神話無法地帯

 渡辺たちがシェミーと戦闘していた間、ディックたちもまた激闘を繰り広げていた。


「あら? アナタは確か能力を消された方ですよね? 何故使えているのでしょう?」


 ディックの『雷魔法』を受けながら、リリー・ジャクリーンは顔をきょとんとさせる。


「おーっと、種明かしはしてやれねーなあ」


 かく言うディックも先ほどまでわかっていなかったが、時間とともに自分の中に渡辺と同じ能力『異世界転生』が宿ったのだと悟っていた。


 ディックが左手でライフルから弾丸を発射する。弾丸がリリーの耳元を通過したところで『位置交換』を発動、相手の背後に回って手を失った右腕を突き出す。

 『風よ、炎の怒りをその身に纏い猛り狂え!』

 呪文と同時に、風の魔法陣と炎の魔法陣を素早く描いた後、『炎魔法』を放つ。

 バミューダ港を丸々飲み込んでしまえるほどの火炎が地上を迸る。

 しかし、それもリリーには通じなかった。


「クソッ!!」


 さっきからこの繰り返しだった。リリーにはどんな攻撃も通用しない。ルーノールの『テスカトリポカの自己犠牲』も、メシュの【メギドの火】ですらも、リリーが着る空色のドレスに塵一つ付けられないでいた。

 どれだけ高い防御力を持っていようが、装備には傷が入るのが当たり前で、それがひらひらした布製なら尚更だ。しかし、リリーのドレスは新品みたく滑らかなままだった。


 神は言う。

 『これが神器≪アイギスの胸当て≫の力。装備している者の周囲に強力な魔力の防壁を張る。しかもリリーの能力で効果が強化されているようだ。これを突破するには50,000を超える攻撃力が必要だろう』

 リリーは凝った意匠が施された金属の胸当てを装備しており、それが鉄壁の守りを創り出していた。


 神器は神話や伝承に登場する武具やアイテムのこと。地球で語られる神話は決して夢物語などではなく実在する世界の話であり、別世界の存在を無意識に感じ取った人間が書き出したものらしかった。


 神器はこれだけではなかった。リリーは『道具収納』と似た能力を有しており、赤い空間から様々なアイテムを引き出す。

 アーサー王伝説≪サフラン色の死≫。斬られた者は傷の大小にかかわらず死に至る黄色の剣。

 北欧神話≪ヨウカハイネンの弩≫。天を切り裂き、大地を割るほどの矢を放つ。

 旧約聖書≪ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット≫。天使階級「父」の第二位であるケルブという智天使が扱う剣であり、楽園を守護する神の炎。剣とは言うが、その形状は定まっておらず柄から絶え間なく炎が噴出する。


 これが彼女の能力、≪令嬢強欲≫だ。

 アイテムを出し入れする空間にさえ入れてしまえば、それが生物であろうと持ち主を選ぶ神器であろうと自分の所有物にできることに加え、そのモノの力をより強くもできる。


「アナタたちすごいです! 私のコレクションをここまで披露して生きてるなんて、227度目の人生以来だわ!! ねぇ、私のモノになりませんか! 可愛がってあげますから!!」

「おいおい227度目って、今歳いくつだよ。ババアじゃねえか。悪いが俺は熟女は趣味じゃあないんだよ」

「あら……そう。なら“いらない”。私を認めないモノは全部いらない」


 ディックが人類を代表して誘いを断れば、リリーは低いトーンを発した。


「ハッ、いかん!!」


 神器の効果を伝え続けていた神は、リリーが次に取り出した神器を見て驚愕する。


「マハーバーラタで登場するアグネアの矢!! あれを射させてはならん!! 火の神アグニの矢だ!!」


 神の動揺にディックが真っ先に動いた。

 ディックは『瞬間移動』で空に移動した後、放たれた矢に対して『位置交換』を行う。上空に強制移動させられた矢は明後日の方向へ飛来していき、遠くの山へと消える。

 直後、爆発音が大地を震撼させた。

 核ミサイル並みの威力にディックはギョッとする。


「まだよ」


 リリーが大剣を頭上に掲げた。それも明らかに普通ではなく、幅70cmに刃渡りが3m近くもある巨人が扱うような剣だった。


「あれは……千夜一夜物語のアル・マヒク!! あの剣の一撃は山をも粉砕するぞ!!」

「ぬぅ!!」


 ルーノールが急いで飛び出すがもはや間に合わない。

 一撃が振り下ろされた。

 その瞬間、閃光がリリーを飲み込んだ。


「きゃあああっ!!! いたいいたい!!!」


 これまで無傷だったリリーが初めて痛がった。


「な、何だ今の?! レーザーか?!――!!」


 閃光が飛んできた方向をディックが見やれば、そこにはパジャマ姿でボサッとした黒い髪の少女がいた。


「もー、ドッカンドッカン煩いんだよぅ! ゆっくり眠れないじゃないかぁ!!」


 場違いなセリフを吐く少女。

 レベル42,222実村 合歓子ねむら ねむこ。彼女も異世界転生者の一人だった。

 新手の転生者かとディックたちは身構えるが、神がこれを否定した。

 『安心しろ彼女は我々の味方だ』


 神が簡潔に彼女の説明を始める。

 実は、最初の転生者が現れる前から実村はウォールガイヤにやってきていた。

 彼女が求めるのは誰にも邪魔されない自由な生活であり、それさえ守られていれば世界が滅ぼされることはない。

 そこに目を付けた神は、実村とある契約を交わした。その内容は自由な暮らしを提供する代わりにこの世界を壊さないことと、ウォールガイヤに少しずつ魔力を供給するというものだった。本来魔力が無いはずの世界でウォールガイヤに魔力が濃く存在したのは実村のおかげであり、マジックレインも神の指示に従って彼女が起こしていたものだったのだ。


 『待てよ、じゃあ俺たちが使ってた魔力って全部お前が元?』、ディックが恐る恐る訊けば、『うん、そだよ。ウチの≪スローライフ怠惰≫は無限に魔力を溜めるからな』と、実村はあっけらかんと答えた。『……転生者っつのーのはどいつもこいつもイカれた能力してやがるぜ……』


 静かな暮らしを守るためなら協力は惜しまないと、彼女は人類の味方にまわった。

 新たな仲間を得た人類は、実村の攻撃をメインにしてリリーに再び戦いを挑んだ。


 ≪アイギスの胸当て≫を破壊されたリリーは、ディックたちの攻めを受けてどんどん傷ついていく。このまま勝敗が決するかとも思われたが、彼女も数多の世界を滅亡させてきた転生者。当然やられっぱなしでは終わらない。


「……人が下手に出てたらいい気になりやがってよお……もーめんどくせーわ」


 さっきまでの礼儀正しい態度はどこへやら、リリーは新たなアイテムを引き出した。

 それは直方体の白い箱だった。箱には鎖が巻かれており、9つの錠前が取り付けられている。

 武器とも防具とも言えない外観に一同は戸惑うが、神だけはその正体をわかっていた。


「その箱を開けさせてはならん!! 開けられれば我々の負けだ!!」


 神の叫びを受け、全員が一様に飛び出す。

 しかし時既に遅く、錠前は≪ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット≫の炎で一気に気化させられて箱の蓋が縦に開いていく。

 それは物語の中で一度も使われなかった神器。外見の記述も一切無く、武器の種類も剣であったり槍であったり、はたまた杖であったりと定かではない。


 北欧神話≪レーヴァテイン≫。


 開け放たれた箱の中には、真っ暗な闇だけがあった。

 中身は空っぽ?

 誰もがそう思った矢先、箱の中の闇がピクリと蠢いた。ドロリと粘性を感じさせる質感で闇が箱から溢れ出てきた。

 一見スライムにも見える形状だが、そんな生易しいものではないと次の瞬間には全員が理解した。


 ザン!! ザザザザ!!!


 闇がジグザグに地面を切り裂きながら人間に向かい始めたのだ。


「な、何だこれ!! これが武器?! モンスターの間違いじゃないのか!!」


 ディックがライフルの弾を数発撃つが、金属音を奏でるだけで効果は無い。


「全員惑わされるな! 動きこそ素早いが、所詮物は一つだ。冷静に動きを予測し対処すれば問題はない!!」


 ルーノールがそう言った直後、闇は四方八方に分裂した。

 それは明らかに箱に収まっていた時の体積よりも大きく、物理の法則に反していた。


「無駄だ!!」


 神が蛇の様に迫る闇の群れの隙間を潜り抜けてリリーへと向かう。


「≪レーヴァテイン≫の射程はほぼ無限、逃げることは不可能! 攻撃も物体ではなく空間そのものを切断している! 防御も無意味だ! 故に、所有者を攻撃する他に選択肢はない!!」


 リリーの眼前にたどり着いた神は光る剣で斬りかかる。が、


「やっと前に出て来てくれたねぇ、神様」


 神の攻撃力では、リリーの素の防御力にすら及ばなかった。


「ったく散々私のコレクションのネタバラシしちゃってくれちゃってさぁ……マジウゼーよ」


 ザクウッ!!


 数十本の≪レーヴァテイン≫が、神の肉体を斬り刻んだ。


「か、神野郎!!」


 ディックが慌てて駆けつけようとするが、リリーはそんな時間も与えてはくれなかった。

 闇は瞬く間に人間たちを切断して、貫いて、殴って、殺戮していく。


「ディック! 掴まれ!!」


 エマが『瞬間移動』でこの場から脱出しようと手を伸ばしてきた。ディックはそれに捕まろうと手を伸ばすが、最悪の光景が目の前で広がった。


 エマの心臓の位置を≪レーヴァテイン≫が刺し貫いた。エマの胸から噴き出た血がディックの頬に付着する。


「ッ――エマアアアアァァ!!!」

「ごめ……ドジ……た……」

「うおぉああああ!!!」


 エマの体を≪レーヴァテイン≫から引き抜こうとするが間に合わず、エマは遠くに投げ捨てられた。


「ディ……クさ……」

「ッ!! アイリス!!」


 今度はアイリスが遠くで地に伏せていた。どうやら足を切られたらしく立てない状態になっていた。


「待ってろ! 今たすけ――!!」


 いつの間にか迫っていた闇が巨大なハンマーの形になってアイリスを文字通り叩き潰した。

 目を覆いたくなるほどの変わり果てた姿に、ディックは絶望し足から崩れ落ちる。


「……そん、な」


 なおも人々の断末魔は止まず、あちこちから血飛沫があがる。まさに地獄絵図だった。



 事態は遠く離れた場所にも波及する。


「ショウマ君! 何か来るよ!!」

「こ、こいつは?! ぐっ!!!」


 渡辺たちもまともに抵抗できないまま殺され、別の場所に避難していた一般市民たちも血祭りにされた。



「クソオオオオオオ!!!!」


 膝立ちの姿勢でディックはがむしゃらにライフルを乱射するが結果は何も変わらず。気が付けば、周りに生きて動いている人間はほとんどいなくなっていた。


「ディック、様」

「あ……」


 呼びかけられて振り返れば、死体だらけの只中にポツンとセラフィーネが立っていた。その表情は恐怖一色に染められており、ディックに助けを求めようと手を伸ばす。ディックも手を伸ばして彼女の願いに応えようとしたが、


 スパッ。


 セラフィーネの首から上が、放物線を描いて飛んでいった。


「……ああ……ああっ!! あああああああああああ!!!!!」


 顔をグチャグチャに歪めてディックは慟哭した。ダンッダンッと地面を何度も殴った。

 完全に敗者となったディックの姿を観たリリーは、満足そうに口元を歪める。


「へっ、ざまぁ(笑)」


 ……認められるか。こんな結末。セラフォーネの人生は始まったばかりたったんだ。俺のガキ共だってまだまだこれからだったんだ!


「こんな最後、絶対に認めてやるかあああああ!!!」

「あん? な、何だ?」


 突然ディックが白く輝き出した。

 その光はどんどん範囲を広げていき、あっという間にウォールガイヤ全体を飲み込んでいった。





「あら? アナタは確か能力を消された方ですよね? 何故使えているのでしょう?」

「……え?」

「まぁ。戦いの最中に考え事ですか? ずいぶんと余裕ですのね」


 ディックの前に、ボロボロになるまで追い詰めたはずのリリーが無傷で立っていた。


「ちょっとちょっと、こんな時にボサッとすんなよ。らしくないなあ」

「エマ?!!」

「え、うん? エマだけど? さっきからどうしたのさ」


 死んだはずのエマが生きている。

 辺りを見回せばセラフィーネもアイリスも怪我一つ無くぴんぴんしている。

 兵士たちも同じだ。


「……時間が巻き戻ってる?……あ」


 時間という発想に至れば答えはすぐに出てきた。禁じられたチート能力『クロノスへの祈り』だ。

 気づかない間に『異世界転生』が使えるようになっていたディックは、渡辺と同じく他人の能力も使えるようになっていたのだ。


 そういうことか! よし! これで未来を変えられる!


 しかし、現実は甘くなかった。

 箱を開けられる前にリリーを撃とうとするも、急に地震が起きて狙いを外して失敗してしまう。

 再び時間を遡って今度こそはと、リリーに殴り掛かるがタイミング良く発生した突風を受けて狙いをずらされる。

 ならばと時間を遅くしようとするが、リリーが身に着けていた破魔の剣≪バリサルダ≫に無効化される。

 実村に頼んでみるも、急に眠気が来たと言って寝てしまう。

 渡辺に事情を話して共に阻止しようとするが、ディックが戦場を離れていたわずかな間にセラフィーネたちが殺される。

 それからも様々な方面から未来を変えようとしたが、悉く失敗に終わった。


 何度も時間を巻き戻す内に、能力の限界を悟りつつあった。『クロノスへの祈り』はあくまで時間の流れを戻したり、遅くしたり、早くしたりする能力であって、起きてしまった出来事に干渉できる能力じゃない。それまでの過程は多少変えられても、死という決定的な要素は変えられない。


「うっ!!」


 約30回目の巻き戻りで、ディックは全身が内側に引っ張られるような痛みを感じた。

 『クロノスへの祈り』の代償で肉体が若返り始めたのだ。


「参ったな……渡辺のとんでも能力でもリスクは無しにできないか」

「ディックさん?! 急に倒れてどうしマーシタ?! 攻撃を受けたのデースカ?!」


 メシュたちがリリーを相手している間、片膝を着くディックに気が付いたアイリスが駆けつけた。セラフィーネとエマも続いてやってくる。


「……ああ、受けてるな……それも俺の人生で一番きついやつだ」

「ん? どこもケガしてないように見えるけど?」

「この戦場は35回目だ。その返事も今回で8回目。俺は何度も同じ時間を繰り返してる」

「「っ!!」」


 思いもしなかった返答に、三人が驚いた。


「……『クロノスへの祈り』を使ったのですか?」


 セラフィーネの問いに、ディックは頷く。


「何度繰り返しても望んだエンディングに辿り着けねーんだ。何度やってもお前らの死に様を見せつけられる…………この辺りが俺たちの運命で、諦めるしかねーのかもしれねえ……っ」


 セラフィーネがそっとディックを抱き締めて、頭を撫でた。


「せ、セラ?!」

「いっぱい頑張ってくれたんですね。私たちのために」

「っ!」


 ふわりと伝わってくる人肌の温かさが、涙腺を緩ませて涙を流させようとする。

 そんな情けない姿を見せられるかと、ディックは懸命に泣くのを堪えて弱い部分を隠そうとするのだが、付き合いの長い彼女たちには筒抜けだった。


「そのみっともない姿を晒したのは今回が初めてかい?」

「……ああっ」

「ならきっと、これは初めて言うだろうね。アンタらしくないよ!」

「ッ!!」

「諦める! 運命! それってアンタが一番嫌ってた言葉だろ! だから勇者辞めて、国にケンカまで売ったんじゃないか! ここで折れたら筆頭勇者だった頃のアンタに逆戻りだ!」


 エマの言葉が、心に深く突き刺さる。


「ははは……エマはいつも正論言ってくれやがる……けどよ、正しいからって前に進めるわけじゃない、正しさを通すなら相応の実力が必要なんだよ……」

「オーウ! それなら大丈夫デース!」


 皆が神妙な面持ちでいるというのに、アイリスはぺかーっと明るく笑った。


「ディックさんはすごいデース! いつもみんなに出来ないことやってみせちゃいマース! ディックさんがいなかったら革命は成功しませんデーシタ。ディックさんがいなかったらフィルバンケーノにぜーんぶ燃やされてマ―シタ。だから今回だって同じデース!!」

「……アイリス」


 過大評価だと思った。それでも、心が軽くなるのを感じた。


「ディック様。辛いのなら無理をしなくてもいいんです。でも、言わせてください。運命に立ち向かってください。逃げるんじゃなくて、正面から挑んでください。それがディック様らしいと思いますから」

「…………」


 ディックは持っていたライフルをその場にいた。

 それからセラフィーネの温もりから離れ、ゆっくりと立ち上がる。


「ありがとな、セラ、アイリス、エマ。おかげで目が覚めたぜ」


 三人の少女たちに見送られながら、ディックは一歩一歩リリーへと歩いていく。

 状況は既にリリーが箱を開けてしまった段階で、≪レーヴァテイン≫が今か今かと動き出そうとしていた。


 ……俺は勘違いをしていた。

 セラフィーネの言う通りだ。

 敵の格が違い過ぎるからって逃げ回ってみっともねえ。


「全員惑わされるな! 動きこそ素早いが、所詮物は一つだ。冷静に動きを予測し対処すれば問題はない!!」


  ≪レーヴァテイン≫がジグザクに可動し始めてルーノールが指示を出す間も、ディックは悠々と前進を続ける。


 変えたい運命があるのなら、逃げるな。逃げていたらその運命は一生変えられない。


「おい貴様! 何してる!! 攻撃が来てるのが見えんのか!!」


 メシュもディックが命を落とす未来しか視えず、呼び止めようとする。

 だが、ディックの歩みは止まらない。


「私、デザートは最後に取ってタイプなんだけどね、まあいいや。そんなに死にたいならお前から殺してやるよお!!」


 ≪レーヴァテイン≫がディックに牙を向け、心臓を穿とうとする。


「悪いなその運命……捻じ曲げてやる」


 ディックが白銀の瞳でリリーを睨みつけた直後、激しく土煙が舞った。≪レーヴァテイン≫がディックに命中したのだ。


「は! なーにが捻じ曲げてやる、だ。ドヤ顔しといてダサ過ぎ……!」


 土煙の中からディックが歩いて出てきた。


「チッ、かわしてんじゃねーよ!」


 今度は四方を囲み槍状に変形させて攻撃を仕掛けた。


「これなら避けようがねーだろ!!――なっ!!」


 それでも≪レーヴァテイン≫の攻撃は当たらず。否、すり抜けると言った方が適切か。

 明らかに当たっているはずなのだが、≪レーヴァテイン≫の闇はディックの肉体を通り抜けていくのみで傷を負わせられない。


「こ、コイツ! 一体何をしやがった!!」

「運命を変えたのさ……もう俺はそれじゃ死なねえ」

「なわけあるか! そんな能力聞いたこともねーっての!!」


 変則的な軌道を描いて連続で攻撃を行うがやはり当たらない。その際にリリーは気づく、ディックの体を通り抜ける時≪レーヴァテイン≫が半透明になることに。


「ま……まさか! 攻撃が当たる瞬間≪レーヴァテイン≫を虚数領域に遷移させている?!! 一時的に実数領域から消してやがるのか?!!」

「おお……何と言う。渡辺に続いて彼も自分自身の能力を覚醒させるに至ったのか……」


 リリー同様、神も驚愕していた。


「運命の根本を否定し、結果を変えてしまう。さしずめ『運命破却者フェイト ブレイカー』と言ったところか」


「35回目のリベンジマッチだ。覚悟しろよリリー」


 少しずつリリーに近づいていたディックが、一気に距離を詰めた。


「覚悟するか! 要は別の武器で殺せばいいんろうが!!」


 飛び掛かってきたディックを、手に持っていた≪サフラン色の死≫で串刺しにした。

 確かな肉の手応え、今度はかわされていない。


「ゲホッ!! ああ、その考えは当たってるぜ。でも、まぁ……」


 ディックが吐血しながら語っていると、ディックの口から滴り落ちたはずの血が口の中に戻っていき、≪サフラン色の死≫が体から引き抜かれていく。時間が巻き戻っているのだ。


「覚悟するか! 要は別の武器で殺せばいいんだろうが!!」

「それなら、その運命も変えてやるだけだ」


 ≪サフラン色の死≫の切っ先が、ディックの体をすり抜けた。

 完全に意表を突かれたリリーは、次のディックの一撃をまともに受けた。


 ドゥンッ!!


 『炎魔法』+『風魔法』による大火力が炸裂し、リリーは宙を舞う。続けてディックは攻撃を加えようとするが、リリーに≪ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット≫の炎で反撃され体半分を灰にされる。

 灰にされたが、その運命も無かったことにし、強烈なキックを脇腹に入れ叩き落した。


「――ウッ!!」


 ここまで優勢だったディックが苦しみ出す。体全体が縮んでいき、15歳ぐらいの見た目まで若返る。

 リリーは地面に叩きつけられながらも、その現象を見逃さなかった。


「ふんっ、そりゃそうだよなあ! んなバカみてぇなチート性能、相応のリスクがあって然るべきだよなあ?! だったら、ゴリ押せばオッケエエ!!!」


 空間から新たに二つの剣を取り出すと、それをディックへ投げつける。飛来する二本の剣≪干将かんしょう≫≪莫邪ばくや≫をディックは空中で体を捻ってかわす。


「オラオラオラア!!!」


 ヤドリギから造られた槍≪ミストルテイン≫。光り輝くチャクラム≪スダルシャナ≫。即死する毒の刃≪化血神刀≫。竜殺し≪アスカロン≫。ギリシャ神話最高神ゼウスの剣≪クリセイオー≫。

 名だたる神器の数々が地上から雨の様に飛んでくる。

 ディックはそれら神器の軌道を『水魔法』の水圧で押し曲げつつ空から落ち、隙を見て『雷魔法』を放つ。


「しゃらくせえ!!」


 リリーはその『雷魔法』を避けようともせず、神器を投擲し続ける。


 ディックへ次に迫ったのは雷神トールのハンマー≪ミョルニル≫。

 同様に『水魔法』で弾こうとするも≪ミョルニル≫の重量は半端ではなく、ちょっとやそっとの力では軌道を変えられなかった。よって『風魔法』で自らの位置をずらしてかわすのだがディックは知らなかった。≪ミョルニル≫は投げれば必中であることを。


「ッ――まずい!!」


 ブーメランの様に戻ってきて頭部を粉砕するコースを描いてくる。それだけは避けなければと、ディックは体を反転させ代わりに下半身を犠牲にする。

 即死だけはあってはならない。もし即死すれば『クロノスへの祈り』で巻き戻しは当然不可能であり、そのまま死が決定する。


 無事に『運命破却者』を発動したディックは下半身を復活させて地上に降り立った。


 そこへ背後からルーノールの『テスカトリポカの自己犠牲』の光が放たれてきて、リリーに当たる。


「加勢する!!」

「ああウザイウザイ!! お前らはこれで死んでろ!!」


 リリーが弓を取り出すと、矢も無しに目にも留まらぬ早さでかつ、連続で矢を射る格好を見せた。なんと実際に矢は放たれており、空を覆い尽くす数の矢が味方たちに降り注がれる。

 英雄アルジュナの弓≪ガーンディーヴァ≫、その弓からは無尽蔵に矢が生成される。


「させっかよおおお!!!」


 無量大数の矢に多くの命を奪われるも、ディックが『運命破却者』でこの事実を時間軸から除外した。


「ゼェ……ゼェ……うぐ!!」


 数千人の味方に対して能力を実行した反動により、ディックの肉体は10歳のものになってしまう。


「へっ、流石にそろそろしんどいんじゃねーの? おチビさん?」

「なーに笑ってやがる。ここまで神器の安売りセール開催してよぉ。テメェだって在庫切れ寸前だろ」

「……本当に口が減らねーな」


 リリーは不快感が最高点に達し苦虫を潰したような顔をする。

 それをさらに煽るようにディックは不敵な笑みをした後、サイズが合わなくなった上の服を脱ぎ捨てた。


「…………」

「…………」


 しばらく、ディックとリリーが睨み合う。互いに殺してやりたい相手の顔を眼に焼き付ける。

 そして、見飽きたところで二人は同時に動き出した。


 ディックは地を蹴って加速し、リリーは≪カーンディーヴァ≫から無限の矢を射る。

 イナゴの大群みたく飛来する矢をディックは『水魔法』と『雷魔法』で次々叩き落していく。

 その間も多種多様な神話、伝承、伝説がディックを傷つけ、自分たちの新たな物語に加えんとするが、ディックはその物語を片っ端から否定し続けた。

 体が小さくなるのが止まらない。自分の存在そのものが無くなるまで、そう遠くない。

 ディックが消えるのが先か、リリーの武器が費えるのが先か。


 ギリギリの攻防の中で、先に希望を得たのはディック。

 放った『雷魔法』がリリーが持つ≪ガーンディーヴァ≫を弾き落とした。

 リリーはすぐさま新しい武器を空間から引き出そうとするが、


「――ッ!!」

「尽きたな! テメェの負けだリリィ!!」

「チッ! 武器が無くなったからどうした!! お前の方こそ私を殺せる決定的な一撃は無いだろうが!!」

「おいおい、何のために水と電気をばら撒きまくったと思ってんだ」

「水と電気だぁ?……げっ!!」


 リリーの脳裏に電気分解という四文字が浮かんだ。

 ディックがしたり顔で左の手のひらを見せれば、そこには『風魔法』の力で空気が収束されていた。

 それは水素と酸素の塊。

 戦闘中、電気分解により発生した水素と酸素をアイリスの感知能力を使って捉え、集めていたのだ。


「こいつで終わりだぜ!!」


 猛スピードでディックがリリーに肉薄する。


「……そういう早合点。人生1回目の若僧にありがちだよなあ!!!」


 指先でドレスの下に付けていたブラジャーの中から何かを取り出し、投げた。

 それはあまりにも小さく、ディックは反応が遅れ、その武器が自分の眉間にまで迫るのを許してしまった。


 妖精騎士≪ピグウィギンの槍≫。身長約9cmの妖精が使った全長約5cmの槍。人間からすればつまようじの様な大きさの物体が、ディックの脳みそを貫通しようとしている。

 つまりそれは、即死を意味していた。


「クウッッ!!」


 ディックは咄嗟に≪ピグウィギンの槍≫に『位置交換』を発動したが、その魔力は弾かれる。≪バリサルダ≫の効果が付与されていたのだ。


 ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ!! 死んじまう!! コイツは俺にしか斃せないってのに!! ここで俺が死んだら、みんな……みんな殺される!!


 死の際、すべてがスローモーションに映った。ゆっくりと妖精の槍が自分の額に突き刺さって、少しずつ肉を裂かれていくのを感じる。


 『瞬間移動』じゃ間に合わなねぇ!! 何かないか! 解決策は!! 


 穂先が頭蓋骨に当たり、抉られていく。


 クソクソクソ!! あの野郎の近くに、何か物があればっ!!!



 ダアンッ!!


 ディックの耳に聞き慣れた銃声が飛び込んできた。

 長年ずっと隣で戦ってきた彼女だからこそ、ディックの危機を察知し願いを叶えられた。


「ディック、やっちまえええええ!!!」


 エマがディックのライフルを両手に叫んだ。


「――ったくよ。お前は本当に最高のパートナーだぜ!」


 エマの撃った弾丸がリリーの直前まで迫ったところで、ディックが『位置交換』を発動した。


「イッ?!!」


 リリーは眼前に現れたディックから逃れようとするも、ディックの左手のひらがリリーの腹部に叩き込まれ、そして、点火された。


「俺の、勝ちだっ!!」



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