以降はダイジェスト版になります。
ニセモノとホンモノ
常に自分が勝者であり続ける世界と聞いて、みんなはどう感じる?
現実的じゃないと突き放すのか。
それとも羨み、憧れるだろうか。
少なくとも俺は後者だった。
人生で勝ったと胸を張れるものなどなく、逆に負けた経験なら吐いて捨てるほどある。
俺は、人が嫌いだった。
どいつもこいつも腹の底では何を考えてるかわからない。いつ手のひらを返して裏切ってくるのか、いつも怯えてる。
それは別世界に来ても同じ……いや、むしろ悪化した。俺は、自分すらも信じられなくなった。いなくなってしまえばいいとすら思った。
でも、変わった。
『 私はアナタが好き 』
良いところも悪いところも全部ひっくるめて、俺を受け入れてくれた人がいたから。
自分を許そうと思えた。
『 出会いは良いことばかりじゃない。だがな、悪いことばかりでもない。だから、前に進むのを躊躇わず生きていけ 』
あの時は理解できなかった言葉も今ならわかる。俺の見る世界が、異世界に変わったから。
嫌いなモノばかりだった世界が、好きと嫌い半々になった。
俺はやっと、過去から解き放たれたんだ。
だからさ。わかるんだ。
上辺だけの勝利は勝利じゃないんだって。
どれだけ名声、富、人望があったとしても、真正面から向き合ってくれる人がいないなら、それは孤独でしかなくて。
負けを教えてくれる人がいないなら、その世界で勝つことはできやしないんだ。
最初の質問に対する俺の答えはこうだ。
常に勝者であり続ける世界なんて、とても寂しい人生だ。
そう、夢に出てくるアイツは。
敗者でも勝者でもないアイツの背中は。
寂しそうだった。
*
切り立った崖の上で、俺は海を眺める。
かつての面影がどこかしらに残っていないか探していた。崖には俺以外にも多くの人がいて、手を合わせて黙祷を捧げていたり、花束を投げ込んだりしている。
「ここにいたんだ」
愛しい声に鼓膜を揺さぶられる。
振り返ってみれば、彼女が悲しく微笑んでいた。
「話しかけてたの?」
俺はコクリと頷く。
「『もう余計な世話焼きすんなよ』って、あのオッサンに言ってたところだよ」
俺は大丈夫。
自分からも逃げないし、他人からも逃げない。
だから安心して見守っていてくれ。
オルガ。
俺は海に、フィラディルフィアという街があった場所に向かって、「ありがとう」と言葉を手向けた。
魔人襲来から3週間後、俺たちは魔人を全滅させた。
フィルバンケーノを俺とディックが斃し、続いてヴィルトゥーチェを千頭が。エーアーンは俺とフウランが。ガイゼルクエイスをルーノールが。
そして、魔人長アクアリットは人の業の結晶――フィオレンツァが発射した水爆の光を浴びて塵になった。
この勝利は多くの犠牲の上で成り立ってる。
ヴィルトゥーチェの攻撃から千頭をレイヤが庇い、グスターヴ、モンデラ、刀柊、エメラダの四大勇者たちはバミューダの人々を守るためにアクアリットとの戦いで命を落とした。
……オルガも、フィラディルフィアが陥落した日、俺の目の前で死んだ。
あの日、200万を超える人が亡くなった。その中にはミカの父親も含まれてる。
バミューダを海に沈めたアクアリットがフィラディルフィアまでやってきて、『障壁』を深海4000mの水圧で潰し割った。
千頭は国民をアルカトラズへ避難させようとしていたが間に合わず、空から落ちてきた岩の様な水の塊が街を根こそぎ洗い流した。水だけじゃない、街の外で戦っていた騎士、戦車も混じって雨みたく降り注いだ。
アクアリットの海に飲み込まれたフィラディルフィアはもう街と呼べるような光景じゃなくなっていて、水浸しの廃墟と荒野だけになっていた。エーアーンとの戦闘の後、途中まで意識を失っていた俺は目が覚めてしばらく、そこがフィラディフィアだって理解するのに時間がかかったな……。
フィルバンケーノ、ヴィルトゥーチェ、エーアーン、ガイゼルクエイスとの戦いで戦力はほとんど残っておらず、誰しもが死を――人類の負けを覚悟した。
そんな中、最後まで地面に膝を着けずに立っていたのがオルガだった。
『 これがお前さんの本当の能力か……とても人間らしい、良い能力じゃないか 』
オルガは誰よりも、俺自身よりも早く俺の能力の本質をわかっていた。
『 忘れるな。人は分かり合えないからこそ、想う努力をする。それこそが何モノにも代え難い宝だ。だから、人と繋がることを諦めないでくれ 』
黄金の輝きをその身に纏い、オルガはアクアリットへ勝負を挑んだ。
ルーノールすらも超える力を発揮したオルガはアクアリットと互角の勝負をしたが、何度か拳を打ち合った後に心臓を貫かれてしまって。
けど、それでも、オルガは握った拳を緩めようとはしなかった。
『 俺は、今度こそ大事なモノを、死んでも守ってみせる!! 』
血を吐きながら叫べば、オルガの拳はアクアリットを街から遠くの山の麓まで吹っ飛ばしていた。
『 ……生きろよ……ナベウマ…… 』
オルガは背を向けたまま言った後、ゆっくり地面に倒れ伏した。
信じたくない。あってほしくない事実を振り払うように俺はオルガの名を叫んだ。ボロボロの体を這いずってオルガへ近づこうとする俺を、千頭が抑え込み『瞬間移動』でアクアリットが戻ってくる前に脱出した。
今でも、最期の後ろ姿が鮮明に瞳の奥で再現される。あの時、俺が人と繋がることを恐れず差し伸ばされた手を掴んでいれば、違う結果になっていたかもしれない。そう思うと後悔の念が沸々と湧き上がってくる。
そのやるせない気持ちを優しく包み込むように、俺の手が暖かいものに覆われた。
彼女の手だ。
気づけば隣に立っていて、青くて長いスラッとした髪をそよ風に流していた。
まったく、俺はどれだけ彼女に救われてきたんだろうな……今こうしていられるのもそうだ。
俺は彼女の手をそっと握り返す。
すべての真実を知った俺は、彼女がいなければとっくに絶望の海に沈んでいただろう。
*
「……お前が、魔人を生み出した張本人なのか」
「うん! そうだよ!」
「全部お前の……お前のせいか!!」
魔人を全滅させてから間もなく、俺たちの前に自らを“魔王”と名乗る存在が現れた。
見た目は7、8歳の白いワンピースを着た女の子だったが、背に生えた蝙蝠の様な翼と、頭に生えた2本の黒い山羊の角が人間ではないことを明らかにしていた。
「君はここまで視えていたね!」
魔王とメシュは面識があるようだったが、どうでもよかった。
一刻も早くコイツをこの世から消さないと。
頭にあるのはそれだけで、俺は猛然と人ならざる幼女に殴り掛かった。
しかし、力の差は歴然だった。
Lv.9,999
あのアクアリットですらLv.1,500だったんだ。当然、俺たちの攻撃が通じるはずは無く、その手から放たれる魔力の塊は山岳地帯を平野に変えるほどの威力があった。
生き残ったわずか20万の人類のほとんどが希望を失っていく中、フウランが紅い両目を露わにして『バロールの魔眼』を発動した。
魔人エーアーンをも苦しめた死の眼差し。
しかし、それすらもヤツの前ではぬるい風でしかなかった。
「君たちが『バロールの魔眼』って呼んでる攻撃の正体はね。極超短波、マイクロウェーブなんだあ。だからこうやって逆の波を当てちゃえば簡単に相殺できるんだよ!」
「……な、何でお前はそんなに能力に詳しいんだ!!」
「えー、何でってそれはもちろん――ワシが作ったからだ」
幻聴なのか突然、幼女の声が男の老人のようなしわがれた声に変化した。
だが、幻聴では無いことは目の前に立つ存在を見れば明らかで、俺はその存在を知っていた。
神。
ヤツは語った。この世界が何のために用意され、転生者が生み出されたのか。
そもそも、この世界は異世界なんかじゃなかった。
ウォールガイヤは地球と同じ世界にあって、宇宙の外にあった。
トラックで人を轢いていたのは、神が創った人形たちの仕業で、死体は偽物。俺たちの地球での死は、偽造されたものだったんだ。
死んだと思われていた方が人間社会に与える影響も少ないからなどと、非道なことをもっともらしく言う。
こんな回りくどいことをしてまで何がやりたかったのかと思えば、ヤツは『退屈凌ぎに戦う相手を創ろうとした』と言った。
自分が生み出す魔人では強さに限界があった。
魔人を人類の天敵に据えたのは、人間を鍛えるため。
地球に住む人間たちに施されたリミッター。成長限界を取っ払い、神である自分に匹敵する強さをもつ人間を誕生させようとした。
チート能力を授けたのも、その一環だった。
ニセモノの異世界。
ニセモノの死。
何もかもが神による茶番だった。
……一体俺は何のために戦ってきたんだ。全部、神の手のひらの上で踊らされていただけじゃないか。
ウォールガイヤには様々な覚悟を持った人たちがいた。その分だけの歴史もあった。
それらすべてを笑い飛ばすような事実に、俺は血の気が引いたが、そこへさらにトドメが入った。
「そして、パートナーも同じ。ワシが用意した存在だ」
頭を金槌で殴られたような衝撃が入った。
これまで目を背け続けようとしてきた事実が、否応なしに頭の中の陰から姿を現そうとする。
「2つ以上のチート能力を、直接人間に刻むのは少々手間がかかる」
やめろ。
「故に、交配による能力の付加を促す必要があった」
やめてくれ。
「……どうだったかな? パートナーには、主人に対して好意を抱くように思考を操作したが、捗ったかね?」
残酷な真実に鼓膜を揺さぶられた瞬間、彼女と歩んできた何もかもが空虚になって、俺は膝から崩れ落ちた。
「やれやれ、アルーラにも困ったものだ。
神は煙となって消えていった。
残された俺たちは、ジェヌインがウォールガイヤを探索していた頃に造った地下のアジトへと集まった。
そこでディック、千頭、ルーノールたちが抵抗を諦めた人々を必死に鼓舞するが彼らには響かなかった。俺も彼らと同意見だ。相手は神様。どうやったって勝てるわけがない。俺は地下の隅でポツンと独り、壁に寄りかかっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
マリンが俺の顔を覗き込む。俺はその視線から逃げるように顔を逸らした。
「……傷ならもうアイリスの『回復魔法』で治癒してもらった」
「怪我の方じゃなくて、ショウマ様の心の方です……」
感謝すべき彼女の心遣い。なのに感情がざわつく。
「……なぁ、どうしてマリンは俺に構うんだ?」
「え?」
「初めて会った時からそうだった。マリンは俺を大切に思ってくれてる。けど何でだ? 俺と君にそんな接点あったか?」
「わ、私はショウマ様を昔から大事に想ってます。忘れちゃったんですか?」
「っ……」
ああ、やっぱり話が噛み合わない。だからずっとこの話題を避けてきたんだ。
胸が締め付けられる。
心の水面下に沈めていた疑念が顔を出してく。
「……俺と君はいつ知り合った? 何で敬語を使う? 何で俺を様付けで呼ぶ? 君がそこまで俺を想う理由って何?」
「え、出会いは私の故郷ですよ? ショウマ様どうしちゃったん――」
「だから様って呼ぶなよっ!!」
俺は初めてマリンに対して怒りを向けた。
マリンは目を見開いたままどう返答したらいいかわからない様子で、周囲からは喧噪が消えた。
みんなの視線が自分に集まっているのがわかる。だが、もう抑えが効かなかった。
「言っただろ! 俺はそんな柄じゃないって!! 敬語で話すのもやめろ!!」
「で、でもショウマ様は私にとってご主人様で――」
「神様にそう仕込まれたからな!! これまでずっと俺のそばにいたのも君の意思なんかじゃない!」
「違います! 私は!!」
「嘘っぱちの言葉で、俺に語り掛けるな!!」
怒号と共に、抱え込み続けていた感情を一気に吐き出した。
息を切らす俺の前で、マリンの青い瞳が潤んでいく。何か言おうとするがそれが口から出てくることはなくて、マリンは俺の前から走り去っていった。
後ろからツカツカと誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。
振り返れば、そこに立っていたのはジェニーで、
パンッ。
俺は頬を思い切り平手打ちされた。
「……渡辺君。辛いのはマリンちゃんも同じなんだよ?」
初めて、ジェニーの怒った顔を見た。
その顔を見て、俺がどれだけ酷い言葉を口にしたのかわかった。
でも、仕方ないじゃないか。
抑えられないんだ。
マリンが俺に向けてきた表情も、言葉も、全部がニセモノだって思ったら。
『 私に、甘えてくれますか? 』
とても、耐えられないんだ。
両目から制御できない感情が溢れてしまう。
俺はみんなの前から逃げるように、アジトを出て行った。
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