七つの大罪
決戦の日。
世界を護る戦いに挑もうと、皆が気を引き締めている。
そんな中、俺はディックに肘でウリウリとつつかれていた。
「白状しろよ。童貞卒業したんだろー?」
「だからそんな事してないっての! 何度言えば気が済むんだ!」
「やれやれ、この状況だぜ? 夜に女が男の部屋行ってそのまま戻ってこない理由っつったらそれしかないだろ」
「そ、そりゃあお前の価値観だろ……か、かか勝手に決めつけんなよ……」
俺は逃げるように目を泳がせた。
すると、視界にマリンとジェニーが入る。
「今日のマリンちゃんなんかご機嫌だねー」
「そ、そうかな?」
「うんー。みんなで朝食作ってる時もなんかーニマニマしてたしー。あー、もしかして昨日渡辺君と何か良いことでもあったー?」
「へっ?! え、えーと、そのね……うん。ゆっくり話せたし、デートの約束とかもして、それから……」
マリンも俺と同様に視線を泳がせた。
「「 ――っ! 」」
俺とマリンの目が合う。
その瞬間、昨夜のことが俺の脳内で蘇り、顔が熱くなってくる。
向こうも同じなのか、マリンの顔がみるみる内に赤くなっていき、慌てて俺から顔を背けた。
「お前らわかりやすっ」
横でディックが呆れ気味に言った。自分でもこれ以上の誤魔化しは無意味だと悟り、心の内で白旗を振った。
「どうやら僕の作戦は大成功だったようだね。部屋を充てたのは正解だったよ」
「千頭! って、おい! それが目的だったのかよ!」
「もちろん、休息をしっかり取ってもらうのが第一さ。オマケでそんな展開もあればなお良しってね」
「オマケって、お前なあ」
「……渡辺君、他者とのふれあいは期限付きだよ。それは何十年後かもしれないし、明日かもしれない。僕はね、プライドやら体裁やら気にして期限を迎えてしまうような馬鹿な男をこれ以上増やしたくないんだよ」
千頭……やっぱりレイヤのことを気にしてたんだな……。
「さて、雑談はそろそろ終わりにしよう。渡辺君、準備を頼むよ」
「ああ」
戦いの前の最後の準備。それはみんなと『異世界転生』で繋がること。
俺の能力は意思を力に変換する。それは自分だけじゃなく他人のもだ。自分の意思と他の意思が相互フォローして互いにパワーアップする。そしてその効果は互いの意思の親和性が高いほど大きく、特に俺とマリンみたく心を完全に理解し合ってる場合得られる力は相当なものになる。
じゃあ理解し合えなきゃ意味ないのかって言われると、そうじゃない。変換される力の量自体は小さいけど、積み重ねれば大きくなる。
そうさ。『異世界転生』は出会った人の数だけ無限に強くなる能力なんだ。
俺は千頭、ディック、知世、ルーノールと順に握手を交わしていく。
ディックは思った通りの考え方してるな。ま、これまでも中途半端ではあったけど互いの心を覗き見ていたしな。
それに比べて、ルーノールとはやっぱ合わない。必要とあれば犠牲も厭わないってのは同意しかねる。でもルーノールの経緯も知ってしまうとその気持ちがわからなくはなかった、
「……レストランで顔を合わせた時とは別人だな」
「え?」
「今のウヌの背後には、多くの人間が見える」
ルーノールは相変わらず不愛想な顔していて、それだけ言うと去っていった。
……ありがとうルーノール。あの日アンタが言ってくれた言葉も、今の俺の心を形作る大事な糧になってるよ。
次に市川だ。
「わ、私なんかが役に立つのかな」
「意志の強さに腕っぷしは関係ないさ。市川も地球にいる家族とか守りたい気持ちはあるだろ? それだけで十分な力になる」
「そ、そうなんだね、わかったよ」
市川の手を握る。高校1年からの友人である彼女の心が俺の内に流れ込む。
「へ?……市川、お前……」
「あははは……すごい。本当にお互いの気持ちわかっちゃうんだ」
「あ、ああ……」
俺は何と言っていいかわからず、適当な返事をしてしまう。
まさか、高1からずっと好意を持たれていたなんて。
「……そ……その」
「ううん、言わなくていいよ。渡辺君はマリンさんが好きなのわかってるから。それに、渡辺君がマリンさんと恋人になったって聞いて私ね、あまり悔しいって思わなかったの。……多分、私は好きっていうより渡辺君に憧れてたんだ。寂しくしているのは頬っておけない。絶対に助けようとする。私もそんな人になりたいって」
「……市川」
「渡辺君、絶対に生き残ってまた学校のみんなに会おうね!」
「……ああ、もちろんだ!」
市川の気持ちを知って改めて思う。俺が誰かに影響されるように、俺も誰かに影響を与えているんだと。
俺のおせっかいで救われた人がいるって思うと、自分も捨てたもんじゃないな。
その後も、俺はいろんな奴らと心を通わせた。エマ、アイリス、セラフィーネ、ジイ、朝倉、退魔の六騎士の面々、ディックの姉などなど枚挙に暇がない。
……匠の奴はいない、か。まあ『世界なんざ俺の知ったことかよ!』なんて言ってたし、仕方ないか。
「よし、だいたいの人と交流し終えたかな……あとは……あ、おーいミカぁ」
「ギクゥ!!」
木陰に隠れていた。やれやれ、こんな時にふざけてる場合じゃないだろう。
俺はミカに近づいていく。
「ほら、心を繋げるぞ」
「しょ、ショウマのエッチ!」
「ハイィ?!」
「年頃の女の子なんだよ?! プライベートで人に言えない恥ずかしいこと色々してるんだよ?! それを覗こうなんて変態!」
「あ……あのな。『異世界転生』はあくまでその人の考え方とか人生の価値観とかを交流させるんであって、直接その人の過去を観てるわけじゃないぞ」
「う……で、でもお」
「別にミカに特殊な考え方があったとしても気にしないって。自分には理解できない考え方がごまんとあるのは承知の上――」
「はいはーい、強要は良くないぜー」
気づけば横にいたディックに横からグイーっと押されてミカから離されていく。
「お、おい。何だよいきなり」
「……ハァ……お前ってホント、こういうのに対して察しが悪いよな」
「え、それってどういう……」
「何でもねーよ」
*
約束の時が来た。
神曰く、世界の外側には立体の迷路のようなものがあって、それが百年近くもの間異世界転生者の侵入を阻んできたらしい。
その迷路の一部をわざと簡略化すれば、空がガラスの様に割れた。割れたガラスの奥に見えるのは真っ暗闇な空間で、その中から一人の人間が真っ直ぐウォールガイヤに落ちた。
「人間たちよ、決して気を緩めるなよ。あれが現存する七人の異世界転生者の内の一人、レベル19,998リヒャルト・フォン・ハルトマンだ」
俺たちの前にいたのは、紳士服を着てシルクハットを被った男だった。顔に入ったほうれい線から年齢の高さが窺える。
「まさかそちらから招待していただけるとは思いませんでしたよ。何度訪問しても私を追い返してきたというのに」
訪問した?……っておい! それって!
「渡辺、落ち着くのだ。確かにヤツは幾度か地球にやってきておる。が、そやつらはあくまで力の無い分身だ。地球に大きな被害は出ておらぬよ」
「ふーむ、どうやら歓迎の催しというわけではなさそうですね」
「そうだ。ここへ招いた理由はたった一つ。貴様を滅するためだ、ハルトマン」
「フォン、ハルトマンです。私を名前で呼ぶ際はフォンを付けなさい。……それにしても私を滅するですか……フフフ……ハハハッ。多くの神々が成し遂げられなかった
大役を自分であれば果たせるとでも?」
「いいやワシではない。ワシの子らが貴様を討つのだ」
「……ほお、我が神の真似ごとですか。無意味な努力をしたものです。どんな強者だろうと私の劣化にしかならないというのに」
「おい! アンタ!」
見下すような視線を向けるハルトマンに、俺は問いかけた。何故、世界を滅ぼして回るのか、と。
『世界が私に従わなかったからです』
ハルトマンは溜息混じりに答えた。
神をも超えた上位存在である自分が人類を導き、より生活や経済を豊かにするのが目的ではあるが、人類に反抗された場合、その世界に未来は無いと判断し、どうせ将来苦しむならばと安楽死を与えているらしい。
神ジジイに、“大人しく従っていた人間たちさえも殺している”ことを指摘されるとハルトマンは鼻で嗤った。
『従う? 何をおっしゃっているのやら、私に従った人類などいませんよ。私に従っているなら確実に良い世界に発展していたはずですが、どの世界でもそういった事例はなかったのですから』
この辺りでヤバさを悟った。
コイツは自分が絶対に正しいと思ってる。自分に間違いは無いと、間違っているのはお前たちの方だと常に他を見下している。
できれば殺し合いはなしで平和的な解決をしたかったけど、これは無理だな。
「おやおや酷い言いわれようですね。せっかくアナタ方を救おうというのに。思考を読んでわかりましたよ。この世界の人類も愚鈍な為政者によって苦しんでいるようで」
ハルトマンの視線が神、フィオレンツァ、カトレアを順に捉える。フィオレンツァとカトレアがバツが悪そうな表情をするが、その視線を阻むようにルーノールが立った。
「人類が未来を掴むためならば悪魔にもなる覚悟がこの者たちにはあった。だがウヌは違う。ただの戯れだ。己の正しさを示したいだけよ。ウヌにこの者たちを責める資格は無い」
ルーノールの守るような言葉に、フィオレンツァもカトレアも目を見開いた。多分、ルーノールが他人を擁護するのを初めて見たからだろう。
「ハルトマン、俺様は前にも言ったはずだ。貴様は王の器ではないと」
さらに横からメシュが加勢した。
「前?……ああ、思い出しました。これは驚きですね。アナタは確かに殺したと思っていたのですが。まあどちらでもいいです。この世界ごともう一度安楽死させてあげましょう」
ハルトマンとの戦いが始まった。
戦闘が開始してすぐ、千頭が『
この空間において千頭は強い。『道具収納』に入っている重火器、戦車、戦闘機、超振動兵器、あらゆるアイテムを自在に操れる上、自分が不要と判断したモノは『道具収納』の外に出せる。つまり、敵が出した魔法や他の遠距離攻撃の類もすべて除外できるんだ。
千頭の新しい力はハルトマンにも有効で、ヤツの一切の遠距離攻撃を封じた。
そんな有利な状況にもかかわらず、俺たちの攻撃は全く当たらない。何故ならハルトマンはメシュと同じ、未来を見通せる【プロビデンスの目】を持っていたからだ。
≪
『すべての生命が私の劣化版なのです。例え天使であろうとそれは変わりありません』
事実、同じ目を持つメシュの攻撃は当たらず、逆にハルトマンの攻撃を何回も食らっていた
ディックも左手でライフルを持ち、手首から上を失った右腕で魔法陣を描く新しい戦闘スタイルで挑むも敵わず。
俺たちは苦戦を強いられた。
そこで逆転のキッカケになったのが、ジェニーだった。
「ジェニー?! 何故ここにいる?! 外にいたはずであろう!」
「んー、皆の帰りが遅いから心配になって『
「千頭! 貴様何を考えて――」
「メシュ、今こそ僕ら流の戦いを見せる時じゃないのかな?」
「なにぃ!?」
「一人の力で勝てないのなら、誰かに力を借りるんだ」
なるほど、そういうことかと、千頭の意図を察した俺はメシュとジェニーの意思をリンクさせる。
「よーし、メシュくんやっちゃおー」
「お前は真に変わった人間よな……この状況においてもお前はお前のまま。だが不思議なものだ。その緩慢さが俺様から余計な力を抜いてくれる。……任せたぞ、ジェニー」
【天剣バッ・コル】を片手に、メシュが破竹の勢いで攻め上がった。
「何度やっても同じこと! アナタの攻撃は私に通じ――!!」
メシュの攻撃が当たった。次にハルトマンが反撃をしてくるがそれをかわす。
「ど、どうなっていうのです?! アナタの目は私の劣化のはず……!! なっ! 左目を閉じている?!」
メシュは【プロビデンスの目】を使うのをやめていた。代わりに、ジェニーの『直感』を信じて剣を振るっていた。
「黒い服の少年が何かした時か! あの少年が力の源!! ならば!!」
メシュの猛攻の最中、ハルトマンが黒い板、スマートフォンの様な物体を俺に向けてきた。
「クッ! 神が注意しろっていってたヤツか!!」
「遅い! アナタの能力頂きましたよ!!」
スマホの端から出た赤いレーザーが俺に当たれば、ハルトマンはスマホをタップし始めた。
「おやおや、やたらと容量が大きい能力ですね。まあいいです、神の基礎能力を削除するとしましょう。この能力さえあれば私はより高みへ至れるのですからね!!」
ハルトマンを中心に突風が吹き荒れる。
俺やメシュたちは、相手の変化を警戒して攻撃を仕掛けられなかったが、マリンとディックだけは違った。迷いなく二人同時で飛び蹴りを放ち、ハルトマンを蹴飛ばした。
「ゴフッ……あ、あれ?……おかしい……強くなったはず……ゴホッ!」
「わかってないね」
「ああ、わかってねーな。テメェみてえな信念もないやつが、その能力を扱えるわけねーだろ」
「こ、こんな欠陥能力いるかあ!! 早く削除して、神の基礎能力のバックアップを展開しなきゃあ!!」
「ワーオ、その小物っぷりだけはテメェがナンバーワンだぜ」
スマホを再びタップしようとするハルトマンへ、ディックがライフルの引き金を引いた。飛び出した弾丸をスマホとハルトマンの指の間に滑り込ませ、指とスマホが接触するのを防ぐ。
「んなああ!!!?」
「主役は譲ってやるぜ! メシュ!!」
「そうさせてもらおう!!」
白い両翼をはためかせて飛翔し、天剣を掲げた。すると空間の上の方に金色の巨大な魔法陣が展開される。
「輪廻の輪で俺様の友らが待っているぞ!! 【メギドの火】!!」
「ギャアアアア!!!!」
神の天罰の光を浴びてハルトマンは世界から消えた。
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