異世界ハーレム
「んー……うーん?」
白いYシャツを着崩した若い男が、草原の石に腰を下ろし膝の上で頬杖をつく。
「やれやれ、歓迎されてないようだな」
男は、目の前にいる俺たちに見てダルそうに溜息を吐いた。
マリンが前に出る。その表情は険しく怒り心頭なのがよくわかる。ここまで感情的なマリンは初めて見るが無理もない。コイツはマリンから大事なモノを奪った男なんだ。
「
「ん? この世界の連中とは初対面のはずだが? 誰だお前は」
「私はアナタが壊した世界の生き残り! アナタは私から家族と親友を奪った!」
「……へぇ。生き残りが転移していたとは。これは他に混ざり者がいるなら少し面倒だな」
神和住はマリンに全く興味を示さず、他の考え事をする。その振る舞いがマリンをよりヒートアップさせる。
「っ! アナタの目的は何?!! 男を皆殺しにして!! 女を凌辱して!! アナタに一体何の得があるの?!!」
「ピーピー喚くな女、耳障りだ。話してやる義理なんぞこっちにはない……が、たまには人と会話するのも悪くない。……“あまねく存在の故郷であり、やがて還る場所”。俺が求めるのはそいつだ」
俺はハッとなって、ターニャたちが溶けていった光を思い出す。もしかしてあれがそうなのか?
「おっと、知っているヤツがいるとは驚きだな。普通これを知ってるのは神か、その眷属ぐらいなんだが」
神和住が、神ジジイとメシュを一瞥する。
「お前たちは自分の身体が何からできていると思う? 窒素だとか炭素だとか、そんな幼稚な話をしてるんじゃあないぞ。俺たちは皆、ある一つのモノから誕生した。“輪廻の輪”だ。人だけじゃない、動物も植物も、惑星も太陽も、宇宙すらも、世界を構成するすべてがそこから生まれた。神を神たらしめる創造の力の源。世界を構築するコードのすべてがそいつに記録されているのさ」
輪廻の輪……確か前に神ジジイが俺を殺そうとした時に言ってたっけ。
その神ジジイが口を開く。
「お前が数多の世界から輪廻の輪を奪い、己の力としてるのは知っている。だがそれは誤った使い方だ! あれは役割を全うした存在を新たに生まれ変えさせるためにある!」
「曖昧な表現は好きじゃないな。
「違う! あらゆる絶望も希望もリセットし、新たな可能性の道を選ばせる。それこそが転生だ!!」
「そうかい。有難い神のお言葉をどうも。だがそりゃアンタら神様の考え方だろう? 俺はそうは思わない」
「くっ……やはり通じんか」
神和住は神からマリンに視線を戻した。
「さて、話を戻そうか。俺が男を殺すのは単に、生かしておいてもメリットが無いからだ。それどころか俺と同じ能力を持てば脅威になる可能性もある。で、女の扱いについてだが、それはたった今話に出た輪廻の輪を手に入れるためだ」
「え?」
「その意外そうな顔、俺が己の性欲を満たすためにヤってるとでも思ったのか? 確かに女を辱めるのは快感だが、そんなものはオマケだ。輪廻の輪は俺たちが生きる実数領域には無く虚数側に存在している。通常、実体を持ったままでは虚数には手が出せないが、この境界面が混ざる瞬間がある」
……ま、まさかコイツ!
最悪の答えが、俺の頭の中で導き出された。
「そう、男と女が出会い、生命が誕生する瞬間だ。卵子という扉をそのカギたる精子が開け輪廻の輪から魂が召喚される時こそ、唯一虚数領域に干渉し輪廻の輪に接触できるチャンス。故に俺は女を犯す。以上が質問に対する答えなわけだが、納得してもらえたかな?」
「……それ、は、産まれてくる、命はどうなる、の?」
マリンが声を震わせながら訊ねる。
「俺が流す魔力の負荷に耐えられず、死ぬな」
「――ッッ狂ってる!! アナタは人の命を何だと思ってるの?!!」
「……お前は普段使ってる道具に対してあれこれ感情を抱くのか?」
「――――」
底なしの身勝手さを前にして、マリンは言葉を失った。
バキィッ!!
反射的に俺は片足で地面を砕く。湧き上がる怒りが外に漏れ出るのを抑えられない。
こいつは、邪悪が形になった存在だ。
「神和住 総一郎……お前と違って俺は人を殺したくねえ。殺すってことはその人の存在を全否定するのと同じで、それが自分にも返ってくるからだ。でも……お前だけは絶対に殺してやる。お前は、全世界を苦しめるだけの悪魔だ!!」
俺は金色の風の身に纏う。
俺だけじゃない。マリンやミカ、ディック、ルーノールも輝きを放つ。
「いいねぇ、その剥き出しの闘争心。久々に歯応えのある戦いが出来そうだ」
石に座っていた神和住は首をゴキゴキと鳴らして立ち上がると、動き出した。
神和住との戦いは長期に亘って続いた。地上を照らしていた日の光はとっくに消え、夜を迎えていた。
その夜空に、巨大な赤い魔法陣が浮かぶ。
神和住の能力≪ベッドルーム≫だ。
魔法陣の下では自分がイメージした物を実体化できるという恐ろしい能力で、好きな武器や兵器を無尽蔵に創り出すことが可能だった。核兵器やら300gの反物質爆弾やら戦略兵器クラスのものも使われたが、この辺はまだ可愛い方だった。
いや、威力自体はそちらの方が上なのだが、不快感がこれ以上ないほどのものがあった。
それはマリンの記憶にもあった、たくさんの黒い線。
触手だ。
それがウネウネと高速で動き回り、襲ってくる。しかも気持ち悪いことにこの触手は、生殖器官を持っていた。つまり女性を孕ませられる触手だ。
俺たちは戦闘力の無い女性たちを必死に守りながら戦っていた。
「クソッ! 男のナニを撃ってるみてぇで気色わりぃぜ!」
遠くでディックがぼやく。
「銃はまだマシだよ! こっちなんて剣で直接だよ直接! うー斬った感触が生々しい!!」
ミカも心底嫌そうにしていた。
「……なるほどな。お前たちの実力、見縊っていたよ。俺以外の異世界転生者共を倒したって話も出まかせじゃないらしい」
神和住の体が宙に浮き始めた。
どんどん上昇し遠近法で小さくなっていって、夜の闇に同化していく。
「お前たちが初めてだ。俺を本気にさせたのは。誇っていい。だから、胸を張って死ぬといい」
その言葉を最後に神和住は完全に視界から消えた。
俺は夜空の中を懸命に探る。
どこだ?……どこに行った?! 闇に乗じて攻撃を仕掛ける気なのか?!
嫌な汗が首筋を伝う。
さっきまで騒がしかった戦場が急に静まり返ったせいか、精神がギャップに酔っている感じがする。
『俺はここだ』
全方位からヤツの声が聞こえてきた直後、夜の暗闇が霧の様に晴れて無くなり、空が真昼の如く輝き出した。
全員の視線が必然的に頭上に向けられ、そして、
「あ……あ、あ……」
絶望の淵に叩き落された。
そこにあったのは、巨大な一つ目だった。
いや正確には目じゃない。多分、山脈とか森の木とか海と陸の境界線とか、そういうのが上手い具合に重なってそう見えてるだけだ。どちらにしろ、その目みたいな大地は明らかに地球よりも大きくて、目の両サイドに広がる大地は俺たちを逃がすまいとウォールガイヤを囲うようにドーム状に湾曲していた。
何だよ、これ。
規模が。
スケールが。
レベルが。
ステータスが。
何もかもが、ケタ違い過ぎる。
『この姿こそ輪廻の輪の力そのもの。数多の世界を侍らせ奉仕させ、自身の力へと変える。これこそ俺が手に入れた能力≪
落ち着けっ、落ち着くんだ渡辺 勝麻。
逃げ腰じゃ勝てる戦いも勝てなくなる。
例え相手が“レベル10,000,000”だろうと抗う意思を捨てるな!
俺は地を蹴って飛び上がった。同時にディックも飛び出す。
俺とディックは『飛行』で大気圏を抜けて一気に宇宙まで出ると、『風魔法』で大気を生成しつつ、前方を『炎魔法』で熱しながら進んだ。
だが、
「おい、全然距離が縮まらねーぞ!! どんだけ遠くにいるんだあの野郎は!!」
ディックの言う通り、“目”の見かけの大きさが全く変わらない。こんな調子じゃ敵に辿り着くまでに何時間とかかってしまう。
当然、相手がそれだけの時間待ってくれるわけも無く、動き出す。
『これくらいか? いや、女共を殺すわけにはいかないからな。もう少し小さくして、こうか』
「アイツ、ブツブツと何を言って――」
「渡辺! 前から来るぞ!!」
「ッ!」
進行方向から小さい石ころがこっちに飛んできている?……いや違う! 遠すぎて小さく見えてるだけだ!!
地上と違って空気の層が無いから、距離感が掴めない!!
石ころはみるみる内に大きくなり、直径約10kmの小惑星にまで達する。
「あんなものがウォールガイヤに落ちたら!!」
俺は迎撃を試みようと拳を構えるが、それをディックが制した。
「待て! 砕いたとしても破片が残る! 『道具収納』だ!!」
「っ! なるほど、そういうことか!」
俺とディックは互いの意思を絡ませ、宇宙空間に巨大な紫の穴を展開させた。その中に隕石を突っ込ませ、事無きを得る。
『流石だな――だが、残りはどうする?』
「――ディック! お前の後ろから3個来てるぞ!!」
「渡辺、そっちからも4つだ!!」
巨大隕石が全方位から挟み込むように?!! ダメだ!! 避けられな――。
視界が隕石の影に覆われた瞬間、俺の意識は途絶えた。
*
次に目を覚ますと、戦況は大きく悪い方へと傾いていた。
「ごめんなさい……自分たちの身を護るので精一杯だった」
マリンが悲しい面持ちで俺に『回復魔法』をかけていた。
まだ意識が朦朧としていたが、仰向けの体勢のまま目を横に向けてみれば、数百を超える女性たちが横たわっていた。皆、一様に体から白い光の柱を立ち昇らせている。
……そうか、俺たちは……負けたのか。
力無く空を見れば、巨大かつ何重にも重なった白い輪が空間の裂け目から半分だけ姿を現していた。あれが俺たちの世界の、輪廻の輪。すべての源。それが今まさに奪われようとしている。
止めなきゃ。
奪われるのを阻止しなくては。
そう、思うのに、考えが何も浮かんでこない。
「ディック、千頭……っ」
こういう時頼りになる二人も、そばで虫の息になっていた。
知恵も、体力も、俺たちには残されていない。
『ふむ、やはりこの人数では輪廻の輪を引っ張り出すのに時間がかかるな。地球といったか? あの星にいる女共も足すか』
「させん!!」
神ジジイの全身が青白く発光した。
『ちっ、空間を多次元で隔てたか。だがそんなもの俺の前では時間稼ぎでしかない。すぐに探し出してやる』
地球…………栄島、相ノ山、クラスの皆……それに母さん。
このままじゃ、みんな終わる。命を循環させる輪廻の輪が奪われたら、未来が……!
頭の中である考えが浮かんだ。
確証はない。失敗するかもしれない。でも、これに賭けるしかなかった。
体を横たわらせたまま、俺は輪廻の輪へ弱弱しく手を伸ばす。
「しょ、ショウマ君?」
マリンが俺の突然の行動に目をパチクリとさせている。けど、説明している時間は無い。意識を一点に集中するんだ。
俺は目を閉じ、視界を真っ暗にする。
頼む、応えてくれ。
あらゆる魂の始まりと終わりを紡いできたというのなら、あらゆる意思もまた紡いできたはず。
その生涯を通じて導き出された答えの数々が、もし輪廻の輪に刻まれているとすれば、あらゆる考え方が、価値観が、想いが、善も悪も区別されず内包されているはずなんだ。
輪廻の輪。もし俺の意思が届いているのなら応えてほしい。紡がれ続けてきたその意志の力を、俺に貸してくれ!
直後、真っ暗闇の中にいくつもの映画のフィルムが連続で映し出され始めた。そのフィルムの数々が語るのは歴史。138億年前、宇宙が誕生してから今日に至るまでの世界の記憶。それらすべてが俺の中へ入ってくるのを感じた。
良かった……世界自身も、この世界を終わらせたくないって思ってたんだな……。
俺は目を開けた。
体を起こし、立ち上がる。
「ショウマ君?!」
「しょ、ショウマ急に起きて大丈夫なの?!」
「平気だよ。俺はまだ戦える」
俺が片方の腕を横にスッと伸ばせば、上空からたくさんの白い光の粒が粉雪の様に舞い降りてきた。
それが倒れていた兵士の体に付着すると、負った傷が立ち所に塞がっていく。
「これって……『回復魔法』なの?」
あまりに異常な回復スピードを見てマリンは疑問を口にした。
「いいや、これは魔法じゃない。創造の力だ」
頭上にあった輪廻の輪が一瞬大きく輝いたかと思えば、光を散らして消えた。
『輪廻の輪が消えただと?! まさか……子供のお前が取り込んだのか!』
「取り込んだんじゃない。世界の意思とリンクしたんだ。そしてその繋がりはみんなにも広がる」
俺を含めた全員の体が白銀の輝きを纏い始めた。俺以外の全員にも世界の意思が入り込んだ証だ。
『……面白い。どんなカラクリかを使ったかは知らないが、他の人間がその力を得るとは。だが、所詮たった一つの世界だ。千を超える世界の集合体である俺には到底及ばない』
……悔しいが、ヤツの言う通り。新たな力を手に入れた俺たちでもレベル1,000,000程度のステータスしかない。神和住を斃すには力とは別の、何かが必要だ。
「私に考えがあるの」
求めていた言葉を口にしたのはマリンだった。
「マリン?――っ!」
『異世界転生』の効果で彼女が何を考えているのかすぐにわかった。
「待った、それじゃマリンが危ない!」
「私はショウマ君を信じてる。ショウマ君は? 私を、信じてくれてる?」
ハッとした。
そうだ。マリンだって守られてばかりじゃない。決して弱い人じゃないんだ。
「……神ジジイ。神和住はあの“目”の中心にいるんだよな?」
「ああ、そのようだ」
「あそこまでの距離わかるか?」
「およそ2億km……地球から火星までの距離といった方がわかりやすいかね」
……遠いな。
正直、その数字がどれほどのものか正確にわかってるわけじゃない。けど、遠いのは間違いない。
「……だとしても、やるべきことに変わりはない、か」
俺は『異世界転生』を通じて全員にマリンの策を伝えた。
ミカとディックが驚いた顔をするがそれも束の間、すぐに受け入れたものに切り替わる。
「みんな、準備はいいか?!!」
「「 ああ!! 」」
これからするべきことが全員ハッキリしたところで、神和住がいる“目”の中心を目指し、ウォールガイヤが動き出す。
『のろまな亀なんぞ、恰好の的だ』
ウォールガイヤへ流星群が落ちてくる。一つ一つの大きさがさっきの隕石と同じくらいあって、当たれば俺たちもウォールガイヤもタダじゃ済まない。
「お前ら! キッツイだろうが、頼むぜ!」
「はい!」「任せてくだサーイ!」「あいよ!」
ディックの指示でセラフィーネ、アイリス、エマが手を繋いで円陣を作る。
すると、隕石の落ちる速度が極端に遅くなった。『クロノスへの祈り』で俺たち以外の時間を遅くしたんだ。ウォールガイヤは針の穴に糸を通すように、隕石と隕石の隙間を通っていく。
『おやおや、時間干渉の能力とはなかなかレアだな。だが果たしてこの数を避け切れるのかなあ?』
隕石群が道を塞ぐように密集し、隙間を無くす。
「さて、いっちょ暴れようか! ディック!」
「おうよ!!」
俺とディックは『飛行』で急加速してウォールガイヤから離れると、二人して隕石に激突した。行く手を阻んでいた隕石がバラバラに砕けたことでウォールガイヤは先に進めるようになる。
その後も引っ切り無しに隕石が向かってきたが、ディックが白い稲妻となって次々に破壊していった。俺も負けじと剣を手に黒い軌跡を描きながら高速で隕石を壊して回る。
それによって生じた破片を、マリンやミカを含めた味方たちが空中で壊していく。
「こうしてるとAUWと戦ってた時を思い出すなあ!!」
「ったく、思い出に浸ってる場合か!!」
突っ込み代わりに俺はディックの足の裏を蹴り上げ、ディックを隕石へと突貫させた。
『やるじゃないか。なら、コイツはどうする?』
「ショウマ君!!」
「――!! なっ!!」
マリンの叫びを聞いて振り返れば、何故かウォールガイヤの目と鼻の先に隕石があった。
『≪ワームホール≫。隕石を回避不能な座標に転移させた』
隕石がウォールガイヤが直撃する。そう思った瞬間、空間に巨大な紫の穴が出現し、隕石を取り込んだ。これはおそらく、
「やっぱりまだ隠している手があったね。けど残念。僕は用心深いんだよ」
やはり、千頭の仕業だった!
神和住はなおも≪ワームホール≫で隕石を瞬間移動させていくが、それらを千頭が片っ端から『道具収納』の中に入れていく。入れて入れて入れて、そして、出した。
千頭の十八番。『道具収納』を利用したカウンターだ。
返された隕石は落ちてくる隕石と衝突し合い、互いに粉々になった。
『へぇー、アイテムボックスをそうやって使う人間は初めて見たぞ。ははは、面白いもの見せてくれるじゃないかあ。よぉし、礼にこっちも珍しいものを見せてやろう』
千頭が次の隕石を『道具収納』に入れようとする。
が、隕石は空間の穴をすり抜けた。
「なにっ?!! くっ!」
咄嗟に千頭は『瞬間移動』で遠くへ移動し、隕石の下敷きになるのを免れる。逃げた先でもう一度とまた別の隕石に『道具収納』を仕掛けるが、さっきと同じ結果となりまた遠くに逃れる。
「ど、どうして?! 『道具収納』で取り込めない?!」
『な? 珍しいだろう? これは≪確率操作≫。お前がアイテムボックスで隕石を取り込む確率を0にしたのさ』
「か、確率を操作するだって!! ぐあああああ!!!」
「ちかみいいぃ!!!」
千頭が隕石の衝撃波に飲まれていくのを見て俺は叫んだ。
ウォールガイヤも甲羅の天辺にあたる地域を潰されたことで痛みを感じているのか鳴き声をあげる。
『次は調子に乗ってる子供二人だ。そうだな、今度は“隕石を砕く確率を0”にしようかあ?』
「あまりワシが創った世界で好き勝手しないでもらおう!!」
神が“目”に対して手のひらを向けた。
『うーん?……ちっ、流石に世界の構造を弄る力はその世界の神の方が上か』
「千頭のことはワシに任せよ!! お前たちはただ前だけを見て、一気呵成に攻め込むのだ!!」
神の言葉に俺は頷き、再び進む。
隕石の嵐の中を突き進んでいく。
「はっ! ディックさん! 敵から巨大なエネルギーが放たれたのを感じマース!!」
「「 ッ!! 」」
俺もディックも“目”の方を見やれば、真っ赤なビームがこちらに迫っていた。
しまった、隕石に気を取られ過ぎて気づくのが遅れた! ビームはほぼ光速、しかも隕石以上の範囲!!
避けるのは無理だ! 受け流すか?! それとも正面から止める?!
そうやって逡巡していれば、俺たちの前へ人類守護神が飛び出していった。
「――ルーノール!!」
ルーノールの『絶対反撃』を込めた白銀の剣とビームがぶつかり合い、凄まじいスパークが発生する。
「我が抑えている内に往けぃ! 童ああぁ!!」
「だ、ダメだ! それじゃアンタが――ディック?!」
ディックが俺の腕を掴んでルーノールから離していく。
間もなく、ルーノールは真っ赤な閃光に飲み込まれて見えなくなった。
そんな……ルーノールが……死んだ?
「ルーノールはお前を振り返らせるために命を張ったわけじゃねえ!!」
「――っ!」
俺は溢れる感情を噛み殺して前を見据えた。
ディックの言う通りだ。ここで立ち止まったらダメだ。立ち止まって負けでもしたら、それこそルーノールに顔向けできない!!
今の大技を放ったせいか、隕石の雨は止んでいた。
その隙に神和住までの距離をどんどん縮める。
残りあと、600万km!
『やるねぇ。こっちもそろそろ気張らないとやばそうだあ』
――隕石? 違う、あれは別の何か?!
進む先に赤く光る球が出現する。『
でも、あれも多分ヤバいやつだ。
警戒を強めたところで、球を中心に強烈な熱風が吹き出した。もしここに地球があったら一瞬で黒焦げになっていたであろうほどの威力。
『1000万℃を超える熱に、秒速1000kmの風。≪太陽フレア≫というやつだ。そして、この力は永久に放出される』
「ぐわあああぁぁ!!!」「きゃああああ!!!」
味方の戦士がどんどん塵になって飛ばされていく。あのウォールガイヤですらもこの風の力には抗えず吹き飛ばされていった。
俺は体表面に『
けど、それだけじゃない。もっとやばい攻撃を受けているような。
キイィン。
その時、輪廻の輪が直接俺の頭に語り掛けてくるのを感じた。
放射……線!! そうか! 目に見えない攻撃の正体はそれか!
世界の知識そのものと言える輪廻の輪は、さらに対処の仕方も伝えてくれる。
「みんな!! 一人だけの力じゃコイツは突破できない! 力を貸してくれ!!」
俺がそう叫べば、マリン、ミカ、ディックが真っ先に俺の背中に両手を添えてきた。後に続いて他の戦士たちも俺たちの後ろに連なっていく。
身を焦がされる痛みに必死に耐え、多くの意思を両手にまとめていく。
これは地球が何十億年と続けてきた、地上に生きる生命を守るための営み。磁場のバリア!!
両手を思い切り前に就き出せば体がフッと軽くなるのを感じた。放射線を磁場の盾で受け流せたんだ。
あとは、この熱に耐えて少しずつ進んで、元凶の球を壊しさえすれば!
『飛行』の翼のパワーを全開にし、熱の激流を遡る。
その間も一人、また一人と仲間が次々燃え尽きていく。
喉が焼ける、目が燃える、皮膚を剥がされるような激痛に全身が支配される。
正直、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
だが、進むことから逃げない。
ためらわない。
迷わない。
全世界に生きる命の、明日のために!
「クソ! あとちょい近づいてくれれば壊せるんだが!!」
「あとってどれくらい?!」
「7kmってところだ!!」
ついに残ったのが俺、マリン、ミカ、ディックの4人だけにところで、ミカとディックがやり取りする。
「私がそこまで運べばやれる?!」
「できるのか?!」
「へへっ、とーぜん! 『飛行』の大ベテランに任せて!!」
「よし! 頼むぜ!」
「おいディック⁈ ミカ⁈」
後ろで勝手に話を進める二人に、俺は叫んだ。
「すまねぇな渡辺、俺たちはここで途中下車する。なーに、問題はねーだろ? 400万kmなんざ日帰りできる距離だ。すぐにまた会える」
「……そうだな。その通りだ……二人とも、頼んだぞ!!」
「ああ!!」「オッケー!!」
ミカがディックの後ろから手を回してから、意思の力でできた白銀の翼を大きく広げると灼熱の川へ突っ込んでいった。
出だしこそ速かったものの、激流に押されミカはみるみる失速していく。
それでも、
「ここだ!!」
ポイントに着く。
ディックがライフルから弾丸を発射した。弾丸は熱によりあっという間に溶かされて形を崩していくが、赤い球のそばに届きさえすれば十分だった。『位置交換』で弾丸と自分の位置を入れ替え、赤い球に拳を叩き込んで砕けば、熱風の発生が止まる。
「やった!! ――うああ!!!」
自身の膨大な力を制御できなくなったのか、ミカが喜んですぐ赤い球は大爆発を起こした。
「ミカ! ディッ――」
二人が爆発に巻き込まれ、俺はつい助けに向かいそうなるが必死で堪えた。
「行こう! マリン!」
「うん!」
俺とマリンは手を繋いで再び加速し出す。
『俺の最大規模の攻撃を凌いだだと?……バカな。その虫けらの様な力で抗えるわけが、ない!!』
神和住が語気を強めれば、俺たちの目の前にコインサイズの黒い点が現れた。
輪廻の輪が告げる。黒い点の正体は≪マイクロブラックホール≫!
黒い点が周囲の光を歪め始める。
『光さえ飲み込む超重力の結晶だ! シュヴァルツシルトの渦に飲まれて潰れてしまえ!!』
ピンチに続くピンチ。
けど、問題はない。
俺は一切ためらわず、マリンと一緒に歪んだ景色へ突進した。
『ははは! 自分から飛び込むとはやけを起こしたか! そう、力無き者は力有る者には屈服するしかない! 全世界共通のルールなの……さ?』
ブラックホールの脱出不能領域から無事に俺たちが出てきたのを目撃したのだろう。神和住が動揺しているのがわかる。
『ならそのルールとやらを書き換えてやるまでだぜ』
そんなディックの呟きが、不敵な笑みとともに聞こえてくる気がした。
「神和住。確かにお前の言ってることも間違いじゃない。何かに打ち勝つには力が必要だ。でも、独りじゃ限界があって、どうやってもできないことがあるから、人は協力し合うんだ。独りでやるより面倒かもしれない、邪魔に思うときもあるかもしれない。けど、人類は誕生した瞬間から今日までそうやって進み続けてきた!!」
俺とマリンは互いに握っている手に、意思の力を限界まで込めた。
そして、幅20cm、刃渡り1万kmの白銀の剣を創り出す。
『そんなみみっちい剣一本で俺が殺せるかあ!!』
再び隕石の豪雨が降り注ぎ始めた。
俺とマリンは二人で剣を握ったまま、それらを目にも留まらぬ速さで斬り裂いていく。
あと40万km! ついに地球と月の距離まで来た!
『ブッ潰れろおおお!!!』
神和住が隕石から攻撃方法を変え、“目”の大地から無量大数の巨大な触手を伸ばしてきた。触手は硬い岩石でできていて、俺とマリンの剣でも断てない。勢いを殺され、減速し、俺たちは岩の触手に包囲されていく。
このまま囲まれれば詰みだ。
「……マリン」
マリンに視線を投げれば、マリンは覚悟した表情で頷いてくれた。
「よし」
俺は剣から手を離し、代わりにマリンの空いた手を握る。そして、
「――いっけええええええ!!! マリイイイィィィィンンン!!!!」
体を一回転させ、全力でマリンを投げ飛ばした。
『なんだと?!!』
マリンは流星となって触手の包囲網を抜け、神和住へ直進する。
迎撃しようと神和住は岩の触手を次々放つが、マリンはそれらを剣で弾いたり、身を捻ってかわしたり、触手の表面を滑ったりして器用に掻い潜っていく。
残り100km。
マリンが“目”の大気圏に突入し、全身を赤く燃え上がらせ始める。
それを見た神和住が自分を護るべく、日本列島を丸々囲めるほど巨大なドーム状の岩をいくつも重ねたが無駄だ。
マリンは剣を通常の長さに縮めて正面に突き出す。そんでもって、一遍に貫く。
『これが人と人を足した力……くっ、認めん! 認めんぞおお!! 俺は!! 独りでも最強だあああ!!!』
ついにマリンが目視で神和住を捉える距離まで迫る。まるで十字架に磔刑されているかのようなポーズで、体の半分を大地と一体化させていた。
神和住の周りからミニサイズの岩の触手が生え、マリンに襲い掛かる。全身を打たれ、剣も落としてしまうが、マリンのスピードが衰えることはない。剣を無くしたのならばこの手でと、マリンは拳を突き出す。
残り10m。
「来る位置がわかっていればあ!!」
仇敵を目前にして、地の下で待ち伏せしていた触手に全身を巻き付かれ身動きを封じられてしまう。
「俺の勝ちだ女!!」
あと、あと手を伸ばせば届く距離なのに!! マリンッ!!
「負ける……もんかあああああああ!!!!」
全身全霊、腹の底から叫び、気合で片腕の自由を縛る触手を引き千切り、振り抜いた。
ズンッという音が響くと同時、”目”全体が揺れ動き、神和住の頭は地中に沈んだ。マリンの放った一撃が神和住の額を殴打した瞬間だった。
「……俺は何を焦っていたんだろうなあ」
「――ッ!!!」
まるで応えてない?!! まずい、マリンが殺される!!
俺はマリンのもとへ急ぐ。
「お前たちの力じゃ、俺の守りは超えられない。どんな策を講じようが、決して俺という存在を抹消できないのさ」
神和住が触手に拘束されたままのマリンの顎に手を添える。
「さてどうしてくれようか。二度と反抗できないようその体に教え込んでやってもいいが……お前を殺して、あの子供が絶望する様を観るのも悪くない」
神和住が拳を握った。
「やめろおおおおおお!!!!」
「大丈夫だよショウマ君。私たち、もう勝ったから」
疲れ切った声でマリンが言えば、神和住が突然地中から抜け出て地面を転がり始めた。
「かっ、はっ!! な、何だ?!! 俺の中で何かが動いて!! あがあああああ!!!」
俺はその様子を横目に、マリンを触手から解放してその脱力した体を支えた。
服と呼べる部分はほとんど残っておらず全裸に近い状態で、全身に裂傷があった。
治してやりたいがまだ油断できる状態じゃない。神和住は一体どうなった?
『やっほ、マリン』
場に似つかわしくない軽い調子の声が聞こえたかかと思えば、俺とマリンの前に白い人魂みたいなのが出てきた。人魂を中心に薄っすらと人影が見える。オレンジのショートヘアで端正な顔立ち。一瞬男かとも思ったが、全身を見てそうではないとわかった。
この時点で俺も事態を察する。マリンの考えた作戦は上手くいったんだと。
「久しぶり、クシオ……私の想い、みんなに届いたんだね」
『うん。マリンの意思が眠っていた私の意思を呼び起こしてくれた。そして私も私の家族や友人を起こして、その家族と友人もまた家族と友人を、って伝言ゲームみたいに広がっていったよ』
マリンの策。それは取り込まれたマリンの世界の輪廻の輪に『異世界転生』を発動させるというものだった。
亡くなった者の魂が皆、輪廻の輪に還っているのなら、マリンの家族や大切な友人の魂もそこにあるはずで、神和住の力の源となっている彼らの自我を連鎖的に呼び覚ますことができれば、内側からヤツを崩壊させられるかもしれないと考えたんだ。
「は、はなせえええ!!!」
叫ぶ神和住を見やると、ヤツはたくさんの白い人魂に囲まれて体の半分を白い空間に沈めていた。
「やめろ!! 俺は生まれ変わりなんぞ御免だ!! そんな転生は望んでいない!! 俺が望むのは自己の永続だ!! 無限の時間が無ければ俺は!! 最強ではいられ――』
神和住は白い空間に全身を飲まれた。
「あんなヤツでも、輪廻の輪は転生させるんだな」
『良くも悪くも平等。それが世界だからね』
「……ま、それもそうか」
『……ふーん』
人魂であるクシオがぐるぐると俺の周りを飛ぶ。
「な、何だよ?」
『マリンてば、イイ男捕まえたねえ! マリンは奥手だから絶対恋愛ごとは苦労すると思ったたんだけど、安心したよ!』
「も、もうクシオってばすぐに茶化すんだから!!…………私ね、ずっとクシオに謝りたかった……あの時クシオが囮になって飛び出していった後、私クシオの叫び声を聞いてたの。なのに、私は助けに行こうともせず震えてるだけだった……本当にごめんなさい」
「……マリン」
立つのだってやっとのはずなのに、マリンは俺の肩から離れて大きく頭を下げた。
『謝る必要は無いよ。それで正解。大正解。逆に出てきたら一生恨んでたよ。ほら、顔を上げて』
「クシオ……!」
マリンが顔を上げたタイミングで、新たに4つ人魂が出てきた。
「カエルム! ネンテ! お父さんにお母さんも!!」
『『お姉ちゃあああん!!!』』
マリンより背の低い男の子と女の子が半透明の体でマリンにくっついた。
そうか、この人たちがマリンの家族か。
『よく生きててくれたわ、それだけで母さんとっても嬉しい』
「お母さん……」
『いい? マリン、生き残るのは全然悪いことじゃないわ。むしろアナタが生きてくれるから、私たちの想いは消えず受け継がれていくのよ』
「……うん。ありがとう、お母さん」
……優しいお母さんだな。
そんな風に想っていると、マリンの父親である人魂がズンズンと俺の方にやってきて強面な顔をドアップで近づけてきた。
「えと……何?」
マリンの父親は背が高くてガタイも良かったため、半透明なのについ威圧されてしまう。……ていうか全然似てないな。
『君を、一発殴らせてくれないか?』
「……はい?」
『渡辺君と言ったかね? 娘の想いを通じて知ったぞ。君は親である私たちに何の断りも無く娘とイチャイチャしてたみたいじゃないか。しかも、しかもだ。娘の大切な純潔ををををを!!!!!』
拳を振り上げてきた?! マジで殴られる!!
咄嗟に、防御しようとする俺だったが、踏み止まった。
こ、こういうのドラマとかで見たぞ! これ防いじゃダメなやつだ! 親の想い、正面から受け止めろ渡辺 勝麻!!
『――というのは冗談だっ』
ずこっ!
ケロッと態度を変えてきたせいで足元から力が抜けた。
『いやあ、ごめんごめん。生前言いたくて言えなかったセリフでねえ。これで悔いなくあの世へ旅立てるよ。あ、もう旅立ってるかあ。あっはっはっは』
て、天然な人なのか。向こうでマリンと家族たちも呆れた顔してる……。
『渡辺君。君は色々と人間関係で苦労してきたみたいだね。その果てに多くの人を殺めてしまった』
「…………」
『決して褒められた生き方ではないだろうね。でも、その中で君は物事を受け入れる強さを身に付けた。それは誰にでも至れる境地じゃない。そんな君だからこそ、安心して言いたかったセリフのもう一個を言える。……渡辺君、“私たちの娘をよろしく頼んだよ”』
「……ああ。マリンは俺が絶対に幸せにする」
俺の返答に満足したのか、父親はやりきったような顔をすると踵を返してマリンたちの方へ行った。
そして、両手を広げ家族全員を抱き締める格好を取った。
『愛しているよ、マリン。もちろん、お前も、ネンテもカエルムも。みんな私の宝だ』
「お父……さんっ」
この時、父親がどんな顔をしていたのか、俺からの角度じゃ見えなかった。でもきっと優しい顔だったんだろう。そうじゃなかったら、マリンがあんなにボロボロ泣くはずがない。
「私もみんなが好き! お母さんもお父さんも! 可愛い弟と妹のことも!! 大好き!! みんながいたことずっと忘れない!!」
瞬間、家族4人は光の粒となって消えてしまった。
光の粒はいつの間にか頭上に遭った輪廻の輪へと吸われていく。
「あ……ああ」
最終的にこうなることはマリンもわかっていただろう。それでも、求めるように光の粒に手を伸ばしてしまう。
『時間だね』
残ったクシオが項垂れているマリンのそばへしゃがみ込んだ。
「クシオ……アナタも行っちゃうの?」
『うん。行っちゃうよ。でも、悲しむ必要なんてない。目を閉じて胸に手を当てれば、そこに私たちはいるから』
「……そう……だね」
『そうそう。だから、さよならは言わないよ。またね、だ』
クシオがニコッと笑い小さく手を振った。
「うん……またね……」
マリンも涙ながらに手を振り返す。
そして、クシオも輪廻の輪に溶けていった。
「ぐすっ……う、うぅ……っく……」
マリンは項垂れてまた泣き出した。
自分の中で意思は生きているとわかっていても、この世からいなくなってしまったという喪失感は簡単に拭い去れるものじゃない。
俺はマリンの前までやってきて膝立ちになると、彼女を抱き締めた。
今の俺にできるのは、マリンの涙を腕の中で受け止めることだけだ。
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