幅6km、体高4km、体長400km

「はふーっはふーっ! んー! マリンさんが作る唐揚げは極上デース!」


 カリカリの衣を纏った唐揚げを一口で頬張りアイリスは顔をとろけさせる。


「だね。これを好きな時に食える渡辺が羨ましいよ」


 その横でエマも唐揚げを口にして満足そうな顔をしている。


 転生者シャリーとリリー・ジャクリーンを斃したその日の夜。エマ、アイリス、ディック、セラフィーネは焚火を囲って食事をしていた。


「あら? ディック様、箸が止まってますよ?」


 ディックがボーッと紙皿の上の唐揚げを眺めている。


「オーウ、ディックさんもうお腹いっぱいデースか」

「見た目と一緒に胃も可愛くなっちまったなー。食えないなら私が代わりにいただいてやろうか?」

「あ、ずるいデース! 私が貰いマース!」


 エマとアイリスが箸で格闘を始める。


「俺、決めたわ。結婚する」

「「――お、おおっ!!」」


 いきなりなディックの爆弾発言により二人は奪い合いをピタリと止め、大いに盛り上がった。


「やっとセラと身を固める気になったんだな! こりゃあ盛大に祝福しないと!」

「私、マリンさんに追加で料理を頼んできマース!!」

「いや違う違う、お前らとだよ」

「「……へ?」」

「セラ、エマ、アイリス。お前らと結婚する」

「「え、えええええええ!!!」」

「な、何だよその反応。もしかして嫌だったか?」

「嫌とかじゃなくて……だってアンタはずっとセラ一筋だと思ってたから」

「……今回の戦いで、自分の正直な気持ちを知ったんだ。俺はこの先の未来をお前らと生きたい。この騒がしい日々を永遠のものにしたいんだ」

「わあーい! ディックさんのお嫁さーん!! 嬉しいデース!!」


 アイリスが手に持っていた皿と箸を放り投げてぴょんぴょん飛び跳ねた。余程嬉しいのだろう。

 しかし、エマはまだ受け入れていない様子だ。


「あ、アンタの気持ちは嬉しいよ……私だってディックとそういう関係になれたらって思うことあったし……」


 頬を朱くしつつ、視線をセラフィーネに移す。


「でも、セラはそれでいいの? 私らとハーレムを作るのって嫌じゃない?」

「――え? 何で嫌になるんですか?」


 セラフィーネは首を傾げた。


「私は嬉しいですよ。結婚のことはイマイチわかってはいないですけど、つまりアイリス様ともエマ様ともずっと一緒にいられるってことですよね? 私はその方が嬉しいです」


 ニッコリと屈託のない笑みで返され、エマは嬉しくなった。


「セラ……こりゃ反対する理由はないね……これからもよろしく頼むよ、小さな旦那様」

「へっ、小さいは余計だってーの」



 それから食事を済ませた四人は床に就く。

 渡辺の様な個室ではなく、他の兵士たちと雑魚寝だ。

 ぐーぐーといびきが辺りから聞こえ始めてきた頃、ディックの隣で寝ていたセラフィーネがディックの腕にくっつきながら話しかける。


「ディック様、ありがとうございます。私たちをずっと一緒にしてくれて」

「礼なんていらねーよ。むしろセラこそ俺の我儘を聞いてくれてありがとよ」

「いえいえ。……渡辺様もハーレムを作れば良かったのに。あれではミカ様が可愛そうです」

「……俺たちには俺たちの考え方があって、アイツらにはアイツらの考え方がある。外野の俺らがとやかく言う事じゃなさ」

「それはそうなのですが……むぅ、私は納得できないです」

「セラは皆に対して優しいからな、無理もねぇ。ま、大丈夫だろ。何だかんだミカはつえー女だからな」



 翌日。

 アジトの入り口でディックは一人、山の尾根から顔を覗かせる朝日を眺めていた。

 そこへ渡辺が現れて同じ様に隣で眺める。


「結婚……いや婚約っていうのか? 何にしろおめでとう」

「知るのが早いじゃねーか」

「そりゃ昨日アイリスが嬉しそうに『結婚した―!』って言いふらしてたからな」

「おいおい、アイツそんなことしてたのかよ」

「アイリスは楽しい娘だよな。見てて面白い」

「まぁな……」


 会話の途中で、ディックは昔、渡辺に言われた言葉を思い出していた。

 『だ、だいたい二人ともなんて不純だろ! 例えするとしてもどちらか一人だろ!?』


「なぁ、渡辺はハーレムって選択肢、ありだと思うか?」


 その問いかけに、渡辺はフッと小さく笑った。渡辺もちょうどあの頃のことを思い出していたのだ。


「ああ、いいと思うぞ。不器用な俺と違って、お前ならちゃんと三人を幸せにしてやれそうだからな」

「そうか……お前にそう言われると自信が持てるぜ」


 二人はそれぞれの未来に向けて、一歩を踏み出した。



 *



 神ジジイが次の転生者を誘い込む。

 残る転生者は3人なのだが、どうも神ジジイの話によればここからが別格の存在らしい。


 これまでのパターンと同じで空の空間が割れていく。しかし、今回はその範囲が今までと比べて遥かに大きい。


「っ……はぁ……ウォールガイヤにやってきてからというもの、何度も現実離れした事態に遭遇してきたけど、またとびっきりのが来たね。というかこれ人間なのかい?」


 俺の後ろで千頭が呆れた様子でいた。


「あー、確かにコイツはやべー予感がするなぁ」


 ディックも若干顔を引き攣らせている。

 俺は一歩前に出て言った。


「今まで戦ってきたどの敵よりも強い敵を倒す。やることはいつもと変わらないさ」


 レベル166,745。能力名≪食堂暴食≫。名前はNo.666。

 幅6km、体高4km、体長400km。

 焦茶色の甲殻に覆われたムカデの様な形をした巨大生物が、宇宙からウォールガイヤを真っ黒な目玉で見下ろしていた。


 No.666の能力≪食堂≫は食べたモノの力を体内にそのまま蓄積できるというもの。体内に100%の形で取り込むのだから、人の形を維持できないのは当たり前と言えば当たり前だ。ここまでの大きさになるのに、一体どれだけの量を食ってきたのか。


 アルーラ城を一掴みで丸ごと潰せてしまうほどの巨大なカニの様な手が、カーマン・ラインの外から振り下ろされる。大気圏突入パンチだ。

 パンチが地上に到達するまでにはかなりの時間があって回避自体は余裕だった。けど、戦えない人たちはそうもいかない。パンチで起きる衝撃波からは逃げ切れない。

 よって、兵士たちを含めた全員で隕石みたいなパンチに『飛行』して突っ込み、『絶対反撃』で迎え撃ってパンチの軌道をずらした。

 そう、全員の力を合わせても、ずらすだけで精一杯だった。

 たった一発の攻撃が、多くの兵士たちから戦意を奪う。

 “でかいヤツにはどう足掻いても勝てない”んだと心を折っていく。


 さらに厄介なことにムカデの表面は強力なモンスターの巣になっていて、防御力が5000に満たない兵士たちがそいつらの餌食になっていく。


 コイツは神様に一体何をされたのか。

 神ジジイに話を訊くとムカデがこうなったのは、その世界の神の責任ではないらしい。


 とある幼い男の子がいた。

 望まれず産まれた彼に名は無く、日々親から虐待を受けていた。そんな彼にはある稀有な能力があった。自らが負った傷を瞬時に回復する『自己再生』の力だ。生命力を研究する人間たちがそれに目を付け、両親から高値で男の子を買い取った。男の子には名前の代わりに識別番号が与えられ、繰り返し人体実験を行った。それからどんな過程があったのかはわからない。

 何にせよ、結果的にすべてを喰らうバケモノが誕生してしまった。



 俺たちは『飛行』を駆使してムカデに様々な攻撃を仕掛けていく。そこに実村も加わって極太ビームを当てるのだが、まったく通じない。

 手も足も出ないままでいるとムカデがウォールガイアに横たわってきた。

 俺たちの攻撃が実は効いていたのかと甘い考えが湧いてくるが、実際はそうではなかった。なんと横たわった姿勢のまま躰を横にスライドさせてきたのだ。それはあまりにも絶望的な光景で、例えるなら地球にあるロッキー山脈が真横に滑ってきているようなものだった。

 俺たちはその攻撃を必死に食い止めようとするが、生きた山脈を相手に人がどうこうできるわけもない。

 身も心も絶望に押し潰されそうになるが、何かがムカデの動きをピタリと止めた。


「え? 動きが止まった? 誰か何かしたのか?!」

「ああ、したとも」


 俺が狼狽えていると、神ジジイが顔をニヤリとさせて言ってきた。


「だ、誰だよそいつ!! こんなデカブツ止められる人間なんていないだろ!!」

「確かに人間ではないな。だが、お前たちがよーく知る存在だ」

「はいぃ?」


 神ジジイのナゾナゾに頭を抱えていると、ムカデの躰が何かに引き摺られているのかどんどん遠くへ離れていった。


「知らないわけがないのだ。何せ、お前たちはずっと“その上で暮らしていた”のだからな」

「へっ? ちょ、ちょっと待てそれってまさか!!」

「ああ、ウォールガイヤだ」


 ゴオォォオオオォ!!!!


「こ、この地鳴りは、革命の時に鳴っていた!! これはウォールガイヤの鳴き声だったのか?!!」


 急ぎ俺は『千里眼』でウォールガイヤ全体を俯瞰する。


 こいつは……亀?! ウォールガイヤの正体って、巨大な亀モンスターだったのかよ!!


 体長は500kmと北海道よりもでかく、レベルも100,743と高い。

 これなら最初からたくさんコイツを生み出してれば良かったじゃないかと突っ込むが、神曰くウォールガイヤは1万年以上かけて育ててきたモンスターで、簡単に増やせるものではないらしい。


「ウォールガイヤは頑丈だが、無敵ではない。急ぎ加勢するのだ」


 遠すぎて見えないけどウォールガイヤの頭の方で、ムカデが暴れてるのか。

 神に言われ、俺たちは『飛行』で移動しようとするのだが、それを邪魔する存在が現れる。

 黒いローブで身を包みウェーブした茶色い髪を持つ10にも満たない女の子で、何より特徴的なのが体全体が半透明である点だった。この女の子が何者なのか、神も知らない様子だ。

 『あの子を傷つけないで』

 女の子は強力な念動力で物体を飛ばしてきたり、俺たちの体自体を操って攻撃してきた。反撃を試みるも、体が半透明のせいかこちらの攻撃はすべて通り抜けてしまう。

 女の子は言わば幽霊というやつだった。神が言うに、幽霊は虚数領域?の住人であり、通常なら俺たちがいる実数領域に手は出せないとのこと。

 『不可能を可能にするのはいつだって思いの強さだ』

 ディックが言う。

 同意見だ。

 俺は女の子の心を知るべく、俺と女の子の意思を繋げた。



 女の子、ターニャは両親に愛されて育った。

 裕福かつ健康で絵に描いたような幸せな日々を送っていた彼女だが、ある日人攫いに襲われて親と離れ離れになってしまう。その後、ターニャは生命力を研究する機関に売られ、体の外も内もあちこち弄られた。度重なる人体実験でボロボロになっていくターニャはある日、年下の男の子に出逢った。No.666だ。

 金属で覆われた部屋の中で、女の子と男の子は親睦を深めていった。ターニャは男の子にクロという名前を付け、愛情を一切知らなかったクロに『愛はあったかいものなんだよ』と教えた。

 後日、ターニャは実験に耐えられず命を落とした。

 独り取り残されたクロのもとに、普段と変わらずパンとスープが運ばれる。ただ今回はスープの中に珍しく肉が入っていた。

 『資源は有効活用しなければな。お前が仲良くしていた子の肉だ』

 研究員の男が笑って言った。


 ……ターニャお姉ちゃんが持ってたお肉なのかな?


 クロはスープを啜って肉を齧る。


 おいしい。ターニャお姉ちゃんと一緒に食べたいなあ。早く戻ってこないかなあ。


 クロの瞳から涙が零れる。


 あれ? 僕何で泣いてるんだろう。こんなにおいしいのに。温かくて、胸の奥がホッとするのに……そっか……これがお姉ちゃんの言ってた“愛”なんだ。食べることが愛される方法なんだ。お姉ちゃん、僕わかったよ。愛されるために、好き嫌いせずたくさん食べるね。



 それは目を背けたくなる悲しさだった。


「どうしてお兄さんは泣いてるの?」

「悲しいからだよっ……こんなの救われないじゃないかっ」

「お兄さんは私たちの味方なの?」

「もちろん、味方だ。俺は君たちを救いたい」

「ホント? ならクロちゃんと話をさせてほしい。私と一緒のところに連れてってあげたいの」

「任せてくれ、方法ならある」


 まずはクロの動きを止める必要があった。

 それが唯一できそうなのがウォールガイヤだったが、それには少し力が足りない。ならばと、ウォールガイヤに『異世界転生』を行った。


 真っ白な空間の中に俺はいて、正面にはウォールガイヤのご尊顔があった。亀だけど、どことなく人間のお婆ちゃんっぽさのあるしわくちゃな顔で安心感を覚える。


「ようやく会えましたね。渡辺 勝麻」

「俺を知ってるのか?」

「えぇ、知っていますとも。私の背で生きた者たちのことは全員。眠っている間もずっと夢で視ていましたからね。アナタ方は私にとって子も同然。共に危機を乗り越えましょう」

「ああ、よろしく頼む、ウォールガイヤ!」


 意思を束ねたことで強くなったウォールガイヤの噛みつきにより、クロは拘束される。

 動きを止めた隙に俺、マリン、ミカ、ターニャは口から体内に侵入して躰の中心を目指す。途中、肉の触手やマクロファージ、抗体の様なものに襲われるが、どうにか目的の場所に到着する。

 クロの心臓だ。人の何十倍の大きさもある赤い球体が目の前にあった。

 ターニャの話によればここにクロの魂がある。

 俺は、クロの心臓とターニャの魂に触れて『異世界転生』を発動した。


「クロちゃん!!」

「……この声……お姉ちゃん?!」


 心臓の中から人の形をしていた頃のクロが出てきた。ターニャと同じく体は半透明だ。

 二つの魂は互いを抱き締め、涙を流す。


「どこに行ってたの?! 僕ずっとずっと寂しくて……ぐすっ、うわああああっ!! 僕愛されなくたっていい!! お姉ちゃんがいなきゃヤダアアアッ!!」

「辛い思いさせてごめんね。もう独りにしないから。ずっとお姉ちゃんと一緒にいようね」

「ぐすっ……うん!」


 涙しつつも笑顔を取り戻したクロは、ターニャと手を繋ぐ。

 すると、二人の後ろに白い光が現れた。俺は本能的にそれが何かわかった。“すべての存在がいつか還る場所”だ。

 その光をバックに、ターニャがこっちに笑顔を向けてきた。


「ありがとう、お兄ちゃん。私たちやっと還れるよ」

「……生まれ変わったら絶対幸せになれよ。俺も祈ってるから」

「……へへ、今度はお兄さんみたいな優しい人がたくさんいる世界に生まれたいなっ」


 ターニャはクロの手を引いて、光の方へ歩き出した。クロも嬉しそうに繋いだ手を振りながらついていく。

 だんだんと二人の体は光の中に溶けていき、最後には光とともに消えてしまった。



 ……人間はホント、わけがわからないな……。


 俺は一生忘れない。

 愛を知らなかった男の子のことも、愛を知っていた女の子のことも、それから幼い二人に酷いことをした人間たちのことも。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る