆっくりと体を寄せていく。


「あ……でもその前に」

「ん?」

「眼帯も外してほしいな」

「え……それは……左目の傷跡、結構痛々しいぞ」


 それこそ綺麗じゃない。完治はしてるから外すこと自体に問題はないけど、傷の醜さでせっかくの雰囲気を壊しかねなかった。


「うん、ショウマ君が気にしてて隠してるのは、前から知ってる」


 マリンが俺の左目横あたりを指先で撫でる。


「でもね、私は気にしないよ。この傷はショウマ君が私たちを助けるために頑張ってくれた証だもの。嫌に思うはずないよ」

「マリン……」

「それにね、私」


 俺を迎え入れるように、マリンが両腕を広げた。


「ショウマ君の全部が見たいの」


 ……ホント、マリンには敵わないな。

 君はいつも俺の想像の先を行く。そして、俺の世界を変えていくんだ。


 眼帯を外して、改めて向き直る。


「マリン……好きだよ」

「私も、ショウマ君が大好き……」


 互いを見つめ合った後、唇を合わせる。

 そのままベッドの上に横になって肌を重ねた。

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