少女の初恋


 戦いは続く。

 神が次の転生者を誘導したのだが……。


「千頭、大丈夫か!!」


 見晴らしのいい草原で膝を着く千頭に俺は駆け寄った。


「……すまない渡辺君、ここから先僕は戦えそうにない」

「えっ」

「……能力を消されてしまった……僕の中にもう『道具収納』は無い」

「ッ!!」


 俺たちは劣勢に追い込まれていた。

 緋色の瞳に赤いショートの髪で黒いゴスロリ服を着た若い女。新たな敵レベル34,393シャミー。コイツの能力である≪復讐者嫉妬≫は、相手の能力を消してしまうというシンプルに強い能力だった。

 非戦闘員の安全も兼ねて発動していた『道具収納』が使えなくなったのはかなり痛手だ。千頭とリンクした今の俺なら同じことができるが、その場合俺は戦闘のサポートに回ることになってしまう。アタッカー役がマリンだけになるのは避けたい。


「僕たちもまずい状況だけど、の方も心配だ。ディック君もを消されてしまっているし……」


 俺も同じ気持ちだ。

 まったく、目の前のコイツだけでも厄介なのに、敵が二人同時に現れるなんて。


 話は少しばかり前に遡る。

 神は転生者シャミーを誘い込もうとしていたが、勘付いたもう一人レベル26,132リリー・ジャクリーンが割り込んできたのだ。初めは転生者同士で争っていたものの、互いに相手をするのが面倒になったのか標的を俺たちに変えてきた。

 最初に転生者二人を『道具収納』の空間に引っ張り込めたまでは良かったのだが、ヤツらの力は圧倒的だった。とにかく敵を分断させなければやられる状況で、エマの『瞬間移動』により何とかシャミーとリリーの距離を離すことに成功する。

 それからシャミーを俺、マリン、千頭が。

 リリーをディック、ルーノール、メシュ、知世が相手をすることになったのだが……。


「けど、収穫はあったよ。≪復讐者≫の発動条件はおそらくシャミー本人の心による。僕の時もディック君の時も、彼女は妬みの言葉を発していた。その嫉妬心こそが能力を使うのに必要なエネルギーになるんだ」

「そうなると嫉妬される前に、さっさと倒さなきゃヤバイってことか」


 俺の能力を消されればみんなの戦闘力は一気に下がり世界の破滅は決まったも同然となる。絶対にそれだけは避けないと。


「あー、そっかあ。君がこの世界の主人公かあ。どの世界にも必ずいるんだよねえ」


 シャミーが口を三日月の様な形にして不気味な笑いを浮かべていた。


「危機的な状況ってやつは人間を素直にさせる。ヤバイって思った時ほど、支えにしてるものがハッキリと頭に浮かんでくるものさ。そう、さっきのピンチ、全員が君に救いを求めていたね。いいねえ、羨ましいよ渡辺 勝麻。みんなに期待されて、信頼されて、さぞや気分が良いだろう」


 ……良い気分だって? 冗談じゃない。

 世界の命運が自分にかかってると思うと、精神がすり減る。


「どれ、君を嫌いになるところから攻めていこうかな!」


 シャミーとの戦闘が再開された。

 シャミーは能力なしでもそのレベルに裏付けされた身体能力がある。

 俺とマリンの力ではヤツの防御力を突破できず、一方的に追い詰められていった。


 数分が経った頃には俺はボロボロにされ、動けなくなるまで追い詰められた。

 トドメを刺されかけてもうダメだと思ったその時、彼女が俺を空中から拾い上げた。


「ミカ?! お前何でここに?! 母親と一緒に避難してたはずだろ!」

「だって! ショウマとマリンお姉ちゃんが死んじゃいそうなんだもん!! ジッとなんてしてられないよ!!」

「とにかく俺を捨てて早く逃げろ!! 『異世界転生』もしてないお前じゃ10秒も持た――」


 白い翼を広げて飛行するミカの背後に、シャミーが迫った。


「なかなか良質な素材を持ってるじゃないか」

「ハウッ!!」


 ミカが体を反らした拍子に、俺は地面に転がり落ちた。

 蓄積したダメージで体は動けない。

 目だけミカの方に向ければ、シャミーの手がミカの中に突っ込まれていた。


「ッ!! ミカアアア!!!」


 いや違う?! 手で貫かれたのかと思ったけど、そうじゃない!! シャミーの手がミカの肉体をすり抜けて入っている?!


 間もなく、ミカはシャミーに投げ飛ばされて地面に横になった。

 仰向けで呻き声をあげるミカへマリンがすぐさま駆け寄る。


「ミカちゃん大丈夫?!」

「ウア……アアァ……」

「どこかケガしたの?! 待ってて! 今すぐ『回復魔法リカバリー マジック』をかけるから!」


 マリンが両手をミカの胸に添えようとする。

 そこへ、


「ッ!! させるか!!」


 千頭の叫びとともに銃声が鳴り響いた。

 弾丸がマリンの肩に命中し、その反動でマリンが倒れる。


 俺の頭に血が上った。


「千頭!! 一体何を!!!」


 マリンの防御力なら弾は弾き返してるだろうが、結果が何であれ味方を撃つなんてどうかしてる!


「落ち着いてよく見るんだ渡辺君!!」


 言われて再びマリンたちへ視線を戻せば、その異常事態を前に絶句してしまった。


 さっきまでマリンがいた位置に、氷の剣が突き出されていた。

 そしてその氷の剣の柄を、が握っていた。


「は?」」


 これらの事実から導き出せる答えが頭の中で上手く咀嚼できなくて、俺は呆けるしかなかった。


「ミカ、ちゃん?」


 マリンも同じ気持ちだろう。“そんなわけない”という想いが思考の回転を止めてしまっている。


 ミカがおもむろに立ち上がって、氷の剣を頭上に高々と掲げる。


「動くんだ!!」

「――ッ!!」


 ガキイイィッ!!!


 千頭の叫びが思考を動かすキーになったか、マリンは膝を着いた姿勢のまま黄金の剣を創り出しその一撃を受け止めた。マリンを中心に地面が砕け、周囲の森が一瞬で凍結して樹氷と化す。


 何だ? このパワーは。これがミカ?

 いや、問題はそこじゃない。何で……何でミカがマリンを襲ってるんだ?!!


「ミカ!! やめろ!!」


 俺が叫べば、ミカはこっちを一瞥してきた。


「っ!!」


 シャミーと同じ緋色の瞳?! しかもなんて暗く冷え切った目をしてるんだ! これがミカ?! 違う! んなわけない!!


「へぇ、これは思ってた以上の掘り出し物だなあ」

「おい! シャミー!!」


 嬉々とするシャミーに、俺は吠える。


「お前、ミカを洗脳しやがったのか!! 今すぐ解きやがれ!!」

「アハハッ!! 這い蹲ってるクセによくそんな偉そうな口がきけるねえ。しかもバカな勘違い付きだ」

「なんだと!」

「僕は洗脳なんかしてない。ちょっとばかり素直にして、力を与えただけさ。良い機会だから思い知ればいい。君みたいな主人公は光が強い分、それだけ影を作るってことをね」


 俺とシャミーが対話する間も、マリンとミカが何度も剣を打ち付け合う。


「どういう意味だ! 俺がミカをあんな風にしたとでもいうのかよ!!」

「はぁー……。これだから男ってヤツは無能なんだ。そこの青髪の女! 女同士、君なら彼女の心の内がわかるんじゃないのお? 胸の奥で燃え盛ってるがさ」

「っ!!……」


 マリンが目を見開い後、辛そうにミカを見つめた。

 シャミーの言った通り何かを察した?


「……ごめんねミカちゃん。でも、ショウマ君を譲るつもりは無いよ」

「っ――ズル、イ!!」


 ミカが背中の翼を広げて飛び上がったかと思えば、今度は『飛行』の機動力を生かした斬りつけをマリンへ何度も繰り出した。マリンはギリギリのところでそれを黄金の剣で防御する。


「マリンお姉ちゃん、は、ズ、ルイ! ズル、イ!! ショウマは、私のモノにしたかっ、た!! 私がショウマ、の隣に、恋人になりたかった!! なの、に、ショウマを取った!!」

「ッ!! ミカが俺のことを?!」


 思いもしなかった告白に俺は驚いた。

 逆に、マリンは既にわかっていたような様子だ。ミカの気持ちにマリンは気づいていたのか。


「……ミカちゃんは私が嫌い?……私に、いなくなってほしい?」


 マリンが、ガードを解いた。


「マリン?! 何やってるんだ!!」

「アハハハッ!! 自殺願望があったみたいだねえ!!」


 氷の剣の切っ先が、マリンの眉間を捉える。


「やめろおおおお!!!!」


 剣は斬り裂いた。

 マリンの頬を。

 ミカが寸でのところで攻撃の向きをずらしたんだ。

 剣を握るミカの手をマリンが優しく握れば、氷の剣は地に落ちた。


「……嫌いなわけない。いなくなってほしいわけない。だって、マリンお姉ちゃんが大好きなんだもん!!」


 涙を溢すミカに、マリンは『ありがとう』と微笑んだ。

 ……酷いな……俺は……一瞬でもミカがマリンを殺すと思うなんて……そんなはずないのに。


「は、ハアァ?!! 何で外してるんだよ!! 顔面にブッ刺して可愛い顔を台無しにしてやるところだろうがあ!!」


 望まない結果にシャミーは激昂した。


「僕の目は誤魔化せないよ! 君の嫉妬の炎は消えていない! さあ殺れよ!! 心に従え!!」

「イヤだ!! 誰がするもんか!!」


 ミカがシャミーを睨みつけて叫ぶ。その瞳は未だ緋色のままで、シャミーの仕掛けた術から完全には脱していない様子だった。


「確かに悔しいよ? マリンお姉ちゃんじゃなくて私だったらって思っちゃう……でもね、同時にすごく嬉しいんだよ! ずっとすれ違ってた二人がやっと結ばれたんだって。やったねショウマって、やったねお姉ちゃんって、喜んでる自分もいるんだよ!」

「何わけのわからないことを!! 妬んでるんだろうが!! 憎いんだろうが!! 同時に祝福もしてるだって?! 矛盾してる!!」

「矛盾しちゃいけないの?!! 好きなところも嫌なところもあるってそんなにおかしなこと?!!」

「えぇい! 黙れ!!」

「アグッ!!」

「ミカちゃん?!」


 ミカが再び苦しみ始めた。


「相反する二つの感情が同時に存在するというなら、負の感情をさらに強くしてやる!! 抗えるものなら抗ってみろ!!」

「う……ショウ……マ……」


 ミカが俺の方へ足をもつれさせながら歩いてくる。

 俺も自分自身に『回復魔法』をかけてミカのもとへ向かい、今にも倒れそうな彼女を抱き留めた。


「ミカ! しっかりしろ!!」

「……ショウマ……返事、ちょうだい」

「えっ」

「聞いちゃった、でしょ。私の気持ち。それの、返事がほ、しいなっ」

「おい今はそんなこと言ってる場合じゃ――」

「お願い……それで、吹っ切れそうな気がするんだ」

「ミカ……」


 ここは正直に言うよりもミカが望んでる言葉を言うべきか。


「……ミカは魅力的な女の子だよ……会ったばかりの頃はお転婆でイタズラ好きで面倒な印象だったけど……大事な時には自分の命も懸けられる娘だって知って、すごいヤツだと思った。だから……だから、その……」


 ミカを抱き締める力を強める。


「……ごめん。俺はミカを恋人にはできない」


 嘘はつかなかった。嘘をつくのはミカが弱いって言うのと同じで、とても失礼に思えたから。

 するとミカが俺の胸に顔を埋めてきた。


「……ショウマの、ケチ」

「け、ケチってお前」

「いいじゃん、私を二番目の女、にするとかした、ってさ……美少女二人に、囲まれてウハウハ、しよう、よ……男はそういうの好きでしょ、ハーレムな展開が、さ……」

「ハーレムか……確かにそれも一つの考え方かもしれないけど、俺は不器用だから二人も同時には相手できない。きっと片方に寂しい想いをさせちまう」

「いい、よ。寂しくしても、いいから。ショウ、マのそばにいさせてよ……」

「……ミカ、お前は俺の大切な仲間だ。大事にしたいから、ちゃんと幸せになってほしい。中途半端な俺に縛られるような人生を送ってほしくないんだ」

「……そっか…………ぐすっ……ショウマの気持ち、よくわかったよ」


 ミカが声を震わせながら、俺の顔を見上げた。

 瞳の色が元のオレンジ色に戻っている。


「おかげで踏ん切りついたっ!」


 ニカッとミカが笑顔を見せてくれた。


「ば、バカな!! 僕の術中から脱しただと?! あり得ない!!」

「残念でした! ミカちゃんに不可能はないもんねー!!」


 ミカがシャミーにあっかんべーをする。


「ふざけるな!! ソイツはお前を拒絶したんだぞ!! 何でそんな風に笑ってられるんだ!!」

「だって私、拒まれてなんかいないもん」

「なっ!!」

「私にはわかるもん。根が優しいショウマが、さっきの言葉を言うのにどれだけ勇気が必要だったか。それこそ、私を適当にみてない証拠なんだっ!」

「……やめろ……やめろやめろやめろやめろ!!! その幸福に満ちた顔を僕に向けるなああ!!!」


 シャミーがこっちに襲い掛かってきた。

 俺はすぐさまミカを抱き抱えると、空高くジャンプした。焦っていたから勢い余ってウォールガイヤ全体を一望できるほどの高さにまで到達してしまう。まあ、とりあえず距離は稼げただろう。


「ミカ、勢いつけ過ぎちまったけど平気か?」

「へへっ、ショウマに心配されるのやっぱり嬉しいな」

「あ、あのなあこんな時に」

「ねっ、ショウマ。『異世界転生』しよ」

「えっ」

「もう隠すものもないからさ。まぁ、私なんかじゃ大した力にならないかもしれないけど」

「……んなわけないだろ。だって」


 なんだかんだ。俺とミカの相性は悪くないんだからな。


 互いの身体が金色の輝きに包まれて、心が繋がっていく。

 そして、ミカの目から零れた大粒の涙が、空に向かって落ちた。


「……あーあ、これホントに相手の考えてることわかっちゃうんだね。ずるいなぁ……すっごいずるい……こんなの嫌でもわかっちゃうじゃん、ショウマが私を大事に想ってるって……」

「ミカ……」


 ミカが手首で自分の両目を覆い隠す。


「絶対今よりもナイスバディな女になって、ショウマを後悔させてやるもんね!」

「ああ」

「ショウマよりカッコイイ男捕まえて、幸せになってやるもんね!!」

「ああ!」

「…………素敵な初恋を、ありがとっ」


 最後にそう小さく呟けば、ミカは手を除けて凛とした表情を露わにする。


「行くよ、ショウマ!! 乙女の赤裸々な恋心を暴露してくれちゃったアイツにお仕置きだ!!」

「おう!!」


 俺はミカと二手に分かれて真っ直ぐ地表に向かって自由落下していく。これまでなら『風魔法ウィンド マジック』で落下の速度を落とすところだが、もうその必要はない。ミカから受け取ったこの翼がある!


 落下直前で俺は背中に金色の翼を生やして、地面すれすれを低空飛行する。


「マリン! 飛ぶぞ!」

「うん!!」


 そのまま地上で待機していたマリンとハイタッチを交わせば、マリンにも同じ翼が生える。


「ひ、飛翔のスキルだと!! く、けどねえ、制空権を得たからって君たちの攻撃は僕に――ガッ!!」


 突如頭上から降り注がれた氷柱の雨によりシャミーは切り刻まれた。ミカの攻撃だ。


「攻撃なら通じるさ。さっきと違って頼りになる仲間が一人増えたからな!!」


 俺とマリンも『飛行』の速さを最大限に利用して、剣で攻撃する。もはやシャミーは俺たちの速さを目で追えず防戦一方の状態となった。

 いける。これならいけるぞ。

 俺はシャミーの真上に移動し、一気に急降下した。


「これでトドメだ!!」


「……ワタナベェショウマァアア……僕をお……見下すなああああああああ!!!」

「ッ!!」


 こっちの位置に気づいていたのか、シャミーは俺に向かって一直線に跳躍した。迫るシャミーの顔には怒りしかなく、まるで鬼の様。


「ヒロインとイチャついて!! 仲間にも慕われて!! あまつさえ能力にも恵まれて!! 少しは遠慮しろよこんガキャアアアアアアアア!!!!!」

「――あ」


 シャミーの目が赤黒く光った瞬間、しまったと思った。

 ≪復讐者≫は相手の能力を消去する。

 回避行動をとろうと思った時にはもう遅くて。

 俺の中で大きな空白ができてしまったのを実感した。

 消えたんだ。能力が。

 『異世界転生』を失くしてしまったんだ。


「ショウマ君!!」

「ショウマ!!」


 二人の叫びが聞こえる。


「は、ハハハッ!!! やった! やってやったぞおおお!!! 君が主人公足り得たのはその能力のおかげだ!! 君自身はちっともすごくなんかない!! 能力が無ければその辺のモブと何も変わりはしないんだよ!!!!」


 意思の力をまとめられなくなった俺は必然的に翼を失い、向かってくるシャミーのもとへと為す術なく落ちていく。


「ほらイキってみろよ!! その状態でイキれるものなら!! アハハハハッ!!!」


 ああ……クソ、みんなごめん…………俺はもう役立たずみたいだ……でも。


 空中で姿勢を整えて拳を構えた。


「ハハハ……は?」

「能力が有ろうが無かろうが、俺のすることは変わらない」


 そうさ。俺はいつだって勝ち目があるから拳を握っていたわけじゃない。自分が信じた道を突き進むために逆境に抗い続けてきたんだ。


「うおおおおお!!!」

「くっ!! 叫べば何か変わるのかよ!! そんなに死にたきゃ死――!!」


 シャミーに後ろを振り返させた。

 『影寄』。

 能力じゃなく、俺がウォールガイヤで培ってきた“技”だ。


「くらいやがれええ!!!」


 シャミーの頬に渾身の右ストレートをくらわせてやった。だけど当然。


「だから、どんな小賢しい真似しようが、無駄なんだよ!!」


 ……ここまでか。

 そう思って目を閉じた時だった。


『大丈夫だよ、ショウマ君。能力は失われてなんかいない』


「ッ!!」


 背中に二つの温かな感触を感じた。

 ハッとなって目を開けてみれば、後ろでマリンとミカが俺の背に手を添えていて、それのおかげか身体がみるみるうちに輝きを取り戻していく。内側から力が湧いてくる!


 ……ああ、そうか……そうだったんだ。


「その光、まさか!!」

「残念だったな。この能力はもう俺だけのモノじゃないみたいだ!!」

「よ、よせええええ!!!!」


 空中で移動手段をもたないシェミーは次に繰り出した拳をまともにくらった。


「ッ!!」


 その直後、俺の脳内にセピア色の映像が流れ込んできた。



『アナタ、パーティから抜けてくれるかしら?』

『へ? な、何で?』

『だって全然役に立ってないし、ハッキリ言ってお荷物なのよ』

『や、役に立ってるよ! 今回森を抜けられたのだって僕が精霊と話せたからで』

『そんなの時間をかければ私の魔法でもできるわ』

『すまないがシェミー。これはパーティの皆と相談して決めた事だ。せめてそれなりの戦力になっていれば良かったが、君は勇者パーティに相応しくない』

『……はい……勇者様がおっしゃるなら……』


 これは……シェミーの記憶、なのか。


『出てけ! オメェに食わせてやるメシなんざウチにはねーんだよ!!』

『ま、待って!! 仕事見つけるから! だから僕を捨てないでお父さん!!」

『けっ、グズでのろまなオメェに何ができるってんだ。大したスキルもねー、賢くもねー、運動もできねー、おまけに体も貧相で娼婦にもなれねー。いるだけ無駄なんだよ、オメェは!!』


 シェミーの父親は唾を吐くと家の扉を強く閉めた。

 居場所を失った彼女は、その後町を彷徨う。ゴミ捨て場から残飯を漁り、空腹や病気と闘う毎日。人々からは『汚い』『不気味』といつも罵られていた。ついには町長に目をつけられ、町を追放されてしまう。


 戦う能力も無ければ病気で体力も無い彼女が町の外で生き残れるはずもなく、森で遭遇した狼に喉を呆気なく食いちぎられた。


『……どうして僕ばかりこんな目に遭うんだろう。僕だって真面目に生きようとして頑張ってきたのに。周りばかり恵まれて、僕だけ除け者にされる……僕、何か間違ったことしたのかなあ……』


 一度目の人生で彼女が最期に抱いた感情。


 他人事とは思えなかった。

 俺も昔、同じ考えを持ったことがあったから。

 思い返せば、あの頃の俺も周りに嫉妬していた。

 俺とシャミーは似ている。

 もし俺が栄島や相ノ山、オルガやマリンと出会わず、味方が一人もいないままだったら、俺はどうなっていたんだろう……。



 『異世界転生』から戻ってきた俺は、仰向けに横たわっているシェミーのもとへ歩み寄った。


「……視たよ、お前の過去。そっちも俺の記憶視ただろ。お前ほど悲惨じゃなかったけど、気持ちはわかるよ」

「……だったら何なのさ」


 シェミーが小さな声で問いかけてくる。さっきの一撃で大分弱っているみたいだった。


「復讐を終わりにするんだ。そんなこといつまで続けても、お前の心は癒されやしない」

「…………」

「今からでも遅くない。人と繋がるんだよ。シェミーと同じで俺も人を呪って罪を犯した。でも、いろんな人に支えられて今の俺がいる。だから――」

「だから、仲間になれって?…………そんなの、御免だね!!」

「ッ!!」


 まだ立ち上がる力が残っていたのか。シェミーが俺に襲い掛かってきた。

 俺は身を守ろうと咄嗟に剣を構えて。


「――シェミー!!」


 シェミーは自ら俺の剣に貫かれてきた。


「もう……遅いんだよ。復讐しか生き方を知らない……」

「そんなことない! お前も人と交流を重ねればいつか!!」

「アハハハ……君の頼みを絶対に聞いてやるもんか……これが、僕の……最後のふく、しゅ…………」


 それ以上、彼女が語ることはなかった。



 俺は今回の一件を通じて悟った。

 異世界転生者は決して心を持たないモンスターなんかじゃない。同じ人間だ。

 ただあまりにも特殊な環境が、彼らの価値観を大きく偏らせてしまっていて、視野が狭くなってしまっているだけなんだ。


「……異世界転生者と手は取り合えないのか……」


 俺はシェミーの死体を見下ろしながら呟いた。

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