魔人軍 8,501,478 人類総人口 5,191,325

第23話 戦況

戦況報告:


 魔人軍    10,765,589 ⇒ 8,501,478


 人類総人口   5,382,301 ⇒ 5,191,325



 *


 フィルバンケーノとの戦いから一夜が明け、日の光が真上から注がれる時間となった。アルーラ城内の指令室では、敵の幹部を討ち果たした勝利の宴……ということはなく、騎士たちは今もなお各戦場と交信しを続けており、張りつめた空気が蔓延している。


 そんな気の抜けない空間で、千頭が騎士の報告を受けて難しい顔をしていた。


「……そうか、渡辺君もディック君も九死に一生を得たわけだ。何よりの吉報だよ。戦線への復帰はいつ頃になるのかな?」

「医師の話によれば、渡辺殿は1週間後には回復する見込みのようです」

「……渡辺君は? ディック君はどうなんだい?」


 千頭は騎士の言い回しから、悲報を予感した。


「……ディック殿は一命は取り留めましたが、以前のような戦闘行為ができるかわからないと」

「……わかった。ありがとう。元の配置に戻ってくれ」

「はっ」


 騎士が敬礼をした後、部屋から出て行った。


(……展開は、予想していたよりかはマシ、ではあるか)


 千頭の脳内シュミレーションでは、渡辺もディックも生きては戻らない可能性の方が高かった。雑兵たちはともかく、五蘊魔苦の力は強大だ。斃せたとしても、それは戦士たちの尊い犠牲と引き換えだと考えていた。


(とはいえ、渡辺君でも1週間か……それまで戦線が維持できるかどうか)


 もう渡辺は戦力として数えない方がいいかもしれない。彼は取られてしまったチェスの駒。残りの駒で戦略を立てるべきだろう。


 そのように千頭が考えをまとめた時だった。


『こんにちは、千頭さん』


 『精神感応』が飛んできた。声の質から何者かすぐにわかった。


『何か用ですか? 女王様』


 千頭が冷たく突き放す。


『あらあら、心を読まなくてもアナタの気持ちがわかるわ』

『どうせアナタの前で隠し事はできないんだ。なら遠慮はしない』


 彼女と言葉を交わしていると、アルーラ城の地下で会話した時の記憶が蘇ってくる。フィオレンツァ、もといアルーラは神とグルになって異世界ウォールガイヤの人類を管理している存在だ。正直なところ、千頭はアルーラを味方だとは思っていない。魔人を殲滅したら、きっと今度は彼女と戦うことになる。その認識でいた。


 当然、棘のある思考はアルーラにも伝わっているが、彼女は平常運転を続ける。


『今の戦場の状況を教えてもらえますか?』

『それなら指令室に来るのがオススメですよ。聞きたくもない戦況が全自動で耳に入ってきますから』

『すみませんが、それはできません』

『……できませんって、僕に指揮を丸投げして一体どこで何をしてるんですか。アルーラ女王』

『私は今、戦火で傷ついた人々を助けています』

『っ…………』


 思いもしなかった内容に、千頭は言葉を詰まらせた。


『戦略を考える頭脳は私にはありません。千頭さんの隣にいても置物になるのが関の山。それなら街の人々のケガの治療をするか、瓦礫の下で埋もれている人を救出する方がずっと役に立てます』

『…………利口な考えですね』


 千頭には理解できなかった。

 人類がこんな世界に閉じ込められているのを良しとしている人間が、どうして人を助けようとするのか。


『わかりました。では、現在の状況を伝えます』


 北の平原では、虫の魔人たちが赤外線放射の巻き添えを喰らい戦力は100分の1、2万体にまで減ったものの、今も拮抗した戦いが続いている。人類側もまた10万から1万人にまで数が減らされ、戦車や大砲も失ったからだ。今は街の警備にまわしていた分の騎士を増援に向かわせ、南区に残っている大砲を『瞬間移動』で運んでいる状況だ。


 バミューダ港の軍は待機中。アクアリットに動きが無く、海の水平線と睨めっこしている。


 西の渓谷と東の森での戦闘は、人類側が優勢だ。特に西の渓谷で展開している軍の中には人類最強の男ルーノールがいるのもあり、破竹の勢いで魔人たちを屠っている。もっとも、どちらの戦場でもまだ五蘊魔苦が姿を見せていないため油断はできない。


 最後に、西の砂漠付近の戦場についてだが、こちらは危機に陥っている。


 これについてアルーラに『何故ですか?』と訊かれれば、千頭は『魔人エーアーンが現れた』と答えた。



 魔人エーアーン。25年前の魔人戦争で魔人ガイゼルクエイスと共にフィルアディルフィアを襲った魔人であり、最初に魔人の恐怖を世に知らしめた存在。

 その存在がまた、人類を恐怖のどん底に叩き落そうとしていた。


「ひ……ひぃ!! 助けてええ!!」


 フィラディフィアから西、ドロップスカイを超えた先にある砂漠で、女騎士が叫んだ。

 それも、高度300mの高さで。


「降ろしてくれえ!!」

「死にたくないいいぃぃ!!!」


 女騎士の近くには、他にも数十人の騎士が無重力空間を漂うように空中に浮かんでいた。


「クハハハハ!! いいねいいね!! もう一遍言ってみろよ、気が変わって降ろすかもしれないぜ? ほら。さん、はい!」


「やめてくれ!!」

「イヤああ!!」

「妻と娘が帰りを待ってるんだ! 頼む!!」


 宙を舞う人間たちの中心にいる存在が煽ってみれば、騎士たちは必死に命乞いをした。


「クハァッ!! 出たよ! 家族がー!! 人間ってやつは100年以上経っても言う事変わんねーなあ!! ホント!……つまらねぇ」


 上機嫌に振舞っていたのが一変して、心底腹立たしそうな顔つきになった。


「本日の天気は晴れ……んでもって時々、人が降るでしょう」


 間もなく、宙に浮かんでいた騎士たちが斜め45度の方向に向かって次々に落下していった。自由落下なんて生易しいスピードじゃない、ミサイルの様な速度で落ちていく。

 この時、騎士たちは思った。“この敵は、酷く残酷だと”。


 ミサイルと化した彼らの向かう先にあったのは砂漠の大地と、だった。


 直後、地上にいた者たちと落下してきた者たちで激しく衝突し、鎧同士がぶつかる金属音、グシャと水っぽい何かが生々しく潰れる音、様々な断末魔が響き渡った。

 ほとんどが即死ではない。即死ではないが多くの者が行動不能になるほど負傷し、苦痛の叫びをあげていた。


「クウウゥ……たまんねぇなあ、この音色。何度聞いても飽きねぇ。やっぱお前らは苦しんでる時の方がレパートリー多くて愉しいぜ」


 ニタァっと唇を三日月状に歪めて笑い、空から地上にいる人間たちを見下ろした。その瞳はキラキラと子供の様な純真さに溢れていた。

 次は何して遊ぼうか。

 そんな純粋さと残忍さを併せ持った瞳だ。


 風になびく長い黒髪。

 背に4枚の黒い翼。

 透き通るような白い肌を持ち、モデル体型である女性タイプの魔人。


 この後、人々は嫌というほど思い知らされることとなる。魔人エーアーンの恐ろしさを。

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